第7湯 俺は新居をさがす?
普通の日常を過ごしていた俺は、ふとジムニーの後部座席に積みっぱなしの荷物を思い出した。
(……あれ、嫁入りセット)
しかもサイズが――なぜかシルバニアンファミリー級。
ドールハウスかよってサイズ感だ。異世界で縮んだのか?
これ、降ろした瞬間に元のサイズに戻ったら……すげぇ迷惑だな。車内パンパンじゃん。
「……てか、どうすんだこれ」
そんなことを考えていたら、オフィスのドアが開く音。
「先輩~、資料できましたかぁ? って、なにボーっとしてるんですか?」
現れたのは、美月。相変わらずのマイペース。
「あぁ……あの、積みっぱなしの……」
「名古屋嫁入り……な、やつですね。山○昌さん的な(笑)」
「そこ伏字にすると、中日の元ピッチャーみたいじゃねーか」
「でも先輩、この前言ってたじゃないですか、“新居♡”って! それで解決ですよ、新居があれば、嫁入り道具もバッチリ収納できますよっ!」
「……覚えてやがったよ、こいつ。異世界でフニャフニャに溶けてたくせに……」
でもたしかに、そろそろ築40年の昭和アパート生活から卒業したい気もする。
「まあ、いつまでもあのボロいアパートじゃな……よし! 美月、今度の休み、アパート探し行こうぜ!」
「えぇ~、今どき現地行かなくても、スマホで探せますよぉ~。スーモとか、ライフルホームズとか」
「……そうか、時代はもう令和なんだな……」
どうやら俺の行動、まだまだ昭和だったらしい。
それでもまあ――
一緒に住むとか、そういうことは、まだ先としても。
少しずつ、ふたりの未来は、ちゃんと動き出している。
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「俺的には、やっぱ温泉が近くにあるといいんだよなあ」
スマホ片手に物件検索していた俺は、ふと呟いた。
だが、今時の検索条件に**“温泉”**なんて項目はない。せいぜい“浴室乾燥機”だの“追い焚き”だの。
「……やっぱ、そういうのは自分の足で探すしかねぇのか。昭和かよ……」
いや、もういっそアナログで探すのが性に合ってる気もする。
町中を歩いて、看板の“〇〇荘 空室あり”なんて貼り紙を探す、みたいな。
「で、結局どの温泉が良いんですか?」
美月が訊いてきたので、俺は即答した。
「げんきの郷・めぐみの湯だな。すべすべ感がご機嫌なんだよ。お湯の滑らかさが違う。マジで」
「へぇ〜、なんか“温泉語りおじさん”始まりそうですね(笑)」
「おい、バカにすんな。ちゃんと理由があるんだよ。あそこ、ナトリウム塩化物強めで、しっかり温まるんだけど……その分、のどが渇く。脱水気味になるんだ」
「……先輩、ちゃんと水分取ってくださいね」
「だから風呂上がりのコーヒー牛乳が欠かせねぇの!」
「また昭和だ……」
俺のもう一つの推しはカキツバタの湯。観覧車の横にあるやつ。あそこも悪くない。
広さもあるし、ゆったりできる。たまに屋外でスズメが風呂覗いてたりして風情あるし。
「で、美月はどういうとこが良いんだ?」
「えーっと……床暖房は絶対! あと、できれば猫飼えるとこ!」
「猫!?」
「うんっ、モフモフしたい……そしてお腹の上に乗せて寝たい……」
「いや、それ夢見すぎだろ! てか、猫可物件ってなかなか無いぞ?」
「じゃあ、先輩がモフモフすれば……」
「やめろ、俺を代用品にするな」
結局、条件が増えるばかりでアパート探しは難航する気しかしない。
だが、こうやって二人でいろいろ考えている時間は――
ちょっとだけ、未来の暮らしが見えてくるようで。
悪くない。
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アパート探しにすっかり飽きて、スマホ片手にぐでーっとしていた俺。
「先輩、近くでいいので、温泉行きましょうよ~」
と、美月が誘ってくる。
本当は、山奥のひなびた温泉宿で、静かに湯に浸かるのが好きなのだ。木造の浴室に、湯気がもわもわと立ちこめていて、洗い場にカランが三つくらいしかないような、あの感じ。でも、そんな場所にはお手軽に行けるわけもなく、現実はもっぱらスーパー銭湯みたいなところばかりである。
「先輩ジャンボエビフライ!!」
いきなりテンション高く叫ぶ美月。何ごとかと思えば、スマホの画面を突き出してくる。
「ああ、まるは食堂か……南知多の」
「そうですそうです、ここ温泉もあるじゃないですか!」
「あそこ、たしか露天風呂無かったと思うけど……」
「いいんですっ! 今日はエビが、私を呼んでるんです!」
出たよ、カニに続いて今度はエビが美月を呼んでるらしい。どんな食材に電波受信してんだこいつ。
