血の総軍
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―――その数にして十万はいるだろう真紅の兵隊が隊列を組んで丘を埋め尽くしているのを見て、空中で黒弓=暗影を握り締めながら驚愕の表情を浮かべるサジテールは、
【どういうことだ!?―――スコーピオ!フォーコンは女王と四騎士だけで外出しただけだと言っていただろう!!この兵の数……少なく見積もっても十万はいるぞ!!】
『伝心』で空から見えるフォーコン軍の、その桁違いの兵数にその声から焦りが滲む―――
【すまない……城を出た時には、確かに女王と護衛の四騎士だけだったんだ】
【―――サジテール!!スコーピオが言っていることは間違ってないよ!僕が見張っていて城を出た時から此処まで一緒に監視してたんだ!】
【そうです!スコーピオに落ち度はありません!】
サジテールから飛んだ叱責に、スコーピオを弁護するようにヘミオスとジェミオスが割って入る。
【……だったら、あの兵は途中で合流したのか?】
冷静さを取り戻したサジテールが落ち着いて問い掛けると、
【今……此処で現れた……】
【……は?……何を言って―――】
【―――本当です!あの女王が突然、馬車から降りてきて手首を切って血を流し出すと、その流された血が兵隊になったんです!】
ジェミオスの説明を『伝心』で聴いていた八雲達も、その現実離れした話に声も出ない……
そんな八雲の元に黒大太刀=因陀羅を肩に乗せたノワールがやって来ると―――
「遂に出してきたな……『血の総軍』を」
「どういうことだ、ノワール?血の総軍って?」
八雲の質問にノワールは全員に分かるように『伝心』で説明をし始める―――
―――フォーコン王国には国民である魔族で編成された正規軍が存在する。
―――しかし、それとは別にフォーコン王家の血に伝わる『血の総軍』という自らの血から生み出す兵達の軍隊も存在するということを。
「血の総軍……たったひとりの吸血鬼が軍隊を生み出すっていうのか?」
突拍子もないノワールの話しを聴いていた八雲は問い掛ける。
「正確にはひとりではない。八雲、我等に近いほどの長い寿命を持ち、尋常ではない自己修復能力がある吸血鬼が死ぬ条件は何だと思う?」
「え?それは……なにか弱点があるとか?」
「そんなものはない。だが、吸血鬼は確実に代替わりしている。それは、吸血鬼の最後が子孫に自らの命を吸わせることで死を選ぶからだ」
「……自殺ってことかよ?」
「正確には自殺ではない。子孫に自身の血を吸われ、混ざり、そしてその血に加わることで継承を行うのだ。そしてその能力も同時に継承していく。吸血鬼は長い寿命に対して、その時間を無下に過ごすことに精神が耐えられなくなる……唯一それが弱点と言えば弱点だな」
「精神的な鬱に耐えられなくなって子孫に代を替わっていくのか……それと、あの大軍とどういう関係が?」
「血で生み出されたあの大軍は、その歴代の吸血鬼達が吸ってきた血だ。吸血鬼の王家となれば、太古から受け継がれてきた継承される血の数は尋常ではない。先祖から引き継がれてきたその血がすべて今の女王の元にある。そして吸血鬼は血を操る能力を持っている」
「俺の『創造』みたいなことを血で出来るって訳かよ……だから突然、この場で大軍が出現したのか」
ノワールの説明で納得のいった八雲だが、大百足『災禍』にフォーコンの『血の総軍』、そして未だ健在のイロンデル軍と、一気に三点を相手にする状況は何も改善の兆しがない。
だが、そこで思いもよらないことが起こった―――
八雲の一撃で両断されて再生で二匹に分裂した大百足『災禍』だったが、その片方の新しい頭が生えた大百足が、身体を凍らせて覆っていた氷を砕き割ると何故か向きを変えて無数の足を蠢かせて走り出した。
「なんだ?どこに行くんだ?」
突然暴走したように走り出した半身から生まれた大百足二号が、全速力で向かっていく先には―――
「うわぁああっ!!!―――こっちに来たぞぉおおっ!!!」
―――再集結を始めていたイロンデル軍がいた。
その様子を見ていたマキシが八雲に告げる―――
「八雲君!―――あの大百足二号は斬られたことで【呪術】の紋様も途切れて、術が正常に働いてないんだ!あっちに向かったのは只人間が多いから『災禍』の本能のまま向かっていったんだよ!!」
