反撃の決意
―――海洋都市バルカス
インディゴ公国の海の玄関口、海洋都市バルカスの海岸線に沿った郊外に塀で覆われた区画があり、そこがインディゴの有する海軍の軍港である。
朱色の女皇帝から下船したバサラは、この軍港の司令官とシニストラに対して前線基地を仮設することを説明するためにやってきた。
一通り軍とその話もついて、一息吐きながら軍港の兵舎の外に出たバサラが見たものは―――
「―――なんだ!?」
―――空中を泳ぐように飛ぶ巨大なエイ型の魔物と、その背中に載せられたシニストラの軍船。
百匹近い巨大な魔物に運ばれる軍船という光景に、バサラはこの世界で生きてきた中でも最大の驚きを覚える。
呆然と見つめる中、軍港の上空まで来たその魔物から何かが飛び降りて落下してくるのを目にした。
「ッ!?―――何か来る!!」
バサラの周囲にいた軍港の兵士達も訳が分からないといった表情で固まっていたが、
「―――早く司令官に伝えろ!他の者達も部隊に報告して防衛の準備を!!」
事態にいち早く反応したバサラの声で一斉に自らが行うべきことに向けて走り出した。
『身体加速』と『身体強化』を用いて、ひと飛びに兵舎の屋根の一番高い見晴らし台まで飛び昇ったバサラは、そこで巨大なエイの魔物の動きに違和感を覚えた。
「バルカスに向かう一団と……もうひとつ、分かれた一団があるぞ……あの方角は、まさか!?―――ディオスタニアに向かっているのか!!」
大空で分かれていく魔物の船団―――
ひとつはこのバルカスの上空に、そしてもうひとつの集団が向かって行く方角にあるのは、首都ディオスタニアだということをバサラはすぐに気がついた。
そして、バルカスに残った一団のエイ型魔物が載せた軍船から次々に黒い影が落下してくると、それは―――
―――人間が纏う鎧を身に着け、
―――手足も人間と同じく見える、
しかしその首から上は―――巨大な一つ目だけが見開いた肉塊のようなものだけが乗っている。
その醜くも悍ましい姿にバサラはゾクリと背筋が寒くなるのを感じていたが、ここで引いてしまってはバルカスが陥落してしまう。
それはこのインディゴ公国のシニストラに対する要所を失うことになってしまうのだ。
「……この地を失うわけにはいかない」
バサラは静かに腰に差した漆黒刀=『黎明』を抜刀する―――
黒神龍の御子、九頭竜八雲から贈られた世界最硬の武器。
八雲の《付与魔術》によって柄の中には各属性魔術の魔法石が、魔術の増幅効果をもたらすように仕込まれていることも八雲から説明を受けている。
「ここは―――絶対に護る!!!」
屋根から飛び降りたバサラは矢の様に飛び、シニストラの魔物兵に向かっていくのだった―――
―――軍港近くで戦闘を繰り広げるバサラ
「ウオォオオ―――ッ!!!」
振り抜いた黎明の斬撃が魔物兵の身体を鎧ごと分断する―――
バサラに続いて軍港から出撃した兵士達も武器を手に魔物兵の軍団に突撃をしてきて、続けて空中の軍船から飛び降りてくる魔物兵を撃退していった。
しかし―――
「AGYERAAAA―――ッ!!!」
―――口のない巨大な眼だけの肉塊が、喉だけを鳴らしているのか異常な叫び声を上げて、その肉塊が蠢くと同時にシュルシュルと触手を何本も伸ばしてまるで鞭のように、時には槍のようにして反撃を開始した。
その攻撃に軍港の兵士達はある者は貫かれ、またある者は鞭の様な一撃に吹き飛ばされていく―――
―――バサラにも襲い来る攻撃に
(―――しまった!!)
