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巫女、脅されている

 ナルハは怯えた。生まれてこの方、暗殺されそうになるなど初めてだからである。


 矢で撃たれる治安の悪さ。ハイパー世紀末加減。震えながら泣いていれば...いや、比喩表現ではあるが。涙など一滴たりとも溢していないが、心は号泣である。

 しかし閣下は、そのようなナルハの心など露知らず。ふつうに追い討ちを掛けてきた。


「だから早く死ねと言ったのだ」


 彼はナルハに、“苦しまない方法でサクッと死んだ方がマシだ”とずっと提案して来ていたと言うのか?


「わ、わたし本当に命狙われてるんです?」


 ナルハは正直全然聞きたくなかったけれど尋ねる。

 理解はしてるけど分かりたくない事柄を、脳は都合良く“うーん、わからん!”と判断するからだ。人から客観的なジャッジをされなくては信じられない。

 現実逃避をする精神弱者は人からの“絶対そうだよ〜!”を求める。その服ちょー似合ってる〜!が無くては普段買わないメーカーの服を買えないのと同じ理論だ。


「そういうことになるな」


 閣下は壁に刺さった矢を引き抜き、水に付けたペンの先で平根...平根である!この矢尻、鉄製の平根であった。


 平根というのはスタンダードな尖矢より、ちょっと丸くて面積がデカい矢尻のことである。

 矢尻単体で見れば単純に接触面積が大きい。穿つ事ではなく、傷付け、切り裂くことを目的とした形状だ。ついでに言えば、この矢はデザインが掘られている。高そう。

 

 基本的には即効性の威力を求め、量産しやすい尖矢一択なのであるが、ちょっと身分のある人間はこういう凝った形状の矢を持っていたりする。

 わざわざ金持ちアピールをしてくることに、何か意図があるのだろうか。わからないけど。


 閣下がお持ちである、引っこ抜いた矢尻を弾いたペンは何も起きない。

 ホッと息を吐いたナルハの心情など知らず、暫く思案顔で停止したレナードは、そのまま矢尻をティーポッドに刺した。途端、ボコボコと沸騰したような音を立てたポッドは、内側からドロドロに融解する。

 

 ナルハはマナーモードになってしまったように静かにバイブレーションする。会いたくねえけど震える。

 そんなつもり一ミリも無かったのに、知らん間に死と舞踏っちまった。


「液体に反応して発動する魔術らしい。君があのまま受けていれば、めでたく行方不明だったという訳だ。運が良かったな」


「全然まったく良くないですが」


 ナルハは閣下をジト目で見る。あれだけ不穏な発言をバンバン飛ばした閣下に、礼とか絶対言わねえぞという強い意志だ。


「行方不明と言っても、閣下に謀殺の嫌疑が掛けられますよね。それは困るということですか?」


「掛けられても困りはしない」


「ハァ〜?貴族さまから見れば、取るに足らない平民の命ってことですか〜!?」


「何故そうなる。君は少し血の気が多すぎだ」


 閣下が困った顔でナルハを見る。確かに少しヒートアップし過ぎたかもしれない。

 許してクレメンスと心の中で謝罪を口にして、レナードの言葉を待つ。


「巫女を一人消したという噂が流れたところで、君の反国行動も同時に話題になるだけだ」


「軍事作戦の邪魔したやつですか?」


「そうだ。生きている内は口外しないと約束しよう。誓約書を書いても構わない。しかし君の死後は申し訳ないが、進んで名誉毀損をさせて貰う」


「なるほど。わたしを売国奴だと告発することで、正当な殺害であったと証明するんですね!」


「そういうことだ」


「この人でなし!」


 謗られた閣下は少し傷付いたような顔をした。その眼差しは獅子でなく、子犬のようである。

 しかしそのような目をしたところで、やろうとしていることの非道さは変わらない。ナルハは毅然とした態度で睨み付ける。


「君も分かっているだろう。それが一番穏便に済む。私は世間から“愛国者”だと思われているからな」


 その通りである。彼は慈悲深く、聡明で、愛国心に溢れる騎士である。だが、それはあくまで“自国民に向けて”だ。

 他国を無意味に害する行動は嫌うが、自国に敵対するなら容赦はしない。ナルハが今行方不明になって、彼に嫌疑が向いた所で、その手札を使えばナルハが適当に他国との内通者だったとでも思われるだけだ。


「...それならば閣下は何故わたしをお助けになったのですか」


 礼は言わないが、聞かねばならないことはある。

 さっきの話の流れからすると、閣下はナルハに死ねと言っている。だがナルハは特にメリットの無い状態で助けられて、命を狙われていることも説明された。この男の意図が読めず困惑しかない。

 胡散臭そうな視線に閣下は気付いたらしい。


「まるで私が君を目障りに思っているような言い草だな。何か勘違いをしていないか」


「閣下の話聞いてそれ以外の結論が出るとお思いか?」


 ブチギレ巫女の冷たい怒声にも臆することなく、レナードは静かに言った。

 というか、こいつなんで怒ってるんだ?みたいな目で見てくる。ひどい人である。人の心とかないのかな?


