第12湯 俺は温泉を探していた
「──来た、来た来た来たあぁぁぁぁ!!」
「うわぁ〜っ、ミイラっぽいのがいっぱいですぅ〜っ♡」
助手席の美月がなぜか笑顔。
その向こうには、布バサバサの全身包帯マンたちが砂煙をあげて疾走していた。
「あいつら速いな!? 映画のミイラってもっとヨロヨロしてるだろ普通ッ!?」
だが現実──いや、異世界の現実は非情である。
全力で走るミイラたちは、まるで訓練されたゾンビのように機敏だった。
しかもその手には槍。
砂を蹴り、ピラミッドを背に、まるでこっちを囲むようにワラワラと集まってくる。
「囲まれるぞ! 美月、シートベルトちゃんとしてろ!!」
「任せてください♡ 撃っていいんですか先輩っ!?」
「いやお前、なんでクロスボウとか構えてんの!? それどこで手に入れた!?」
「街のマーケットで♡ “お嬢ちゃんに似合うねぇ”って言われて〜」
「似合っちゃダメだろっ!!」
ブォン、とジムニーがエンジンを唸らせる。
こいつ、昭和生まれのくせに異世界でもしぶとい!
「行くぞっ!!」
ハンドルを切り、タイヤが砂を巻き上げる──!
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【異世界サバイバル・ミイラカーチェイス開幕】
ピラミッドの方角へとハンドルを切る!
後ろでは、包帯軍団が猛ダッシュで追いかけてくる!
「先輩、なんかもう、足がサラブレッド並ですよあれっ!」
「おい誰だよ“足がもげる”って言ってたやつ! むしろ加速してきてんじゃん!!」
しかも、斜め後方からはミイラ専用の──
「なんだよあれ……馬車!? しかも火吹いてる!?!?!?」
「ヒィ〜、先輩〜! 火つけて追ってくるとか、某カーチェイス映画みたいですよ〜!」
「どっちかっていうとマッドでマックスなやつだよな!? くっそ燃費悪そうなやつだよな!?!?」
ゴウンゴウンと軋むジムニー。
突っ込む先には巨大な石造りの影──ピラミッドがそびえ立っていた!
「行くしかねぇっ!!」
「え、え!? まさか──」
「突っ込むぞおおおおおおおおっ!!」
ハンドルを絞り、クラッチを蹴る。
ジムニーのエンジンが唸る。サスペンションが叫ぶ!
ドォォォン!!!
巨石の間をすり抜け、ジムニーがピラミッドの内壁を突き破った!!
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──静寂。
照明のない石造りの通路。
湿った空気。
車体の下には1000年前のタイルらしきもの。
「……こ、ここ……中?」
「ま、マジで突っ込んだんですか!? 先輩ぃ……!」
「いや、俺もびっくりしてるからな……つーか、ミイラ入ってこねぇな」
「……ふふふ、神聖な場所だからですかねぇ?」
「それフラグな気がするからやめて!?」
とりあえず車から降りる二人
ジムニーのヘッドライトが、狭い通路を照らしている。
壁画のようなものがズラリと並び、時折、何かが**カツーン……カツーン……**と遠くから響く。
「先輩、こっち、広間っぽいですよっ」
「おい待て! そーいうとこで勝手に行動すんじゃ──」
「きゃっ♡」
──ドスッ
「おいおいおいおい!? 落とし穴かよぉぉぉぉおおお!?!?」
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──10分後。
「……なあ美月。お前、どこいんだ?」
『え〜っと、なんか“スフィンクスっぽい人”と目が合う石像のとこです〜』
「いや分かんねぇって!! 俺は“半分だけ割れてる壺”のとこにいる!!」
『え〜、どっちが本物ですかねぇ?』
「しらねぇよ!! ていうかなんでこんなピラミッドで迷子になってんだよ俺たち!!」
そして再び響く、カツーン……カツーン……
「……誰か来てるぞ」