死角から貫いてくる触手の槍が懐まできて回避不能だと悟ったバサラは死を直感する―――
―――しかし、
鋭く尖った触手の先端がぶつかった衝撃は感じたが、八雲からもらった黒神龍の革で造られたコートが貫かれることはなかった。
「このコートも刀同様、とんでもない代物だな……」
バサラは改めて八雲が贈ってくれた黎明と黒神龍のコートの性能に驚きの声を上げる。
黎明も黒神龍の鱗から出来ているというだけあって刃こぼれなど勿論しておらず、さらに重厚な鎧の上から斬り掛かっても鎧をまるで紙の様に簡単に斬り裂くという業物だった。
バサラはその黎明を改めて握り締めて、再び迫りくる魔物兵の群れに突撃する―――
軍港の兵達と混戦を繰り広げているバサラの元に、
「―――バサラッ!!!」
空から舞い降り、その勢いで周囲の魔物兵を大量に斬り裂き着陸した八雲が飛び込んで来た。
「八雲!!―――来てくれたのか!助かったよ」
笑顔を見せるバサラに八雲は―――
「―――ルシアが攫われた」
―――苦悶の表情でバサラに先ほど起こったことを告げた。
「はっ?なんだと!?一体どういうことだ!!」
笑顔が一変して真剣な顔に変わったバサラが八雲に詰め寄る。
「朱色の女皇帝で空に上がった俺達の前にルドナが現れた……その直後に船内で魔物が出現した反応を捉えて、この人達みたいに肉塊を植え付けられたウルスラが……ルシアを捕らえて……」
「そんな……ウルスラが……ルシア……」
呆然とするバサラ―――
「恐らくディオスタニアの屋敷にルドナが現れた時に、ウルスラにはこの肉塊が植え付けられていたんだと思う……気がつかなかった」
―――ウルスラのことを気が付けなかったことに八雲は暗く沈むが、
「―――助けに行く」
バサラの即決の声に、八雲も顔を上げて頷く。
「そう言うと思ってた!―――それに……やられっ放しっていうのは嫌だからな」
言い終わる時には『殺気』の籠った真剣な表情になる八雲を見て、バサラもまた頷く―――
「今からシニストラに乗り込む!!」
―――八雲の宣言と同時に、
空には天翔船朱色の女皇帝がその雄姿を現したのだった―――
―――朱色の女皇帝に乗り込んだ八雲とバサラ
朱色の女皇帝は再び動力炉の球体に八雲が直接大量の魔力を急速充填することで正常を取り戻していた。
バルカスにはブリュンヒルデとラーズグリーズが八雲の要請で残り、残りの魔物兵の掃討を目指すことになった。
「八雲、あのエイの化物の半分がディオスタニアに向かって飛んでいったのはどうする?」
バサラの問い掛けに八雲は頷きながら、
「ああ、それは俺も見えてた。そっちの方はディオスタニアに残ったフォウリンに伝えてある。向こうにはヴァーミリオン皇国軍も残っているから、向こうのことは任せよう。俺達はこのまま―――」
続けてバサラが、
「―――シニストラの首都モシロフ、そこにあるグレイストルス城に乗り込む」
と意思疎通して答えた。
「アテネ!進路をシニストラの首都モシロフへ!!―――やられたら百倍返し!!!」
「了解しました―――重力制御部正常、風属性推進部―――微速前進から高速飛行へ移行」
アテネが朱色の女皇帝の進路を決定して操舵開始すると、艦橋に集まった八雲、バサラ、そしてイェンリンとフレイアは窓の外、シニストラの方角を見つめていた。
「ルシア……無事でいてくれ……」
バサラはそっと呟くように祈りを捧げるのだった―――
―――シニストラ帝国
シニストラの首都は南部寄りの場所にあり、その名をモシロフという。
またの名を―――鉄血都市
そんなモシロフの中央に聳え立つのは、皇帝の城―――グレイストルス城だ。
重厚な黒い外壁に囲まれた堅固な城であり、鉱石の産地というだけあって国で産出された鉱石を用いて鉄壁の護りを築いている。
そんな黒い城のことを国民達は正式名よりも『鐵城』と呼び畏怖していたのだった……
―――しかし、その鐵城の城下にはその畏怖を通り過ぎて恐怖を感じる者しかいない状況に変貌していた。
現在の『鐵城』の国民の誇りと畏怖の対象だった重厚な城壁は、鉱石の城壁から醜い肉塊のような物が彼方此方に貼り付くように配置され、その肉塊から見開かれた目玉がギョロギョロとまるで防犯カメラのように周囲を見張っている様相を呈している。
戦える男達は若者から老人に至るまで、その殆どが『魔種』と呼ばれる肉塊にその身を乗っ取られてインディゴへと向かっていったため、今は女子供くらいしか残っていない。
その残された者達も首都の外壁の門が封鎖されていることで、外に逃げ出すことも出来ずに身を縮めて恐怖に堪えて生きている。
もはや魔物の巣窟と化したグレイストルス城の地下牢獄で、全身を触手に縛られて壁に吊るされたルシアがいた―――
「……んっ……んんっ……うん?」
―――ようやく意識を取り戻したルシア。
「……ルシアさま」
そのルシアの名を呼ぶ毎日聞き覚えのあった彼女の声が、ルシアを急速に覚醒されていく。
「……ウル、スラ……ウルスラ!?」
眼を見開いて声の方角を見たルシアは、思わず息が止まる―――
「ウルスラ……そんな……」
―――そこには、上半身裸で佇むウルスラがいた。
その腰から下は完全に肉塊に飲み込まれ、そこから這い出た触手がルシアを縛り、壁に吊るしているのだ。
「うっ……うぅ……もう、しわけ、ございません……ル、シア、さま……」
涙を流して謝罪するウルスラを見て、どうやら自分を拘束しているのはウルスラの意志ではないということを理解するルシア。
「貴方は何も悪くはない……そうでしょう?だから、泣かないで……ウルスラ」
薄暗い地下牢の中で恐怖と混乱が渦巻く中でルシアも瞳に涙を溜めながら、それでも懸命にウルスラのことを慰めようとする。
それでもすでに人の姿ではなくなり、自分の意志とは関係ないとはいえ主の身体を拘束していることに涙が止まらないウルスラだった。
「ここは……何処なの?」
泣きじゃくるウルスラに問い掛けるルシアだが―――
「―――ここはグレイストルス城……我が魔神城にようこそ。神剣の守護者よ」
―――その問いに答えたのは、全身に赤い入れ墨の走る漆黒の肌をした魔神ルドナ=クレイシア・アンドロマリウスだった。
妖艶な笑みを浮かべてルシアを悦に浸る瞳で見つめるルドナ……
「……魔神……ルドナ=クレイシア・アンドロマリウス」
そのルドナをルシアは静かに睨みつけるのだった―――




