魔神の計略
「―――此方です。ルシア様」
ウルスラの案内で船内を移動するルシア―――
「どこまで行くの?ウルスラ」
「もう少し先でございます。黒帝陛下によれば、大きな船は中心に行けば行くほど安全なのだそうでございます」
「へぇ、なるほどね。私のためにそんなことまで調べてくれて、ウルスラには本当に感謝しているわ」
「……」
「……ウルスラ?」
急に黙り込んだウルスラに違和感がしたルシアだったが、
「―――此方でございます」
案内された場所には真紅の扉と壁に覆われたような場所に辿り着いた。
「……此処は?」
「此方はこの船の心臓部、黒帝陛下曰く、バイタルパートで覆われた動力部なのだそうです」
「心臓……動力部……では此処は……」
「はい、此方の中にはこの船を空に飛ばしている魔力動力を制御する仕掛けが収められています。それ故に此処の防御が一番堅いのだと教えて頂きました」
「でも勝手に入っていいのかしら?」
「大丈夫です。逃げ込むなら此処にしろと言われていますから」
そう言って真紅の扉を開くウルスラ。
その中には―――
「……すごい」
―――淡い光を放つ巨大な球体状の物体が安置された広い部屋があった。
巨大な球体は平屋の家ほどの大きさがあり、その淡い光は魔力の輝きだということがルシアにも感じ取れた。
「此処がこの船の心臓なのね……もの凄い魔力を感じるわ」
「……」
「ウルスラ?どうしたの?どこか具合でも悪いなら、此処で一緒に休んでいましょう」
どうも様子がおかしいウルスラに気づかうルシアだったが、ウルスラは背中を向けたまま動こうとも振り返ろうともしない……
「……ル、ルシア……さま、どうか……逃げて……」
震えながら声を振り絞るウルスラに近づくルシアは、不安になりながらも彼女の肩を叩く。
ゆっくりと振り返るウルスラの顔を見た瞬間、ルシアは血の気が一気に引いていった―――
「ウ、ウルスラ……」
―――振り返ったウルスラの顔は今まで見た事もないくらいに醜く歪み、更にそのメイド服の下ではまるで何か生き物が蠢いているように異様に波打っていく。
「キシャシャ―――ッ!!!だからぁ、早く逃げてって言ったのにィイイイ―――ッ!!!」
歪み切った醜い笑みを浮かべながらウルスラの姿が人間ではない何かに変わっていく―――
「キャァアアア―――ッ!!!」
人間の姿が崩れ落ち、服を突き破って肉のような筋肉のような触手が部屋中に伸びて広がっていく様子に、ルシアは悲鳴を上げた。
「あああ、ウルスラァ―――ッ!!!」
服が弾け飛び、裸になったウルスラの腹部にはまるで肉塊のような赤黒い物が根を張るようにして貼り付き、その表面には粘膜のような瞼を開いた巨大な眼が見開いてルシアを見つめていた。
ウルスラは意識を失ったのか、ルシアの呼び掛けにも反応しない。
「そんな……こんなことって……」
そう言って恐る恐る後退りするルシアだったが、ウルスラの身体に張り付いた肉塊から伸びた触手が一気に迫ってくる―――
「イヤァアアア―――ッ!!!」
―――その一瞬で身体中に触手が巻きついて、雁字搦めにされてしまったルシアの身体は部屋の空中に持ち上げられる。
その悍ましい体験にルシアの意識はそこで途切れるのだった―――
―――朱色の女皇帝の外でルドナと対峙する八雲
【―――マスター!!艦内に魔物の反応が多数!!増殖するように艦内に広がっています!!!】
焦りの伝わるアテネの『伝心』に、八雲は何故と疑問を浮かべながらも犯人は目の前のルドナしか考えられない―――
「お前っ!一体何をしたっ!!」
揺れ動く朱色の女皇帝のハッチに掴まりながら八雲はルドナに怒声を上げる。
【ハハハッ!!―――そうだぁ!その顔が見たかった!!そのまま海に落ちるがいい!!!―――では我等はインディゴに向かうことにしよう。短い再会だったが、もう会うこともないだろう、九頭竜八雲!!!】
