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異世界に落っこちたおっさんは今日も魔人に迫られています!  作者: 水野酒魚。
異世界に落っこちたおっさんは今日も魔人に迫られています。
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第5話 落ち込んでてもしょうがねーしな!

 無邪気なイリスの問いかけに、泰樹(たいき)はへなへなと床に座り込んだ。

 ──地球を、知らない?

「地球は、地球、だ……俺たちが住んでる星、で……海があって、陸があって、国があって、俺の家族が……大事な人たちが住んでる、星だ……!」

「ごめんね、僕にはその『ちきゅう』って言うのがわからない。君はそこから来たんだね?」

 申し訳なさそうに、イリスは眉を寄せて、泰樹に手を差し出してくる。その手にすがって何とか立ち上がり、椅子に腰掛けた。

 犬、いや、魔獣か。それがいる恐怖は、ここが地球上では無いというショックに麻痺(まひ)している。

「……(わたくし)も『ちきゅう』と言う名の星に心当たりはございませんが、この大地は『フィレミア』と呼ばれております。タイキ様」

「フィレ、ミア……?」

 聞き覚えの無い名だ。心当たりも全くない。

 泰樹は頭を抱えた。そんな場所から、一体どうやって家族の元に帰れば良いのだ!

 がっくりとうな垂れる泰樹に、イリスは心配そうに眉を寄せて「大丈夫?」と訊ねてくる。

「……ああ、あるほど。タイキ様は『ソトビト』では無く『マレビト』」

 (あご)に手をやって、何かを考え込んでいたシーモスが不意につぶやく。

「『マレビト』って、なあに?」

 イリスはきょとんと、シーモスに訊ねた。

「……昔何かの古文書で読んだことがございます。まれに、『世界』の壁を越えてこの世界にやって来る旅人がいるらしい、と。そんな旅人を、『マレビト』といにしえの方々は呼んでいた、と」

 イリスは感心したように、泰樹を見やって(うなず)いた。

「タイキくんが、その、『マレビト』?」

「はい。おそらくは」

「うーん。『マレビト』、かー! 昔にはその、タイキくんみたいなヒトたちがいっぱいいたの? 古文書に残ってるくらいだもんね!」

 わくわくと期待に満ちた表情で、イリスは泰樹を見つめてくる。

「いいえ。けっして数が多くないからこそ、『まれ』なのでございます」

「……俺が、その、『マレビト』って奴なのか……?」

 いままで肩を落としたまま二人のやりとりを聞いていた泰樹が、恐る恐る顔を上げた。

「なあ、そいつら、違う世界から来て、最後はどうなったんだ? 元の世界に戻れたのか?!」

 それが、知りたい。かつてこの世界を訪れた『マレビト』が、元の世界に帰れたのなら、俺だって日本に帰れるはずだ。

 わらにもすがる思いで、泰樹は食い下がった。

「……申し訳ございませんが、私も詳しくは。古文書の記述を思い出した程度でございますので」

「その古文書って、どこにあるんだ?!」

 泰樹は、シーモスに掴みかかりそうな勢いで迫る。光明がすこし、ほんの少しだけ見えた気がした。この世界に来た、『マレビト』たちがどんな運命をたどったのか。それを調べれば日本に戻る何かのヒントになるかも知れない。

「ああ、それなら私の屋敷の書庫にございます。取って参りましょう」

 そう言って、シーモスは席を立った。

「あ、シーモス。お菓子、とっとく?」

 イリスののほほんとした問いかけに、シーモスはわずかに苦笑して手を振る。

「いいえ、イリス様。いつも申し上げますとおり、私はヒトの食べ物は好みません。お気遣い無く」

 そう言って、シーモスは部屋を出て行った。

「んー。やっぱりそうだよねー。じゃあ、僕たちだけで食べちゃおっか、タイキくん!」

 二人のやりとりに、泰樹は違和感を覚える。イリスがドラゴン――ヒト以外の生き物であることは、さっきこの眼で見た。

 だが、シーモスは?

 彼もまた、ヒト以外の何者かだとでも言うのだろうか?

「なあ、イリス、さん。アンタがドラゴンなのはさっきわかったけどよぉ。シーモスさんもそうなのか?」

「イリスでいいよ、タイキくん! その質問なら答えはいいえ。僕は竜人の血を引いてるけど、シーモスは違うよ。ただの魔人」

「それなら、俺も泰樹でいいぜ。なあ、ただの魔人ってなんなんだ?」

 また、耳慣れない単語だ。だがもう、生半可なことでは驚かなくなってきた。

「ああ、タイキは魔人も知らないのか。魔人っていうのはね、幻魔が力を与えたり、魔法の使いすぎとかで人でなくなったヒトのこと。 シーモスは魔法師で、昔、魔法の使いすぎで魔人になったんだって。そう言ってたよ」

 魔法。やはりな。一瞬で言葉を理解できるようになったのは、その魔法とやらのためらしい。ここは、ドラゴンと魔法が存在する、完全にファンタジーな世界ということだ。

 泰樹はようやく納得して、茶菓子を一つ()まんだ。それはやけに甘くて、疲れ果てた心と体に優しく溶けていく。

「ん。これ、甘いな。お茶貰っていいか?」

「うん。どうぞ! 積み立てのハーブ茶だよ!」

 イリスが差し出した高そうなティーポットから、緑色のハーブ茶をやはり高そうなカップに注ぐ。

 嗅いだことのない香りが、鼻をくすぐる。ハーブ茶を口に含むとほんのり甘く、ミントのような爽やかな後味がある。

 気持ちが落ち着く。課題は山積みで、どうやってそれをクリアしていけば良いのか、さっぱり解らない。

 それでも俺は生きている。地面と激突して、潰れたトマトにならずに済んだ。

 それだけでも、ラッキーだった。それに、この世界で初めて出会ったイリスは、人懐っこくて優しげで、良いヤツだ。その友人らしいシーモスもバカ丁寧な奴だが、そんなに悪い奴では無いような気がする。

「落ち込んでてもしょうがねーしな!」

 つぶやいて、にっと笑った泰樹に、イリスは驚いたような表情で笑った。

「? なんだ、タイキは落ち込んでたの?」

「ああ。俺の世界にはドラゴンも魔法師もいないんだ。だから驚いたし、別の世界に来ちまったんだなーってがっくりきた。俺は家に帰りたい。家って言うかボロアパートだけどよ。そこで家族が俺の帰りを待ってるんだ」

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