「私は君を好意的に思っている。

まず第一に、権力に屈さぬ高潔さ。君は君が思う倫理に反した事であれば、首を縦には振らない。

第二に、君は不真面目そうに見えるが、存外かなり真面目であったと言う点だ」


「はあ、ありがとうございます。ですが当然、そのような感情論だけで助けたわけではありませんよね。打算と計画がお有りでしょう」


「そうだな。君を助けた理由は別にある。実行できた要因を率直に言えば、“慣習を守っていたから“だ」


「...慣習を?」


「ああ、そうだ。お陰でこの城の誰もが、君の名も、素顔も知らない」


 巫女が守るべき慣習は、幾つかあるが、代表的なものは二つだ。


 一つ目は、己の名前を伏せること。

 ナルハはナルハ=ヤデシネという名を持つが、表向きには”ヤデシネ“という国から与えられた洗礼名だけの名前だ。巫女としての役割が決まった時に与えられた、バプテスマと言い換えてもいい。

 諱...実名を知るのは神だけで良い、と言う慣習である。他者に呼ばれれば呼ばれるほど、神の権能は落ちると言われている。だから産まれた時に才能が分かれば、以降その子供は洗礼名で暮らすのだ。


 そういう訳で、ナルハの顔と名前を知る人間は、とっくの昔に死んでる親と故郷の村に居る助産師と洗礼名を与えた教皇くらいだ。助産師は赤子を取り上げるのが仕事な訳だから、ナルハのことなどピンポイントで覚えている筈が無いし。


 二つ目は顔を隠すこと。こちらを行う理由も同じで、顔を見せるのは神にだけという取り決めである。

 誰が決めたのか知らんが、迷信の煮凝りだな〜とナルハはちょっと思っている。一般神官よりも巫女は取り決めが多くて面倒だ。


「君一人が消えたところで、私に不利益は無く、誰も君の所在を知ることは無い」


「...今は泳がしておいて、いずれ自ら殺したいと仰るのか?然るべきタイミングで殺すため、わたしを助けたと!?」


「...何故そう物騒なんだ。私がそのような猟奇趣向に見えるのか?」


「見える」


 閣下は机をドンした。


「見えないです」


 閣下は真顔で此方を見下ろす。今日イチ怖かった。


「君に戸籍の上で死んで貰い、表舞台から消えて貰う。

運の良いことに顔を潰す必要も無い。何食わぬ顔で我が隊に君を混ぜても、誰も気が付かないだろう。こちらは民兵を混ぜた私兵を持っているからな」


 ナルハはやっと意図を理解する。死ねしか言わないしねしねマンが、どういう感情と思想で死ねと言っていたか。

 ヤデシネという巫女の存在を此処で殺し、戸籍の存在しない女を自分の部下にしようと言うのだ、このレナード・ライガー閣下は。


 無駄な殺生も無駄な消費も嫌う、この人らしい考えであるとナルハは唸った。

 どうせ死んだような命であるナルハを引き抜き、己の隊に入れる。前職が特殊なナルハ=ヤデシネの顔もナルハという名前も、誰も知らない、知り得ない。裏切りについても問題ない。此方は生きているのがバレれば命をもう一度狙われるだけなので、レナード閣下の暗躍をチクることもない。


 それを聞かされたナルハの率直な感想はこうだ。


「最初からそう言ってくれないですかね」


「?...伝えていただろう」


「閣下は死ねの一点張りで意図を汲み取れる人間が居るとお思いですか?」


 閣下の言葉が足りなかったせいでコントになってしまった。


 わかるよ、閣下たぶん慌ててたんですよね。元からレナードは口数が少ない方であったが、事態が急ぎだったので言葉足らずになってしまった。

 更に加えて言えば、仕事の話をする彼は表情が殆ど変わらない。生真面目な性格に、冷ややかな美貌。言葉に重みを乗せるため、無駄口は開かない。ナルハはレナードが焦ってることに気が付かず、普段通りの彼だと思っている。

