004 嬉し恥ずかし現地風呂
あれからもう一度寝て起きたらやっぱりおっさんがいた。
夢であって欲しかった。
「起きたな。もろもろの手続きは済んでるからさっさとここ出るぞ」
どんな手続きが進んでしまったんだろう。
「あの、やっぱり見ず知らずの方にお世話になるわけにはいかないので、ここで結構です」
「子供がなに遠慮してやがる」
頭をワシャワシャされる。
やめてほしい。
「遠慮じゃありません。僕は6歳なのでもう働けます」
「……働き口は? ツテは? 紹介状はあるのか?」
「ツテ? も紹介状もないですけど、でも【鑑定】のスキルがあればどこでも働けるって……」
思ってる。
単なる思い込みで。
「あのなあ、誰に入れ知恵されたかは分からんがその歳で、この王都で働こうなんて、ツテや紹介状がなきゃ無理だろう。冒険者にだってなれねえよ」
なんと……。
自分、異世界ナメてたっすわ。
女神さまは「わしと同じサイズの体でええじゃろ。あの世界、たしか6歳から働けるしの。あとつくりやすいでのー」とか言ってたけど、働けるってだけで、実際はツテや紹介状が無ければ働けないじゃないか!
テキトーしやがって!
「……あの、では僕は働けないのですか?」
「それも含めてとりあえずうちに来い。ここじゃ説明できないことも多い。……お前の身元とか、スキルとか」
「っ!」
身元もスキルもバレてるー!
寝ている間に調べられたか。
そうだよな、調べ放題だよな。
でもそのおかげでスパイ疑惑は晴れたかな?
名前がわかるってことは、おたずねモノじゃないってことは少なくともわかってくれたよね?
しかし、スキルとは?
とくにおかしなスキルは無かったと思うけど。
だとすると無いアタマで考えられるのは……
「身元……あの、もしかしておじさんは身よりの無い子の面倒を見る施設の人ですか?」
実家孤児院とか。
もしくは孤児院出身とか。
「おじっ…………、そうか。そうなるかあ」
あ、おじさんと言ったのはまずかったか。
めちゃめちゃショックを受けてるよこの人。
「あのな、坊主。俺はこう見えてもまだ20代だ。おじさんはやめてくれ」
ごめん。
40代かと思ってた。
すみません。
「お、お兄さん……」
「っ! ……いや、無理しなくていい。てか自己紹介まだだったな! 俺はハロルドだ。ハロルド・ロイズナー。よろしくな」
「こちらこそ申し遅れました! 湯入湯良です。食事とベッド、ありがとうございました」
ベッドから降りてぺこりとお辞儀。
「ああ、ここは守衛宿舎の医務室のベッドだ。食事も残りものだから気にしなくていい」
守衛。おまわりさん的な?
交番に泊めてくれた感じか。
「そうですか。だとしても助かりました。それではこれで失礼します」
「ちょっ、おいおいまてまて」
医務室だと言われるこの部屋から出て行こうとしたら肩を掴まれる。
なんだこの状況。
やっぱり疑われてる?
「あの、もしかして僕、なにか疑われてますか?」
「いいや。疑ってない。さっきの質問の答えにもなるが、俺は別に倒れてる子供なら誰でも引き取ろうなんて殊勝なやつでもない」
「ではなぜ?」
え、人さらい?
「さっきお前、いったよな。ユイリー・ユラって」
「いえ、湯入です」
「あ、まあ、うん。それはそれとして……苗字があるのは王侯貴族しかあり得ない。こちらも業務上鑑定はしたし、お前の口からもしっかり苗字があることが確認された。ということは、ここでお別れはいそうですか、なんてことはこの国の末端貴族であっても無理なんだよ」
「え?」
「これから騎士団で貴族の照会をしてくる。それまでうちに来てくれないか? 未成年の貴族の子弟を1人で町に放っておく事はこの国の騎士としてできない。迎えが来るまでうちで――」
「い、いません! 迎えも、家族も! だから大丈夫です!」
なんだか厄介なことになって来た。
ただでさえ風呂に入れてなくて集中力に欠けているのに、余計な情報に頭まわんないって!
