第22湯 俺はやっとたどり着く
「……見つけた、か?」
誰かがそう呟いたような気がしたが、それすらも霧に溶けて、森の奥へと消えていった。
靄が少しずつ晴れていく。それに伴って、鼻をくすぐるような硫黄の香りが漂い始めた。風がそよぐたび、森の空気がわずかに温かみを帯び、しっとりとした湿気が肌に触れる。
やがて、霧が完全に晴れると、そこにはどこか懐かしさを感じさせる木造の建物が姿を現した。丸太を組んだような構造に、手彫りの看板──そして、湯けむりがゆらゆらと立ちのぼっていた。
「やっとですよ!!」
美月が歓声をあげ、両手を天に広げる。キラキラと朝の光を反射した霧の粒が、彼女のまわりで舞い上がる。
「ああ、今回は少し変わっていたが、やっと来れたな温泉」
亮も深く息を吐き、胸のつかえが下りたように目を細めた。
「すげー、ほんとにあったよ。温泉は本当にあったんだ。……ミーナは嘘つきじゃなかった」
ルークが思わず感極まったように言い、ミーナの頭をぽんぽんと撫でる。
「なにこの子、パズーみたいなセリフ言ってるんでしょうね!?」
美月が吹き出しながら突っ込み、亮も思わず肩をすくめた。
「お前が言うのか(笑)」
「ねえねえ、おにぃい……ここなぁに?」
ミーナが少しおびえたように、ルークの袖をきゅっと掴む。猫たちも彼女の足元にぴったりと寄り添い、イカ耳で周囲を見回している。
「ああ、この奥に……亮たちが探していた温泉があるんだよ。たぶん……」
ルークは優しく語りかけながらも、慎重に目を細める。
「あれ、あのばあさんどこ行ったんだ?」
亮が辺りを見回す。だが、あの神秘的な老婆の姿は、どこにも見当たらなかった。
──そのとき。
再び湯けむりがふわぁっと立ちこめ、その向こうから、音もなくぬるりと現れた人影。
「お待ちしておりました。『ユメツヅリの湯』の温泉の女将でございます」
艶やかな黒髪を高く結い上げ、異国風の和装に身を包んだ女将が、にっこりと微笑んだ。
「出たよ、出た出た(笑)」
亮が軽く肩をすくめる。
「ぬるっときましたねぇ、今回も」
美月も茶化しながら、女将に頭を下げる。
「うわぁぁぁ……」
ルークが目を丸くし、思わず後ずさった。
「ひゃっ!!」
ミーナは固まってしまい、その場でぴたりと動かなくなる。猫たちは一斉に背中の毛を逆立て、尻尾がぼんっ!と膨らんでいた。
「驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
女将は静かにお辞儀をした。その所作は、まるで風の流れのように滑らかだった。
「本日は……あら、可愛いお子様がおりますようで?」
ミーナに目をとめ、やさしく微笑む。
「ああ、今回はこの二人に色々お世話になったんだ」
亮が女将に説明する。
「でしたら、ご一緒にどうですか? どうぞこちらへ」
女将は音もなくすうぅぅっと歩き始めた。その足元には草も音を立てず、ただ温かな湯けむりが流れていくばかりだった。
「さあ──」
その先に広がる異世界の温泉体験が、静かに幕を開けようとしていた。
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女将に案内されて、四人は建物の奥へと足を踏み入れた。
扉をくぐった瞬間、ふわりと漂う木の香りと、柔らかな湯けむりが肌を包み込む。中は広々としていて、床は磨き上げられた木材。壁には湯宿らしい趣のある絵が飾られ、天井からは淡い灯りが吊るされていた。
「すごぉぉぉぉい!!」
ミーナが目を輝かせながら、あっちこっちをきょろきょろと見渡す。
ルークも、懐かしそうに辺りを見回していた。
「なんか懐かしいなぁ……温泉なんてそんなに行ったことなかったけど。こんなに立派な建物があるんだなぁ……。ブラックな会社で連勤競ってたくらいだからなぁ……。あのころ、こんなところ行ってみたかったなぁ……」
ぽつりと漏れる独り言。彼の表情には、過去の疲れと、今の静かな癒しが入り混じっていた。
「ミーナちゃんはお姉さんと一緒に入りましょう!!」
美月がパッと顔を輝かせて提案する。
「んーとねー……ミーナ、おにぃちゃんとはいるぅぅ」
ぷいっと顔を背けるミーナに、ルークが少し戸惑いながらも微笑んだ。
「うんうん、ありがと……だがしかし!! お姉さんと一緒に行くんだ。兄ちゃんと一緒だと、けだものがいるからね」
「ぷっーーー、けだものらしいですよ、先輩」
美月が吹き出し、亮も苦笑する。
「いやなんというか……ミーナちゃん、お兄さんと一緒が良いとは思うが、今日はお姉さんと一緒に行ってくれるかな?」
「うーーーん、わかったぁぁぁ、そうする……」
少し残念そうにしながらも、ミーナは頷いた。
「さあ、ミーナちゃん、行きましょ!」
美月が手を引くと、ミーナはちょこんとそれに従って歩き出す。
「じゃあ、俺たちも行こうか」
「あぁ、ルーク」
亮が肩を並べるように声をかける。
そして二人は、それぞれの温泉へと向かって歩き出した。
しかし、すげーな……




