第5湯 俺は温泉へいけるのか?
無事戻ってきた二人。今回は温泉に浸かっていなかったからか、特にワープすることもなく、そのまま武生の道の駅だった。
とりあえずジムニーで高速に乗って帰ることにする。
「先輩、そろそろ養老によろう」
「お約束だな(笑)」
養老SAで休憩する二人。亮はお土産コーナーで模造刀を、じっと眺めていた。
「先輩、刀が好きだったんですか?」
亮は心の中で“木刀を卒業したらやっぱ刀だよなぁ”と、どこか中二病なことを考えていた。
隣で、美月がチベットスナギツネのような冷めた目でこちらを見ている。
一宮の渋滞をなんとか乗り越え、無事帰宅。
疲れ果てて、亮はソッコーでベッドに沈み込んだ。
翌日、会社にて。
「先輩、カニみそください」
「……なに言ってんだこいつ?」
「ぽちっとな、ってしたら出たじゃないですか」
「ああぁぁ……そんなボタン機能付いてたな?! あの後見直してなかったけど……やべーな」
「先輩、カニみそ!!」
「その言い方だと、俺がカニみそみたいじゃねーかよ」
仕事が終わった後、例のスイッチ類を確認してみる亮。
「んー……無くなってるな、カニみそボタン。温泉スイッチは健在だけど……」
ちなみに、海モードも見当たらなかった。
一体どうなっているのか、謎は深まるばかりである。
------
数日後のこと。
「先輩、今度の週末って空いてます?」
美月が昼休みに訊いてくる。
「一応な。でもまた変な旅になるんじゃないか?」
「変じゃないですよ、楽しい異世界探訪ですっ。……で、ちょっと行きたいとこあるんですけど」
「またワープありきか?」
「えへへ、まぁ……温泉スイッチはまだあるんですよね?」
「あるけど、最近ちょっと調子が……」
なんか、スイッチの押し心地が前と違う気がするのだ。たまに軽くビリッとくる。いや、それ壊れてるんじゃ……。
「ちなみに、どこ行きたいんだ?」
「お城見たいです! お姫様になってみたいです!」
「それ、異世界でって前提か?」
「そりゃもちろん♪」
その笑顔が、今回も何か起こるなという確信に変わる。
「じゃ、準備だけはしとくか……しかし嫁入りセットは車に積んだままだし」
「うんっ! あと、できればカニみそボタン復活もお願いしたいです」
「俺が言って戻るもんかそれ!?」
どうやら、また週末は騒がしい旅になりそうである。
「お城かぁ……」
美月が言い出したのは、お姫様ごっこだけではなく、どうやらリアルなお城見学も含まれているらしい。
「東海地方って、三英傑の地だから城いっぱいあるよな」
「うんっ、いっぱい! でも、どれがいいかわかんないから先輩におまかせしますっ」
正直、俺にはあんまりわからん。だって、ただの丘みたいなところが『城跡』だって言われても……ピンと来ない。
「尾張名古屋は城で持つ、って言うくらいだし、名古屋城とか?」
でも今の名古屋城って天守閣の入場できないんだよな。昔行ったときは、エレベーター乗って最上階で降りたら土産物売り場。あの残念感は今でも記憶に残ってる。
ただ、本丸御殿は復元されてて、あれは確かに見ごたえある。でも美月が見たい“お城”って、きっと天守閣なんだろうな。
「近場だと岡崎城かな。あそこも復元天守だけど、中は博物館だし」
……それに最近、岡崎城公園はコスプレの聖地みたいになってるって話もある。美月が影響受けてお姫様コスプレ始めたら……なんかヤバい気がする。
でも刀持ったお姉さん…ちょっと見てみたい気もする。
「……犬山城か、少し足を延ばして岐阜城かな」
さて、次なる目的地はどこにしようか。
------
やってきました、犬山城。
なんといっても、国宝・犬山城である。現存天守12のうちの一つ。
それに、城下町っぽい観光地も整備されていて、美月も楽しめるはずだ。
入場まで30分以上並び、ようやく城内へ。
中は思ったよりこじんまりとしていた。
「殿様が偉そうにしてた場所ってどこだろう……」
とか、くだらないことを考えていた俺。
だが、最上階からの展望は――素晴らしいの一言だった。
「すげー……こりゃ殿様気分だな」
「先輩、もう少し語彙なんとかなんないんですかぁ(笑)」
360度、全方位が見渡せる。
「……すげーな、城」
「裏の木曽川か……こっちから攻めるのは無理ゲーだよな」
「なにくだらないこと考えてるんですか、門前町行きましょうっ!」
「お、お姫様気分はどこいった? ……やっぱり食い気か?」
美月はご機嫌な様子で、門前町の方へスタスタと歩き出した。
「先輩、映えそうなものいっぱいありますよ!!」
テンションたけーな美月。
たしかにカラフルな串ものやスイーツが多い。SNS映え狙いなのは間違いない。
「俺的には、飛騨牛の握りとか……いいんじゃね?」
「ダメです、食べる前に撮影タイムですっ!」
パシャパシャと夢中でスマホを構える美月。その横顔がまるで真剣勝負のようだった。
「よし、オッケー! いただきますっ」
一口食べて、うっとりと目を細める。
「うわぁ……これ、肉なのにとろける……」
(とろけてるのはお前の表情の方だろ、だいたいそれ俺の飛騨牛)
その隣で、俺は次に行く温泉のことを考えていた。
この辺りって、旅館やホテルの温泉ばっかりで、立ち寄り湯は少ないんだよなぁ……。
(うーん、スイッチ押すか……いやいや、それはヤバいだろ俺)
食べ歩きも一段落し、ジムニーへ戻った。
その瞬間――
「さぁ、いってみよぉぉぉぉ! ぽちっとなっ!」
「おいおいおぉぉぉぉい!!」
ハンドルに手をかけた瞬間、美月がいきなりスイッチを押してしまった。
「私はお姫様になるっ!!」
「なに海賊王になる、みたいに言ってんだよぉぉ!」
次の瞬間、白い靄に包まれて、またしても視界がぐにゃりと歪んだ。
――今度の異世界は、城と温泉の世界だった。