第16湯 俺は兄妹に出会う
夏の日差しが、真上からギラギラと照りつけてくる。風は多少拭いているが、空気がもわりと熱を帯びている。
濃い影を足元に落としながら、こちらに向かって叫びながら駆けてくる少年がいた。亮はその姿をじっと見つめる。
年の頃は十二、三歳といったところか。生成りの粗布のような服を身にまとい、飾り気のない実用的な格好だ。ボタンなどは見当たらない。だがその隣にいる女の子は、ふんわりとしたワンピースのような布を身にまとい、裾にはささやかながら刺繍が施されている。
(少女に全振りか……?)
思わずそんな感想が脳裏をよぎり、亮は小さく苦笑する。
女の子のまわりには、何匹かの猫たちがじゃれついていた。しっぽを立ててすり寄ってくるものもいれば、こちらを警戒するように距離を取っている猫もいる。
少年の視線も、こちらを観察するように鋭い。
そんな緊張の中、女の子がくるりとこちらを振り返った。そして、どこか得意げに胸を張りながら言う。
「おにぃ、えっとね、この人たち、ここがどこかって訊いてたの!」
声が澄んでいて、無邪気な笑顔が太陽に負けないくらいまぶしかった。
「だから、ミーナ、ちゃんと教えてあげたよ!」
「……教えた? なんて?」
少年が訝しげに問い返すと、少女――ミーナは笑顔のまま、元気いっぱいに答えた。
「『お兄ちゃんとミーナの村』だよ! えへへっ!」
「……俺、村長じゃないけどな……(笑)」
少年は肩をすくめて、なんとも言えない表情を浮かべた。
「まぁ……たいした名前のあるような村でもないしな。地図にもたぶん載ってない」
彼の言葉に、美月がふわっと微笑む。その笑顔には、どこか安心したような響きがあった。
「そっか」
美月は肩から少し力が抜けたように見えた。
亮は一歩前に出て、自分たちの名を告げる。
「俺の名前は、風間亮。こっちは──」
「美月! あたしは美月!」
勢いよく割って入った彼女に、亮は苦笑いしながら付け加える。
「……あぁ、佐倉美月っていうんだ」
お互いに名乗り合い、ようやく空気が和らぎ始めた。
「俺の名前はルーク。で、こっちの可愛い天使がミーナ、妹だよ」
「て、天使ぃ?」
亮が目を丸くする横で、美月は目をキラキラと輝かせながらミーナを凝視していた。
「ミーナちゃん、すっごく可愛いね……! 先輩先輩、男の子も可愛いけど、女の子、すごくかわいいですよ……!」
「いや、分かるけど落ち着け美月。ちょっと距離感が……!」
忠告も虚しく、美月はミーナのほっぺたをぷにぷにと指でつつき始めた。
「にゃふ……おにぃ〜、なんかこのおねえちゃん、ほっぺた触ってくるぅ〜」
「まぁまぁ、害はないから大丈夫だぞ、ミーナ。……たぶん」
猫たちもすっかり警戒を解き、亮の足元でごろーんとおなかを見せて寝転がっている。
「それにしても……ルーク君というんですねぇ……」
美月がじりじりと前に出ながら、ニヤニヤと笑って問いかける。
「フォースを……信じていますか?」
「おい! なにぶっ込んでんだよ、おまえ!」
即座に亮がツッコミを入れる。
「え? ちがうの? だってルークって言ったら、あの──」
「スターウ○ーズの話はいいから!!」
さすがに話題に出された少年――ルークも少しだけたじろいだが、どうやらこちらへの警戒は解けたようだった。
「とりあえず……話はあとだ。暑いし、うちに来いよ。冷たい麦茶と、トマトあるぞ」
ルークのその言葉に、美月の目がさらに輝いた。
「麦茶……! あるんですか!?」
「すごい……本当に、異世界にも麦茶あるんだ……!」
テンションの高い美月と、それに振り回される亮。二人のやりとりを横目に、ミーナはそっとルークの手を握った。
そして、ぽそっと呟く。
「おにぃ……ミーナね、ちょっとだけ……この人たち、ほっとけない気がするの」
その声は、まだ出会って間もない二人に向けた、小さな信頼の芽のように聞こえた。
「……そうか。じゃあ、うちで少し休ませてあげような」
「うん!」
ルークとミーナは、並んで村の方へと歩き出す。赤い案山子が、まるで二人を見守るようにゆらりと風に揺れていた。
俺たちは、そのあとを静かに追いかける。照りつける陽射しは強く、草むらを吹き渡る風が、かすかにトマトの青い匂いを運んできた。
そして、俺たちの異世界での冒険が、また一歩、静かに幕を開けたのだった。