第9話
「こちらです」
そう言われて通された部屋は応接室のようなつくりであり、すでに中には3人が座っていた。
「来てくれたか勇者殿、こちらがギルバティから巡礼でお越しになった教会の司祭様の方々だ」
ギルド長が立ち上がり簡単に紹介をする。
「初めまして。この度はお会いできたこと、嬉しく思います」
ずっと立ち上がりそう言ったのはローブにフードを目深に被った少女。目元は見えないがその声は落ち着いており聞く者を安心させるようだ。そしてチラリと横を見た。
「初めまして、従者を務めさせて頂いております。以後お見知り置きを」
釣られるように挨拶をした男、司祭服だがあの暑苦しい帽子や火除けはつけていないため顔がよく見える。
「どうもよろしく。僕はラスベル、みんなには勇者なんて呼ばれるかな。今日は2人に会えて僕も嬉しいよ」
爽やかな人懐っこい笑みを浮かべてフランクな感じで話しかける。我ながら完璧な対応だ。
「では最後に私が。ここにいる方は知っている通り私はこの街のギルドのギルド長を務めている。今日は立会人として同席させていただく」
自己紹介が終わりそれぞれが席に着く。間にお茶やお菓子を交えながらも当たり障りのない会話が続いた。
(ただの司祭じゃあねえだろうな……いや別に隠してわけでもねえか)
会話しながらも目の前にい司祭と名乗った2人がそれだけではないことは容易に想像がつく。彼らが連れていた人間は少数だったが明らかに他にも司祭と思われる人間が外には何人もいた。
(大司祭か枢機卿あたりがこっそり様子見に来たってところか?まさか宗主ではねえだろうし)
明らかに自称より身分が高そうな2人だが、それならそれでいい。自称であろうと勇者という存在が存外に大きな存在だったというだけだ。むしろ思惑を超えた収穫があったと言ってもいい。だからこの機を逃す気はない。
「僕はこれからも勇者として活動していこうと思っているし、それが使命だと思ってる。だからもし可能なら援助してもらえないだろうか?」
2人が考えるように僅かに俯く。そう、最初からこれが狙いだった。勇者という存在について語ればキリがないかも知れないがその世界の勇者が教会とずぶずぶなのは常識だ。
教会は神を信仰しており、勇者は神が人に遣わした使徒。この考え方の元勇者は教会の旗を背負って戦ってきた歴史がある。問題はどうやって俺が本物だと示すことだったが、そのために信用を積み重ね、邪魔者を排除してきたのだ。
(まさか断るわけねぇよなァ?)
勇者の支援は教会の義務と言ってもいい。そしてここにこんな完璧な勇者がいるのだから断る理由なんてないだろう。
すでに獲物は餌に食いついておりその喉には返しが刺さっている。
「わかりました、一度検討してみます。また後日、良い返事をお待ちください」
「ありがとう」
潤沢な資金、高い立場、巨大な後ろ盾、全てを手に入れられる最高の獲物だ。思わず出そうになる醜悪な嗤いを抑えて爽やかな笑みを浮かべた。
日が落ちたムスリムの暗がり。かつてそこで勇者と会った男は部下からの報告を受けていた。
「そうか、とうとう勇者と教会が接触したか」
男は考える。あの勇者を名乗る青年の目的、それは想像がついていた。おそらく彼は教会が訪ねてくるのを待っていたのだろう、と。
そしてその教会の人間が誰なのかということも知っていた。
(まさか、宗主様と枢機卿が来るとは……)
顔と名前まで把握している男はあの2人が教会のNo. 1とNo.2であるとわかっていた。
だからこそかつて男はかの青年が見落としているであろう懸念も理解した上で考える。そして目の前には2つの選択肢があった。
だがすでに決まっている。かつて勇者に救われ、その力を目にした時から。おそらく現状で最も情報を持っている男は己の最適解を導き出していた。
———勇者はいない、だから自分がやらねばならない。たとえそれが悪魔に魂を売ることになろうとも———
男は動き出す。そして同じ頃———
"勇者亭"のロビーにて———
「少し、お話をしませんか?」
1人の少女と青年が向かい合っていた。