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北条家の四代目  作者: 兜
第一章   幕開
31/32

第二十八話 河越夜戦 (前)

難波田弾正憲重(なんばだだんじょうのりしげ)  扇ヶ谷上杉家臣

御屋形様=五郎様=上杉朝定(うえすぎともさだ)  扇ヶ谷上杉家当主

古河公方様=足利晴氏(あしかがはるうじ)

佐野修理亮豊綱(さのしゅりのすけとよつな)  古河公方家臣

大田原左衛門大夫資清(おおだわらさえもんだいふすけきよ)  那須家臣

結城左衛門督政勝(ゆうきさえもんのじょうまさかつ)  古河公方家臣

北条孫次郎綱房(ほうじょうまごじろうつなふさ)  北条家臣

兄上=北条綱成(ほうじょうつなしげ)  北条家臣

兄者=北条氏康(ほうじょううじやす)  北条家当主

義姉上=北条華(ほうじょうはな)  綱成の妻 氏康の妹






天文十二年(1543年) 六月 武蔵国入間郡河越城近辺 扇ヶ谷上杉家陣地

難波田弾正憲重




「ったく、山内の連中は油断が過ぎやしないか?」

「それも致し方無いかと。…それに比べて御屋形様は随分と落ち着いている様ですが?」

「…この城を手に入れるまでは気を抜く事など出来ん」

「そうで御座いましたな」

 …ここまで来るのに随分と時が掛かってしまった。河越城を奪われてから六年、この地を追われてから扇ヶ谷上杉家の衰退が始まったのだろう。江戸城に続き河越城も北条家に奪われ、事実上二度も居城を奪われた大名として他家から嘲りと侮りを受けた。しかし、それも今日までだ。明日になればこの城は我らに返されるのだ。…これで朝興様にも顔向け出来る。私もいい歳だからな、最後に奉公出来て本当に良かった。


「憲重、何故に泣きそうな顔になっておるのだ?…もしや、これで安心して冥土の父上に会う事が出来るとでも思っているのか?」

「…いえ、その様な事は」

「許さんぞ!お主にはこれからも働いてもらわねば困る。…これからなのだ。河越を取り返した後は江戸城を奪い返す!そして相模国へ侵攻し北条を関東から追い出すのだ!それまでは死んではならん!この私が許さんぞ!」

「…御屋形様」

 …立派になられた。幼少の頃は気の短い性格や好戦的なところが問題になった事もあったが、今では御自身を確りと律する事が出来ておられる。根も真面目で家臣からの印象が良い。…この方ならば扇ヶ谷家を再興出来るかもしれない。この方の為になら……


「憲重、泣くでない。…全く、仕方のない奴よ。前祝いでもするか。…おい!誰かおるか?」

 御屋形様が私に気を遣って下さった。酒を飲むのも気を緩めるのも、明日の城の引き渡しまではしないと仰っていたのに。

「はっ」

「酒を持ってきてくれ、盃は二つ……」

「如何なさいましたか?」

 ん?どうされたのだろうか。御屋形様が急に口を閉ざされた。小姓も心配になったのか御屋形様に声をかけていた。

「いや、何か音が聞こえてこないか?」

「音、に御座いますか?」

「うむ。耳を澄ましてみよ」

 そう言われて目を閉じて音に集中した。…あぁ、確かに音が聞こえて来る。この音には聞き覚えがあるな。


「……ォーン、…ゴォーン、…ゴォーン、〝ゴォーン〟、〝〝ゴォーン〟〟、〝〝〝ゴォーン〟〟〟」

 ん?何事なのだ?段々と音が大きくなっている。いや、大きくなっているのでは無いな。音が増えている。

「寺の鐘の音だな。今は亥の刻ぞ。何故に鐘が鳴っておるのだ?」

 確かに奇妙であるな。何かの合図の様な……。ん?次はドンドンと大きな足音が聞こえて来た。これも知っている音だ。人が急いで走っている時の音だ。つまり、何かが外で起こったのだろう。


「御屋形様!御屋形様!」

「何だ、騒々しいぞ」

 陣地に焦りを隠せていない若武者が入って来た。

「敵襲に御座います!南方より北条の軍勢が攻めてまいりました!」

「なんだと!?」

「なっ!…北条は今川と戦の最中ではなかったのか!?」

 御屋形様が驚き立ち上がられた。私も直ぐに伝令兵に疑問を尋ねた。

「詳細は分かりません。しかし、現に北条は直ぐそこまで迫っています!…松明の数を見るに五千はいます!今すぐに古河公方様と管領様に伝えるべきかと」

 …確かに我らの兵だけでは足りぬな。向こうは五千と城兵の三千、我らほ四千しかおらん。我らだけで向かい打つのは不可能だ。…であれば、山内か古河公方様だが。

「であれば、古河公方様に援軍を頼むとする」

「はっ」

 やはり古河公方様か。まぁ、私としてもあまり山内上杉家を頼りたくはないが。


「御屋形様!御屋形様!」

「何事だ!」

 古河公方様の元へ伝令兵が行ったかと思えば、直後に別の伝令兵が陣へとやって来た。此方も焦り隠せていない。

「北より古河公方様配下の軍勢が攻めて来ました!その数は一万を越えるかと」

「なっ……、見間違いでは無いのか?」

「いえ、この目で確と二つ引両の旗を見ました!他にも下野国唐沢山城主・佐野修理亮豊綱(さのしゅりのすけとよつな)、下野国大田原城主・大田原左衛門大夫資清(おおだわらさえもんだいふすけきよ)、下総国結城城主・結城左衛門督政勝(ゆうきさえもんのじょうまさかつ)が確認されました」

