第14湯 俺はレンタカーで温泉へ行く
今回の行き先は、草津温泉。
温泉好きなら一度は行くであろう聖地である。
しかも、当然のように泊まりである。
二泊三日!
ただ、俺の愛車ジムニーじゃあ少々キツい距離だ。
ということで、今回はレンタカーを選んだ。
チョイスしたのは、ホンダのベゼルe:HEV。
トヨタ車は周囲のみんなが乗ってるから、ちょっと違うメーカーを味わってみたくなったのだ。
中央道を快調に走り、岡谷ICで降りる。
そこからR142を通ってR152へ。
上田市を抜けて、地図で見て最短の直線ルートを選んだ。
山間の景色は鮮やかだった。
遠くの稜線に雲がかかり、青空と新緑のコントラストがまぶしい。
小川が流れ、風になびくススキが道端を飾っている。
トンネルを抜けるたびに、世界が一枚ずつ絵画のように変わっていく。
「先輩、上田市って言うと人工衛星落ちてきませんかね?」と、隣で美月がトンチンカンなことを言う。
「今、夏休みの終わりじゃないから大丈夫だろ……って、落とすなよそんなもん!!」
そんなくだらない話をしながら、車は快適に進んでいく。
新しいベゼルの乗り心地は驚くほど滑らかだった。
「新しい車も良いですねぇ~」
美月が、助手席で目をキラキラさせながら言う。
「あぁ、静かだし、モーターで基本走ってるから走り出しがいいよな。
低速での上りとか、普通はエンジンが回ってからトルクが出てくるけど、これは踏んだ瞬間からグイグイ上るから気持ちいいよ」
「でも、ジムニーのガタピシした感じもあたし好きですよ♡」
その一言に、俺は思わず笑ってしまった。
「まあ、好きであってくれてよかったよ(笑)」
窓の外では、山の斜面にぽつぽつと小さな集落が点在していた。
道の駅では地元の野菜やきのこが並び、手作りの味噌や漬物が売られている。
山々に囲まれた風景は、まるでジブリ映画のワンシーンのようだ。
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やがて、嬬恋のキャベツ畑に差しかかる。
緩やかな丘陵にびっしりと並ぶキャベツの列。どこまでも続く緑の波が広がっていた。
「キャベツがイッパイですよ、先輩!」
「だなぁ……」と適当に相槌を打ったその時、美月がとんでもないことを言いやがった。
「これだけキャベツが有ったら赤ちゃんが沢山生まれますねぇェ」
「はぁぁぁ!?なんのこっちゃ?」
一瞬思考がフリーズしたが、そういえば昔、キャベツ畑人形なんてのが流行ったって聞いたことがある……。
「先輩は何人欲しいですか? 子供」
やっぱりそっち方面か。
「うーん、そうだな……一人だと寂しいかもだし、二人くらいでよくないか?」
俺がそう答えると。
「あたしは三人姉妹の真ん中なんですけど」
「ん、そうだったん?知らんかったぞ」
「あたし、姉妹げんかした時、一人が仲裁してくれてたんですよ。
まぁ二対一で負かされることもあったんですけどね(笑)。
二人だと間に入ってくれる人いないじゃないですか。
なんで、あたし頑張って三人産みますね♡」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおい、俺は、おれは……俺も頑張るよ」としか言えなかった。
[そんなこと何も考えてなかったからな……]
そして、今までの俺たちだったらこんなに順調に着いていなかったかもしれない。
いや、ジムニーが悪いと言っているわけではない。
無いって言ったらないんだからね!
そして――
「とうちゃぁぁぁく!!」
草津温泉、ホテル櫻井である。
「先輩、奮発しましたねぇ~」と美月が目を丸くする。
「任せろ!!」
(検索したらここが一番にヒットしたんだよ、見てたらいいねぇェって思っちゃったんだよ)
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まずはチェックインだな。
併設された駐車場にベゼルを滑り込ませ、入口へ向かっていくと隣で美月が「ほぇー」と声を上げた。
「入口の外にも温泉ですかぁ。学校の手洗い場みたいですねぇ」
確かに、建物の脇には樋のようなものがあり、温泉らしき湯がサラサラと流れている。
何に使うのかはよく分からんが、とにかく草津っぽい?演出だ。
自動ドアをくぐり、館内へ入る。
サラッと涼しい空気と、ほのかに香る硫黄の匂い。
流石、管内で湯もみショーするだけはあるな。
温泉地に来たんだと改めて実感する。
「先輩、さすがですよ、フカフカですよ、カーペット!」
玄関から続くロビーの床は、一面に赤い絨毯が敷かれており、その上をぱたぱたと嬉しそうに歩く美月。
なんでそんなところで感動してんだ。
フロントでチェックインを済ませ、案内された部屋の引き戸を開けると、広々とした和室が迎えてくれた。
「畳さいこー!!」
部屋に入るや否や、美月がぱたりと寝転び、両手をばんざい。
旅館の匂いとともに、日常が一気に遠ざかっていく気がする。
俺も座椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
柔らかく沈み込む座布団の感触が心地よい。
障子越しの窓からは、遠くの山々と湯けむりがちらちらと見えていた。
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「さて、ここの湯ーいくか? 散策して外湯めぐるか?」
俺が言うと、美月は即座に声を上げた。
「湯畑いきましょぉぉ!! 草津と言ったらあそこですよ!」
「だよな。俺も先に行きたかったんだよ、湯畑」
草津の町並みを二人で歩きながら、目指すは名所・湯畑。
歴史を感じさせる石畳の小道には、浴衣姿の観光客がちらほらと行き交い、時折ふわりと湯けむりが立ち昇る。
草津山高泉寺の石段を降りながら、美月が高らかに叫んだ。
「きたぁぁぁぁぁぁ!!」
眼下に広がるのは、テレビやガイドブックで見慣れたあの光景——湯畑である。
昼間にもかかわらず、白い湯けむりが空に舞い、硫黄の匂いが鼻をくすぐる。
「踏み外すなよ、テンション上がりすぎだ」
俺が笑いながら注意する。
ふと左を見ると、畳敷きの休憩所のようなものが目に入った。
「お、ここにも外湯があるみたいだな。あとで入ろうぜ」
「良いですよぉ~♪」
歩くたびに草津特有の石畳の感触が足裏に心地よく響く。
何気に持ってきた小さめのタオルが、この町では大活躍だ。
「ゆばたけー!!」
美月が叫ぶ。
広場中央に鎮座する湯畑の巨大な木製構造物。無数の湯の流れがその上を駆け巡り、蒸気がもうもうと立ちのぼっている。
「硫黄がすごいですね、湯の華ですねぇ! ……ってか離れていても熱いっ!!」
「だろうよ。ここの源泉、50度超えてるらしいし。あそこ通して冷ましてるんだとよ」
「なにかライトアップしそうな感じがしますねぇ、また夜にも来ましょうよ先輩♪」
「オッケーオッケー。でもほんとすげーな、湯畑……。たしか反対側は滝みたいになって——」
「先輩先輩! あっちにおいしそうな物が、映えそうなものが……!」
ぐいぐいと俺の袖を引っ張る美月。
「OH-美月さん、花より団子、いやお湯より団子っすか(笑)」
そんな軽口を交わしながら、草津の町と湯畑の空気を、たっぷりと味わう俺たちであった。