第13湯 俺はどこに帰ってきたの?
「ふぅ〜〜〜♡ 極楽です〜〜〜♡」
「……確かに、今までで一番まともな時間だな……」
ピラミッドの頂上。
湯けむり、そよ風、夕日、ミイラの行進(下の方)。
“温泉 in 異世界”の理想郷に見えた──その時。
──カツ、カツ、カツ……ガッ……ガガッ……
「……先輩?」
「あぁん?」
「ミイラ、登ってきてますぅ♡」
「はぁあああああ!?!?!?!?」
風景として眺めていたミイラたちが、
石壁をスパイダー○ンばりのスキルでよじ登ってきていた。
「こいつら、まさかのボルダリング型かよ!!」
「すご〜い♡ 包帯ってそんなに摩擦力あったんですね〜!」
「感心してる場合かああああ!! 早く出るぞおおお!!」
◆ ◆ ◆
湯けむりをかき分けて、立ち上がる亮。
「美月、タオル持って! ローブも着て!」
「はいっ♡ あ、ちょっと待ってくださいね、まだ髪が〜〜」
「いや優雅に髪流してる場合かッ!」
ザクザクと登ってくるミイラ軍団。
包帯が濡れたら破れるとかないのか、こいつら。
「早く逃げねぇとサウナからの永眠コースだぞ!!」
──そのときだった。
「お客様ぁ〜〜〜♡」
「うお!? またぬるっと出た!!」
「本日のご入浴、まことにありがとうございますぅ♡」
手にトレイを持った女将ナーイラが、謎の優雅な動きで登場。
「本日はフルーツ牛乳、コーヒー牛乳に加えて、限定の──」
\ ドンッ☆ /
「ピラミッド牛乳〜〜〜♡♡♡」
「なにそれ!? 砂入ってるんですか!?」
「ちがいますぅ♡ ミネラルたっぷりですよぉ♡ ザ・異世界味♡」
「誰が今飲むんだよそんなもん!! こっちは命かかってんだぞ!!」
──だが、隣の美月は。
「じゃあ私は……ピラミッド牛乳で♡」
グビッ、ぷはぁ〜!
「飲むんかぁぁぁあああい!!!」
「だって、限定って言われたら、つい……」
「お前、平常心の方向性バグってんぞ!?」
「あっ、フルーツもくださいね」
◆ ◆ ◆
ザッ……ガシッ……ついに、ミイラの手が縁に届く。
「先輩、そろそろ本気でヤバいかもです♡」
「わかってるわッ!! 逃げ道は……」
「お客様ぁ〜♡ こちら、お土産の湯玉ですぅ♡」
女将、さらにぬるっと登場。
「湯の華とミイラの涙を練り込んだ、特製ピラミッド湯玉♡ おうちでも異世界気分をどうぞぉ♡」
「この急いでるときに!? って受け取ってるし!!」
「はい♡ これでお風呂タイムがいつでも異世界ですねぇ♡」
「どこまでマイペースなんだよおおお!!」
──そんなこんなで、崩れそうになる露天を飛び出した二人。
「と、とにかくジムニーを探すぞ!」
「え、どこだっけ? どこから登ったんでしたっけ?」
「……覚えてねぇ……」
──その瞬間。
\ ガコォッ /
「うおっ!? 床抜けた!!」
「きゃあっ♡ また滑り台ですぅ〜〜〜〜っ」
\ シュイイイイイイイィィィィィィィン……!!! /
急角度の滑り台、加速、回転、逆さ、浮遊感──!
◆ ◆ ◆
\ ドガシャァァァアアン!!! /
「ごふぅっっっ!?」
「着地しましたぁ〜♡」
──そこは、最初に入ったピラミッドの入口ホール。
すみっこで埃をかぶっていた、見覚えのある車がひとつ。
「……ジムニー……よく無事だったな……」
「待っててくれたんですねぇ〜♡」
なでなでする美月。サイドミラーがちょっと照れてるように見える(気のせい)。
「よし……もうこのまま帰ろう……温泉は満喫したし……」
「次はどこ行きます? 火山の湯とか……♡」
「やめろフラグ立てんな!!!」
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\ ボォン……ボボボボボ…… /
──ジムニーが、乾いたエンジン音を上げる。
灼けるような空、きらめく地面、まばゆい太陽……。
「……なあ、美月」
「はい?」
「帰ってきたんだよな……?俺たち」
「う〜ん……たぶん♡」
──道なき道を、のそのそと進む我が愛車。
見えるのはどこまでも続く、波打つ砂の海。
「……でだ。ここは……どこなんだ」
「先輩、まだ砂漠ありますよ?」
「うそだろぉぉぉおおお!?(涙)」
もういいだろ!もう十分だろ!?こちとらミイラと入浴してんだぞ!?
「目印もなにも……ねえぞ……」
「大丈夫です♡ スマホ圏内に戻ってきてます♡」
──そう言いながら、美月がスマホを操作する。
「先輩、ここ……中田島砂丘らしいですよ♡」
「……は?」
「浜松にある砂丘です♡ 風紋と潮風で有名らしいです♡」
「中田島砂丘だったのかよここォォ!!」
まさかの国内帰還ッ!! いやでもここ、異世界の顔してたぞ!?
さっきまで牛乳出されてたし。
「ま、まあ日本三大砂丘のひとつだし……」
「へ〜♡ じゃあ鳥取が一番大きいんですか?」
「……いや、それがな」
ジムニーのハンドルを握りながら、亮はポツリと語る。
「日本最大の砂丘は、青森県にある “猿ヶ森砂丘” ってやつなんだよ。」
「へ〜〜〜♡ 青森に砂丘が……」
「ただし、防衛省の管理下で一般人は立ち入り禁止。
つまり……砂丘マスターの最終聖地は、封印されてるってことだな」
「なんですかその世界観のある話!」
「こちとら異世界帰りだぞ。リアルとファンタジーの境目なんてもう無いんだよ……!」
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やがて、タイヤが砂を抜け、
アスファルトの感触がタイヤに戻ってくる。
「先輩、このままどこ行きます?」
「んー……浜松西IC……あ、浜名バイパス乗るか」
「温泉……寄ります?」
「……やめとこ。もう今日は“ととのい”過ぎた」
「確かに♡ ピラミッド牛乳とかミイラとか、思い出したら疲れてきました♡」
「あとさ、そろそろお前、“♡”つけるの禁止な。リアリティがバグる」
「ええ〜〜〜!? それが私のバフスキルなんですよぉ〜?」
「もう黙ってろwww」
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──浜名バイパス、夕暮れの海。
車窓の外に広がるのは、
本物の現実と、
二人分の、ちょっとだけ変わった日常。
「……ただいま、現実」
「ただいま♡ 異世界から、ちょっとだけ強くなって♡」
「……」
「って先輩、うなぎ寄りません?♡」
「帰れなくなるフラグ立てんな!!」
──今日も、どこかで異世界温泉ドライブ。
次なる湯けむりは、もっと熱そうな場所……かもしれない。