表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北条家の四代目  作者: 兜
第一章   幕開
30/32

第二十七話 反転

北条孫次郎綱房(ほうじょうまごじろうつなふさ)  北条家臣

兄上=北条孫九郎綱成(ほうじょうまごくろうつなしげ)  北条家臣

兄者=北条新九郎氏康(ほうじょうしんくろううじやす)  北条家当主

為昌=北条彦九郎為昌(ほうじょえひこくろうためまさ)  北条家臣

父上=北条左京大夫氏綱(ほうじょうさきょうだいふうじつな)  北条家前当主

太田備中守資高(おおたびっちゅうのかみすけたか)  北条家臣

元忠=多目周防守元忠(ためすおうのかみもとただ)  北条家臣

古河公方様=足利晴氏(あしかがはるうじ)

今川治部大輔義元(いまがわちぶたいふよしもと)  今川家当主

武田太郎晴信(たけだたろうはるのぶ)  武田家当主

信虎=武田陸奥守信虎(たけだむつのかみのぶとら)  武田家前当主

西堂丸  北条家嫡男

雪=今川雪  氏康の妻 義元の姉






天文十二年(1543年) 六月 武蔵国入間郡河越城 

本丸 物見櫓

北条孫次郎綱房




「兄上、城外より矢文が届きました」

「おう!……まぁ、間違いなく兄者だろう。文が届いたって事は、既に近くまで来てるのか?」

「やはり兄上もそう思いますか?」

「ああ。…兄者が俺に文を寄越す時は、常に戦が始まる時だけだからな」

 悲しくなるべきところを、楽しそうに話す兄上を見て、やはりこの人は戦をする為に生まれてきたのだと改めて思った。


「なんだ?何が可笑しい?」

「いえ、流石は兄上だと思っただけです」

「ん?そうか?ふははは!」

 上杉の者達は今頃、私たちの士気が低いとでも思っているのだろうか?風魔に偽の情報を流させているが効果は出ているだろうか?如何伝わっているかまでは分からないが、実際の城内の士気は兄上と義姉上のお陰で高く維持している。二人の元気にこれ程助けられるとは。


「さて、そろそろ文を読むとするか。何と書かれているのやら…」

 二人でひとしきり笑い終えると、兄上は渡した矢文を広げて読み始めた。

「…おうおう!何だか面白れぇ展開になって来たじゃねぇか!」

「何と書かれていたのですか?」

「…夜討を仕掛ける」

「……な、成程」

 兄上の様子からして夜討は今夜の事だろう。しかし、それだけで兄上が面白いと言うわけが無いない。…一体文には何と書かれていたのだ?


「兄上、まだ何かあるのではないですか?」

「…分かるか?……今宵仕掛ける夜討は前代未聞、大軍勢による奇襲戦よ!」

「……大軍勢ですか?」

「ああ。…その数、四万!」

「よ、四万!?」

 …如何いことだ?当初の予定では御本城様の八千と為昌兄上の五千の援軍、そして今川殿の五千の援軍と我ら河越城の三千。締めて二万千による奇襲作戦の筈だ。四万とは倍ではないか!?

「何故にその様な事に?」

「気になるのであればお主も読むと良い。…ほれ」

 兄上から渡された文を読んだ。…成程、三河国の動乱が落ち着いたのか。ならば今川の援軍が増えたのは分かる。…しかし、武田が援軍を寄越すとはど言う事だ?この武田の心境の変化は何なのだ?




