2.勇者、回想に浸る
アルトが何故このような魔術が使えるようになったのか、それは魔法適正がないと判明した時まで遡る。
「誰も俺には期待してないんだな」
適正診断から帰ってきたアルトを見る目は、今までの期待を込めたキラキラとした目ではなく、道端に落ちているゴミを見るような目だった。
「ね、ねぇアルト…」
「話しかけてくるな」
唯一話しかけて来た同年代の女友達だった人物ですら、嘲笑の目をして話しかけてきたのだ。
「優しいフリすんじゃねぇよ。他の人間と同じでゴミを見るような目が隠しきれてない」
その様子を大笑いしながら見るユリウス。
この時アルトは必ずこいつに復讐すると誓ったのだ。
しかし、家に帰った時の方がアルトにとっては衝撃が多かった。
「どの面下げて家に帰って来やがった!この穀潰し!」
家に入るや否や、父親にバケツの水を思い切りかけられてしまう。
「あんだけ大切に育ててやったってのに、魔法の一つも使えない役立たずが!」
母親が何とか父親をとめ、アルトを部屋に戻るように促すが、この時アルトはもうここにいる人間は家族ではなかったんだと感じてしまったのです。
それからアルトは、誰にも見つからないように自室で研究を始めたのだ。
「属性回路さえあれば俺も魔法が使える。どうする…どうする…!」
1人頭を悩ませる姿は、もう1人前の研究者であった。
ある時から誰もが寝静まった深夜にて、家を飛び出し町の外に出るようになった。
研究している薬の材料を採取するためである。
「今日のところはこれくらいでいいだろう。しかし随分と遠くに出てきてしまったな」
町から出た森の中、かなり奥まで来てしまったアルトだが、その分大量の材料を手に入れることが出来た。
「しかし、これは帰る頃には日が登ってるな」
アルトにとって日が登っているうちに町に戻るのは大問題である。
またあのゴミを見るような目で見られるだけだからだ。
「夜までここで待つしかないか」
そんな風に思っていると、森の木々の隙間に1軒の家を見つけたのです。
「こんな所に家…?」
恐る恐る近づきますが、こんな森の中にあるのに小綺麗な家に、アルトは興味を抑えられません。
ついに家の目の前までたどり着き、家の外見などをまじまじと観察しはじめました。
「誰だそこの小僧」
「っ!?」
いきなり声をかけられ振り返ると、そこにはアルトと同じくらいの背の女の子が立っていました。
茶色の瞳に金色の髪をした、黒いローブを纏う女の子です。
「ここはあなたの家ですか?」
「ああ、そうだ。お前もしかして迷い込んだのか?この家に」
怪訝そうな顔をしながら女の子はアルトを家の中に押し込みます。
「私の名前はエリン、迫害された魔女って言えばわかるかな?」
「あなたがあの迫害された魔女……?」
アルトの村では過去魔術を使う女性を"魔女"、魔術を使う男性を"魔人"として、町の災厄として村八分にしていたのだ。
その際にたった1人生き残り、町から迫害という形で森に投げ出されたのが、この魔女エリンなのだ。
「全然悪いようには見えないですね」
「まぁ魔法至上主義のこの地域じゃ魔術なんて呪いと変わらないからね」
客をもてなすようにエリンはアルトに紅茶を手渡し、近くの椅子に腰掛ける。
「で、問題はなぜこの場所に来れたかだ。この場所は正しい手順を踏まなきゃまず入るどころか、入口すら見ることの出来ない特殊な聖域の中にある。そこになぜ侵入できたかだ」
「分かりません。俺はただ自分の研究に使う材料を集めてたらここに辿りついただけです」
証拠と言わんばかりに、アルトは採取した材料をエリンに見せる。
「その材料……あんた魔術に興味があるのかい?」
アルトが見せた材料はどれも魔術を使う時に用いる物ばかりでした。
アルトは魔法が使えない体を魔術で何とかしようとしていたのです。
「はい、俺属性回路がなくて魔法が使えないんです。だから魔術で属性回路を体に取り込む方法を考えついて、その実験のための材料集めをしていたんです」
アルトの知識はこの歳では到底ありえない程の領域まで到達していた。
「その歳でそこまでの知識を得るとは……なにか理由があるのか?」
「どうしても復讐したい人間がいるんです。あの町に」
アルトの目が曇り、唇を悔しそうに噛み締めます。
「そうか……なら、その研究私が手伝ってやろう。1人では不可能なこともあるだろう。私が師匠になってやる」
アルトの頭を撫で、エリンは優しく笑いかける。
この時アルトは、自分の事をちゃんと見てくれる大人に初めて会ったのだと悟りました。
色眼鏡で見ず、ちゃんと自分の中身もこの人は見てくれるんだと、直感で理解しました。
それからアルトはエリンの指導の元、様々な知識をその身に吸収していく。
魔法の種類、属性回路についての詳しい知識、魔力消費についてなど様々である。
初めはエリンの家に着くまでに苦労をしていたが、数回訪れるうちに自然と間違いなく来れるようになった。
「アルトよ、そろそろ1年になるな」
「はい、先生。ついに俺が考えていた物も完成し、復讐の時が来たんだと思います」
アルトの煙草が完成し、実用段階まで到達した頃。
エリンの教育も終わりに近づいていた。
「復讐をした後お前はどうするんだ?」
「またここに戻ってきて、悠々自適に暮らそうかと思っていました」
「なら、王都の学校に行け。お前の才能をこんなところで燻らせるわけにはいかん」
そう言ってエリンは1枚の封筒をアルトに手渡します。
「先生、これは?」
「王都にある勇者育成学校。エルシオンへの推薦状だ、それを持っていけば試験はあれど必ず入学できるだろう」
勇者育成学校とは、この世にいる魔族との戦闘に備えての戦力を育成し、後の勇者を育てる為の教育機関である。
勇者育成学校は各国、各地域に転々と存在しているが、エルシオンはその中でもトップに位置する勇者育成の最先端をいく学校なのだ。
「お前も16になるだろ?そこで学び、今よりももっと知識をつけろ」
「分かりました、先生!」
封筒を受け取り、アルトは嬉しそうに笑う。
学校とは無縁な立ち位置にいたアルトにとって、これほど嬉しいものはなかった。
「お前が王都で1人前になるまで、この家への道は閉ざし、お前が入れないようにする。せいぜいここに入れるように学ぶんだな」
エリンも自分の弟子の晴れ舞台を楽しみにしつつ、しばしの別れに思いにふける。
こうして、アルトは魔術を学び復讐を果たし、今王都に向けて歩んでいるのだ。
王都への向かい道、アルトは試しにエリンの家への道を歩いてみるが、言われた通りたどり着くことはなかった。
「まぁ先生が言ったことを守らないなんて事はないからな……」
寂しい気持ちを抑えつつ、アルトは息を大きく吸い込む。
「先生!!今までお世話になりました!必ず、最高の魔術師となってまた先生の元に帰ってきます!!」
届いてるかなどは分からない。
しかし、アルトは叫びたくなった。
この広い森の中でもしかしたらエリンが聞いてくれているかもしれないからだ。
「全く……うちのバカ弟子ときたら……」
アルトの叫びは心配になり、様子を見に来ていたエリンに確かに届いていた。
目に少しの涙を貯め、エリンはアルトの背中を見送り、再び自分の家へと帰るのであった。
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