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巫女、死ねって言われる

部屋を明るくして、画面から離れて、頭を空っぽにして読んでください!


各章10話程度、3部構成の全30話くらいで終わる予定です!

 それはそれは大層美しい男がおりました。

 男は柔らかい絹のような金の髪に、繊細なカットを施された宝石の如く煌めく目で、神があつらえた傑作であるかのような麗しい容姿をしております。


 やはり所作も非の打ち所は無く、美しく上品な動きで少女の手を取りました。

 特筆して言及することもない素朴な雰囲気のある娘に、神の使いとさえ思う程の美しい青年。まるで宗教画のような神々しい光景がそこにはありました。


 そして青年は少女に、悩ましげで居て、少しだけ切なそうな声で囁きます。


「すまないが死んでくれないか?」


 青年の言葉に少女は思います。は?


「は?」


「君には本当にすまないと思っている。だが、今すぐ消えてくれないか?」


 二人の間に、永劫にも感じる長い時が流れました。

 いえ、そう感じただけで、一瞬だったかもしれません。涼やかな風が通り抜け、止まった時を動かしました。


 頬を紅に染めた少女は、鏡面のように澄んだ瞳を青年に向けます。

 そうして、柔らかく艶やかな桜色の唇を、僅かに動かしました。


「は?」




( ´_ゝ`)?

 

 ナルハ=ヤデシネは近年さほど珍しくも無い、一般異世界転生者である。


 前世は高卒で製造業に従事し、三交代勤務で適当に働いていた。

 特に趣味と言える趣味もなく、ソーシャルゲームに程々の課金をするくらい。まれに天井をノックする程度で、シナジーのために魚を毎シーズン指名し続ける程度で、イベントが始まったら肉を集めるくらいで、特段言及するような珍しい社会人生活は送っていない。


 そんなナルハの転機は前世での死で、たまたま足を滑らせて自宅の階段で落下。

 そのまま何処かを強打し、次に目覚めたのは今世のゆりかごである。


 もう5歳にもなるのにゆりかごに入っている強めのガキだったナルハは、突然ゆりかごの中で“覚醒”をする。

 

 そうして急激に上がった知能レベルは、今まで疑問にもならなかった不自然さに答えを付けた。

 それは前世の記憶だったり、ナルハの特殊能力────“なんか適当に雨乞いしたら雨が降る”だったりにだ。


 別に世界の神と話したとか、そういう経験はない。

 よくある神様が「間違えて殺しちゃったから、君に特別な力をあげるやで〜^^」したとか、「神からの転生特典やで〜^^」とかいう適当な理由付けをしたとかでもない。この特殊能力は、ナルハの転生ガチャ引きが良くて授かっただけである。


 神との対話ならびに転生特典というのは、今や...というのもおかしいか。長年愛される異世界転生ものの鉄板であり、ファンタジー小説でいつだって目にするテンプレートだ。

 

 しかし残念ながら、この世界には適用されて居ないらしい。神からのギフトを授かる過程などは発生せず、普通に転生している。他の人間も恐らくそうで、たまに記憶を保持した子供が発生するくらい。

 

 なぜそれが分かるかと言えば、この世界には存在しない物体や現象にまつわる言葉が普及しているからだった。

 例えば、“ハイパーテキスト・マークアップ・ランゲージ“。インターネットは当然無いのだが、このワードだけが存在している。

 これは、任意の魔法を封じ込めたオリジナル魔導書を製作する際に使われる専用言語を指すのだが...多分、名付けたやつが転生者だったのだろう。


 この世界には、少なくない数の転生者が生きていると思う。しかし、わたしたちは活動的に同志を探すことはできない。

 我が国では”死者はその場で消滅し、どこにも無くなる“という宗教感が採用されているからだった。

 つまり「前世の記憶があります!」と公言すると異端者扱いされるので、ネットスラングなどを会話に織り交ぜて“探り合い”をすることでしか仲間を探せない。

 

 しかし同じ手を思い付く人間は結構居たようで、前述のような現象が起きている。

 騎士と魔法の中世ロマンである筈のこの世界にはネットスラングが微妙に蔓延していた。転生者の投入により、神が作った耽美な世界観は破壊されてしまっている。南無三。


 脱線しすぎた。話を戻そう。

 この国にはシャーマン系の特殊ジョブが職業として正式に存在しており、前世でいう公務員のような雇用枠がある。

 大きく纏めて神官と呼ぶのだが、その中でも強い力、特別な役割を持った人間を「巫女」と呼ぶ。男性の「巫子」も居るといえば居るが、あまり此方は数がいない為、神官とそのまま呼ばれることが多い。


