再び降り立った草原
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ノワールの胎内世界から外の世界に出た八雲は―――
―――ノワールの開いた胎内世界から外の世界に通じる空間の隙間をくぐり抜けて、八雲が一歩を踏み出す。
―――その瞬間、八雲の嗅覚にうったえてきたそれは草の匂いだった。
―――次に、それは暖かな眩しい日差しだった。
―――そして、それはどこまでも広がる蒼い空だった。
空間の隙間を出た先には辺り一面、青々として風になびく、どこまで続いているのかと思わされるほど美しい草原が広がる小高い丘の上に立っていて、つい最近見た覚えのある透き通った蒼い空が広がっていた―――
「ここは……」
(ああ、そうだ……ここは初めて、この世界に来て立った場所だ)
日本の家の玄関を出た瞬間、この世界に飛ばされてきた時に立っていた草原に戻ったことに八雲は短い期間ではあったが、感慨深いものが込み上げてきた。
「おお!旅立ちにはもってこいの晴天だな!」
八雲の隣にいたノワールは笑顔を浮かべながら空を仰ぐ。
「ハアアア……こうして外に出ると、本当に気持ちがい―――」
「ギャアアアアアアァア―――ッ!!!」
澄んだ空気を肺に取り込んで、気分が晴れやかなことを口にしようとした八雲の耳に届いたのは、小鳥のさえずりなどではなく野太い男の悲鳴、断末魔だった……
「―――は?」
「―――ん?」
八雲とノワールは、お互いに顔を向け合って声のした方に目を向けると、状況は見えないが複数の人間が争う喧騒が、通常の人間よりも聴覚が上がっている八雲に聞こえてきた。
「誰か、襲われているようだな。どうする?」
異世界への旅立ち早々、人の争いごとに首を突っ込むのは如何なものか?と八雲は考えたが、どうも声には女性の小さな悲鳴も混ざっているようだった。
「はぁ……まずは現場に行って状況を確認しよう。それによって対応を考える」
「よかろう。しかし、旅立った瞬間トラブルに巻き込まれるなんてお前の『神の加護』はそういうことには効かないらしい」
顔を顰める八雲とは対照的に、何故か楽し気な笑みを浮かべるノワールだったが、
「―――行くぞ!」
次の瞬間、『身体加速』で感慨深かった草原から瞬時に風を巻いて高速移動を開始する八雲と、その加速に平然とした涼しい顔をしてついて来るノワールを見て、八雲は改めて流石だと黒神龍の実力に息を呑んだ。
近くの林を駆け抜け、その先の開けたところにある道に大仰な大きさの馬車と、その周囲の護衛と思われる兵士と、更にその周囲を取り囲むようにしている見るからに柄の悪い集団が争っていた。
「あれは、おそらく盗賊団だな」
木陰から様子を見たノワールが呟く。
「あの馬車の紋章みたいなヤツ、わかるか?」
八雲は馬車の側面ドアに印された二つの紋章のような模様が気になった。
「んん?―――おお、あれは……ひとつはこの国の王族の紋章だな。もうひとつは知らんが、王族の紋章と並んで描かれているなら、公爵やら王族の血族だろうな。たぶん街道を移動しているところを盗賊団に襲撃されたんだろう。それで、どうする八雲?」
ノワールの質問に黙って八雲は『収納』の空間から夜叉と羅刹を取り出して、腰のベルトに差し込む。
「盗賊団に味方して、得することって何かあるか?」
「はははっ♪ 違いない!―――ならばお前ひとりで奴らを片付けてみせろ八雲。この世界にいれば、いずれは人を斬ることも経験することになるだろう。それに慣れろとは言わないが、選択を間違えるとそのあとの結果に後悔することもある。だから、ここで覚悟を決めてこい!」
「そうだな……門出の日に人を斬りたくはなかったけど、ただ奪うだけの奴らは、自分も奪われる覚悟が出来ていなければならない」
随分と人型の魔物を斬ってきた八雲だが、ただの人を斬った経験はない。
日本人の常識からすれば、人を傷つけることイコール犯罪という認識だからこそ、それら様々なことを加味して気持ちが、心が躊躇するのだ。
八雲にしても、その常識は残っている―――だが、幼少から祖父の道場にて、戦場で戦う覚悟というものについて教え込まれ、人と戦うという意味を身体の芯まで教え込まれてきたので、集団で人の命を、人の物を奪っていく異世界の人間にまで情けをかける選択などなければ人を斬れない、殺せないと偽善者、博愛主義者になった覚えもなかった。
そして―――八雲は夜叉と羅刹を抜いて『身体加速』を発動し、瞬時に盗賊団の後方からその盗賊達を斬り、吹き飛ばし、弾けさせて血飛沫を噴き上げさせながら、集団の中央にある紋章入りの馬車の前まで一直線に駆け抜けた。
―――次々と撒き散らされる腕や首、そして血飛沫……あまりにも速すぎて断末魔は聞こえなかった。
(なんだ。人ってこんなに脆いのか)
