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役立たず聖女。追放されて毒沼のほとりで暮らしていたらいつの間にか沼が輝き出しました。〜スキル完全解毒がすごすぎた〜

作者: にょん

「リリア•ハーデンベルク。この国の第一王子として明言する。貴様から聖女の称号を剥奪し、正教会を追放とする」


 私の婚約者であったランドールが、そう言い放った。傍には美しい女性を侍らせている。彼女のルビーのような瞳は涙で潤み、全ての光を吸い込むような美しい黒髪は、艶めいてた。


 魔法が全てのこの国では、総じて魔力量で身分が決まる。魔力量は外見に現れ、瞳は赤ければ赤いほど。髪は黒に近いほど。その魔力量は上がっていくと言われている。


 かくいう私も黒に近い灰の髪と赤に近いピンクの瞳を持ち合わせているため、生まれてすぐに教会へと引き取られ聖女として育てられた。しかしまぁ、私には魔法の才能がからきしなく、魔力量だけが無駄にある。役立たず聖女と呼ばれていた。


 聖女は昔から王族に嫁ぐのが決まりだった。ランドールが生まれたのは私が5つの時。歳の近い聖女は当時私だけ。あれよあれよという間に婚約者になったが、5つも年が離れていてはお互い気を使う。お互いに男女として関わることも、気のおける友達として関わることできず、私たちは微妙な距離感のまま大人になった。

 ランドール様は今年で17歳。私は21歳。殿下が貰ってくれなければ、私は完全に生き遅れなのですが、まぁ、しかたがありませんね。その背中の女性が現れてしまったのだから。


 彼の背にいる黒髪赤眼の美少女は、一年前に突然として現れた16歳の少女だった。ここではない異世界という場所からやってきたという少女。その見かけを裏切らず、魔力量は私どころか大司祭をしのぎ、魔法の才能も桁違いで、この国に数々の奇跡を起こしてきた。


 彼女はその美しさと優しさで人々を魅了していった。ランドールもあっという間に彼女の虜になり、彼らは恋人関係のようになっていった。


「どうした。驚いて声も出ぬか?」


 ランドールが、何かに勝ち誇ったように嘲笑を浮かべる。まぁ、幼い頃はそんな邪悪な顔しなかったのに……。大きくなりましたね。殿下。


「お前は、俺の愛しいアリサのことも害したようだな!才あるものを陥れようとしたところでお前の評判があがるわけないのに……浅ましい」


 身の覚えのないことに回想から我にかえる。


「害するとは?」


 思わず聞き返すと、ランドールは顔を真っ赤にして激昂した。


「忘れたとは言わせないぞ!先日お前はアリサに食前酒と偽って毒杯を飲ませたそうじゃないか!!アリサはここ数日……生死の界を彷徨っていたのだぞ!」


 確かに、先日アリサと食事をした。教会が設けた交友会の場である。司祭が持ってきた酒を彼女にも勧めたが……。それに毒が?いや、私も飲んだし……なんなら飲み干したし……。


「誤解です。そんなことはしていません」


 教会を追放されることは別にいい。役立たず聖女と陰口を叩かれるのにも疲れていたからだ。たが、言われもない罪をなすりつけられるのは違う。


「しらを切るな!もういい。お前は俺の未来の花嫁であり、この国の新たな聖女であるアリサを傷つけたのだ。よって死刑だ。警吏!毒杯を!」


 警吏が私を抑える。もちろん抵抗をした。しかし床に伏せられ、顎を掴まれて口の中に杯を押しつけられる。おかしい。裁判もなしに仮も元聖女にこのような行い……。誰もが私に注目する。蔑んだ瞳たちの中で、アリサの瞳だけが弾けんばかりの悦びを浮かべていた。どくどくと喉に流れる苦味を感じながら私の意識は無くなった。



 チチチと、小鳥の鳴き声がする。土の匂いがする。肌寒さにくしゃみが出て、私は重い体を起こした。


 「ここは……そうだ。私、毒杯を……!」


 意識が、はっきりして喉を抑えるが、なんともない。声も出る。


 辺りを改めて見渡すと、朝霧に囲まれたその場所に誰かもう一人倒れていた。


 急いで介抱しようと近づくが、そこで絶句した。そこに倒れていたのは事切れた髑髏であった。一人ではない。よく目を凝らせば、辺り一面にポツポツと死体が転がっている。


 そういえば聞いたことがある。教会の近くに、墓地に入れられないような死刑囚の死体を捨てる毒沼があると。毒をもって罪を浄化することで、彼らは天に召されることができる。


