第25湯 俺は夕食にありつけるのか?
──白い靄──
白い靄が視界を奪い、森の音や温泉の気配がゆっくりと遠のいていく。
足元に広がる湯気のような柔らかな光が、包み込むように二人を包み……どれほど時間が経ったのか。
……ふわりと、風が頬を撫でた。
白い靄がだんだんと薄れ、目の前に現れてきたのは、懐かしい日本の町並みだった。
「えっ……え、えぇぇーーー!? もどってきたぁ!?」
思わず少し叫び気味に驚く美月。
亮は周囲を見渡したが、ルークとミーナの姿はどこにもなかった。
「……いない、のかぁ……」
二人だけが、現実の世界へと戻ってきたらしい。
あたりには、観光客の話し声や、風にそよぐ温泉街の旗の音。
すぐ近くには「片岡鶴○郎美術館」の看板が見え、見覚えのある建物が立ち並んでいた。
「ここ……草津、ですよね。帰ってこれたのは嬉しいけど……」
しょんぼりと肩を落とす美月。
その時、近くのつくだ煮屋の軒先から、「にやぁぁ~ん」と猫の鳴き声がした。
ハッとしてそちらを向いた美月。
「ねこさん……は、来たの!? ……あれ?」
けれど、そこにいたのは普通の、少し太った白猫だった。
長靴でも履いていそうな、異世界の猫たちとは違っていた。
「先輩ぃぃぃ……(涙)」
「ああ……お別れの挨拶くらい、したかったな」
「ですですぅぅ……」
「でも……あの二人大丈夫かな?」
「大丈夫だろ、多分。猫たちがいるしな(笑)」
そう言いながら、亮は草津の澄んだ青空を見上げた。
「あ~、ミーナちゃん可愛かったですねぇ……」
「しかし……異世界転生かぁ。マジにあるんだなぁ」
「ですよねぇ、あたしたちだって、転生じゃないですけど異世界行っちゃってますし」
二人は再び、ホテルのある坂道を目指して歩き出す。
石畳の道が光にきらめき、湯煙が道のあちこちから立ち上っている。
「ところで俺たちのは“転生”じゃないとすると……なんていうんだ?」
「えぇーっとですねぇ、生まれ変わるのが“転生”で……そのままのやつは、“転移”ですかねぇ?」
「ふーーぅん」
しゃくなげ通りを右折し、急坂を上ってホテルの裏手へ。
「今度は『かえってきたぁぁぁーー』ってやらないんだな(笑)」
「こっちとあっちじゃテンションが違いますよ」
「あはは、だよなぁ……」
しばらく歩き、坂道の中腹まで来たとき。
「そー言えば、時間経過ってどうなってるんでしょうか?」
「ん? なんで?」
「何ぼけてるんですか! 櫻井の豪華な夕食が……!」
「うおぉぉ、そーだよ! 夕食ぅ!!」
「急ぐぞ!! 美月!!」
そう言いながら亮が走り出し、美月がその後を追いかける。
「待ってくださいよぉ、せんぱぁい!!」
草津の澄んだ空に、ふたりの笑い声が響いていた。
果たして、豪華な夕食に二人はありつけたのだろうか──。
──つづく──