「なんだと!?―――マジで暴走してるのかよ!」
―――マキシの説明に土煙を上げてイロンデル軍に突っ込んでいく大百足二号を睨みつける八雲。
その大百足には人間は只の餌にしか見えていなかった―――
―――その一方のイロンデル軍本陣では、
「何故だ!―――何故あの再生したヤツは儂の命令に従わんのだ!!」
ワインドは手にした黒いオーラを放つ水晶に何度も止まれと念じるが、その命令が届いている様子もなく土煙を上げながら自軍に迫る化物に焦りの声を上げた。
「陛下!―――このままあの化物が此方に飛び込んでくれば被害は甚大かと!ここはお退きください!!」
公国宰相デビロは焦りを浮かべる主君に撤退を進言する。
「戯け!ここまで来て引き下がってどうなる!!もう一度軍を再編して密集陣形であの化物を止めるのだ!」
「陛下……」
血走った眼を大きく見開いて怒鳴りつけるワインドの姿を見て、デビロの脳裏にはイロンデルの滅亡という言葉が暗い胸の内にゆっくりと浮かんでくる。
そうしている間にも、大百足二号はイロンデル軍に到達するのだった―――
―――イロンデル軍の前衛では、
「うわぁあああ!!!―――もうダメだぁあああ!!!」
目の前に迫ってくる大百足二号が突撃してくるのを、草原を散り散りに逃げ惑うことしか出来ない。
三百m以上の巨体である大百足が無数の足で大地を高速移動しながら追撃してくるのだ。
人の足の長さで逃げられる相手ではない―――
―――そんなイロンデル軍の兵達が揉みくちゃにされて口元のハサミ型の牙で振り払われていくと、紙人形のように弾けて吹き飛ばされて人だった身体の一部が周囲に赤く散乱していった。
「も、もう―――ダメだぁあああ!!!お母さ―――んっ!!!」
そう言って目の前のいるガチガチと牙を鳴らす黒い恐怖の塊に命を刈り取られるしかないと思った兵達に、そのハサミ型の巨大な牙が振り下ろされた瞬間―――
「…………ハァ、ハァ……あ、あれ?―――ッ!?」
―――死を覚悟して両目を瞑っていたイロンデルの若い兵士の前に、迫っていた巨大な牙を両手で受け止めている蒼白いオーラに包まれた男の背中が見えた。
「フッ……あのお人好しめ♪」
離れた場所でノワールがその様子を見ながら笑みを浮かべてそう一言溢す―――
「あ……ああ……こ、こく……黒帝……陛下……」
「―――今のうちに、早く逃げろ」
―――巨大な牙を両手で止めているその握力で牙には亀裂が入り、指を喰い込ませて大百足二号の動きを止めている九頭竜八雲がいた。
「こ、こく、黒帝、陛下……ハァハァ……ど、どうして?」
食い殺される寸前で大地にへたり込んでいた兵達のひとりが問い掛ける。
「……これはもう戦争じゃない。『災禍』は『災害級の魔物』だ。そんなヤツ相手に死にたいか?―――いいからサッサと逃げろぉお!!!」
「ヒィイイッ!!!―――あ、ありがとうございます!!!」
八雲に怒鳴りつけられて、周囲にへたり込んで生き残っていたイロンデル兵達が慌てて立ち上がりながら脇目も振らずに逃げていく。
「さぁて……コイツ、どうするか……」
分裂するほどの圧倒的な自己修復能力を保有する生命力を目にして大百足を睨みつけるも、ここで『八雲式創造魔術』の超級殲滅魔術を発動すると助けてやったイロンデル軍の兵達もすべて巻き込んでしまう。
八雲がそう悩んでいると―――
【―――八雲様】
―――『伝心』で呼びかける声がする。
【―――アリエスか?どうした?】
【先ほど私が斬り落とした尻尾で試してみたのですが、地獄の業火に対しては自己修復能力が追いつかずに自壊するようです】
【マジか!?―――ノワール!!!】
【ああ!―――こっちの方は我に任せろ!!!】
さきほどの総攻撃の際にアリエスが斬り落とした尻尾の部分を使って有効な攻撃を見出したことで八雲に光明が差す。
「―――今度こそ終わらせてやるぜ!!!」
牙を掴んだ手に力を込めて、八雲は大百足二号を睨みつけた―――
―――『災禍』との戦闘が行われているところから離れた丘の上で待機状態のフォーコン王国軍
「ハハハッ!―――どうですか陛下!あれが九頭竜八雲って男ですよ!」
