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北条家の四代目  作者: 兜
第一章   幕開
29/32

第二十六話 油断 (山内上杉家視点)

倉賀野長左衛門為広(くらがのちょうざえもんためひろ)  山内上杉家臣

管領様=上杉憲政(うえすぎのりまさ)  山内上杉家当主 関東管領

葛山備中守氏元(かつらやまびっちゅうのかみうじもと)  今川家臣

古河公方様=足利晴氏(あしかがはるうじ)  古河公方

今川治部大輔(いまがわちぶたいふ)今川義元(いまがわよしもと)  今川家当主

長野殿=長野業正(ながのなりまさ)  山内上杉家臣

氏康=北条氏康  北条家当主

北条孫九郎綱成  北条家臣

真田源太左衛門幸隆(さなだげんたざえもんゆきたか)  長野家食客







天文十二年(1543年) 六月 武蔵国入間郡河越城近辺 山内上杉家陣地

倉賀野長左衛門為広




「如何じゃ、長左衛門?伊勢から降伏の使者は参ったか?」

「…いえ、未だにその様な使者は来ておりません。……しかし、その使者が来るのも時間の問題で御座いましょう」

 使者が来ていないと告げると、溜息を吐かれた管領様であったが、その使者が来るのも〝間もなく〟だと告げた途端に機嫌が良くなられた。ここ数ヶ月は特に動きもなく飽き飽きされていたからな。

「駿河国で動きがありました」

「動き?…今川と伊勢の戦か?」

「はい」

 駿河国でも既に三月(みつき)近くも睨み合いが続いていた。伊勢の八千と今川・武田の二万とでは勝敗も直ぐに着くかに思えたが、どうやら伊勢の抵抗が激しかったとか。


「伊勢は砦や要塞を複数築き、今川の攻勢を堅く守っていたとか。…今川としても、駿河国から相模国への道は狭く、伊豆水軍により海路を使っての進軍も出来ず、二万の大軍が仇となった様で」

 どれも今川からの文で聞いた事だが、こうも素直に報告してくるとは思わなかった。…古河公方様の手前、虚偽の報告を避けたのだろうか?

「…全く、今川は当てにならんな。名門を語ってはいるが、所詮はただの田舎者よ」

「…………」

 機嫌が良くなられたと思ったが、やはり鬱憤(うっぷん)が溜まっておられるのだろう。……致し方ない。遊び女共に任せるか。丁度、管領様が贔屓(ひいき)にしている者達が陣中見舞いに来ていたな。…些か手回しが良過ぎる気がするが。


「して、その動きとは何じゃ?」

「はっ、…駿河の国衆で伊勢に味方する者は多くいますが、中でも領地・兵力・信頼において頭一つ抜きん出ている者が居ります。駿東郡葛山城主・葛山備中守氏元に御座います」

「…ふむ、その者ならば私も知っておるぞ。氏綱の娘を娶ったと聞いた」

 おぉ、まさかご存知であったとは。

「はっ。その者に御座います」

「その葛山が如何したのか?」

「…伊勢を見限り、今川に帰順致しました」

 どうやら管領様だけでなく、他の者達も知らなかった様だ。方々から驚きの声が聞こえてくる。まぁ、私も今朝に報告を聞いたばかりだからな。


「ふっ、伊勢も哀れよな。…古河公方様に今川治部大輔、そして葛山か。皆、親戚ではないか。…随分と人望がないのだな」

 …ほう、言われてみれば確かにそうだな。古河公方様の奥方は氏康の妹で、今川治部大輔は氏康にとっては妻の弟だ。葛山備中守も妹の夫である。三人とも氏康にとっては義弟にあたる。

「…と、その様な状況になりまして、伊勢の降伏も近いかと」

「…成程な。うむ、良く伝えてくれた長左衛門。大儀であった」

「はっ」

 さすれば今川との睨み合いも長くは続くまい。早く動かねば挟撃を受ける事になるからな。


「管領様!伊勢より文が届きました!」

 東海の情勢を伝えた後に少し休憩をとっていると、ガシャガシャと甲冑の音を鳴らした伝令兵が陣幕に駆け込んで来た。その右手には一通の文が握られていた。…まさか、もう降伏したのか!?もう間もなくとは言ったが、これ程までに早いとは。

「……どれ、読んでやろうではないか」

 そう言って管領様は、伝令兵から文を受け取ると嬉々として読まれ始めた。読み進むにつれて更に機嫌が良くなっていくのが分かる。終いには大声で笑い始められた。

「ふははははは!…伊勢め、ようやく降伏しよったわ!ほれ、お主達も読むと良い」

 机の上に広げられた文に目を通す。やっと降伏したかという気持ちと、まさか本当に降伏するとはという驚きを隠しながら文を読んだ。そこには確かに伊勢が降伏すると書かれていた。