数刻前 武蔵国多摩郡府中 北条家陣地

北条新九郎氏康




 陣幕の外から複数の甲冑が擦れる音が聞こえて来た。…どうやら為昌達が到着した様だ。

「兄上、遅くなり申し訳ありません」

「詫びは必要ない。…良く間に合ってくれた」

「はい」

 戦の前に間に合ってくれた。今はそれだけで十分だろう。上杉の間者共に悟られぬ様に進軍して来たのだ。それに合流する事の難しさは重々に承知している。

「父上、お久しゅう御座います。御健勝に御座いましたか?」

「うむ、久しいな彦九郎。この通り元気にしておる。…お主達も元気そうで何よりだ。なぁ、資高?」

 為昌も父上と久々に会う事が出来て喜んでおるのが分かる。父上も同じ気持ちの様だ。そして、為昌の後ろでもう一人、父上の再会を待っている者が見える。

 

「はい。…義父上と再び戦場でお会いする事が出来、この太田備中守資高…感無量に御座います!」

「うむ!」

 資高は、父上が小田原から駿河へ身を隠す前に父上と面談した者の一人だ。時も無く、あまり多くの者と面談する事が出来ない中で父上が資高との面談を望まれての事だった。どうやら父上としても、一門衆に迎えておきながら太田家を冷遇していた事には引け目を感じていたのだろう。その面談の甲斐あってか、今では二人の蟠りも無くなった様だ。


「…では、再会も果たしたところで本題に入る」

 私がそう言って立ち上がると皆が私の方へと向きを変えた。皆の纏う空気が変わったのもはっきりと分かった。

「では元忠、皆に説明を頼む」

「はっ。…まずは現状を確認したいと思います」

 作戦の概要を元忠に頼むと、元忠は懐から地図を取り出し、台の上へと広げてみせた。その地図には河越城とその周辺の地図が記載されている。

「我らがいる此処、府中から八里先に河越城があります。そして、その河越城を囲む様に両上杉と古河公方様の連合軍が布陣しています。河越城の北東に古河公方様、東と北に古河公方様の配下である下野国・下総国・常陸国の国衆、城の西ノ門の近くに扇ヶ谷上杉家、そして城より一里南東の場所に山内上杉家が布陣しています」

 …やはり山内が一番厄介であるな。皆の歩調が合わねば、この作戦は上手く行かぬ。


「元忠、少し良いだろうか?…この敵の布陣の事は今川家の援軍にも伝わっているのか?」

「はい。昨夜の内に知らせの使者を…」

「ふむ。確かに伝えて頂きましたぞ。あの情報量には、流石は風魔衆であると頷かされました」

 元忠が為昌の疑問に答えていると、一際上等な甲冑を着た武士がやって来た。

「なっ!何故、此処に今川様が!?」

 …そうであったな、為昌にはまだ伝えていなかったか。

「少々援軍の数に誤りがあったのでな、私自ら参ったというわけだ。…今川家の援軍は五千ではなく一万二千となった。そして、その援軍の大将を務めるのは…この今川治部大輔義元と相成った!」

 方々から驚きの声が聞こえて来る。…無理もあるまい、私も半刻前に知ったばかりだからな。


「しかし、領国は良いのですか?」

「心配には及ばぬ。…三河国が静かになったのでな。数日であれば問題はない」

「…数日に御座いますか」

「…戦は今宵だけであろう?…違いますかな義兄上殿?」

 …ふっ。思っていたよりも親しみ易い奴だな義元は。小田原に帰ったら雪にも伝えておくか。

「うむ。それで問題ない」

「それにしても、まさか今川様が自ら援軍を率いて下さったとは」

 末席に座っていた資高が興奮を隠せずにいる。それを見た義元が悪戯が成功した童の様に微笑んでいる。こういうところは姉弟なのだな。


「これで兵数の上では殆ど互角になりましたな。…これでもう一手あれば」

「それならば、我ら武田がお役に立てましょう」

 また一人、一際見栄えのよい甲冑を着た武士が複数の筋骨隆々な家臣を連れて陣の中へと入って来た。…ほう、此奴が武田の。しかし、武田が此処に来るなど私も聞いていないぞ。

「武田だと!?何故、武田が此処におるのだ?」

 今度は父上が怒鳴られた。…あぁ、此方も忘れていたな。父上にはまだ武田との和睦の事は伝えてなかったな。…それにしても何故に武田の援軍が?確かに和睦の条件に、一度だけ援軍の要請に応えるとはあったが。此度の戦では援軍の要請はしていないが。