そう言って《投影》で映し出した姿を消し去るルドナ―――
【マスター!!重力制御部の中から異質の魔力を検知!そこから通路を通って艦内に魔物の反応が拡大中!!】
―――立て続けにアテネからの緊急事態の報告が続く中、朱色の女皇帝はその艦体を大きく揺るがしながら海に向かって旋回を引き起こし下降していく。
【立て直せるか!!―――アテネ!!!】
【重力制御部で障害を引き起こしている魔物を倒さなければ無理です!!】
真面な飛行状態を維持出来ない朱色の女皇帝を何とか操舵しようとアテネも努力するが、ルシア達の向かった動力制御部の異常を取り除かなければ体勢を立て直すことは出来ない。
【マスター!格納庫のハッチが―――何者かに開かれています!】
【なんだって!?クソッ!!―――そっちには俺が向かう!アテネは艦の立て直しに全力を注げ!!】
【了解です!!】
揺れ動く艦の中を『思考加速』で接点を定めて、八雲は疾風の如く艦内の通路を駆け抜けていく―――
するとイェンリンが後ろからついてくるのが分かった。
「―――八雲!一体どうなっている!!」
イェンリンもまた八雲と同様に『思考加速』により揺れ動く中で壁や床の接点を定めて高速の動きで八雲に続いていた。
「ルドナが何か仕掛けたのは確かだけど何をされたのかはこれから確かめる!」
「分かった!余も行くぞ!」
八雲は先に無属性魔術付与重力制御部へと足を向け、そして真紅の扉が開かれていることを視認すると、そのまま動力部へと飛び込んでいった―――
「ウッ?!―――これは!」
「なんだ!これは!?」
八雲とイェンリンが見たものは重力制御の巨大な球体に張り付いた赤黒い肉の塊のようなものだった。
触手を伸ばして球体の制御部を覆い、ビクビクと脈動しているのが不気味に映る。
「このっ!―――化物がぁあ!!」
八雲が黒刀=夜叉を抜き、その肉塊に斬りつける―――
―――同時にイェンリンもまた黒炎剣=焔羅を鞘から引き抜き、神速の剣技で肉塊を切り刻んでいった。
弾けるようにバラバラになっていく肉塊と触手が切り刻まれると、覆われていた重力制御部が息を吹き返したように再び淡い光を放ち始める―――
すると今まで揺れ動いていた朱色の女皇帝の振動が徐々に収まり平常を取り戻していく。
【アテネ、重力制御部の魔物は退治した。艦体は問題ないか?】
『伝心』でアテネに確認を取る八雲だったが、そこでアテネが焦った声で―――
【艦内にルシア嬢の反応がありません。先ほど開かれた格納庫のハッチから外に出たものかと思われます】
―――『索敵』で艦内の状況を確認していたアテネの結果報告に八雲は愕然とした。
「―――外に出る!一番近い外部ハッチを開けてくれ!!」
八雲の指示にアテネがすぐ傍にある外部ハッチまで『伝心』で誘導すると、イェンリンと共に艦の外に飛び出す―――
振動の収まった甲板に飛び出した八雲が空中の周囲を見回すと、重力制御部にいた魔物と同じような魔物が《空中浮揚》で浮上していくのが見えた。
『遠見』スキルでその魔物を確認すると―――
「ルシアァアア―――ッ!!!」
―――肉塊に触手で巻き取られたルシアの姿を見た瞬間、八雲は蒼白いオーラに包まれてオーバー・ステータスを発動して矢の様に高速飛行で肉塊に向かって飛び立つ。
すると巨大な肉塊の飛び立つ先に待ち受けていた巨大なエイの魔物が見えると―――
「しつこい男だ―――死ねぇええっ!!!」
―――空中に浮かぶエイの背中に載った軍船の甲板に立つ魔神ルドナが、肩の高さに持ち上げた掌の先に巨大な炎の球体を作り上げると、眼下の八雲に向かってその炎の塊を投げつけた。
まるで小型の太陽のようなその炎の塊は一目で超高温の炎の塊だということが知れる―――
「―――ルシアを返せぇええ!!!」