「………」

 …そんな馬鹿な。御屋形様も私も言葉が出ないようだ。…まさかここで古河公方様が裏切るとは。…いや、もしや初めからではないか。この夜襲で挟撃してくるなど即興では出来るはずが無い。

 

「伝令!河越城の門が開き、城兵三千が此処へ向かい進軍中との事!急ぎ御指示をお願いします!」

「………」

 …これは不味いな。御屋形様も困惑されておる。

夜戦という事もあり下手に動けば全滅も有り得る。…ここは御屋形様だけでも。

「御屋形様、ここは一旦西へお逃げ下さい。山内を頼るのです。古河公方様が寝返った以上はそれしか道がありません」

「し、しかし」

「此処は私にお任せ下さい。御屋形様を逃す時ぐらいは稼いで見せます!」

 御屋形様に付ける兵は半数の二千で大丈夫だろう。山内と合流さえ出来れば反撃も出来よう。


「全兵に伝えよ!前軍は此処へ残り北条に備えよ!後軍は御屋形様を守り西の山内上杉家の陣地へと迎え!」

「はっ!」

「御屋形様、勝手な采配をお許し下さい」

「許す!許すゆえ、お主も共に来るのだ!」

「…それはなりませぬ」

「憲重!」

「なりませぬ!」

 私まで逃げれば兵を指揮出来る者がいなくなる。…これで良いのだ。私は十分に生きた。最後には立派になられた御屋形様を見る事も出来た。…欲を言えば、御屋形様の語った北条を関東から追い出す瞬間を見てみたかったが。


「御屋形様、どうかご無事で。…お前達!御屋形様をお連れしろ!」

 私の指示で側にいた小姓達が御屋形様を連れ行く。

「憲重!生き残るのだぞ!私を一人にするでないぞ!」

 …五郎様、どうかご無事で。




同日同刻 武蔵国入間郡河越城 二ノ丸

北条孫次郎綱房




「ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン」

 鐘の音が聞こえる。周辺の寺は元々北条の味方であり、我らの施策にも賛同されていた。協力を取り付けるのはそう難しくはなかった。

「兄上、合図の鐘が鳴りました」

「おう!」

 門の上で座っていた兄上に声を掛けると、いつもの様に大きな声で返事をするとスッと立ち上がり後ろを向いた。そこには二ノ丸で待機をしている城兵三千がいる。

「お前らぁ!兄者の合図が聞こえたよな!?今から俺達は扇ヶ谷共と戦うわけだが……只ひたすらに前へと進め!北からは古河公方様の援軍が南からは北条の援軍が迫って来ている!何も恐るな!何も気にするな!ただ前を見ろ!分かったか!?」

「「「「「おおぉー!」」」」」


「…相変わらず士気を上げるのがお上手ですね」

「思った事を口にしただけだ」

 …そうであったな、兄上は無自覚なところが多いお人だった。この性格で良く義姉上と上手くいってるなと感心する事も度々だ。…あぁ、そうか。義姉上も無自覚が多い方だったな。お似合いという事か。

「早く戦を終わらせたいですか?」

「おう!当たり前だ!」

「義姉上にも会いたいですもんね?」

「…あぁ。生まれてくる子の為にも負けられん」

 …少しも照れられないな。まぁ、流石は兄上といったところか。半刻程前に義姉上から文が届いた。戦の前という事で直接会う事は出来ず、文での知らせになってしまったが。…兄上に二人目のお子が出来たのだ。医者が言うには来年の早い内に生まれるらしい。


「綱房、お主にはこの戦の後に嫁をとらせる。既に兄者達とも話が済んでいる」

「…それは初耳ですね」

「まぁ、そ言う事だ。手柄の一つや二つは取って来いよ?」

 …はぁ。何だか嫌な感じだな。戦の前にこの様な会話をしている者程死にやすいと、足軽達が言っていた気がする。

「まぁ、死なない程度に頑張ります」

「ふっ、お前らしいな」

 

「殿!皆、出陣の準備が整いました!」

「おう!」

「いよいよですね」

「あぁ、ここで上杉共を叩けば兄者の関東制覇も一気に進む。…絶対に勝つぞ」

 今日は一段と気合が凄いな。まぁ、それは私もだが。他の皆もその様だ。馬上から見える皆の顔つきで分かる。

「聞け!上杉の連中は未だに自分達が勝者だと勘違いしている!自分達が関東の主だと思い込んでいる!…その馬鹿共に真実を教えてやれ!誰が本当の勝者なのかをな!…この戦、我らの勝ちぞ!勝った!勝った!勝った!…者共ぉ!この地黄八幡(じきはちまん)に続け!」

「「「「おぉー!」」」」






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