そして言ってしまってから失言に気付く。
あれ? これ、家出少年と思われない? と。
案の定だった。
あれから問答無用でハロルドの家に連れていかれ、ハロルドの家の人とご対面。
ハロルドね、貴族だったよ。子爵家の次男。
いいとこのお坊ちゃんだった。
宿舎というか、あの門の施設からハロルドの家まで馬車で移動中、そんな話を聞いた。
で、今ご対面中の人ってのは、ハロルドの家の使用人らしいんだけど、その人達の僕を見る目がいろいろ過ぎる。
執事のピオロだと紹介された背筋もしゃんとしたロマンスグレーなおじいちゃんが優しげな涙目でこちらを見ている。
30代くらいのメイド長のケイトは声を殺して泣いている。
青年の使用人トールは子供好きなのかニコニコだ。
10代半ばのメイド、マリーは笑顔だけど目が笑ってない。しかし視線はハロルドに向けられている。敵意とかではなさそうで、もしかしたら隠し子と思われてそうな感じだ。
ハロルドの両親は領地にいるらしく、今はこの四人がこの家でハロルドを支えているらしい。
ちょっと今の僕にはみんなどんな感情でこちらを認識しているかはかりかねる。
少なくともトールには歓迎されているっぽい。
ハロルドがざっくりと僕を紹介し、あとは騎士団に行くと出て行ってしまった。
執事のピオロは「旦那様に手紙を書いてきます」と行ってしまい、メイド長のケイトは「着替えをご用意いたしますね」と涙を拭きながら階段をのぼっていった。
使用人のトールは仕事の続きをするらしく、メイドのマリーは――
「ではユイリー様はこちらへ」
どうもこの世界の人は湯入と発音しづらいのか、やたら僕を「ユイリー」と呼ぶ。
それともユイリの愛称はユイリーって呼ばれているのだろうか。
どこぞのマイケルさんがミッキーやマイキーって「ー」つけられて呼ばれるみたいに。わからないけど。
とりあえず、「ー」を訂正するのも面倒になったので、流すことにした。
そしてマリーに連れていかれたのはなんと
「お風呂……!」
「はい。昨日道端に倒れていたとうかがったので」
なんていい人なんだマリーさん!
「ありがとうございます!」
「いえいえ。メイド長がお着替えを用意している間に汚れを流してしまいましょう」
はしゃぐ僕をみてにっこり笑顔のマリーさん。
今僕に向ける笑顔はしっかりと目元も和らいでいる笑顔だ。
さっきのあれはやっぱりハロルドに向けた疑わしげな笑顔だったんだろうな。
お風呂はこのお屋敷同様に石造り。
湯船もきちんとある。
シャワーは無いが、大きめの柄杓と背もたれ付きの木の椅子があるだけの簡素なお風呂場だった。
そして貴族の家の割には質素なお風呂だ。
子供の僕なら足を伸ばせるけど、体の大きなハロルドは膝を抱えないと入れなさそうな。
つまり湯船は日本の一般家庭とそんなに変わらない大きさだった。
その割に洗い場はやたら広い。
この湯船があと9つは入りそうなくらいの。
お風呂に気を取られていると、マリーさんが僕の服に手をかけ、脱がそうとしていた。
僕はそれを慌ててとめる
「えっ、あのっ、自分でできますから!」
「はい。承知しております。ですがユイリー様は病み上がりですので、このマリーがお風呂のお世話を致します。お風呂で倒れられたら頭を打ってしまいますよ? 痛い痛いですからねー」
めっちゃ子供扱いしてるー!
子供扱いされたショックを受けているうちに、服をひんむかれ、さっさと風呂場に連れていかれ、椅子に座らされ、お湯がきちんとぬるめであることを説明され、優しくお湯をかけられた。
それからわずかに木の匂いがする石鹸で頭の先から足の先まで丁寧に洗われてしまった。
十代半ばの女の子に!
「はい、きれいきれいになりましたー。あとはお風呂であたたまりましょうねー」
と、とぷんと湯船に入れられた。
うん。適温。
そしてほわあああっとする。
あたたかくて体がふわふわして癒される。
子供扱いされ、恥ずかしさに耐えながら謎の石鹸で体中を洗われた事なんて水に流そう。
その後、3分程度でマリーに湯船から引き上げられてしまい、僕の異世界にきて初めてのお風呂はこころゆくものではなかった。
あと、スキルでもなかったことに湯上りにまたマリーの手によって着替えさせられ、ちょっと放心した後に気付いた。