 死体の腐敗はどれも早く。毒のおかげか、動物に食い荒らされてもいない。おそらく土壌にも毒が染み出しているのだろう。普通に埋葬するより分解が早く。彼らは早々に土に還る。


なるほど、ここに死体を捨てするのは理にかなっている。


 でも……なんで、私は生きてるのかしら。毒を飲まされたのよね?哀れに思った誰かが毒をすり替えたとか?いや、ここに捨てられるてる時点で温情も何もないか。


 いろんな考えが浮かんでは消える。とりあえず教会を除籍された以上帰る場所もないし。帰ってまた、殺されかけるのも勘弁だ。


 目覚めてから数刻経つが、朝霧かと思っていたモヤが一向に晴れることはない。これはもしかして毒の瘴気ではなかろうか。


 なんで、私はここにいて平気なのだろうか。一つの仮説が浮かび、私は毒沼に向かって歩みを進める。濃くなるモヤを払いながら、私は沼の淵までたどり着いた。刺激臭が鼻をつき、沼の水面はボコボコと泡を吹く。深緑のヘドロのせいで、底は見えなかった。


 恐る恐るその辺で拾ってきた木の棒で水面を掻き回す。じゅわりという音を立てた木の棒を揚げると、水面につけた部分が黒く焦げ、煙を出していた。


 その部分に触る。少しだけピリという感覚。しかしすぐにその感覚もなくなった。


「ちょっとだけ……」


 指の先。爪の先だけを沼につけてみる。ジュワッと音がしたが、それだけだ。痛みも何もない。ゆっくり。ゆっくりと指を手のひらを手首を沼に入れていく。


 瞬間、パチパチという音がしたかと思うと、ヘドロだけが私を避けるように水面を蠢いた。私が手をつけた周囲だけ、水が透き通り、水底が見えた。


 驚いて手を揚げると、ヘドロはまた水面を覆い隠す。上がった手は溶けてもいない。煙を吹いてもない。ただ濡れているだけ。


 ごくりと生唾を飲み込み、自分の手についた水滴を舐めとる。


「これは……ただの水だわ」


 両手でで沼の水をすくう。再びヘドロが避け、透明な水だけが手のひらの器にのこった。


 昨日から飲まず食わずだったのだ。喉はとっくにカラカラであった。ごくごくと掬った水を飲み干す。シュワシュワとした喉越し。きりり切れ味の残る飲み口。まるで湧水に炭酸水を入れたような美味しい水だった。


「わかったわ!」


 今まで私に魔法の才能はないと思っていた。しかしそれはとんでもない。私にあったのは毒耐性だ。しかも最上の。


 そう考えれば毒杯で死ななかったこと、食事会でアリサと同じものを飲んで平気だったこと。全てに納得がいく。生まれてこの方そういえば病気になったこともない。


 思い返せば、聖女で王子の婚約者だったのに命を狙われたことが一度もなかった。いや、きっと何度も毒を盛られていたのにこの毒耐性のおかげで大丈夫だったんだ!


 いろいろなことに合点がいき。頭のモヤが一気に晴れていくようだった。


「でも……」


 たらふく水を飲んでから、私は沼のほとりで大の字になって寝転んだ。


「だからって……なんの役にもたたんけど」


 まぁ、しばらくはこの沼のほとりで暮らしましょう。どうせ戻るところもないわけですし。



 それからひと月ほどが経ちました。


 なんと快適な一ヶ月だったでしょう。好きな時に寝て好きなときに起きる。


 教会の規律に縛られた窮屈な時間とはちがう。楽しく自由なスローライフ。まあ、元聖女らしく。ありあまる時間で、哀れな亡骸を土に埋めて祈ってやったりはしましたが。


 毒沼には毒耐性のある魚たちが棲んでいたので、食に困ることはなかった。おまけにここで釣りなんてする人はいませんでしょ?警戒心のない魚は私でも簡単に捕まえられました。