「な、なんと!」

「やりましたな!管領様!」

「今宵は宴よのう!」

 皆も文を読み終えたのだろう。…宴か。まだ戦は終わっていないと言うのに。まぁ、気持ちは分かるが。伊勢の降伏条件を読めばその気持ちにもなると言うもの。

「よもや、真実に武蔵国南部をまるまる返してくるとは」

 長野殿も驚かれている様だ。私もその条件には驚かされた。少なくとも河越城の開城、欲を言って河越城とその周辺の城ぐらいかと思っていたが。

「長野、何をそんなに驚く事がある?この軍勢を見よ、仮に氏綱が生きていたとしても降伏していただろう」


 …氏綱か。今思えば氏綱が死んだ事で伊勢の命運は尽きたのだろう。氏綱が生きていれば古河公方様が我らに味方する事は無かった。今川や里見との挟撃作戦も考える事すら無かった。これ程の兵を集める事も出来なかっただろう。

「…管領様、伊勢を侮ってはなりませぬ。こうも早く降伏するなど、些か怪しゅう御座います。それに、河越城ならば今攻めれば直ぐにでも落とせます。多少なりは武力を示さねば伊勢も心から屈服はしないでしょう」

 …ほう、流石は上杉家中随一の戦功者である長野殿だ。目先の餌に眩む事なく、先を見られておられるな。

「…長野、…侮っておるのはお主ぞ!私を馬鹿にするのも大概にせい!」

「………」

 

 何時もであれば長野殿の諫言も聞き流すだけだっただろう。しかし、此度の戦は管領様が指揮を取っての戦である。管領様からすれば長野殿の諫言が難癖に聞こえたのだろう。

「長野殿もそれくらいに。…管領様、氏康からの要求である河越城の城兵並びに城主・福島孫九郎綱成の助命は如何致しますか?」

「…それくらいならば問題あるまい。明日にでも城から立ち去る様に伝えよ。…あぁ、扇ヶ谷にもそう伝えてやれ」

「はっ。承知致しました」

 修理大夫殿の陣地は河越城の直ぐ近くであったな。であれば、城の引き渡しも修理大夫殿にお任せするとしよう。……やっと上野に帰れそうだな。




天文十二年(1543年) 六月 武蔵国入間郡河越城近辺 長野家陣地

真田源太左衛門幸隆




「お帰りなさいませ、長野様」

「うむ、出迎えご苦労」

 何かあったのだろうか?顔色が少し悪い様に見える。

「如何なさいました?」

「……北条が降伏した」

「なっ、なんと!」

 …あの北条が一戦も交えずに降伏したと言うのか。信濃より逃れ、長野様にお仕えしてから北条の事はかなり調べた。先代の左京大夫殿の事も当代の新九郎殿の事も。…だからこそ分かる。北条がこれ程容易く降伏するなど有り得ない。せめて、奇襲や妨害の一つでもしてくる筈だ。

「ふっ、お主も信じられぬといった顔だな」

「はい。……長野様もですか?」


「うむ。……此度の戦は分からぬ事が多すぎる。古河公方様が北条を見限った理由も分からぬ。今川と北条の間で四年近くも戦が無かった事も不思議でならぬ。何故北条はこれ程の敵を作りながら何もしなかったのか。…分からぬ事ばかりじゃ」

 …私も疑問には思っていた。しかし、関東管領様やその重臣の方々ならば、どれも把握されている事だと思っていた。……長野様でも知らぬとなると、他者の誘導があったのかもしれないな。

「そう言えば、先程大勢の女子が陣の前を通って行きましたが、あれは何事に御座いますか?」

「あぁ、あの者達ならば管領様が日頃から贔屓にしている遊び女達よ。…陣中見舞いだそうだ。今頃、本陣では宴でもしておるのだろう」

 …随分と手回しが良いな。北条が降伏を申し出た時に丁度やってくる遊び女か。まるで用意されていたかの様ではないか。


「…幸隆、仮の話じゃ。もしこの戦で上杉が負ける……いや、河越城を落とす事が出来なければ、管領様を頼るのはやめた方が良い。上杉は遠くない内に滅ぶであろうからな」

「………」

 …何も言い返せなかった。上杉の衰退は火を見るよりも明らかであり、民の不平不満を聞かぬ日はない。北条も何か企んでいる様に思えてならぬ。…やはり、この戦はこれで終わりではないのだろう。戦の勝者の機運とは、とても見え難いものであるが、敗者の気配とは常に分かり易い。何を企んでいるか分からぬ北条。既に勝ったと宴を始めた上杉。……この戦の勝者はどちらになるのやら。






今回は、ある大河ドラマの影響を強く受けています。

分かった方は是非、感想欄にコメントお願いします!

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