1.勇者、魔術を使う
あいやしばらく
"魔法"とは何か?
この問いを人々に投げかけると決まってある答えが返ってくる。
「災厄を退けたり、日々の生活に密接してる便利な物」
そう、この世界には"魔法"がありふれている。
人々に"魔法"が寄り添いすぎているのだ。
逆に"魔術"とは何か?
この問いを答えられる人間はこの世界にはほとんどいない。
何故なら"魔法"を使える者は沢山いるが、"魔術"を使えるものは限られているからだ。
故に魔術師は不思議がられ、忌み嫌われ、避けられる。
これは全く別のベクトルからこの世界に立ち向かった青年アルトの成長と冒険の物語である。
ある田舎町で2人の赤ん坊が産声をあげた。
兄のユリウスと弟のアルトである。
この2人の誕生は町全体でのお祭り事になるほどめでたいことであった。
2人は甲斐甲斐しく育てられ、すくすくと成長していった。
しかし、2人の成長は良い事ばかりで進むことはなかった。
茶色い髪に赤い瞳が特徴のユリウスは魔法が得意であり、幼少期の頃から様々な魔法を使い周りの者を圧倒した。
一方アルトは黒髪の青い瞳と、成長していくにつれ本の虫となっていき、人との交流をあまりしないようになっていった。
理由としては簡単な事だった。
魔法をアルトは全く使えないのだ。
普通魔法が使えるようになる年齢になっても、使えるようにならなかったのだ。
その事を兄に馬鹿にされ、以降ずっと部屋に引きこもり、本ばかり読むようになってしまった。
ユリウスとアルトがそろそろ学校を決めなければならない年齢。
つまり、16歳になる頃の話だ。
「なぁ、母さん!そろそろアルトのやつを追い出そう。あいつが家にいても無意味だ!」
食事をしながら向かいに座る母親にアルトの事をバカにしながら話すユリウス、それを聞き困り顔をする母親。
これはアルトが引きこもってから、約1年ほど経ってからほぼ毎日起こる会話である。
父親がユリウスを叱り、渋々話が終わる。
それがいつものの食卓の流れであったが、今日はそれが違った。
「誰が誰を追い出すって?」
ユリウスを睨みつけながら、今まで何をしても部屋から降りて来なかったアルトがついに降りてきたのだ。
「アルト!?」
「おはよう母さん、今まで心配をかけてすまなかった。そろそろ学校を決めなきゃいけない時期だろう?」
今まで風呂などの必要最低限しか顔を見せなかった息子の姿に、涙が止まらなくなる母親だが、その感動を遮るようにユリウスが声をかける。
「何言っちゃってんだ?学校ってのはよぉ魔法が使える人間が行くところだぞ?お前みたいな魔法を使えない無能を入れる所じゃねぇんだよ」
この穀潰しが!と吐き捨てる。
「つまり"魔法"みたいな能力を使えれば、俺も学校に通って良いわけだ」
アルトは嘲笑うようにユリウスを見つめる
「てめぇ喧嘩売ってんのか…?」
「さぁな、立派な魔法使いさんに喧嘩売るやつなんているのか?」
さらに煽るようにユリウスを挑発するアルト。
その様子が見るに堪えなかったのか、父親が怒鳴り声をあげる。
「そんなに言うならユリウスと試合をしてみろ、自分が穀潰しじゃないということを証明して見せたら、学校の入学を考えてやる」
アルトは昔からバカにしてきたユリウスも許せなかったが、この父親の事も嫌悪していた。
魔法が使えないと分かると、手のひらを返したように冷たくなり、部屋に届くような大きな声でユリウスと共にバカにしたのだ。
「ああ、父さんいたのか。全く気づかなかった。試合でいいなら早く始めよう」
庭にある練習スペースに移動し、ユリウスは準備を始める。
「魔法を使うんだろ?さっさと杖を用意しろよ」
「ん?ああ、俺はこのままでいい」
ついに頭がおかしくなったかと、父親とユリウスがアルトを馬鹿にする。
唯一母親だけがアルトの事を心配そうに見つめている。
「では、試合開始!ユリウス、存分に暴れてやれ」
「穀潰しが燃えてなくなりやがれ!フレイム!!」
ユリウスの手から魔法陣と共に、大きな火の玉がアルト目掛けて飛んでいく。
爆発音と砂煙により辺りが見えなくなるが、ユリウスはアルトに魔法が直撃したと感じていた。
母親からは小さな悲鳴が上がるが、その様子をじっと信じるように見つめることしか出来ない。
母親の祈りが通じたのか、砂煙が無くなるとそこには信じられない光景が広がっていたのだ。
「防御壁は問題なく発動できたな」
アルトの前に魔法陣でできた半透明の壁ができていたのだ。
それは聖属性の魔法で知られている"マジックシールド"であった。
「な、なんで……なんでてめぇが魔法を使えるんだよ!!」
「さぁなんでだろうな?」
そう言うアルトは先程とは風貌が違っていた。
口に煙草のような物をくわえているのである。
「まぁこれは魔法ではねぇけどな」
くわえていた煙草のような物を地面に落とし、靴で火をかき消す。
その瞬間アルトの目の前にあった防御壁も消えてしまった。
「魔法ってのは才能や生まれついた能力が必要だ。どの属性の魔法が使えるのか?どの程度の適性があるのかは生まれた時に決まっている」
淡々と話すアルトの言葉をユリウス達は黙々と聞いている。
「俺は生まれつきどの属性の魔法も使えなかった。属性回路がなかったからだ。だが、魔力は誰よりも大量に持っていたんだ、魔法っていうのは属性回路と魔力があれば使えるもの、だから俺は何年も研究をしてこれを作り出した」
そう言ってアルトはユリウスに先程の煙草が入った5つの箱を取り出した。
「これにはそれぞれ火・水・風・雷・聖属性の属性回路が成分として詰まっている。それに火をつけて吸うことにより、肺から体全体に属性回路が行き渡りその属性の魔法が使えるようになるってことだ」
もちろん体への影響はゼロに作ってある、と付け加える。
アルトの言っていることが理解できないのか、口をパクパクとユリウス達。
そこに母親が声を震わせてゆっくりと口を開く。
「それって……もしかして魔術……?」
「ああ、そうだよ」
世界から嫌われている魔術、アルトはそれを承知で魔術に手を出したのだ。
「穀潰しだけにとどまらず、恥を晒すとはなぁ!アルト!消えてなくなっちまえよ!」
再びフレイムをアルトに向けて発射する。
「お前は火属性で尚且つ、この程度のフレイムしか使えないのか」
アルトは軽々とフレイムを避け、赤い印のついた煙草に火を付けた。
「フレイム」
ユリウスの物とは5倍以上も大きなフレイムが出現し、ユリウスを襲う。
「ま、待て!俺はお前の兄だぞ!!こんなことして許されると…… うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
フレイムが轟音と共に爆発し、その場には全身に大火傷をし倒れたユリウスが残っていた。
「今まで散々バカにしやがって、これくらいで許してやるんだからありがたく思え」
アルトは大火傷をしたユリウスを尻目に、家に戻り必要最低限の荷物を持ち再び家から出てくる。
「散々穀潰しとバカにしてきてただろ?俺の方から出ていくから安心してくれ。俺は俺で勝手に王都に行くことにする」
王都に向かい歩みを始めるアルトを、両親は見つめることしか出来なかった。
ただ父親は歯を食いしばり、悔しそうに睨みつけていた。
読んでくださりありがとうございました。