第35話 この世界とは違う世界からここに来た
「……なんで、そう思うんだ?」
「簡単な推測さ。君がただの『ソトビト』なら、なぜ『マレビト』の文献を探す? 僕にはそんな簡単な連想も出来ないと?」
皮肉く、イクサウディは笑う。シーモスとは違った方向でやなヤツだな、コイツ。泰樹は口には出さず、そう考える。
「イクサウディ殿。その事はどうか内密に。お願いです」
アルダーがそう言い添えると、イクサウディはしっかりとうなずいた。
「ああ、僕もそんなこと、宣伝するつもりは無いよ。彼がアイツの関係者で有ってもね。僕は権力闘争とか、主導権争いとか、流行とか、そう言うモノにはいっさい興味は無いんだ」
「ん。ありがとよ。イクサウディ、殿?」
本当に、政治的な立ち回りに興味が無いのだろう。彼に本当に必要なのはこの、『大書庫』の蔵書たちだけ。勘づいたのが、イクサウディのようなタイプで良かった。
「君が言うと何だか気持ち悪いな……イクサウディでいい。『ソトビト』のタイキ」
「おーけー。じゃあ、イクサウディ。俺は……この世界とは違う世界から、ここに来た。アンタの言うとおり、『マレビト』とか言うらしい」
観念して、泰樹は真実を告げる。イクサウディはじっと赤い眼で泰樹を見つめて、ふと笑った。
「……そうか。なあ、タイキ。君の世界にも『大書庫』は有るのか? 蔵書数は?」
「『大書庫』って名前じゃ無いけどな。似たような施設はあるぜ。図書館って言うんだ。蔵書数は詳しくは知らねーけど、1000や2000じゃきかねーくらいの数はあるんじゃねーか?」
ほう。と、イクサウディは嬉しそうにうなずいた。
「図書館、か。悪くない響きだ。ああ、君がもっと知的水準の高い者だったらなあ。もっと詳しく話が聞けたのに!」
「……悪かったな」
確かに、図書館なんて行かねーし、詳細もわからねーよ!
泰樹は内心で悪態をつき、ムッとした顔で禁書庫の扉を見つめる。
まだ、シーモスとイリスは扉から出てこない。
二人を待つ間、泰樹はイクサウディに質問責めにされた。
それも、主に書籍に関する質問ばかりで。泰樹には半分も答えられない。
終いには「もういい。君には失望した」と吐き捨てられ、泰樹は腹立たしく思いつつも黙っておいた。もう、放っておいてくれ。
「あ、アルダー殿。あなたは……その、本はお好きですか?」
「嫌いでは無いが……あまり、嗜みません。申し訳ない」
「あ、そ、そう、ですか……」
アルダーにあっさりと質問をかわされて、イクサウディはしょんぼりしている。
三十分以上が経った。
イクサウディはアルダーに果敢に話しかけては、すげなく言葉を返されている。
うーん。すげえな。泰樹は、ある意味イクサウディのことを尊敬し始めた。
めげない。会話が続かなくても、とにかくめげない。少しでも意中の人と会話したいという、強い意志を感じる。
「……ま、頑張れよー」
泰樹は二人をそのままにして、その辺りに置かれていた椅子に腰掛けた。ここからは禁書庫の扉が正面に見える。
その扉が、ついに開いた。
「見つけた! 見つけたよ! タイキ!」
嬉しそうに笑いながら、イリスが駆け寄ってくる。
「マジか!? やった!!」
「今シーモスが覚えてる! やったね! タイキ!」
二人は手に手を取って喜び合う。静かな『大書庫』に明るい歓声がこだました。
「儀式の概要はしっかり記憶いたしました。お任せ下さいませ、タイキ様」
禁書庫から出てきたシーモスは、自信たっぷりにそう言った。
「おう! 頼むぜ! シーモス!!」
やっと、やっとだ。ようやく地球に帰ることが出来る。泰樹は喜びを爆発させて、シーモスの手を取った。
「そのために色々と準備が必要です。2カ月……いえ、1ヶ月半はお時間をくださいませ!」
「ああ! その位、何でも無いぜ!」
あと、1ヶ月半の辛抱か。ああ、待ちきれない!
そわそわと胸が躍る。
早く地球に帰って、家族の待つ家に戻るんだ!
「……もし、その儀式を試すなら、僕も噛ませろよ、シー」
静かに一同を見守っていたイクサウディが、ぽつりとつぶやいた。
「……え? 何を企んでいるんです? ディ?」
「何も企んでない! 根性悪のお前と一緒にするな! ただ、僕も実践ってヤツに興味があるだけだ。それに、僕はお前たちが見つけた本の内容を一言一句違わずに覚えてる。何かの役には立つだろう?」
そっとアルダーの隣に陣取って、イクサウディは胸をはる。
コイツが、アルダーに良いところを見せたいと言う動機で手伝ってくれると言うなら、それでも良い。確実性が上がるなら、どんな奴でも歓迎だ。
シーモスは肩をすくめて、ふっと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「まあ、貴方の性格はともかく、『超記憶』だけは信頼してますからね。手伝ってもよろしいですよ? ディ」
「あーはっはっはっ!! 人の性格をとやかく言えるような玉か? お前が? 片腹痛いね! シー!」
二人とも、唇は笑っているのに眼はいっさい笑っていない。
イリスはそんな二人の間に入って、「まーまー二人とも、仲良くしよ? ね?」と笑った。




