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第18湯 俺はおじさんではない

 とりとめのない会話が続く中、ミーナがふわりと立ち上がった。にこにこと笑いながら、元気いっぱいに言う。


「おにぃ、あたし猫たちと畑行ってくるぅぅ~!」


 まるで遠足にでも出かけるかのような笑顔で、小さな手を振りながら駆け出していく。猫たちも「にゃぁ」と楽しげに返事をして、彼女の後に続いた。


 ミーナの世界は、いつも穏やかで温かい。


 残されたルーク、亮、美月の三人は、木造の素朴な家の中でくつろいでいた。窓から差し込む柔らかな陽射しが、室内をやわらかく照らしている。外には青い空と、青々としたトマトの葉。そして、風に揺れる案山子が、どこかユーモラスに手を振っているようだった。


「ここって日本じゃないですよね?」


 ふいに美月が口を開いた。旅行先の宿にでもいるかのように、嬉しそうな顔をしている。


「なんでお前はうれしそうなんだよ……」と、亮があきれたように突っ込んだ。


「いいじゃないですか、先輩!」美月はとまとジュースの入ったコップを抱えたまま笑った。


「……あ、おかわりもらえませんか? このとまとジュース♡」


「おぉ、それはな……実は、ミーナが作らないと“本物の味”にならないんだよ」


 ルークが少し照れたように言うと、美月は「へぇぇ~スキルとかですかねぇ」と目を輝かせてうなずいた。


「まあ、それでも十分うまいけどな。でも、ミーナが作ると“奇跡の味”になる」


「じゃあミーナちゃんが帰ってきたらお願いしよっかな~」


 美月がにっこり笑ったとき、亮がふとルークに視線を向ける。


「さっきの質問だけど……やっぱり、ここは“日本”じゃないんだよね?」


「そうだよ。……にほん、ではない。俺たちがいるのは、たぶん……別の世界」


「でも、君は日本を知っていそうな気がするんだけどなあ」


「うんうん、絶対そうですよね!」と、美月も同意する。


 ルークは小さく息を吐いた後、苦笑を浮かべて言った。


「……まあ仕方ないな。誰にも話したことはないけど、実は俺、元・日本人なんだ」


「転生ってやつですか!?」と、美月が目を輝かせる。


「去年気づいたんだよ。それまでは、この世界が普通だと思って暮らしてた」


「何かのきっかけで目覚めるってパターンですか!? 先輩、流行りですよ、流行り!」


「そんなもん流行ってたら、みんなトラックに飛び込むだろ(笑)」と亮が茶々を入れた。


「いや、俺は死んだのかどうかすら覚えてないんだけどな」


「……過労死パターンですか?」


「おおうっ! 鋭いな。たぶんそれだと思う」


 ルークは頭をかきながら笑った。


「で、あんたらはどうやってここに来たんだ?」


 亮と美月は顔を見合わせる。


「……いろいろあってな。この世界以外にも、何度か異世界に飛ばされてるんだ」


「いろんな異世界だって!? マジかよ!」


 ルークの目が丸くなる。


「じゃあ、帰れないのか? 日本には……」


「いえ、毎回ちゃんと帰ってますよ?」と美月。


「帰れるんかい!!!」


 ルークが盛大にずっこけたそのとき、家の外からミーナの明るい笑い声が響いてきた。


 ぱたぱたと軽やかな足音が近づいてくる。


「ただいまぁぁぁぁぁ~!」


「お帰りぃミーナ!! 畑はどうだった?」


「んとねぇーんとねぇー、案山子さんが強かったのー!」


「うんうん、なるほどなー」


「お帰り、ミーナちゃん」と美月が声をかけると、ミーナは首をかしげて言った。


「ただいまぁ! おねーちゃんと……おにぃちゃん? おじさん?」


「ぷっ、おじさん……!」


 美月が吹き出す。亮は目を細めながら言う。


「……あぁぁ、おにいさんでお願いできるかな、ミーナちゃん……」


「わかったぁぁぁーーー!」