自分が通り過ぎて来た盗賊団の合間に作った道には少し前に人だったモノの残骸が、幾つも肉片となって地面に転がっている。
突然の突風のような空気の動きと血飛沫と共に、王族の馬車の傍に現れた若い男のことを盗賊団のみならず、護衛の兵士達まで開いた口が塞がらず、静止して見つめていた。
「助太刀する。あなた方は馬車の護衛を」
近くにいた護衛の兵士にそう伝えた八雲は、盗賊団に視線を移していく。
八雲の言葉を聞いた護衛達は、ハッとした表情に戻り「感謝する!」という言葉を残して馬車の警護に集中するよう動き出した。
「なんだぁああ!てめぇ!!―――邪魔する気かコラァッ!!!」
「てめぇ!こんなことしてタダで済むと思ってねぇだろうなああ!!!」
「オラアアァアッ!―――仲間の仇だぁ!!全員で掛かれぇえ!!!」
仲間を肉片にされた盗賊団は、それでも圧倒的に勝っている人数にものを言わせて、たったひとりの八雲に向かって罵声と共に突進して来た。
―――『思考加速』『身体加速』を発動。
「やっぱコイツら―――自分が奪われることは考えてないんだな」
加速する世界の中でそう呟く八雲の声は、その数およそ100人ほどの盗賊団には聞こえる間もなく、つむじ風のように回転しながら夜叉と羅刹で次々と死体の山を作っていく―――
―――黒く妖しい光を放つ夜叉の一振りで、相手の安物の剣と共に三人の首が斬り裂かれる。
同時に振るった羅刹は、ガントレットと一緒に盗賊の腕を斬り飛ばす―――
―――蹴り出した脚は盗賊の肋骨をボキボキと小枝のように粉砕骨折させた。
次々と撒き散らされる盗賊だったモノ―――
「な、なんだぁコイツ!?―――ば、化け物だあああ!!」
盗賊の誰かがそう叫んだのが八雲に聞こえたが、『思考加速』の中で八雲自身も、
(ああ、やっぱ人間から見ても、人間やめてるよな、これは)
―――と、次から次へと斬り裂く盗賊団を見ながら至って普通のことのように、八雲は思っていた。
夜叉にも羅刹にも血糊すら残らない高速の斬撃―――
―――八雲の『威圧』を瞬間的にぶつけられ、身を動かせずそのまま縦に両断にされる者達。
盗賊団にしてみれば、特上の獲物を目の前にして突然乱入してきた見ず知らずの若造が、次から次に自分達の仲間を斬り刻んでいることに思考が止まる。
その数の有利で優越感に浸っていたが、今はどんどん撒き散らされる仲間の命を見て次は自分の番ではないか、という迫りくる恐怖が広がり、どの盗賊も顔面蒼白な状態だった。
対する馬車の護衛兵士達も、目にも止まらない速度で次々と斬り倒される盗賊団の姿を見て、助太刀とはいえ鬼神の如き八雲の強さに恐怖を隠し切れない。
そのうち、恐怖に耐えれなくなった盗賊達が、
「ヒイイイイッ!!い、嫌だぁ!死にたくねぇえ!!!」
と叫びながら蜘蛛の子を散らすようにして、散り散りになって逃げ出して行く。
「お、おい!おめぇらああ!!!逃げんなっ!!!戻って来いぃい!!!」
ひとり馬に乗った大柄な男が、背を見せ逃げ出した盗賊達に罵声を浴びせているが、その場に残っているのはすでに自分ひとりになっていたことに気づいて、額から大量に冷や汗を流しながら八雲に目を向ける。
「―――お前が頭か?」
あれほど超高速の動きで斬撃を繰り出しながら走り回っていたはずなのに八雲は息ひとつ切らさずに、夜叉を大柄な男に向けて問い質す。
「う、う、うえへへっ!いやぁ~!お前すげぇ強えじゃねぇか!ああ、どうだ?アンタだったらきっと最強の盗賊、いや国だって狙えるぜぇ!どうだ?これから俺らと一緒に、この国で一旗あげようぜ!!」
ここにきて盗賊の頭は何をどう考えたのか八雲を懐柔しようと、汗ダラダラ流した顔で気持ちの悪い笑みを浮かべながら勧誘してくる。
八雲はその周囲の血の海の中をゆっくりと、確実に馬上の盗賊の頭に向かって近づいていくと、汗だくの笑みを浮かべていた頭の髭顔は、みるみる青くなって醜く今にも泣きそうになっていた。
「く、く―――来るなあああぁあっ!!!」
その微塵も慈悲を感じない八雲の殺意に染まった眼を見て、半狂乱になって馬の踵を返して逃走を試みる。
八雲の『身体加速』なら、馬に追いつくのはわけないのだが、
「あ、そうだ。丁度良いから―――アレ試してみるか」
そう呟くと盗賊の頭の位置を『索敵』を用いて把握、距離を測っていく。
「このくらい離れたら、いいか―――《火槍》」
発動させた火球と同じく火属性の下位魔術・《火槍》が顕現して、炎が凝縮して出来た槍が八雲の右手に握られていた。
その槍をやり投げのように構え、腰を低く屈めて足に重心をかけて槍を持った手を引くと同時に腰をグッと絞るように捻じっていく。
「―――フンッ!!!」
一息に振り出し、その腕にあった炎の槍が一直線にその先にある『目標』に向かって、赤い炎の尾を空中に引いて噴き飛んで行った。
「ハァハァハァッ!何なんだあの化け物はよぉ!!でも、ここまで来たら―――」
―――ドスッ!!!