「武田の者よ。何方かは知らないが無断で援軍に来るとは、武田の新しき当主とは、それ程までに家臣を統率出来ていないのか?」

 …ふむ。どうやら為昌はこの武田の援軍の大将を武田の家臣の誰かと思い違いをしている様だ。


「為昌、そこにおるのが武田の新しき当主よ」

「……え?」

 ほう、珍しいな。為昌がこの様な驚き方をするとは。

「申し遅れましたな。武田家当主・武田太郎晴信に御座る。以後はよしなに」

 随分と賢そうな男だな。やはり信虎の嫡男に対する評価は私怨を含んでのものであったか。風魔の報告と随分とかけ離れたものだがら、疑ってはいたが。直接目にして合点がいった。

「しかし、武田殿。援軍の要請を出していないのは真実なのだが?」

 武田殿が無断で来るとは思えないが。きっと何かあっての事だろう。


「それは私がご説明しましょう」

 今度は甲冑の音も足音も聞こえてこなかった。しかし、その声だけは良く聞き慣れた声であった。

「せ、西堂丸!?何故お主が此処におる!?」

 静かに陣へと入って来たのは、小田原にいる筈の西堂丸であった。

「安心して下さい。説明を終えたら小田原へ帰ります」

「…………」

 西堂丸の登場には、父上も為昌も義元も武田殿も驚いている。つまり誰も知らなかったのだろう。…全く、小田原の者達は何をしておるのだ。

「父上、皆を叱ってやらないで下さい。母上も御義祖母様も止めましたが、私が我儘を言ったのです」

 …我儘で通るのか。


「まぁ、今は良い。それよりも武田家の援軍とは如何いことだ?」

「…私が武田家に援軍を要請しました」

「…何故じゃ?」

「もう一手必要になると思いまして」

「……条件は?」

 ただの援軍であれば、武田家の当主が自ら来る事などまず有り得ない。であれば、何か特別な条件でも提示したのだろう。

「足柄ぐわと千歯扱きを」

「成程な」

 …良いところを突くな。我ながら感心させられてしまったな。武田がそれで援軍を出したという事は、その性能は既に知っているのだろう。


「武田の忍びに知られていたのか?」

「はい。内山村に視察に行った時につけられていた様です。事前に風魔が見つけたのですが、敢えて捕縛しなかったのが吉と出ました」

 おぉ、武田殿の顔色が少し変わったな。これは知らなかった様だ。

「ふっ、そうか。…事情は分かった。態々の馳走、ご苦労であった。…護衛の者を付ける、戦の報告は小田原で待っておれ」

 役目は十分に果たしてくれた。後は戦場から帰してやらねばな。西堂丸は確かに聡明で賢い子ではあるが、まだ子供なのだ。戦に出るには早すぎる。

「はい!…皆の者、父上と北条を頼んだぞ!」

「「「「「はっ!」」」」」

 最初は童の登場にただ驚くだけだったというのに、この短い会話ですっかりと魅入ってしまっているな。まぁ、当主となる者にとってその力は悪いものではない。


「元忠、いつまで黙っておる。作戦の説明を始めよ」

「は、はい!」

 西堂丸のお陰で皆の緊張も解けた。義元と武田殿の登場で異様な雰囲気になっていたが助けられたな。…作戦の説明が終わればいよいよ戦だ。兵の数では武田の援軍で上杉共を大きく上回った。私が率いてきた八千、為昌の援軍五千、今川の援軍一万二千、武田の援軍四千、河越城の城兵三千。総勢三万二千。そして、古河公方様からも幾らかの援軍が出ると聞いた。両上杉の軍勢は二万八千と報告が上がっている。風魔の工作で両上杉の陣地では宴が行われていると聞いた。打てる手は全て打った。……関東の歴史を変える一戦、この北条が引き受けた。






遅くなりました!

誤字脱字ありましたら報告お願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