ダルタニアンは馬上でイロンデル軍を救った八雲を指差してレーツェルに告げる。
するとアトス、アラミスから冷たい視線が向けられて、思わずダルタニアンが竦んでしまうが―――
「フッ……フフッ……」
―――レーツェルの唇から小さな笑い声が零れた。
「ダルタニアン……貴方の目は間違っていなかったようです……」
「はい!恐悦至極でございます」
深々と頭を下げるダルタニアンにアトスはフゥ……と溜め息を吐き、アラミスはギリッと厳しい視線のままだった。
「この後、黒帝陛下はどうなさるのかしら?」
レーツェルは再び無表情に戻り、ダルタニアンに問い掛ける。
「まず、あの『災禍』を倒します」
「―――倒せるのかしら?相手はあの『災禍』ですよ?」
レーツェルの続けての質問に―――
「―――必ず!!」
―――自信をもって答えるダルタニアンを暫く見つめて、レーツェルは再び八雲へと視線を向けるのだった。
その口元が少しだけ期待を込めているような笑みを浮かべながら……
―――八雲はイロンデル軍がある程度の距離を取ったことを確認して、
「ほぉら!ヘボ百足!!―――俺のことを追ってこい!!!」
牙から手を離して《空中浮揚》で大百足の目の前を飛び交う。
そんな目の前の存在に怒りが湧いているのか無感情で分からない紅い目をした大百足は、その八雲に向かって何度も飛び掛かってくる。
「―――《炎弾》!」
空中から何度か《炎弾》を打ち込み、誰もいない草原の方向に誘い出していく八雲―――
―――そうして距離が取れたところで、
「しつこいお前とも今度こそ決着をつけるぞ!!!」
すると八雲は空に向かって上昇する―――
「神龍の鱗を鍛えし剣、槍、弓、盾……さあ、数多の武装!此処に集え!!!」
八雲の詠唱が響き渡る―――
「八雲式創造魔術
―――《黒神龍装目録》!!!」
そう叫ぶ八雲の周囲に無数の虹色に輝く魔方陣が生じる―――
―――地上の大百足二号は空の八雲を見上げている。
するとその魔方陣が八雲の周囲を規則正しく取り囲んでいき、ゆっくりと回転していく―――
―――そしてその虹色の魔方陣の中心から、これまでに八雲が『創造』した武装達が飛び出し、その姿を現す。
《黒神龍装目録》の発動―――
黒大太刀=因陀羅
黒脇差=金剛
黒弓=暗影
黒細剣=飛影
黒戦鎚=雷神
黒槍=闇雲
黒大剣=黒曜
黒直双剣=日輪
黒曲双剣=三日月
黒戦斧=毘沙門
黒籠手=黒鉄
黒包丁=肉斬・骨斬
黒鞭=雷公
黒短剣=奈落
黒斬馬刀=偃月
黒十文字槍=焔
漆黒杖=吉祥果
黒盾=聖黒
黒鉄扇=影神楽
黒鉄扇=闇神楽
漆黒刀=比翼
漆黒刀=連理
黒手甲鉤=睦月
黒手甲鉤=如月
黒大筒=影椿
―――そして八雲の手にする黒刀=夜叉、黒小太刀=羅刹
空中に浮かぶ八雲の周囲をぐるぐると編隊を組むように飛び交っていく黒神龍装を引き連れ、地上を這いずる大百足『災禍』に突撃していく―――
―――飛び交う黒神龍装が次々に大百足へと襲い掛かり、その巨体を斬りつけるもの、身体を貫通して風穴を空けるものとそれぞれの武器の特性を活かした攻撃が繰り返されていく。
神龍の武器で連続的に攻撃を受ける大百足は身体を捩りながらもハサミ型の牙で対抗しようとしているのか、頭を前後左右に振り回して弾き返そうとしていた―――
―――その間に空中では八雲が、黒盾=聖黒を土台にしてその上に三脚架を乗せると照星が付いた砲身を照門と合わせる。
そして大百足二号に狙いを定めて、空中にてショルダーレストを肩に乗せながらチャージングハンドルをグイッと引くことでガチャリと弾丸を込める。
その瞳には『遠見』のスキルを用いた自前のスコープを展開し、目標に向けて黒大筒=影椿の発射体勢が整った―――
―――大百足は黒神龍装に全身攻撃を受けて、傷ついては自己修復を繰り返していく。
「これで終わりだ……地獄の業火弾―――発射ぁ!!!」
トリガーを引いた瞬間、ハンマーに付与された風属性魔術が発動して弾を射出し、そして大百足に命中すると同時に弾に付与された地獄の業火が命中した場所で発動した―――
【SYUHAAAAA―――ッ!!!】
声なのか呼吸なのか分からない異様な音を響かせながら、漆黒の炎に全身を包まれる大百足の『災禍』……
―――燃えて朽ちた身体を自己修復能力で再生しようとするその瞬間、