盗賊の頭が身体に感じた衝撃と同時に、突き刺さった八雲の《火槍》に気がついた瞬間、巨大な爆発音と同時に超高熱の炎を噴き出し、一瞬で周囲を炎の海へと変え、巨大な火柱を天高く突き上げていた。
―――ゴオオオオオオオオッ!!!と天高く吹き上がる炎の柱と巨大な黒煙の塊を見て護衛の兵士達も、高貴な馬車に乗っていた者も、この世の出来事なのかと疑いたくなる目の前の光景に、改めて全員黙って息を呑んでいた。
「―――終わったか。しかし、相変わらず魔術のコントロールが下手だな八雲」
一段落した様子を見て、ノワールが八雲の元に発動した魔術の感想を言いながらやって来る。
「へいへい、どうせ下手ですよ!だけど確かにまだ鍛錬が必要だな。魔術ばかりは使って回数をこなさないと熟練度も上らないし」
苦笑いを浮かべて頬を掻く八雲にノワールもフッと軽く笑って、
「それで―――あの固まった奴らはどうする?」
馬車の周囲で固まっている護衛兵士を見て言うと、
「もう大丈夫だろ。行こう」
異世界貴族の余計なことに巻き込まれたくない八雲は何事もなかったかのように、その場を立ち去ることを迷いなく選択する。
すると馬車の中から、若い女の声で―――
「―――お待ちください!!」
大きな声が、その静寂の中に響き渡った。
「はい?」
声を掛けられて無視をするのも失礼だろうと八雲は仕方なく返事をして振り返ると、さきほどの立派な馬車の扉が開いていて、護衛兵士に手を取られて置かれた踏み台を一歩一歩降り立つひとりの少女がいた。
―――血の海となった地獄絵図に降り立った金髪の長い髪を風になびかせる美少女。
歳の頃は十六歳くらいだろうか?緑の少し垂れて優しそうな瞳に、色白で透き通るような肌、貴族の令嬢だと見ただけでわかる西洋人形のような容姿と、可愛らしい水色のふわりとしたヒラヒラのレースと宝石のような光る小さな石を鏤めたドレスを着こなしていた。
(胸は、まだ成長期……将来に期待)
少し開いた胸元に目線を向けた途端に、隣のノワールがコートの腕の上から可愛く抓ってきたが、ちょっとコートの上から可愛く抓られているだけのはずなのに物理防御の付与が掛かったコートの、その摘ままれた場所に的確に激痛が走り八雲は痛みに耐えつつも顔を顰めた。
(物理耐性の効果付いたコート突き抜けて痛み与える抓り方って、どうやってんの!?あとで訊こう!)
と同時に、そんな芸当ができる黒神龍の実力に改めて驚愕していた。
「あ、あの、危ないところを助けて頂きまして、感謝申し上げます」
そう言った美少女は、スカートの両端をそっと摘まんで片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままあいさつをする、いわゆるカーテシーで感謝の意を示した。
「いや気にしないでいい。それじゃ―――」
「―――あの!!わたくしはシャルロット=ヘルツォーク・エアストと申します。この国の公爵、エアスト家の長女です。あの、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
余計なことに首を突っ込みたいたくないと思った途端に名前を尋ねられて、一瞬そのことに躊躇う八雲だったが―――
「……」
―――両手を胸の前に祈るようにして、うるうるとした瞳で見上げてくるシャルロットの眼力に敢え無く白旗を上げた。
「俺は八雲……九頭竜八雲だ。名前が八雲だ」
そう応えるしかなかった―――
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