吸血鬼
「清瀬さん、さっきの見たよ」
教室に入ると、全ての生徒が注目する。
前々からいる在校生の中に今回、私達新入生が混ざり込んでいる。
新参者の私達。ただでさえ注目されるのに、朝の出来事。校内に名前が知れるのも早かった。
「清瀬さん、もう愁先輩としたの?」
「した…って何をですか?」
皆が注目してる中、代表なのかサバサバ系の女子が質問してきた。
「え?知らないの?愁先輩って、女遊びが激しいので有名じゃない。しかも、処女狙い」
「し、知らない…です」
頭の中で「そうなの?」とグルグルになる。先輩ってそんな噂があるんだ?
「それでも、願いたい女子は多いけどね。だって、あの容姿でいて更に理事長の孫でしょ。興味あるよね!清瀬さんは…菜月って呼んでイイ?」
「あ、どうぞ」
「私の事は、華南って呼んでね」
人なつっこい華南。容赦なく質問攻めしてくる。
「で、菜月は愁先輩の恋人なの?」
「滅相もないです!!」
ストレートな質問にアタフタしながら答える。
「私、愁先輩の事全然…何も知らないですし…」
「じゃあ、なんでキス?」
「私が聞きたいくらいです!」
皆が私の返答に耳を澄ませている。興味津々なのが伝わってくる。
「で、確認だけど…。やっぱり菜月は処女なの?」
「…うっ…」
多分私、真っ赤になってる。だって返しようがないんだもの。
「正直なんだねぇ」
華南は面白そうに笑う。笑っていたはずの華南が、一瞬で真顔になって私に近付いてきた。そして耳元で囁く。
「【月】には気を付けて」
その一言だけ言うと、また私から離れた。私は何の事だかわからずキョトンとする。
「そういえば…菜月も【月】だね」
「月?」
どういう意味があるのかわからなかった。でも、その意味はすぐ知る事になる。
***
授業初日が終わって放課後。
「清瀬菜月さん」
帰ろうと下駄箱まで来た時、背後から声をかけられた。それは愁先輩によく似た男性。
「…月村…蓮先輩…?」
「そう、どうも」
蓮先輩はフッと微笑む。愁先輩と似ているけど…似ていない。どこか冷めた笑顔。
「噂は聞いてるよ。今朝、愁に熱烈なキスをされたんだって?」
「え…まぁ…」
どう反応したらいいのか…微妙な反応をしてしまう。
「失礼な事をしたね」
「…どうして…蓮先輩が謝るんですか?」
「…どうして…かな…?」
私の事をジッと見つめる蓮先輩。
(何だろう…。この不思議な感覚)
よくわからないけど…少し怖いと思った。
「あの…私に要件でも?」
恐る恐る、声をかける。要件がないなら、できれば立ち去りたいと思ったから。
「いや。ただ、キミという女生徒を確認しておきたかっただけだよ」
「はぁ…」
「キミはキミの魅力に気付いていないんだろうね」
(私の魅力?)
私になんか何も魅力なんて無いのに。自分で言うのもなんだけど、普通女子だと認識してる。
「雑魚は牽制できても、他は無理だって思い知らされる。愁の力程度じゃ…ね…」
「?」
「この敷地内で力を持つ順序として、祖父・父・俺…で、愁には縛り付けれる権限はないって事」
「…何の事ですか?」
権力の事?そう思ったけど…それが私に何の関係があるのだろうか。
「血の事だよ。愁は月村の正当な血じゃないんだよね」
冷めた口調。私には関係のない事だけど…気になる。でも、聞いて良いのか葛藤してしまう。
そんな私を見て、蓮先輩は手を掴んだ。
腕を引かれ連行される。驚きながらも抵抗は出来ない。蓮先輩は近くの空教室に入ると、扉の鍵を閉めた。その行動に警戒する。
だって…誰もいない教室に2人きりで…鍵をかけられるって…これ程怖い事ない。
手を離されると、私は蓮先輩から距離をとった。いつでも逃げだせるように。
「何ですか?急に連れ込むのって…」
「キミに愁の話をしようかと思って」
蓮先輩は、窓際に進みカーテンまでも閉めた。
「密室にする理由は何ですか?」
「そんなの、誰にも見られたくないからに決まっているだろ?」
(危険度90%)
まさかとは思うけど…そんな事ないと信じるしかない。
「愁先輩の話って…私には関係ない事ですよね?」
「…どうかな?」
さっきから濁されているような気がした。それでも会話は続ける。
「愁は…正当な月村の人間じゃない。愁は…父の愛人の子だからね」
愛人…って浮気でデキた子供…って事?
