凄腕の美容外科医が、豊胸手術で耐震装置を埋め込もうとする
ある若い女は、自分の貧乳に悩んでいた。
彼女は、『型崩れしないが、揉むと柔らかくなる』自然な仕上がりの豊胸手術を行う名医の噂を聞きつけ、その美容外科に訪れる。
「はい、次の方」
彼女が診察室に入ると、そこには、眼鏡をかけた、40代の大学教授のような美容外科医がいた。
彼女が椅子に座ると、美容外科医は診察を始めた。
「どのようなご用件で」
「あのー、先生、私の胸をAカップからGカップにして欲しいんですが」
「ああ、Gカップですね。わかりました。あと、胸に耐震装置を埋め込みましょう」
(!?!?!!!!!! なんで、胸に耐震装置を埋め込むんや!!! 私を実験台だと思っとんのか!! 頭に蛆湧いとんのか、この医者は!!!)
女はそう言いたかったが、凄腕の美容外科医の手術を受けたいがため、下を向き、なんとか、口に出すのを我慢する。
「いや、それはちょっと……」
「えぇ!! 欲しくないのですか? 空間に釘付けされる胸を」
(なんで空間に釘付けされる胸が欲しいんや!! 欲しいのは男を釘付けにする胸や!!)
またも、女は我慢し、声を振り絞る。
「で、でも……」
「いきなり、Gカップにすると肩が凝りますよ」
(肩凝りより耐震装置入れる方が怖いわ! 別のところ気を使えや! まあ、健康に気をつけてくれるのは嬉しいけど)
「自分の身体に耐震装置を入れるのは怖いのですが……」
「ああ、分かりますよ。昔、耐震テストの数値を誤魔化した偽装問題がありましたからね。不安になるのは分かります。でも、うちの耐震装置は大丈夫ですよ」
(そんな偽装、どうでもええねん!! そもそも豊胸自体が偽装や!!)
「いや、でも……」
「安心してください。うちの耐震性能は、正・真・正・銘の本物ですよ」
(だ・か・ら、豊胸に本物も偽物もないやろ!! 全部、偽物や!!)
「……しかし……」
「安心するためには、耐震性能をお見せした方が早いですね。こちらが手術例です」
(えぇ、手術受けた奴おるんかい!! なんのメリットがあるんや! アホやろ!!)
外科医の目の前のモニターで、動画が再生される。
半裸の女性が現れ、横を向く。
そして、小さくぴょんぴょんジャンプし始めた。
「ほら、見てください。乳首が固定されています。耐震性能バッチリです」
(だから、さっきから、なんのメリットがあるんや!! あと、それ、耐震じゃなくて、免震な。というか、自分の患者に何させとんねん!! 絶対、これは断らなあかん!)
「でも、将来子供を持った時、授乳が不安で……」
「それには、心配には及びません。こちらは、私の助手がまとめたアンケート結果です」
美容外科医は一枚のパンフレットを見せる。
『
【赤ちゃんアンケート結果】
耐震装置がついた豊胸の方が、おっぱいを吸いやすかったですか?
はい :68%
いいえ:30%
無回答:2%
』
「母体が動いていても、乳首が固定されて吸いやすいため、赤ちゃんにも好評です」
(嘘やろ! 赤ちゃんが答えられるわけないやろ! 絶対、赤ちゃんプレイしたおっさんやろ!)
美容外科医は、パンフレットのある箇所を指差す。
『
総回答数:3142人
ご協力ありがとうございました。
』
「十分に統計サンプルも取っています」
(3000人超!? 手術を受けた人、絶対こんなにおらんやろ! 絶対少人数やろ! そして、そいつら、赤ちゃんプレイのおっさんを、たくさん相手しただけやろ!!)
その下には、感想レビューが続いていた。
『
レビュー:ニュウジさん
吸いやすかった。よかった。
レビュー:永遠の生後半年さん
意外と飲みやすい。
レビュー:赤さん
私は疲れていた。傍若無人に振る舞われ、心も身体も傷ついていた。
そんな時、私は耐震装置が付いたおっぱいに出会った。そう、君は、赴くままに動いていた他のおっぱいと違った。母体の容赦ない揺れにも、流されることなく、耐え忍んでいた。君の、その、恥じらいを見せつつも耐えた姿に、なんとも言い難い興奮が私の中に湧き上がる。
その時、ふとした突然の揺れ。しかし、君はねっとりとした動きで、私を気遣う。そして、私はその動きに身を委ねた。耐震装置。それがあるだけで、私は身体だけではなく、心も優しく包み込まれていた。
』
(なんで赤ちゃんが官能小説みたいなレビューしとんねん!! そして、動いていないおっぱいに何興奮しとんや!!)
「他に不安はありますか?」
(不安だらけや!! どこに安心する要素があるんや!!)
とうとう限界に来た彼女は、いったん閉じた目を思いっきり見開き、
「いい加減にしてください!! 胸に耐震装置をつける美容外科医がどこにいるんですか!?」
美容外科医は、不思議そうな顔を彼女に向けた後、席を立ち、診察室の窓際に向かう。
そして、窓を開け、木漏れ日が照らす二階の窓の外を感慨深げに眺める。
「私は、日本の耐震装置は凄いと思っている」
(何、語り始めてんねん)
「横揺れ、縦揺れ、場所に応じて、様々な衝撃を和らげる。そして、この地震大国日本で多くの命を救った。直接数字には現れない、その貢献は計り知れないものだ。我々が送っている何気ない日常も、耐震装置が守ってくれたおかげかもしれない」
美容外科医は、窓の下で往来している人々を眺める。
「私は若い頃、人を救いたいと思い医術の道に入った。しかし、私には医療の才能はなかった。失敗を繰り返し、人の命を守ることはできなかった。周囲から孤立した私は、失意の中、美容外科に進んだ。幸いにも、私にはその才能があった。居場所を見つけた私は、がむしゃらに頑張った。長い時間を経て、十分に地位も名誉も得た時、ふと若い頃の志を思い出した。人を救いたいと。その思いは年々強くなった。そして、私は、多くの人を救った耐震装置を活かそうと、豊胸手術に取り込んだ」
(どこがどう繋がるんや! それに、活かす場所が違うわ! あと、人を救いたいなら、お前は、まず、目の前の貧乳女子を救えや!)
と言いたかったが、ぐっと堪え、
「……先生、胸に耐震装置をつけても人は救えません」
「そ、そうなのか……」
(当たり前や!!!)
「耐震装置を付けることが社会貢献になると思っていたが……私はやり方を間違っていたのか……ああ、今まで私が努力してきたのはなんだったんだろうか……無駄だったのか……」
(最初から気づけや!!)
との言葉が喉から出かかったが我慢する。そして、改まって、真剣な表情をし、
「先生! 先生は、ご自分の得意分野を活かして社会に貢献すべきです。まずは、私に、先生が得意な『型崩れしないが、揉むと柔らかくなる』豊胸手術を!」
「…………そうですね。あなたの言う通りかもしれない…………わかりました。再来週の火曜日の午前、空いてますか?」
「はいっ」
彼女は満面の笑みで答える。
「それでは、予約しておきます」
後日、彼女は、望んだ豊胸手術をしてもらいました。そして、満足して家に帰りました。
一方、美容外科医は、自動車メーカーと共同研究し、『型崩れしないが、揉むと柔らかくなる』豊胸技術を応用した『衝撃で柔らかくなる』緩衝材を開発。
内装素材に採用され、交通事故死傷者数の減少に貢献しました。