 ミーナは笑顔でぴょんと跳ねた。


「お話終わったぁ?」


「えーっと、まだ途中かなぁ」


 亮が答えると、ミーナは鼻をくんくんとひくつかせた。


「ねえ、お姉さんたち、変わったにおいがするね?」


「ん?」


 ふたりが顔を見合わせたとき、ルークがぽつりと言った。


「あぁぁぁそういえば……温泉のようなにおいがするなぁ、あんたら」


「……ああ、ついさっきまで温泉に入っていたんだよ」と亮。


「ですです~♪」と、美月もうなずく。


「この辺りに温泉が無いか知らないか?」


「温泉かぁ、あったら俺が入りたいよ(笑)」とルーク。


「ん…で、あるかぁ~」亮も鼻をこすりながらつぶやく。


「オッサン臭いですよ、先輩(笑)」


「ほっとけ!!」


 そのとき、ミーナが思い出したように指を立てる。


「どこかでかいだことあるニオイな気がする……」


「えっミーナちゃん知ってるの!?」


「えぇぇ、俺が知らなくてミーナが知ってるってあるのかぁ?」とルーク。


「んーとねー、どこだったかなぁぁ???」


 そのとき、猫たちが「にゃにゃ」と鳴きながら、何かの瓶をくわえて運んできた。


「あぁぁぁ、あのときだぁぁぁ! あの蜂蜜のおばさんにあったときぃぃ!!」


「蜂蜜!? ……あぁぁ、森で迷子になりかけたときか!」


「うん! あの時この匂いかいだ気がする!」


 ルークは腕を組み、夕暮れの光が差す外を見やる。


「そうか……どーする? そろそろ日が暮れるが、こんなとこでよければ泊っていくか?」


「えぇぇー! お姉さん泊っていくのぉぉぉ? ミーナと一緒に寝よぉ~!」


「どうします? 先輩」


「ミーナねぇ、いつも猫さんたちと一緒に寝てるんだよぉ♪」


「ほぉう……じゃあ、明日案内してもらいましょうか」


「はえーな、おい!!」


 亮が突っ込むと、ふと不安げに訊ねた。


「じゃあスマンが一泊、厄介になるか……っていうか、親御さんは居ないのか!?」


「パパとママ、もうすぐ帰ってくるよぉ~」


 その時、ガタンと外で物音がした。


「あっ、帰ってきたぁぁぁぁ!」


 ミーナが飛び出していき、しばらくして大人の女性と一緒に戻ってきた。


 亮と美月は立ち上がり、丁寧に頭を下げる。


「すみません、お邪魔しています」


「まあまあ、どちら様かしらねぇ?」と母親。


「お客さんかい?」と父親。


「えへへ……あたしたち、探し物をしていて、ちょっと迷子になっちゃいまして」と美月。

「すみません、お邪魔してます。自分は風間亮と言います。こちらは佐倉美月と言います。」

亮はとりあえず挨拶をした。

「あらあら、これはご丁寧に、あたしはレイナこの子たちの母親、そしてあっちがアベル父親ね」

そういって、母レイナが答える。


「ミーナねぇ、今日お姉さんと一緒に寝るのぉぉ!」


「そうかそうか。じゃあもう日が暮れる、夜になると獣も出るし、うちに泊まっていきなさい」とアベル。


「大したおもてなしは出来ないけど、ゆっくりしていってねぇぇぇ」とレイナが微笑む。


「[獣出るのかよ……]」


 亮は内心ビビりながらも、「すみません、お世話になります」と頭を下げた。


「じゃあ、ご飯の支度しますねぇぇ~」とレイナが台所へ向かい、


「ミーナも手伝うぅぅ!」と張り切って後を追った。


 その様子を見ながら、ルークはぽつりと呟いた。


「うんうん、ミーナはいつも可愛いなぁ……」


 それを見た美月が、小声で亮に囁く。


「この人、日本にいたときは、yes……noタッチな人なのかな?」


「いや……転生特典とかで、そーなったとか……」


「どんな特典ですか(笑)」


 ふたりはくすくすと笑い合いながら、夕暮れの光の中で、夢のような穏やかな時間を過ごしていた。



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