空中を飛ぶルシアを巻きつけた肉塊を避けて、その後ろから迫る八雲に向かい一直線に突き進む炎の塊を八雲は手にした夜叉で一閃斬りつける―――
「ウッ!?―――なにっ!!」
―――弾けて消えると思っていた炎の球が、斬りつけた途端に分裂し、空中を幾度も旋回しては追跡してくる八雲を狙って襲い掛かってくる。
その間にルシアを連れた肉塊はルドナの軍船の口を開いた格納部に吸い込まれるようにして姿を消した―――
「ふざけるなよっ!!!」
―――まんまとルシアを攫われた八雲は、魔術で軍船を攻撃しようとするが、
「此方には小娘がいるのだぞ?その船を攻撃するのか?」
ルドナの言葉に発動しようとしていた魔術を収めざるを得なくなる―――
【アテネ!あのエイを撃ち落とせるか?】
『伝心』を用いてアテネに炎弾放射が可能か問い掛けるが、
【先ほどの制御部への侵入で魔力を抜き取られたようです……今は艦体を制御するのが精一杯です】
と、無念が滲み出たような声で返答が返ってきた。
しかもアテネが伝えた通り、制御部に貼り付いていた肉塊が動力部の球体装置から魔力を吸収してしまったため、艦の体勢を立て直すことすらままならない。
八雲もまたルドナの放った巨大な炎の塊に追われ、旋回しながら回避しつつもルドナの軍船に近づくことすら出来ないでいる。
イェンリンもまたルドナが放った炎の塊が八雲同様に襲い掛かってくるため、焔羅で切り刻む度にその数だけ炎が増えていくという足止めにイラ立ちを覚える。
「ええい!!まったくもって鬱陶しい!!!―――いい加減に消えろっ!!!」
焔羅に魔力を注ぎ込み風属性魔術を発動したイェンリンの剣が、振り抜いた瞬間に引き起こされた竜巻により、増えた炎の塊が舞い上げられて視界から消えていく。
「行けっ!―――八雲っ!!!」
道を切り開いたイェンリンが八雲に軍船へ向かえと声を張り上げた。
「サンキュー!!!」
ルドナの軍船に突撃を決行する―――
―――だが、あと少しで船に飛び乗るといったタイミングで、鋭利な刃が八雲に向かって振り抜かれる。
「ウオッ?!―――グレイピーク!!!」
軍船の船上から刃を伸ばして迎撃してきた者は妖魔のひとり―――
―――グレイピークだった。
しかも以前対峙した時とは雰囲気が変わり、ルドナと同じように赤い入れ墨のような模様が身体に浮かび上がっている―――
「……この船へ乗り込むことは許さん」
―――甲板から《空中浮揚》で八雲の前に浮かぶグレイピーク。
妖しく鋭い視線で睨みつけて八雲を見据える―――
―――そうしている間に軍船には黒い球体のようなものが生じ、船を乗せた巨大なエイごとその黒い球体に飲み込まれる。
「何だっ!?何をしている!!」
八雲とイェンリンがその黒い球体に驚いていると、軍船を覆う黒い球体が震えた瞬間にシニストラ帝国方面へ向かって目にも止まらぬ速さで飛び去っていった―――
「―――逃げるのか!!!」
―――恨めしい声を張り上げる八雲。
「神剣の守護者は頂いた……取り戻したくばシニストラまで追ってくるがいい。だが、今はバルカスをどうにかする方が先ではないか?」
そう言って刃と化した腕でバルカスの方向を指し示すグレイピーク―――
―――その先に見えるバルカスには、先ほどの巨大なエイに載る軍船から飛び降りる魔物兵士が次々に地上に降下、上陸している様子が見て取れた。
「八雲!!残念だが今はバルカスを防衛することが先だ!!!」
悔しそうな表情を浮かべてイェンリンが叫ぶ―――
―――そしてグレイピークもまた黒い球体にその身を包み込むと、目にも止まらぬ速さでシニストラ方面に向かって飛び去っていった。
「クソがぁああ―――!!!」
ルシアを攫われた八雲は悔しさとルドナに対する憎しみが心を支配する。
「八雲……」
シニストラの方角を暫く睨みつけた八雲は、振り返ってバルカスの防衛に向かうのだった―――