 そこに登用されるのは、生まれつき“祈り”の力で様々なオカルト天気現象を起こせる能力者たち。

 如何にもな装備一式を付けて、頭にも分厚いベールを被って、なんか厳かな感じに振る舞う仕事だ。誰にも顔を見せず、神の御前でだけ取り払い、素顔を晒す。そういう形式上の慣例がある。


 神官としての適性と能力の双方が国に認められると、軍部での特権階級になれる。生まれる場所が違えば、ナルハは上司に「雨天の」と呼んでもらえたかもしれない。


 例えばナルハの“雨乞い”だったり、晴天の巫女の快晴を招ぶ力だったり。雷を任意の位置に落とすとかいうおっかない神官も居れば、外気温を一度上げるとか、霰を霙に変えるとかいうしょうもない能力者も居る。


 ナルハの転生先は、騎士と魔法の中世ロマンという科学の進歩が薄い世界であるのだけれど、天気情報だけは正確に出てくる。

 予め定まった順番で、神官たちが適当に祈っているからだ。こういう豊かな国ではありがちの疫病なんかも、魔法があるので蔓延はしないし。


 どれほど適当に祈っても、信仰心など無くっても、黄金比で定められた天気予報図を描き続けるだけで万人が救われる。約束された実りの秋が訪れるからだ。

 豊作が確定というのは国家の繁栄に多大な影響力がある。飢餓の冬が訪れないということは、人がある程度安定して増え続けることが出来るということだ。


 当然、国家繁栄に一役買っているナルハたち神官は高待遇で扱われ、一日一回十分適当に祈ってるだけで本日のお勤め終了なのである。

 異世界転生万歳!スマホもネットも無いけれど、労働の苦痛と天秤にかければ夢のゴロゴロライフの方が比重が重い!...と、順風満帆だったのだが、ここに来て投下される爆弾。“悪いんだけど死んでくれないか?”である。


「ちょっと何言ってるか分かりませんね。そんな唐突に死ねとかありますか?わたし、巫女ぞ?特権階級ぞ?」


 半ばキレながら、唐突に人に死ねと言った非常識野郎を問いただす。マジで許せない案件すぎたので、人差し指を思い切り突き付けてやった。

 それを見て困ったように眉を動かす美丈夫。艶やかな金の髪と同じ色彩の、煌めく金の瞳。恐ろしく芸術的な容姿をしている、金獅子と称される騎士────レナードは、ナルハの人差し指を優しく下げさせた。勝手に下げるな。


「君がそう言うのも分かる」


 それ絶対分かってなくない?

 そう思ったがツッコミを堪えた。ナルハは人の話を遮らない行儀の良い成人女性である。ポーカーフェイスを浮かべて、努めて穏やかに微笑んだ。


「それ絶対分かってないですよね?」


 行儀の良さは秒でドブに捨てた。


「だが、早く消えて貰わねば困るんだ」


 なんでだよ!繋がってねえよ!


 美しい顔が思い詰めた顔をする。

 大層ご立派な軍服は、肩にも腰にもジャラジャラしたやつが付いている。すげえジャラジャラしてる。車のドアとか電車のドアに挟んで恥ずかしい目に遭いそうなくらいジャラジャラしてる。


 耽美に言い直すのであれば、ベルベットのような光沢の赤い布地に、白金のベルトが煌めき、その二つの鮮やかな色彩を濡れ羽の漆黒が牽制している。かといって簡素に纏まることはせず、繊細な刺繍で金が差し色とされている、とでも言えばいいのか。