『え、もしかして、またミイラ……?』
「いや、これは……足音のリズムが違う」
暗闇の向こうから、ゆっくりと姿を現す影。
ローブをかぶった人影が、手に持つ松明をこちらに向けていた。
「……そちらの方、異邦人ですね?」
「え、えぇっ、はいっ!? あの、温泉を探してて……!」
『温泉……? ピラミッドで?』
「いやそれ、俺も思ってるぅぅぅ!!!」
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──カツーン、カツーン……
ローブの人物の導きで、迷路のようなピラミッド内部を進んでいく。
「こちらへ……お二人様、お待ちしておりました」
「え、予約とかしてませんけど……」
「お客様のご来館、予知にて存じておりました」
「こえぇよ未来視の予約システム!!」
「……では、まいりましょうか」
ローブの人物が、ふっと顔を上げた瞬間──
そのフードの奥から、ぬるりと現れたのは──
「いらっしゃいませぇ〜〜〜♡ ピラミッドの湯、女将のナーイラと申しますぅ♡」
「ぬるっと出てきたああああ!!」
「女将!? この異世界のどこに女将制度あったんですかぁ!?」
ナーイラは濃い目のアイライン、ふわっとした巻き髪に揺れるホルタートップの民族衣装。
年齢不詳の妖艶スマイルを浮かべながら、謎の力で地面から看板を引っ張り出す。
《天空の泉・ピラミッドの湯 ご休憩・ご宿泊可》
「なんでピラミッドで“宿泊可”なんだよッ!!」
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「それではどうぞ、ピラミッド内部、千年の源泉でございます〜」
「……先輩、見てください、湯気出てますっ♡」
「うお、本当にあった……てか、内湯!?」
眼前に広がるのは、金の柱と石壁に囲まれた巨大な浴場。
天井からの光は、自然のクラック(割れ目)を通して差し込み、湯けむりが神々しく舞っている。
「すげぇ……まさに古代神殿スパだなこれ」
「おぉぉ……湯船、広いっ! 石の風呂……底に象形文字っぽいの掘ってありますよ♡」
湯面はほんのり金色。
湯に手を入れれば、とろりとした感触。重曹泉か? それとも鉱石由来の成分か……?
「効能:不死身の気分になれる……って書いてある。いや気分だけかい!!」
──だが美月の反応は──
「……先輩、露天ないんですか?」
「えっ、今めっちゃ古代神殿風呂楽しんでたじゃん!?」
「やっぱり、露天がいいですっ♡」
「えぇぇ……」
「……それでは、特別に天空露天の湯へご案内いたしますぅ〜〜♡」
ぬるっと再登場するナーイラ。
「あるのかよ露天風呂!? ピラミッドの上に!?!?」
◆ ◆ ◆
──数十分後、急勾配の石階段を登りきると──
「うわ……マジで……」
「ろてんぷろだぁぁぁぁぁぁあああ♡♡♡」
ピラミッドの頂上。そこには、星空と太陽を同時に見下ろす天空の湯が広がっていた。
岩で囲まれた天然風の露天風呂。
エジプト風の獅子像から湧き出るお湯は、音もなく湯船を満たしている。
「すっげぇ……この高さ、風が気持ちいい……」
「見てください先輩、下にミイラっぽいのが歩いてますよ! ミイラを見下ろしながら温泉とか最高じゃないですか♡」
「なんだこの絵ヅラ……生と死の境界でくつろいでる感すごいな……」
お湯に身を沈めると、芯まで温まるようなやわらかい熱。
泉質はやはり重曹系、肌がすべすべになる感じだ。
「ふぁぁ〜〜〜♡ とろとろですよぉ、先輩〜〜〜」
「……つーか、ほんとどこなんだよここ……」
「異世界ですよ♡」
「そうだけども!!」
──湯けむりに包まれながら、見下ろすミイラの行進。
ピラミッドから見える、砂漠の夕日と遠くに浮かぶオアシスの蜃気楼。
まるで夢のような時間が、ゆっくりと流れていく。
「……温泉は……正義だな……」
「はい♡」