 日課の水浴びをしていたところでふと私は違和感に気がついた。仰向けでぷかぷかと水に浮かぶのが楽しかったのに、今日は眩しさに目をあけられない。


 太陽が見える。


 毒の瘴気が晴れている。それに気がついた私ははたと泳ぐのをやめて立ち上がった。


 辺りを見渡すと、沼の緑のヘドロは一切なくなり、まるで空を映す鏡のような雲を映した水面。その下には底まで透き通る輝く水が広がっていた。


 沼のほとりには花々が咲き乱れ、いつからか小動物たちもこの沼の水をの飲みにやってきていた。


 なんということでしょう。私はこの不毛の毒沼地を完全に解毒してしまったようです。死体置き場には勿体無いユートピアがすっかりと出来上がっています。


「まぁ、いいか」


 でもまぁ、別に責められるようなことはしてませんし。むしろ快適なスローライフに拍車がかかる。のほほんと暮らしていきましょう。


 そんなある日。死体を捨てにきた教会の者たちにこの沼の惨状?がバレてしまい。私は奇跡の聖女として再び、教会の人々に連れ戻されることになった。いや、抵抗はしたんですよ?でも無理に引っ張られれば叶わないじゃないですか。


 そこで連れて行かれたのは王宮の、ランドールの寝室でした。


 そのベッドで寝かされていたのは、すっかり青い顔をして、頬と眼窩のこけたランドールの姿でした。


「まぁ、ランドール様……一体これは?」   


 執事に詰め寄れば、彼は重々しく口を開いた。私が追放されてしばらく。王が崩御し、ランドールは戴冠をした。ランドールはアリサを王妃として迎えた。しかし、それからすぐにランドールは病に倒れた。彼は自分の代理としてアリサを指名。彼女は王の代理として国を好き放題に贅沢三昧。税ばかり重くし、この短時間で隣国との戦争も秒読みになっている。


 彼女に逆らう者は粛清として毒杯を飲まされた。周りがどんなに言ってもランドールが彼女を止めることなく、このまま彼が死ねば、彼女は女王としてこの国を治めることになるという。


「医者もお手上げ状態で……ランドール様はなぜかアリサ様の持ってくる薬しか飲まないのです。最近はそれ以外は食事も受け付けなくなりました。とても虫が良いことを言っているのはわかっているのです。貴方を殺そうしたこの方を、許して欲しいとも言いません。だが、どうか私の願いを……ランドール様の命をお助けください」


 そんなこと、できるかわからない。確かに毒沼を私は浄化した。だが病まで浄化できるのだろうか。十中八九彼はアリサに毒を盛られているのだろう。依存性の高い猛毒。分からないが、やってみるしかない。


 ただ私は彼の手を握って祈った。私と彼は恋人でも友人でもなかった。強いていうなら年の離れた姉弟。だから、弟が死ぬところなんて見たくなかった。


「アリサ様は三日に一度、ランドール様を見舞いに来ます。それまでにどうか……」


 ゆっくりと、ゆっくりと彼の毒が消えていく感覚がする。解毒を始めて三日目の朝。ようやっと彼の顔に赤みが戻り始めた。

 

 しかしまだ予断を許さない状況だ。完全解毒を目指したいが、夕方になれば、アリサが戻ってくるという。そうすれば新たにまた毒が盛られ、今までの解毒も水の泡だ。私の存在はバレてしまうだろう。そうなれば執事もろとも私は改めて処分される。今度は毒杯ではなく縛首や斬首で。


 もう半刻でアリサが戻ってくる……。そう告げられ、私は焦った。まだ完全解毒には程遠い。もしも、私の全てに解毒の力があるのであれば、一か八か……。


 私はランドールから手を離すと、彼の顔を覗き込み、その唇に自分の唇を重ねた。


 執事長は私のしようとしていることに気がついたようで、気を遣ってかそのまま部屋を出ていった。


 舌でその口をこじ開けて私は彼の中に自分の魔力を流していく。


 私の全てに、私の魔力の全てに毒を浄化できるの力があるのであれば、彼に私も魔力をあげればよい。もちろん祈りを込めれば皮膚からも魔力供給は可能。しかし粘膜接触であれば供給量はその比ではない。


 私の魔力を流し初めてすぐ。それをもっと求めるように彼の舌が私な口内にも伸びてきた。私の中に彼の魔力が流れ込んでくるのが分かる。その中には彼の中に蓄積された毒が混じっていた。それを私の魔力が浄化し、彼の体に入っていった私の魔力が脅威的なスピードで排出しきれない毒を解毒していく。


