第19話 王様になりたいとか思わないのか?
「何だかよー、イリスは他のヤツらから一目置かれてるって言うか、コイツ怒らせちゃダメだって思われてるような気がした」
「なるほど、よく見ていらっしゃる……当然でございます。イリス様は素晴らしい能力をお持ちであると同時に、『使徒議会』中立派の長でいらっしゃったお方なのですから」
シーモスが自分のことのように、胸を張って言う。
彼の説明によると、『議会』は穏健派と強硬派、そのどちらでも無い中立派の三つの派閥に分かれている。
穏健派の長、ナティエと強硬派の長、ラルカはめちゃくちゃ仲が悪いらしい。そのどちらの味方でもないのがイリスの中立派。数は二つの派閥より少ないが、議題によっては中立派の票がかなり重要になっているようだ。
「僕が中立派の長だったことは無いよ。みんなが勝手にそう言ってるだけ。それに、僕が議席を剥奪されてた間に、中立派は減っちゃったしね」
苦笑交じりに、イリスは言う。確かにイリスは派閥を組んでそいつらを部下にして……なんてのは似合わなそうだ。イリスにとっては、派閥は仲良くしてくれる人たち、の延長線なのだろう。
「……そう言えばさ、魔の王様ってどうやって決めるんだ? なんで今は王様がいないんだ?」
泰樹は、疑問に思った事を素直に口にする。
「魔の王様は『議会』で、この人が王様だったら良いなって人を決めてね、魔竜王様がこの人だったら良いよ!……って言って下さったら決まるよ。お告げなのかな? そういうのが有るんだって!」
「魔竜王様?」
「うん。この世界の仕組みを作ったのが、六竜王。その末の竜王で、魔の者の仕組みを作ったのが魔竜王様」
ああ、そう言われてみれば、貸してもらった本の最初にそんなことを書いてあったな。
この世界は五色の竜王と、色を持たない魔竜王が作った世界。そいつらは今は役目を終えて、空に浮かぶ二つの月にそれぞれ眠っていると。
魔獣車の窓から空を見上げる。すでに陽の暮れた天には、確かに二つの月。兄月、弟月と呼ばれるその月は、今日は二つとも欠けている。
「創世神話でございますね。『始めに混沌ありき。混沌より五色の竜王、生ず。五色すなわち赤、黒、青、白、黄なり。末に混沌、幻竜王を生めり。幻竜王、色を持たず、角を持たず、形を持たぬ者なり。魔竜王とも呼ぶ』子供の頃はそらんじられるまで、何度も聞かされました」
よどみなく暗唱して、懐かしそうにシーモスが眼を細める。
──コイツ、ガキの頃から頭良さそうだったんだろうなー。『食欲』が絡むと、とたんに馬鹿になるけどさ。
「ふうん。それで、なんで今の幻魔は魔の王様を選ばないんだ? 王様がいればさ、王様の言うことは絶対だろ? 派閥争いとか、しなくて良いんじゃ無いか?」
泰樹はそんな風に考えてしまうが、事はそう単純でも無いのだろう。王様がいれば、今度は王様派と反王様派で争うようになるかも知れない。
「うーん。今一番王様に近いって言われてるのはナティエちゃんだけど、あの子は自分は王様の器じゃ無いって言ってる。その次はラルカくんかなあ。本人が王様になりたいって言ってるし。でも、ラルカくんの事嫌ってる人多いから。無理かなあ」
まあ、そうだろうな。ラルカとか言うヤツは、何だか舐められているような気がした。ギャンギャン口うるさいわりに、いまいち威厳が足りないのだ。
「イリスは? 王様になりたいとか思わないのか?」
「……え? 僕?」
泰樹の問いに、イリスは茶色い眼を見開いた。自分が魔の王になる、とは思いも寄らなかったのだろう。驚いて固まっている。
「……僕、が、魔の王様?」
「イリスはみんなに優しいし、みんなに一目置かれてる。良い王様になれると思うけどなー」
明るい泰樹の口調に、イリスはようやく普段の調子を取り戻して笑った。
「まさかー! 僕が王様だなんて! そんながらじゃ無いから!」
「そうだなー! イリスが王様になっちゃったら、俺なんかと気安く話したり出来無くなっちゃうかも知れねーしな!」
「それはやだよー! 僕は今のままの僕が良い!」
泰樹とイリスは、顔を見合わせて笑い合う。
それを、シーモスは黙ってにこにこと見守っていた。
「はあ……疲れた……」
イリスと夕食を食べて、泰樹は客間に戻った。上等な服を脱いで、どうにかゆったりした寝間着に着替える。
ここに落ちてきて最初のうちは、シーモスが「私か使用人が、お着替えをお手伝いいたしましょうか?」とか言って来ていたので、速攻で断った。着替えくらい自分で出来る。
流石に、今日はへとへとだ。体力的にはたいしたこと無いが、とにかく気を遣った。
このまま眠ってしまおうと、ベッドに倒れ込む。その瞬間に、コツコツとノックの音がした。
「……どうぞー」
面倒くせーなー。無視してしまおうかと思ったが、泰樹は身を起こした。イリスが、何か用が有ってたずねてきたかも知れないから。
「お休みの所、申し訳ございません。タイキ様」
「……なんだ、アンタか」
シーモスの顔を見るなり、泰樹は完全にがっかり顔になった。
「私で申し訳ございませんが、こちらをご覧下さいませ」
そう言ってシーモスが差し出したのは、古い書物だった。




