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異世界に落っこちたおっさんは今日も魔人に迫られています!  作者: 水野酒魚。
異世界に落っこちたおっさんは今日も魔人に迫られています。

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第14話 家に帰れるまでせいぜい楽しく過ごすさ

「記憶喪失……?」

 不安げにつぶやいた泰樹(たいき)を見つめて、シーモスは気持ち悪いくらい(さわ)やかに微笑みかける。

「ええ。タイキ様はこの『島』に上陸したショックで、名前とご家族の事は覚えていらっしゃるけれど、その他のことは所々抜け落ちている、と言う『設定』です。それなら問題なく覚えていただけますね?」

 確かに、それなら覚えなくてはいけないことはずっと少なくてすむ。何とかなりそうだ。

「おおー!! その位なら! 何でも無いぜ! 聞かれてもわからなかったら、『わかりませーん』って答えれば良いわけだしな!」

「実際にわからないのですから、答えようもない。それなら、嘘にも真実味がございますでしょう?」

 それとわかる得意げな表情で、シーモスは眼鏡をくいっと押し上げた。そんな仕草が、やけにしっくりくる。

「さあ、そうと決まれば、想定問答集をお作りいたしましょう。半日下さいませ。完璧に作り上げてご覧に入れます」

 普段から楽しそうに暮らしているシーモスであるが、今日はいつにも増して生き生きしている。

 ──コイツ、困難とか課題とかそう言う言葉が大好きな人種だ。

 泰樹も、そう言うヤツらを何人か知っている。同じ現場で働く者のなかには、無茶な工期、特殊な条件、少ない予算。そう言うモノにぶち当たる度に、目を輝かせるヤツらがいる。要するにドMなのだ。

 もしかして、コイツのセクハラを(こば)めば拒むほど、かわせばかわすほど、本気になったりはしないだろうか。思わずぞっとする。

 当然だが、受け入れるという選択肢はない。絶対に、だ。

「じゃあ、僕とタイキは、その何とか集が出来るまで自由時間?」

「左様でございますね。少しばかり集中いたしますので、その間はお相手して差し上げることが出来ません。ご自由にどうぞ」

 シーモスは早速腕まくりして、ペンを取り上げている。机に向かう姿は学者のようで、やけに様になっていた。

「うん。わかった。それじゃあ僕は邪魔しないようにアルダーくんとお庭で遊ぶけど、タイキは?」

「あー。俺は部屋行って、こないだ貸して貰った本の続き読むわ。流石に何にも覚えてねえってのも、バツが(わり)ぃからな」

 それは児童書のようなモノで、この世界の歴史やら地理やらについてやさしく解説した本だった。読み始めると眠たくなるので、そんな意味でも重宝していた。だが、流石にいつまでも睡眠導入剤代わりでは不味いだろう。 

 大きく伸びをして、泰樹は椅子から立ち上がる。部屋に戻ろうとしかけた背中を、遠慮がちなイリスの声が追いかけた。

「……あ、あのね。タイキは偉いと思う。全然知らない世界に突然やって来て、怖いかも知れないし、悲しいかも知れないのに、それでもいつも優しくて……いつも笑って話してくれる。僕が、タイキみたいに一人で知らない世界に飛ばされたら……知り合いも友達も誰もいない世界に行っちゃったら、きっと寂しくて泣いちゃう」

 その状況を想像するのだろう。イリスの茶色い瞳には、涙の影が浮かんでいる。

 優しい子だ。他人の痛みを思いやることの出来るヤツだ。泰樹は改めてそう思う。

「……俺も、寂しくないとか不安が無いとは言えねーよ。でもよ。イリスはそうやって俺のこと心配してくれるしよ。シーモスは……まあ、根は悪い奴じゃ無いしな」

 言ってしまってから照れくさくなって、泰樹はガリガリと髪をかき回した。

 イリスはもちろん、シーモスも泰樹のために努力してくれているのは確かだ。

 泰樹は知っている。こうして『議会』対策を考えたり、古文書を探したり。セクハラをする合間に、シーモスが泰樹のために色々と骨を折ってくれていることを。

「ま、家に帰れるまで、せいぜい楽しく過ごすさ」

 泰樹の根っこは楽天家だ。不必要に思いわずらっても良い事なんて何も無い。明日は明日の風が吹くし、物事はなるようにしかならないのだ。だから、今はまだ、絶望なんかしていられない。

「タイキ……うん! タイキがお家に帰れるまで、僕、いっぱい楽しくするね!」

「おう。期待してるぜ!」

 にかっと歯を見せて、泰樹は笑う。その口元は、一週間で口ヒゲとあごヒゲに覆われつつある。

「……あー、所でさ。話は変わるけど、そろそろヒゲそった方が良いか?」

「僕はそのままでも、かっこ良くて良いと思うけど?」

 イリスに言われるとまんざらでも無い。そもそもヒゲそりは苦手だ。この世界には、電気シェーバーも無い。このままでも良いか。

(わたくし)も、似合ってらっしゃると思いますよ。ええ。本当に……美味しそ……いえ、男前で」

 いつの間にやら、書き物から顔を上げたシーモスが、うっとりと夢見るような眼差しで口をはさむ。

「……よし。わかった。そろう。今すぐそろう。カミソリ持ってきてくれって、使用人さんに頼んでくれ」

「うん。わかった。頼んでおくねー」

 泰樹の決意は固い。むさ苦しいのは良くない。さっぱりしたい。それが良い。

「えー! そんな……もったいない……もったいない……そんなに、お似合いなのに……!」

 追いすがるシーモスを一人残して、泰樹は部屋に戻ってヒゲをそった。

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