 日が翳る頃。私はやっと彼から離れることができた。


 汗だくのまま見下ろすと、すっかりと顔に赤みを取り戻したランドールと目が合った。


「ああ、殿下……。その、大変オヒサシブリデス」


 今更ながら自分のしていた行為に酷い恥ずかしさを感じ、私は急いで、彼から離れようとした。


「殿下。本当に申し訳ございませんでした……!解毒のためとはいえ、こんな不敬なことを……」


 ランドールは半身を起こすと、離れようとするそのまま私を抱きしめた。


「殿下……?」


「ありがとうリリア。俺は、ずっとアリサに薬を盛られていたんだ」


「ええ、知っています。王が崩御されてから体調を崩されたと」


「いや、父が死ぬ前からだ。アリサは俺に惚れ薬を飲ませていたんだ。……薬のせいでアリサしか見えなくなって……君に毒を飲ませるなんて……本当に申し訳ないことをした」


 頭を下げるランドールを見つめていると、ポロポロと涙が出てきた。そんな気は無かったのに、今までは全く平気だったのに、悔しいのかも悲しいのかも、嬉しいのかも分からない。ただ、後から後から流れては止まらないのだ。


「本当ですよ……。私、貴方に殺されたんですよ。知ってます?毒って苦いんですよ」


 毒を飲まされていたから、惚れ薬を飲まされていたから。そんなの関係ない。あの沼地でのスローライフは確かに楽しかった。だが、所詮は結果論なのだ。ランドールが私を殺したのは事実で。捨てたのも事実で、信じてくれなかったのも事実だ。薬が効いていたからだ、としても、その事実は変わらない。


「知っている……すまなかった」


「……許しませんから」


「分かってる……すまなかった」


 私たちは仲の良い友人ではなかった。恋人でもなかった。疎遠な姉弟程度の関係。それでもずっと一緒に育ってきた。いつか夫婦となる二人だった。そこに愛があってもなくてもきっといつか結ばれる二人だった。


 だからこそ。思う。


「殿下が死ななくてよかったです」


「俺も、君が死んでなくて本当によかった」


 見つめ合い、もう一度キスをした。


 魔力供給とは関係ない。ただ付いて離れるだけの行為。愛情にはまだ遠い、友情と親愛を含んだ。そんな行為だった。





 その後、夕刻にランドールの部屋を訪れたアリサは警吏に捕縛された。


 すっかり毒が抜け切ったランドールと、そばにいる私を見たアリサは幽霊でも見たかのように半狂乱になって全てを自白した。


 毒生成。それが彼女のもつ魔力であった。


 この国を乗っ取ろうとしていた彼女は、まず手始めに聖女であった私に成り代わろうと、私の毒殺を計画、交友会で毒を盛った。自身が疑われぬよう死なない程度に毒を飲んだが、何故か、私には毒が効かず、計画を変更。惚れ薬でランドールを自身の言いなりにさせ、私に毒殺の罪をなすりつけて追放、死刑に追い込んだ。


 その後、王に毒を盛り殺害。王位を継いだランドールに依存性の高い毒を盛ってその王位を奪って、この国そのものを乗っ取ろうした。


 王族関係者の殺害及び殺害未遂。数々の臣下の不当な処刑。死刑は免れず、私ほどではないが、半端な毒が効かぬ彼女は、斬首によってその命を散らしたと効いた。彼女の血が染み込んだ土壌は穢れ、私の解毒の力をもってもそこに再びに草木が生えることはなかった。


 ランドールはアリサが乱した治世を整えることに奔走し、彼女に無意味に命を散らされた者たちへの贖罪を続けている。 


 私は完全解毒の力を認められ、再び教会に戻るよう強く引き止められたが、断った。今は病院で働きながらその力を人々との病気の治療に役立てている。 


 ランドールは視察と称してよく病院に訪ねてくる。今は、二、三世間話をして別れる関係。


 でも、彼は毎回。私に花束をもってくる。顔を赤めて、「院内に飾るとよい。」と大輪の花々を押し付けてくる。


 私は知ってる。この花は、彼があの沼地でこっそりと摘んでくるものだと。それが彼の贖罪なのか別の感情なのかは分からない。


 私のことを殺そうとした彼を私は許すことはないだろう。 


 ただ、気づいてる。幼かった弟のような彼の顔が、最近少しずつ。色をもった男性のそれになっていることを。


 ただ、少し。もう少し彼のことは弟のように思っていたい。

 その甘い毒のような感情は、私でも解毒できなさそうだから。


end

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