 そして冒頭の事故会話が発生した。FAであるが、草としか言いようがない。


 自死を勧められていると思っているナルハと、死んだフリをして欲しいと思っている閣下。皮肉なことに、執務室のレッドカーペットの上でこれをやっている。

 実際には漫才をしているわけではないのでオチないというのも微妙な空気を助長した。酷い話だ。


 じっとりと睨むナルハに、やっと閣下が申し訳なさそうな顔をする。おせーんだよ、しゅんとするのが。

 もっと早い段階で気付けやコラと思ったが、ナルハはそれを言えば無駄な雑談が増えるのを察して黙った。


 それに、人ばかりを責めてはいけない。言葉足らずのあっちも悪いが、「は?」以外の感想を抱かず、事情をよく聞かなかったナルハも悪...悪いかなあ!?悪いかなあ今の!?

 レナードは他者に誤解を受ける言葉選びが多い癖に、話が冗長なのだ。喋ってるとマジで疲れるからナルハはこの男が結構苦手である。


「すまないとは思っている。私は其れなりの貴族だが、多数の家に結束されれば手出しはし辛い。君に死んで貰うしか方法が無かった」


「謝るのその部分なんですね」


 ナルハの突っ込みにも臆せず怯まず、というか、ほかに謝るところが見当たらなかったのだろう。ナルハに天然が炸裂した。

 じっとりと閣下を睨んでいると、少しだけ空気が変わった。説明が済んだから、本題に入るのだろう。前述した通りレナード閣下は冗長だ。今までのは、前置きでしかない。


「そこでだ。君の身の振り方を尋ねよう」


 閣下は白手袋に包まれた指を此方へ向けた。金糸の髪が割れた窓から入る風で靡く。

 血で染まったような鮮やかな紅を黒と金で彩った軍服は、彼の威厳を強調させる。


「待っていれば君は殺されるだろう。先程の暗殺もそうだが、内部からも君を始末しようとする動きがある。

 私の元にも、君の抹殺命令が来るやもしれんな」


 レナードの金の目が、冷たい色でナルハを写す。

 突き付けられた情報と、閣下の威圧感にナルハは思わず竦む。目の前に居るのは”金獅子“。国家防衛の要であり、戦場での英雄。無意識に下がろうとすれば、左手を軽く引かれる。

 小さな動作であったというのに、ナルハの身体は傾き、右手が机に付いた。顔を上げれば、美しい顔が貼り付けた仮面のような無表情で見下ろしている。


「雨天の巫女。貴殿に取れる道は二つしかない」


 閣下はナルハの首にナイフを当てた。自然な足運びで、まるで頬でも撫でるような動きで命を握る。

 レナードが武器を袖口から取り出したことに、ナルハは一切気付かなかった。


 彼は軍略だけで上がってきたのではないと、嫌でも理解をさせられる。それに伴う実力と、数々の死線を超えた経験。全てがナルハを圧倒した。

 冷たい汗が背中を伝う。


「此処で切り捨てられ、大人しく退場するか」


 金の目は静かに此方を見据える。

 突き付けられた刃物よりも冷ややかな声色は、有無を言わせない恐ろしさがあった。


「もしくは」


「...もしくは?」


 レナードは穏やかに笑った。

 だけれど、その笑みは正直さっきよりやばい。無表情より笑った時の方が怖い人って居るもんだな〜とナルハは現実逃避をする。


 黒い愛馬に跨った姿はどう見ても死神だが、巷で彼は王子様のようだとか言われてるらしい。

 しかし、この冷ややかな視線は王子などでは絶対に無いだろう。策謀と、調略と、暴力の上に出来たものだ。

 率直に、夢見る少女たちにこの顔見せたら絶対泣き出すぞと思った。ナルハは正直こわくて泣きそうだ。


 神に愛された美貌を持った男が、それはそれは屈折した微笑みを浮かべる。


「私と手を結び、この国をひっくり返すかだ」


 レナード閣下について勘違いしていたことが二つ程あった。


 お国の為にと生きる気高い孤高の将軍は、そんなに清らかな人間ではなかった。彼の野心は遥か高く、フジヤマよりもずっと高く、大気圏を突き抜けている。あと思っていたより手段を選ばないタイプであった。


 そして二つ目は、彼は空論を唱える理想主義者などではない。

 現実を見据えた上で言っている、傍迷惑な革命家であったということだ。

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