更に漆黒の炎で焼き尽くされていく―――
―――周囲には肉が焼けるような、虫が焼けるような、そんな不快になる匂いが立ち込めていく。
全身が燃えている間も、大地をゴロゴロと転げ回って悶えていく大百足だが、地獄の業火は水中に逃げ込んだとしても決して消すことが出来ない―――
―――やがて、魔力を消耗して行使する自己修復能力の限界が来て再生速度が落ちてきたかと思うと、蠢く力もなくなってきたのか漆黒の炎の中でビクビクと痙攣する姿だけが八雲達の目に映る。
その炎を見ながら空中からもう一匹の大百足に目を移すと、その大百足もノワールによって地獄の業火が発動されて巨大な漆黒の火柱となり燃え尽きようとしていた―――
「これで……『災禍』の方は片付いたか」
残る対象はイロンデル軍とフォーコンの血の総軍となった八雲は空から双方を目で確認して、次の一手を思考するのだった―――
―――八雲とノワールが大百足『災禍』を始末している頃、
「バ、バカな……相手は『災禍』だぞ……何故……人の手で倒せるのだ……」
フラフラとイロンデル本陣でよろけて膝をつくワインドに宰相デビロはその身体を支える。
「陛下!―――ここは一旦退いて再編成のご命令を!」
隣にて大声を放ち進言するデビロの言葉ですら今のワインドには届いていない……
だが、その時―――
「―――なんと情けない……やはり『災禍』という大きな玩具を扱えるほどの器ではなかったのですねぇ~」
―――本陣に女の声が響く。
その声にビクリと反応したのはワインドだった。
「貴様!―――おい!なんだ、あれは!儂の命令を聴かず、最後には黒帝に倒されてしまったではないか!!!」
そこに立っているのは長い黒髪をした狐耳の獣人……
―――だが、その雰囲気は葵や白金に近しい気配をしている女がクスクスと笑いを溢しながら見下したような眼でワインドを見る。
女は黒い生地に金の炎が浮かび上がったような模様が入った着物に身を包み、手にした煙管を口にしてフゥーッと煙を吐き出していく……
「この世の災いが結集した『災禍』……それを自由に操る力を与えてやったというのに、それを上手く使うことも出来ず、人のせいにしかできないとは……お前は本当に御し難い下郎ですねぇ~」
ニヤニヤと馬鹿にした笑みを浮かべて、金色の瞳を歪ませて蔑む女にワインドの怒りが爆発した―――
「黙れ下衆がぁああ!!!貴様のような下女に馬鹿にされるような儂では―――ゲパァアッ!!!」
―――女に掴み掛かろうとした瞬間、
クパァアン!という鈍い音を立ててワインドの頭が赤い何かを撒き散らして吹き飛んでいた―――
「……へ、陛下?……え?……は?」
―――デビロの目の前でワインドは首から上が粉々に砕け散り、残った首からは天に向かって血柱が噴き上がって頭を失ったその身体はユラユラとその場で前後に揺れ動いている。
女は手にしていた黄金の煙管を横薙ぎに振り抜く様な動作でピタッと止まり、そしてその煙管には血がこびりついている……
―――その現実味のない状況にデビロも、護衛で傍にいたイロンデル兵達もピクリとも動くことが出来ない。
いや、動けば次は自分がその恐ろしい姿になるのではないかという恐怖が全身を覆って動けないでいたのだ―――
「フゥ~……虫以下の下郎が私に触れようなどと、ああ!……本当に虫唾が走りますねぇ~」
そう言って煙管をブンッ!と振り抜くと、その先端にこびりついた血が振り払われた。
「しかし……あの黒神龍の御子……私が『災禍』に堕とした葵御前を元に戻し、今回も大百足を倒すとは……もう少し見ていたかったが、そろそろアンゴロ大陸に戻る頃合い……フフフッ……また機会があれば、御会い出来るでしょうねぇ~」
ひとりでブツブツとそんな言葉を残したかと思うと徐々に透けていくようにその場から姿を消す女を、デビロも護衛の騎士達も動けず、黙って見送ることしか出来なかった。
―――そうして女の姿が消えてすぐに、頭を失ったワインドの身体がドスンッ!と前のめりに倒れたことで、デビロと騎士達の時は動き出す。
「ハァ……ハァ……な、なんだ、これは?……これは……現実なのか……」
デビロは息絶えたワインドの姿を見つめながら、混乱した頭を落ち着かせることに必死だった……