 どっからどう見ても悪人ヅラとしか言えない男は、赤と黒と金とかいう強すぎる配色をそれはそれは見事に着こなしていた。

 金髪金眼であるのに王子様とかそういう雰囲気はあまり無い。どちらかといえば、王子様や可憐な少女を追い詰めて苦戦させそうな、ヒールめいた芸術性をお持ちだ。

 敵だけど、憂いを帯びた顔が良いから人気が出るタイプの悪役。そんな男だった。


 このイカレ成人男性とナルハの関係は、簡単に言えば同僚である。隣の部署の実力派花形社員(役職付き)と、隣の部署のコネ入社マン(役職付き)。

 階級こそ殆ど同列なものの、あっちは自力で席を取った軍人。こっちはそこに席があるだけの特権階級。実力に折り紙が付いてるのと付いてないくらいの差がある。


 確固たる実力があって上がってきた彼に対して、ナルハはただの宝くじに当たった幸運な人だ。

 それでも階級は同じなので、敬語を使うのは一応あっちが年上というだけの話。それ以外の理由はあまりない。


 王国の中でも輝かしい戦績轟く名将であるレナード・ライガー閣下は、政にも関わる程の重鎮である天上のお人。

 ...なのだが、本人は「全ての民が幸福に」と謳う若干イカレ気味のぐう聖である。ぐうの音も出ない程の聖人なのである。


 それ故に煙たがられてるところもあるのだが、その甘いルックスと清い思想は女性たちや若者の支持を得ている。

 しかし彼は身を固める気が当分無いらしく、未婚。そしてナルハにやたら絡んでくるため、ナルハの婚期は遠のきがちであった。

 許せねえ!許せねえよこの男!と、ナルハは少し逆恨みをしている。


「そう言われても...こちらは困るとかそういう段階のお話ではないのですが...」


 ”わたしが死なないと困るってそんなに真摯な態度で言われる内容なのかな?“というのがナルハの率直な感想である。

 目の前のイカレた騎士様をジト目で睨めば、真っ直ぐで澄んだ瞳が返ってくる。人に死ねって頼む人間の目とは思えなかった。


「大丈夫だ。君に不自由はさせない。私を信じて死んで欲しい」


 ふつうに死ねって頼まれた。


「そのお願いに、わたしが信じられる要素なくないっすか?」


 ツッコミどころが多すぎる。

 人に死ねとか言いそうにない清い瞳は真っ直ぐにナルハを見て、死ねと言っている。何回聞いても死ねって言っている。


「我が儘を言わないでくれ。分かってくれるだろう、君は早く死ななくてはならない」


「我が儘って言われるのは予想外すぎるんだよなあ」


 話は平行線である。ツッコミどころが多すぎてツッコミ死しそう。

 当たり前だ。ごめんで済むなら警察は要らないし、死ねって言われて死ぬなら他殺は発生しない。

 マジでこのレナードとかいうやつ、死んでくれの一点張りである。ちょっと顔が良いからって人がホイホイ死ぬと思ったら大間違いだぞ。


「何故そこまで仰るのですか。わたしが何をしたと言うのですか」


 全く一切ミリも死ぬ気などは無いが、死ねとお願いされている手前、動機を聞く権利はあるだろう。

 じっとりと美丈夫を見やれば、レナード閣下は憂いを帯びた流し目をする。多分本人はそんなつもりなど無いのだが、いかんせん顔が強いので些細な表情すべてがキメ顔に見えてしまう。カッコイイ顔したところで、突然死ねってお願いしてくるサイコ野郎という評価しか下せないが。


「簡単な話だ。何もしないのが問題なんだ」


「は?お役目は果たしておりますが」


「そうではない...上層部は権力に屈さない君を目障りに思っている」


 サイコは重々しくそう言った。サイコ、お前も私が邪魔だと思っているのか?

 目線で訴えるも、彼は真っ直ぐに此方を見つめ返すだけだ。そう、ナルハに死ねって言ってくる超絶に綺麗な瞳で。なあ、お前も私を邪魔だと思っているのか?


 暫く見つめ合い、気不味い沈黙が続く。ナルハは相手の出方を伺っていたのだが、どうやらレナードは此方の返答を待っているらしい。

 この男は少々...いや、かなり天然...いや、純粋にコミュニケーション能力に問題が発生する程度の天然であった為、会話が崩壊することがある。


 “今からお出掛けですか?とても楽しそうで良いですね!”すらまともに言えない。

 有給取ってウキウキで出掛ける部下に「...何処へ行くつもりだ?随分と楽しそうだな」と聞いて部下の有給を台無しにする素晴らしいコミュニケーション能力の持ち主だ。

 本人には一切の悪気が無いのが最悪すぎる。


 どうやらこれも謎の待ち姿勢だったらしく、長過ぎる沈黙は単にナルハの言葉を待っていただけのようだ。表情は変わらないし口を開けば死ねしか言わないしで分からなすぎるから、そういうのやめて欲しい。

 なんであっちから話を切り出しておいて、お前が待ちの姿勢をしているんだ?偉いから聞かなかったが、理不尽を感じつつ言葉を返す。


「...権力に全然屈してますけど」


 ナルハは権力に弱い。

 それこそ、仕事場で死ぬほど会話をしたくない相手である閣下の話をスルーすることなど出来ないし、公務員という立場にあぐらをかくためならばゴマスリも辞さない。普通に屈するタイプであった。


