3.勇者、魔女を知る
「ここが王都か」
森での挨拶から、2日ほど歩き王都に到着する。
王都は人で賑わい、町での風景とは全く別物である。
「さて、さっさとエルシオンってとこに行かないとな」
アルトは地図を頼りに、入学試験を受ける学校であるエルシオンを目指す。
到着するとそこには大量の入学希望者が集まっていた。
殆どの希望者が豪華な服装をしている所謂貴族である。エルシオン入学は貴族としての泊をあげるまたとないチャンスなのだ、貴族の子供は全員基本的にまずここを受験すると言っても過言ではない。
「すまん、入学希望なのだが大丈夫か?」
やっとアルトの順番が回ってきて、受付に身分証を見せるが、身分証を見た受付はアルトの出生地を見て吹き出した。
「おっと……すみませんね……こんなド田舎からエルシオンに入学希望を出す愚か者も中々居ないものですから……ふふっ…」
謝罪にもなっていない弁明をする受付の女性を見て、アルトは町にいた人間を思い出す。
ここでもこういう扱いを受けるのかと、半ば諦めのような感情を抱いていた。
「ここは貴族が通う学校だぞ平民。分かったらさっさと辞退してそこを退け!」
いかにも貴族だと言わんばかりの男がアルトの髪の毛を掴み、列から退かそうとする。
「おい、離せよ。人に対する礼儀すら習わなかったのか?」
「なんだと……!平民風情が舐めた口をきくんじゃねぇ!」
男はアルトの胸ぐらを掴み、そのまま顔を殴ろうとするが、アルトが先に顔面を殴ることによって阻止されてしまう。
「グアッ……!?てめぇ、俺を殴ったな……!?貴族のこの俺を!!」
床に転がり、口を切ったのか血を流しながらアルトを睨みつけている。
「貴族だからなんだ、貴族だろうが平民だろうが学校じゃあ実力が全てだ。そんなことも分からねぇのか」
そのまま転がっている男を蹴飛ばし、アルトは受付の前に戻る。
「で、これが推薦状だ。中身を確認してくれ」
「へぇ、推薦状なんかも持ってるんですね。どれどれ、どうせ親か町長とかからで……」
途中まで言いかけた受付の女性の言葉が止まる。
体をプルプルと震えさせ、推薦状を何度も確認する。
「し、詩歌の魔女からの……推薦状!?」
その言葉を皮切りに、周りの貴族達がざわめき始める。
その場でただ1人、アルトだけは何が起こったのかを全くと言っていいほど理解していなかった。
アルトはエリンを、ただ町から迫害された魔女と呼ばれている女性としか思っていなかったのだ。
「それ、俺の師匠からの推薦状ですよね?詩歌の魔女ってなんですか?」
「詩歌の魔女の弟子!?」
アルトの余計な発言により、さらに周りのざわめきは大きくなる。
ここでアルトはようやく、エリンがめちゃくちゃすごい魔術師だったのではないかと悟りました。
しかし、同時に疑問もできたのです。
この世界では魔術師は忌み嫌われる者であり、魔法使いの敵であるからだ。
周りの貴族たちは、アルトがエリンの弟子だと分かると、町にいた人間のようにゴミを見るような目で見ているのに対し、受付の女性の反応は驚きはしつつも貴族たちとの反応とは逆なような気がしたからだ。
それどころか、受付の女性が急いで学校に入っていったかと思えば、数名の大人たちと一緒にまた出てきてアルトを応接室に連れていったのだ。
「先程は大変失礼なことをして申し訳ない!」
受付の女性と初老の男性が同時に頭を下げる。
アルトにはいきなりの事で全く意味が分からなかった。
「詩歌の魔女はお元気だろうか?」
「師匠は元気ですよ。森の中でゆっくりと研究に明け暮れています」
それを聞いた男は胸を撫で下ろすように大きくため息をつく。
「挨拶が遅れてすまない。私はこの学校の校長であるドレイクだ、よろしく頼む」
「アルトです、よろしくおねがいします。」
互いに挨拶を済ませ、アルトは聞きたかった事の話を始める。
「詩歌の魔女って先生の事なんですよね?この王都で何をしたんですか?」
「詩歌の魔女は先代の勇者だよ。過去にこの王都が魔族によって潰されかけた時に唯一立ち上がり、魔族を退けた英雄だ」
エリンはこの国で唯一の"本物"の勇者だったのです。
王都が魔族に襲撃を受けた際、傷ついた民を歌の魔法で癒し、襲ってくる魔族にさえその歌の力を使い魔族を撃退したのである。
その姿を見た民からついた二つ名が"詩歌の魔女"。
エリンは自分の声帯に魔術式を埋め込む事ができたのだ。
埋め込む魔術式によって、回復の効果や敵にダメージを与える効果など様々な物を状況に応じて使い分けていた。
人々はエリンを讃え、エルシオンの教員達もこれが理想の勇者だと教えてきた。
そんな彼女をよく思わなかったのは、もちろん貴族達である。
魔術を使う魔女はいずれ破滅を産む、惨劇の元であると風潮し、民を怯えさせたのだ。
魔族の襲撃を恐れる心は消えておらず、民はエルシオンの人間の弁明にも耳を貸さず、エリンを王都から追放しのである。エリンは生まれた土地からも自らが命をかけて守った王都からも追放されたのにも関わらず、アルトに対しあれこれ尽くしてくれていたのだ。
復讐をしたいと思っていたのは他でもないエリンだと言うのに。
「先生は本当に立派な人だったんですね」
「ああ、あのような勇者は二度と現れないと思ったが、まさか弟子を取っていたとは驚いたよ」
ドレイクは優しい目をしながらアルトを見つめる。
「しかし、うちの学校にもやはり貴族出身の教員は多くなった。魔術をよく思わない人間も多いが、勉学にしっかりと励めるように尽力をしていくさ」
「ありがとうございます。試験はいつ実施しますか?」
「本当だったら必要ないところではあるが、クラス振り分けと周りに実力を示す為に実施しておいた方がいいな。予定では明後日の部門に空きがあるからそこに参加してくれ」
実施要項が書かれた紙と、試験中に寝泊まりする宿の鍵を渡される。
宿は学校からすぐ近くにあり、かなり人気の宿である"陽だまりの宿"という場所である。
学校を出てアルトはすぐに宿に向かう。
2日間の野宿と学校での出来事で、アルトの体は完全に疲れ切っていた。
「いらっしゃいませ……って随分とお若い方ですね。貴族さんですか?」
「貴族って言葉は出さないでくれ。俺は平民だ、学校からこの宿の鍵をもらったから泊まりに来た」
鍵と身分証を見せ、そのまま部屋への階段を上がる。
部屋は人気宿という事もあり、かなり豪華な作りになっている。
ベッドと風呂、生活に必要なものは全て揃っている。
そのままベッドに寝そべり、先程学校で聞いた話を思い出す。
「声帯に魔術式……か……」
エリンから魔術をのいろはを教えこまれたアルトなら、その魔術の難しさは嫌という程理解出来る。
並大抵の努力でなせる技では無い。血反吐を吐くような努力と失敗が許されないプレッシャーと戦っていたのだ。
「だけど、俺の煙草も唯一無二の新しい魔術だ。先生に追いつけるようにならないとな」
休んでいる暇はないと、アルトは煙草の予備の制作を始める。
どんな時でも魔術師は研究をやめられないものなのだ。
最後まで読んでくださりありがとうございました。