「だから一族からすると、力のある存在じゃない」
「それだけですか?そんな話の為に…連れて来られたんですか?」
バカらしかった。だって、本当に私には関係のない話。それを聞かされる為だけにココにいる。
「キミは愁に相応しくない」
「相応しくないって…私、愁先輩とはただの知り合いでしかないですけど?」
段々、イラつきを感じた。
「強気だね…。嫌いじゃないよ、そういう女」
「!!」
身の危険を感じた。後ずさり、逃げようと踵を返す。だけど…蓮先輩の方が行動が早く、背後から覆いかぶさられ動きを封じられる。
「放して!」
(兄弟そろって、手が早すぎだ!!)
そう思う冷静な自分がいた。
「知らないだろう?」
蓮先輩がジッと私を見てきた。その瞳の色が紫色に変化する。
「!?」
蓮先輩の顔が近付いてくる。頬にキスをされ…そのまま移動する唇。その唇が…私の首筋に移動した。
スルリと制服のリボンが解かれ、第一ボタンを外された。
「な…何しようと…してるんですか?」
声が上ずる。
(怖い…)
ドクンドクンと心臓の音が脳に響く。
「本能の…ままだけど?」
「や…」
(怖…)
「あっ!!っあああああああああああぁぁぁっ!!」
校内に響き渡っていると思われるほどの叫び声…。
「ぅく…あ…」
熱い…体中が…熱くてたまらない。意識が途絶えそうだった。
「れ…蓮…先…」
振りほどこうにも力が強く…そして私が力が抜けて抵抗できない。今起きている事が把握できない。
(どういう事?何で…何で…蓮先輩は…)
「うっ…」
立っていられなくなり、私は倒れ込んでしまう。それを蓮先輩が抱きとめた。
「大丈夫…殺しはしないから…」
「…先…輩…」
血の気がなくなり…目が霞む。そして首筋を微かに血が伝う。
「キミの血…本当に魅力的だよ…菜月ちゃん」
(血…?)
「ごちそう様」
意識が遠のく中…足音が小さくなっていく。
(どういう事…?)
今…確かに…蓮先輩は私の首筋に噛みついた。そして…血を啜っていたんだ…。
「吸血…鬼…?」
(まさかね?)
…そう思いながらも、私はその場で座り込み…意識を手放した。
*****
それから少ししてから…私に呼びかける声がした。呼ばれる声に反応して、私は重い瞼を開ける。
「菜月!」
「…愁…先輩…?」
目の前に血相を変えた愁先輩の姿。私は不思議と安心していた。
「菜月…大丈夫か?」
「どうして…ココが?」
愁先輩はハニカミ、それには答えなかった。その代わりに私の事を強く抱きしめてくれた。
動くと響く痛み。思わず顔を歪める。
「…俺に…力はないんだ…」
「…」
愁先輩の言葉に、先ほどの蓮先輩の言葉を思い出す。そして、先ほどの出来事も…。
「…蓮先輩に…噛まれました…」
「…」
愁先輩は何かを考え込んでいるようだった。私は愁先輩の言葉を待つことにした。黙って…言葉を待つ…。
「察しの…通りだよ。月村の一族は…吸血鬼…だ…」
一瞬できた沈黙。私は深く深呼吸する。この不快な怠さを取り払うために。
「菜月は…知りようもないと思うけど…特殊な血を保持してるから…吸血鬼に狙われる…存在なんだ…」
愁先輩は意を決したように話し始めた。それは突拍子もない事。衝撃のあまり…言葉も出なかった。
「数百年に一度現れると言われている…特殊な血の女…。その血は…吸血鬼にとって…最高級品で…麻薬的存在って言われてる。
美味でいて…活力を与えてくれる…血。
吸血鬼は処女の血を好むけど…その非にならないほどだっていう話。
…女の血が熟すのは…16歳…。多分…16歳になった瞬間…血を求める吸血鬼が…菜月の前に出現すると思う」
「16…歳…?」
「16になる前の今でも…菜月からは…美味しそうな匂いがしてるくらいだから…多分、相当な数に狙われる可能性高いと思う」
愁先輩は大きく溜息をついた。
「愁…先輩も?」
(吸血鬼なの?)
私の言葉を察したらしく、力なく笑う。
「昨日会った、俺の父親と名乗った人…実は祖父だよ。本物の理事長で…月村の…始祖。つまり…あの方が…一族の長…。
理事長を名乗ってたのが…本当の父。月村は同族婚が多くて、蓮は…父と同族の女性が母親。
俺は…母親が不明。生まれてすぐに引き取られたから…父と祖父以外は知らない。
ただ…俺は…吸血行為に関しては目覚めてない。純血の吸血鬼以外は…つまり人間との間に生まれた吸血鬼は…17歳までに目覚めなければ…人間なんだ。
だから…俺は…わからない。だから…俺には力がない。
ただ月村の直系だから威嚇だけは…今の時点では可能なだけであって…あのキスに…効力はない」
「…」
私は大変な事を知ってしまったような気がした。他人事じゃない事実。
(この先…私は狙われる…本当に?)