「私はそう思わない」


 しかし閣下は否定を入れてくる。少しだけ責めるような視線が此方を窺って、重々しく口を開いた。


「隣国を沈める案が持ち上がった際、君は断っただろう」


 普段よりも幾分か低い、咎めるような声で閣下は言った。

 元から冷たい顔をした男であるが、その瞳までも冷ややかに此方を見ている。だが、ナルハはその目に臆することは無い。


 この男は真面目な話をしているといつもこういう顔になる。別に此方を責めているとか嘲笑してるとか、そういうつもりは一切無いのだ。

 普通に真面目な顔をしているだけなのだ。今にも射殺されそうな目をしているけれど、毛頭もそんなつもりないのだ。


「わたしはそのように強い力を持っておりませんから」


「謙遜しなくていい。口外しない」


 ナルハが保身のために放った言い訳を、閣下は嘘だと断言した。

 口外しないと彼は言うが、バレたら結構やばい話なのである。それこそ、売国奴として処断されても文句言えないくらい。非国民認定されて、断頭台送りかもしれない。


 その件の説明をしよう。以前、隣国に天災で打撃を与える案が持ち上がったことがある。

 当時の軍部が国土全体に雨を降らせ続け、農作物、建造物、海、その全てをじわじわと削って行こうと提案されたのだ。


 そうして白羽の矢が立ったのが、当代の雨天の巫女であるナルハ。

 この国は古くから、国民全体が徴兵に応じる義務がある。神の作った国の為に戦うのは、当然の責務だから...という話だ。

 それは巫女も例外ではなく、国から直々に工作兵としての役目を与えられた。


 だが、ナルハは乗り気じゃなかった。

 嫌だったのだ。国を水に沈めるとか。あんなのは、知能ある蛮族の発案だ。お利口さんだが、未来の予測が付かない猿が提案する作戦である。

 人々は水攻めのえぐさを知っているだろうか?徐々に上がる水位、奪われる体温、痛む食料。ここで提案された水攻めは、国家全体を巻き込む規模での天災なので、実質的に兵糧攻めも兼ねている。そんなことすれば、どんな風になるかは馬鹿でも分かる。少なくとも、生き残った人間は激しい憎悪を祖国へ向けるだろう。いっそ皆殺しにした方がまだ救いがあるってものだ。


 なので、ナルハに“そこまで出来る力は無い”と断っている。

 そしてそれが真実であると判断され、あまり力の無い雑魚巫女として見做されているはずだったが。


 探るように閣下を見れば、彼は変わらず涼やかに此方を見るだけ。ナルハが黙っていれば、揚げ足を取るべく彼は言葉を紡ぐ。


「君は断ったが、晴天の巫女は乗った。だが、作戦は失敗。

それは“神は寵愛している我が国にのみ恵みを与える”からだ」


「ええ、その通りですね。大いなる神は、他国では力をお貸しになりません」


「そうだ。本国を離れるほど祈りの力が薄まり、最終的には一切の能力を使えなくなる...という話になっている。表向きには。

其れについて、私から言及すべきか?」


「...いいえ、その必要はありません。ようく分かりましたとも」


 閣下はコミュニケーション能力こそ怪しいものの、若くして軍部の中枢に居られる方である。

 ナルハが思っていたよりも鋭い洞察力をお持ちのようだった。...と、言うのも。晴天の巫女が軍事作戦に乗ったことをナルハは知っていて、分かっていた上で邪魔したのである。


 巫女同士の祈祷バトルは能力の高い方がお天気の支配権を得る。信仰心など関係無く、天賦の差だけが勝敗を決する。

 ナルハはSSR特殊能力ガチャを引いたと言ったが、実際のところ引いたのはURである。星5ではなく星6なのである。当然ながら基礎ステータスに激しい差があった。


 わかるだろう、レベルキャップが80の星4カードと、キャップが90の星5カードの強さの差が。単純な祈り合いで格下などに負ける訳もなく、晴れの天災じみた干魃を勝手に打ち消してやった訳だ。

 諦めて息を吐き彼を見たが、閣下は少しも表情を変えない。予想通りだと言わんばかりの余裕であった。


「断って当たり前ですよ。そんなことしたら民間人まで大勢亡くなります」


「それは祖国が栄えることよりも重要か?」


「勿論。祖国の繁栄は我々国民の願いではありますが、他国の民を踏みにじってまで求めて良いものではありません。

隣国が戦争を仕掛けてくる様子でしたら、わたしは賛同致しました。しかし、実際には此方が仕掛けようとしていた。ならば、実行する理由はありませんね」


「私も同意だ。だが、そう思っていない人間も居るということだ」


 そう言って閣下は書類をこちらに差し出す。魔法による転写で描かれた写真のような絵には、可愛らしい貴族の少女が写っている。

 「どちら様で?」とナルハが目で訴えれば、閣下は神妙に頷く。少しの懸念を抱いたように寄せられた眉は、悩ましげな表情を作る。そして彼は芸術品のように美しい顔と所作でナルハに紅茶を差し出した。いや、そうじゃねえし。


