理事長の取引
理事長からの取引に…
屋上で1人、考え込んでいる。誰の視線も感じない場所で、ゆっくりと考え込んでみたかったから…私という存在を。
「1人で危険だね」
誰もいないと思っていたのに、そこに現れた人…。
「理事長…さん」
一族の長…一番力を持つ…始祖と呼ばれる存在の人。
「こんにちは、菜月さん」
「こんにちは…」
私はお辞儀をする。仮にも理事長なんだから。
「匂いが強くなってるね?もうすぐ…16になるのかな?」
「…はい」
理事長は「そうか」と呟き私の隣に来た。そして私の事をジッと見つめてきた。
「あの…お聞きしたい事が…」
「何かな?」
私は躊躇いながらも…質問してみる。
「理事長は…私の血に…興味ないんですか?」
真剣だった。だって、理事長が私を求めれば一発でしょ?誰も手出しできなくなる。
「残念ながら、キミに興味はないよ」
理事長は私から視線を外すと空を見上げた。
「僕は過去に…キミと同じ血を…知っているからね」
「私と…?」
(そうだよね…。私だけじゃないんだよね?)
理事長は始祖、永い時間を生きているんだから…何度も同じ存在と巡り会ってるはず。
(だったら…その人は?)
「その人達は…どうなったんですか?」
「うん?そうだね…色々かな…」
微妙に言葉を濁している気がした。その理由は…もう少し先に知る事になったのだけど…。
「僕はね…待ってるんだよ…」
「待ってる?何をですか?」
「……後継者…かな…」
理事長は視線を落とした。
「後継者?…必要なんですか?」
理事長はフッと優しく笑った。
「菜月さん、永遠なんて無いよ。僕にだって終わりはあるさ」
終わりが…ある…。
「一族は半減してるんだよ、これでも。それに…純血の者も減った。
本当なら…人間の血に混ざり…そのまま人間になれたらと思っている。だけど…純血もまだ存在する。それを統一するには長が必要なんだ」
「長…」
「だけど…僕の生命もそう永くはない。僕はね、もう200年近く…血を口にしていないんだよ。さすがに…持続が難しくなってきてるんだよね…命のね…」
(どういう…こと?)
私は空気感的に何も言えずに黙った。なんだか理事長の笑顔が満たされているように見えて…。
「菜月さんは…この先をどうしたい?キミが望むのなら…下々に手出しできない様にする事は可能だよ」
「え?」
突然の申し出に驚き…戸惑う。
「今は…僕が蓮たちを抑制している。今の愁では彼らの抑える事は不可能だからね。
キミは…望むかい?僕らのうちの誰かに…守られる事を…」
(守られる?本当にそう?)
私は人として扱われないんじゃないだろうか。
(彼らの餌になるだけじゃないの?それなのに…愛してもいない人のもとに留まるの?)
それなら…好きな人と一緒にいたい。
「私は…愁先輩と…一緒にいたいです」
私は愁先輩が…好きなんだ…。真っ先に浮かんだ顔…。好きな人って考えた時に、愁先輩の笑顔が浮かんだ。短い期間だけど、一緒に過ごして…確実に特別な人になっていた。
「私…愁先輩が…好きみたいです」
「そう…だろうね」
理事長は面白そうに笑っている。
「一つ、僕の願いを聞き入れてくれるかな?」
「…何ですか?」
私はビクッとした。大変な事だったらと思うと…不安だった。
「キミの血を…一滴で良いから」
理事長は真剣な表情をしていた。
「愁の口に含ませてくれないかな」
「え?それって…」
「体内に…取り込ませてほしい」
(どういう事?)
真意がわからなかった。
「全ては僕の願いが叶ったら…キミの願いを聞き入れるよ」
理事長との取引…私の血が愁先輩にどういう影響を及ぼすというのだろうか…。
正直、迷ってる。もし私の血を体内に取り込んだとしたら…愁先輩に何か変化があるのだろうか。
変化…それって吸血鬼に目覚めるという事じゃないだろうか。他に思い当たる事ないし…。
(でも、私の血である必要あるのかなぁ…)
*****
「最近、菜月ボンヤリしてるね」
「え?」
図書館で課題をこなす私に付き合って、愁先輩が本を読んでいた。周囲には他に誰もいない。
本当にここの図書館って穴場。何かに没頭するのに最適な場所。
「あ…えっと…自分の血の事を考えていて…」
「何?」
「私の血って…他の人より美味しいだけで、特にそれ以上の特殊な事ってないんですよね?」
「うん、そう聞いてるけど?まぁ活力は養えるみたいだから…美味しい栄養ドリンクみたいな感じじゃないか?」
(栄養ドリンク…ですか…)
やっぱり、わからない。
「愁先輩は…17歳になるまでに目覚めなければ…人間として生きていけるんですか?」
「まぁね」
「どちらを望んでます?」
愁先輩がジッと私を見た。
「正直、わからない」
「わからない?」
「俺が吸血鬼になったとしても…俺は純血じゃないから、菜月を守れるわけじゃないし…。
だからといって人間でいれば…下級の吸血鬼からさえも守れない」
私の心が締め付けられる。
「愁先輩は…私を守る事だけしか考えていないんですか?自分の人生ですよ?」
私の為に犠牲になって欲しくはないのに。
「俺は…菜月に出会うために…月村の家に生まれたって思ってる。初めて出会った時から…そう感じていたんだ。俺の気持ちは確実に日々…成長してるよ」
「先輩?」
優しい瞳に吸い寄せられる。私も同じ気持ちだって思った。
「あの日…運命を感じた。俺は必ず菜月と再会して…恋をするって。一緒にいるうちに…それは本物になったよ。菜月…好きだよ。心から…」
愁先輩からの告白に胸が跳ねる。こんな嬉しいことないよ。
「愁先輩…好きです…私も」
引き合うかのように唇を重ねる。心地の良い…満たされるキス。感極まって涙が出そうだった。
「菜月…泣いてる?」
「…嬉しくて…」
照れ隠しにワタワタしてしまい、焦った動きにノートが逆に散らばってしまう。
「痛いっ!」
私は咄嗟に手を引っ込めた。
「どうした?」
左の人差し指から血が滲んでいた。
「ノートの角で切れちゃったみたいです…」
「あー…紙で切ると痛いよね…」
愁先輩は私の手を取ると、傷口を確認する。そして、その指にチュッと吸い付いた。
「せ…先輩!!」
私はかなり焦った。焦って腕を引っ込める。
「あ…ごめん」
愁先輩もハッとしていた。凄く緊張している。
だって…事故とはいえ理事長の要望を叶えてしまったから。
「愁先輩…何ともないですか?」
「え?特には…何で?」
混乱した。
(いつ…どこで…どうなるの?)
動悸が止まらない…。不安が…私を満たす。
今回もやや、短め