第10湯 俺は遊園地で温泉につかる
「とりあえず観覧車、乗ってみるか」
「わぁ、やった〜♪」
ぐるりと回る観覧車に乗り込み、二人きりの空間で静かな時間が流れる。
「結構高さありますけど……遠くが良く見えないですねぇ」
「うん。なんか、白い靄っぽいのがまだ残ってる気がする」
「バイキングもないみたいですよ先輩」
「でもさぁ、あそこ……スチールド○ゴンの代わりか、もっとすごそーなやつあるぜ」
「ほんとですねぇ。上の方、雲の中に消えてますよ。どこまで登るんでしょうかねぇ……」
俺は黙って見上げる。
──世界平和を守る5号の所までは、届いてないでくれ……
そう心の中で突っ込んだところで、観覧車が一周して地上へと戻る。
降りた先で──
「いらっしゃいませ……」
ぬるっと現れたのは、あの女将だった。
「うわっ……!」
「女将さん!? なんでここに……」
「こちらへどうぞ。お二人を、お連れします」
導かれるままに歩くと、そこには──
夜の遊園地の一角とは思えない、静謐な雰囲気に包まれた、不思議な温泉の入り口があった。
青白く光る石畳、柔らかに揺れる提灯、どこからともなく香る檜の香り──
「先輩……ここ、ちょっと普通じゃないですよね……」
「うん。なんか……またまた夢の中みたいだな」
そして、俺たちはまた新たな異世界温泉へと、足を踏み入れるのだった──。
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温泉に浸かる俺たち。
湯面にはカラフルなライトが揺れ、まるで水の上にイルミネーションが浮かんでいるようだった。時折、湯の底から泡がぼこぼこと浮かび上がり、どこかメルヘンチックでありながら不気味でもある。
湯の香りはほんのり甘く、まるで綿菓子か、焼きリンゴのような匂いがする。遊園地の香り、なんてものがあるとすれば、きっとこういう香りなんだろう。
まるでメリーゴーラウンドの軌道に沿って作られたような、円形の湯船。
壁にはイルミネーションのような光がちらちらと輝き、天井からは遊園地の音楽がふんわりと流れていた。
「先輩……これ、温泉っていうか……アトラクションです?」
「おそらく……遊園地と融合した、異世界仕様なんだろうな」
「ふふっ、ちょっと楽しいですけどね」
不意に、湯の中から「ぽこん」と音がして、しゃもじが浮かび上がった。
「また出た……!」
しゃもじには、なぜか『己を映す湯にて、真実と向き合うべし』と刻まれていた。
その文字は、湯の中でほのかに光りながら浮かび上がっていた。まるで誰かが、俺たちの心の奥底を覗いてくるような、そんな奇妙な視線を感じた。
「……これ、見つめてると、自分のダメなところ思い出す気がするんですけど」
「それ、ある意味真実じゃねぇか……」
「先輩、これ……どういう意味ですかね?」
「……たぶん、深く考えたら負けな気がする」
とりあえず湯を楽しもうと、二人で肩まで浸かる。
……
湯上りに、ぬるっと女将がまた現れた。
「こちら、湯上りのお飲み物でございます」
差し出されたトレーには、いつものフルーツ牛乳とコーヒー牛乳に加え──
「ん? 『わさび抹茶牛乳』……?」
「先輩、これ飲んでみてください! ご当地限定っぽいですよ!」
「いやいや、味の組み合わせが事故ってんだよ……」
結局、美月に押し切られてひと口飲む。
「……うおぉ……これは、なんか、目が覚めるというか……口内ケンカだな……」
「なんだろ……抹茶が“落ち着け”って言ってんのに、わさびが“戦え”って煽ってくる感じ……」
「でも、どっちも譲らなくて……」
「結局、俺の味覚がサンドバッグになるんだよ……!」
「でも、クセになりますよね♪」
「ならんわ」
そして最後に、また恒例の“湯玉”が渡される。
「玉手箱でございます。またの旅路を、どうぞ」
ついに玉手箱って言いやがった(笑)
白い湯気のような煙がふわりと立ち上る。
「先輩、開けますよ〜」
「いや、ダメな奴かもしんないから……」
俺たちは、謎と笑いと、少しの覚悟を胸に、ジムニーへと戻っていった──。
次なる旅は、どこへ続くのか。
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はい、戻ってまいりました。
……で、どこですかねぇ。
「先輩、まだ観覧車ありますよぉ」
「何言ってやがる。これ以上……って、あるよ観覧車……ん?」
俺は思わずゴクリと唾を飲む。
目の前に広がるのは、見覚えのある施設。
だが──どこか、違う?いや!。
「……あぶねぇ、これ現世だよな?」
「多分……大丈夫だと思いますよ?」
「いや、“多分”って言うな。“多分”が一番不安になるんだよ」
俺はおそるおそる辺りを確認する。観覧車、無事カエルの石像、そして──温泉施設の看板。
「……ここ、刈谷ハイウェイオアシスじゃね?」
「えっ、あ、ほんとだ。天然温泉かきつばた、って書いてあります!」
「うん……ここも……間違いなく、いい湯である」
「てことは、今回は“観覧車旅行”ってことで決着ですかね?」
「うん、そういうことにしとこう」
美月は満足げに頷いていた。
だが──
俺は、ふと気づいた。
「あれ? ……ここ、高速道路側の駐車場じゃね……?」
「え? あ、ほんとだ。えっ、先輩、高速のチケットって……」
「持ってないぞ……!」
なんでやねん!!
ジムニーの前で、俺は天を仰いだ。
静かに夕日が沈んでいく。
俺は小さくため息をつきながら、つぶやいた。
「……真実ってのは、意外と駐車券一枚だったりする」
美月の「うふふっ」という笑い声が、ほんのりと響く。
「先輩、えびせんべい買っていきましょうよ」
現実と非現実の境目で、俺たちの珍道中は、まだまだ続く……。