「欲しいのだろう」


「全然欲しくないですが?」


 少し寂しそうに目線を落とした閣下は、差し出した紅茶を自分で飲んだ。

 ナルハはそれを暫く見ていたが、「ではお聞きしますが」と痺れを切らして質問を投げる。


「その少女を見せることに何の意味が?」


 神妙そうな顔が本当に絵になる男である。

 指を組み、肘をついて切れ長の瞳が憂鬱そうな雰囲気を放っている。分かりづらいお方だと思われがちだし実際そうであるのだが、よく見ると実は喜怒哀楽が少し分かる。


「これは次代の巫女だ。君の代わりに立てられる予定の」


「へー。良いじゃないですか。雨乞いのお役目がわたしでは無くなるということでしょう?

それならとっとと隠居して、村で農作でもしますよ」


 閣下が酷く複雑そうな目をした。


「君は...その、頭の切れる優秀な人間だと思っているのだが、時々恐ろしく幸せな視点を教えてくれるな。それも君の良いところだが...」


「半端な優しさがより一層わたしの心を傷付ける!」


 なんだか分からないけどナルハは哀れまれている雰囲気を感じ取った。

 物を知らぬ幼児を相手にするかのような、生暖かい視線が注がれて、閣下は「簡潔に言うが」と幼児を相手にするには、ちょっぴりだけむつかしいことばをつかいました。ナルハはおのれのはじにいま、きがついて、げんじつとうひをしています。まる。


 彼が言いたいのは、貴族たちの傀儡であるお嬢さんを新しくポストに入れるから、枠を開けるためにナルハを始末するだろう、ということだと思う。遅れて理解したが、多分そう。そう...ですよね?ナルハは怖くなって閣下をじっと見た。

 黙って説明を待てば、彼は勿体ぶるように口を開く。


「要するに、君には早く死んで欲しいと言うことだ」


「端折りすぎではありませんか?」


「そうか、では言い直そう。皆が君に早く死んで欲しいと思っているのだ」


「それ主語が大きくなっただけじゃん!」


 閣下はむう、と萌えキャラみたいな困りモーションを取った。良い年した成人男性が幼女みたいな反応をするのはやめろ。

 若干の薄寒さと確かに芽生えた母性を抑えつつも、痛んできた頭痛に苦しめられる。腹痛も痛みそう。閣下とお話しているとIQが下がっていくのを感じる。いま多分サボテンくらいしか無い。


 もうなんかすごく頭痛くなってきたナルハは、力技でこの空間から逃れようとした。

 声を張り上げて、宣言する。


「とにかく!わたしは死にませんからね!閣下がなんと仰っても、自死は選びませんから!」


 死ぬくらいなら諸外国に逃げてやると吐き捨てて、ナルハはドアを握った。

 ノブをくるっと回せば、強く腕を引かれた。驚いて振り返ろうとすれば、なんかすごく良い匂いに身体を包まれる。


 閣下は着痩せするタイプだったらしい。外見は細く見えるのだが、実際には硬くて筋肉質な腕がナルハの腰に回る。行き場の無いナルハの片手が居心地悪そうに固まった。

 そのまま乱暴に抱き竦められ、耳元で「行くな」と低い声で囁かれる。


 ナルハは閣下にミリも興味など無かったのだが、それはそれはなんとも言えない良い香りがしたため、ゼロ距離まで接近すると流石に心音が跳ねまくった。

 人のパーソナルスペースに無許可で入るなとは思うが。


────えっ、うそ、ァタシ、抱きしめられてる...


 思わず飛ばしたフワフワ心理描写と花。少女漫画のワンシーンのような光景がそこにはあった。

 麗しい顔の男が悩ましげに少女を抱き締め、腕の中の彼女は薔薇色の頬で戸惑いを浮かべる。この間1秒である。精神の時の間から実況しています。


 困惑しながらも言葉を返そうとして、スコン。


 頭の横でスコンと良い音がした。スコーン。油を差されて居ないブリキのように、ぎこちない動きのナルハが横を見る。矢が刺さっていた。は?


「は?」


 そのまま錆びた人形のようにギギギと首を回せば、彫刻のような美しさを持った顔が静かに動く。


「言っただろう。君に早く死んで欲しいと、皆が思っているのだと」


 は?

 

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