「……まあ、とりあえず行きますか」
ジムニーのエンジンをかけ、南知多に向けて走り出す。
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やってきました、まるは食堂。
「相変わらず混んでるよなぁ……」と、俺がぼやけば、
「とりあえず注文して温泉行きましょ!」と、美月は迷いなしの行動力。
食堂の受付で番号札を受け取って、併設の温泉へ。
海岸のすぐそばで、ガラス越しに波の打ち付けるのが見える風呂。露天はないけど、まあこれはこれで風情がある。
「ふあ~……気持ちいぃ~……」
「温泉うめの湯、しよっぱいなぁ、ちょっと熱いか?」
湯に浸かりながら、ぼんやりと海を見て、なんか時間がゆるく流れていく。都会の喧騒を忘れさせてくれる、いい時間だった。
湯から上がると、いい感じに腹も減って、食堂の順番もちょうど回ってきていた。
頼んだのは名物の「エビフライコース」。
チョコバットもびっくりなサイズのエビフライが2尾、ドーンと皿に並ぶ。ほかに、魚の煮つけ、お刺身、白飯に赤だし。見た目も量も満足感たっぷり。
「先輩っ、プリプリですよ! 世界で一番暑い夏♪ですよ!」
「……大丈夫かそのテンション。昭和すぎるぞそれ」
とりあえず一口かぶりつく。
サクッとした衣に、プリっとした身。うーん、たしかに美味い。
さすが、エビ消費量全国トップクラスの愛知県。伊達じゃない。
煮付けの身もほろほろで、しっかり味が染みていて、ご飯がすすむ。
そして、やっぱ赤だしだよなぁ~と、口の中を〆ながらふと横を見ると……美月の視線が、俺の皿の上に注がれていた。
「……ちょっと、美月さん。あなたのエビはどうしたのかな?」
「蒸発しました!!」
「いやいや、何言ってんだ、ん……!? しっぽまで食ってる!? 証拠隠滅か!」
「なので、先輩のエビ、分けてくださいっ!」
まったく、困ったやつである。
俺は無視してモズクをすする……その一瞬のスキを突かれた。
「あっ……やられた!?」
気づいたときには、俺のラスイチ、エビフライが、見事にさらわれていた。
その速さ、まるで竹島の鳶よりも鋭い。
……でもまあ、うれしそうな顔してるしな。
「……かわいいは、正義……ってか」
俺はため息をひとつだけついて、赤だしをすするのだった。
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美月「いやぁぁ食べましたねぇぇぇぇ……」
亮「人の分まで奪っておいてよく言うよ、ほんと(笑)」
助手席で満腹の余韻にひたっている美月が、ほわんとした笑顔でスマホをいじっている。
と思ったら――カチッ。聞き覚えのある音が鳴る。
亮「ちょっ、今の音……どこのスイッチ押した!?」
美月「へ? なんかここ、光ってたから……ぽちっと」
亮「ああああああ、やめろって言っただろそれはああああ!!」
――次の瞬間、お約束の白い靄が...
亮「またかよ……っ!」
視界が真っ白な霧に包まれ、視界が閉ざされる
仕方なくそのまま時が過ぎるのだけを・・・おっ、晴れてきたぞ
……ザザァァン
タイヤが砂を噛むような感触と共に、霧が晴れた。
窓の外には、どこまでも青い空と、白い砂浜。
海の色は、まるで絵の具で塗ったようなエメラルドグリーン。
亮「……海だな、これ」
美月「……さっきも海でしたけど、内海じゃないですね」
運転席と助手席で、しばしの沈黙。
波の音だけが、静かにジムニーの外を包んでいる。
亮「おい、俺たち……また飛ばされたのか?」
美月「……はい、ぽちっと」
亮「“ぽちっと”じゃねえよ!お前ほんとにもう!」
美月「だって、エビ食べて気分良かったんですもん……それに、この島?、なんか……落ち着きますよ?」
しれっと言いながら、美月がジムニーのドアを開けて降りる。
はだしになって、砂をサクサクと踏みしめるその姿は、まるで無邪気な子どもみたいだ。
亮「……テンションの切り替え早すぎるだろお前」
俺もしかたなくジムニーを降りる。
熱すぎない白い砂、潮風に混じるどこか甘い香り……これは南国っぽい草花か?
日差しは強いが、木陰に入れば意外と涼しい。
たしかに島っぽいな。
美月「せんぱぁいっ、こっち来てください!波がキラキラしてますっ!」
美月が両手を広げて海に向かって走る。
スカートのすそが風になびき、楽しそうに笑うその背中に――
なんかもう、言いたいこと全部吹き飛ぶ。
亮「……かわいいは正義_Ver2、ってやつかよ」
とりあえずジムニーのエンジンを切り、俺も彼女の後を追いかけた。
――さて、今回はどんな島で、どんな騒動が待ってるのか。
俺のジムニー転移ライフ、今日も安定して不安定である。