第二十五話 包囲 (里見家視点)
里見太郎義弘 里見家嫡男
父上=里見刑部少輔義堯 里見家当主
北条孫九郎綱成 北条家臣
北条新九郎氏康 北条家当主
古河公方様=足利晴氏
酒井加賀守敏房 里見家臣
土岐弾正少弼為頼 里見家臣
扇ヶ谷の朝定=上杉朝定 扇ヶ谷上杉家当主
山内の憲政=上杉憲政 山内上杉家当主 関東管領
青子様=足利青子 小弓公方・足利義明の娘
菊幢丸=足利菊幢丸 足利将軍家嫡男
松永=松永久秀 三好家臣
天文十二年(1543年) 四月 上総国望陀郡久留里城 当ノ間
里見太郎義弘
「父上、土岐と酒井から返答は?」
「…まだ来ておらぬ」
「…左様で」
先月、関東と東海を巻き込んでの大戦が起こった。戦の中心は相模国の北条家だ。まず事が起こったのは三月二日。今川家が一万五千の軍勢を駿河国駿東郡へ向けて発した。その翌日には同盟国である武田家の五千の援軍が合流し、北条家との最前線である善徳寺城の近くに布陣した。対する北条家は早急に相模国と伊豆国の兵八千を集めると三月五日には小田原を立った。そして、三月七日の巳の刻に、両軍は僅か三里の場所に対陣した。両軍合わせて二万八千の大軍である。
そして両軍が睨み合う中、北条家の宿敵である山内と扇ヶ谷の両上杉家も三月十五日に挙兵した。今川家と示し合わせての挙兵であり、その軍の移動の早さは今までで類を見ない程に早いものだった。山内上杉家は上野国と武蔵国の全兵力を動員した二万四千の大軍勢。扇ヶ谷上杉家も今出せる最大兵力を動員した四千を河越城へ送った。用意周到であった両家の軍勢が最前線である河越城に着いたのは翌日の三月十六日の事であった。河越城主・北条孫九郎綱成はその大軍を前に何も出来ないまま城へ籠った。周囲の兵を城へ入れての籠城であったが、その数はたったの三千。既に勝敗は決したと言えよう。
更に、その二日後の三月十八日。北条家を震撼させる出来事が起こった。北条家の先代当主・北条左京大夫氏綱の代より同盟を結び、現当主・北条新九郎氏康にとっては義弟でもある古河公方様が下総国・下野国・常陸国の国衆を引き連れて両上杉家の援軍として河越城に現れた。その数は三万。当初、古河公方様が援軍に来たかと思った綱成と城兵達は古河公方様が両上杉の陣へ合流するのを見て、膝から崩れ落ちたとか。…滑稽だな。古河公方様と両上杉家の軍勢は五万八千に及んだ。いくら北条家と言えど、もう何も出来まい。
そして、来たる三月二十日。我ら里見も一連の動きに続く様に北条へ挙兵しようとした。今、関東に当主の氏康は居らず、先の河越での戦で多くの武功を立てた綱成も河越城から出る事が出来ない。兵も居らず、それを率いる将もいない。攻めるなら今をおいて他にない。父上も私もそう思っての挙兵の判断であった。…しかし、ここで思いもよらぬ知らせが届いた。東金城主・酒井加賀守敏房、万喜城主・土岐弾正少弼為頼の両名が北条家へ寝返ったとの知らせであった。国府台での敗戦以降、多くの国衆が我ら里見を見限る中で変わらぬ忠義で仕えてくれていた二人がだ。しかも、この時期に。…あり得ない。今、北条家に寝返ったところで良い事など一つもない。まず間違いなく北条家の流したくだらない噂だろう。
「父上、二人の事はもうしばらく様子を見ましょう。まだ使者も帰ってきておりません。裏切りと決めつけるは早計かと」
「うむ。…儂とて二人が裏切ったなど思っておらぬ。大方、風魔の仕業であろう」
…風魔か。確かに彼奴らならば何かしていても不思議ではない。国府台では奴らを甘く見て痛い目に遭わされたからな。
「…そうなりますと、真里谷を攻めるのは何時にしましょうか?」
当初我らは、北条家に従属している真里谷家を攻める計画であった。その為に昨年から真里谷家には家臣同士での諍いや内紛が起こる様に工作していた。あの土地を奪う事が出来れば、房総半島だけでなく下総国や武蔵国に領土を広げる事が可能になる。里見を大きくする為には真里谷の領地は必ず奪わねばならぬのだ。
「焦る事もなかろう。…北条は無理な戦はせぬ。好戦的な扇ヶ谷の朝定は戦いたがるだろうが、山内の憲政が許さぬであろう。つまり、膠着状態が続く事になろう。真里谷を攻めるのは、酒井と土岐の両名の本心を確認してからで良かろう」
「…承知致しました」
…良かった。もし父上が酒井と土岐が裏切ったと判断し両家を攻める事になれば、真里谷どころではなかった。上総国の支配において両家の領土と兵力は無視できるものではない。些か目の上のたん瘤ではあるが、上総国では両家と縁の深い国衆が多い。下手な事は出来ないからな。
「父上、先程言われておりましたが上杉と北条の戦は膠着状態が続くと。…どういうことに御座いますか?河越城を上杉の六万もの大軍で攻めれば直ぐに落とせると思いますが?」
「…うむ。…では、太郎。上杉は河越を落とした後は如何する?」
…河越を落とした後?
「……北条に奪われた領地を取り返す為、更に進軍するかと」
河越城の近くであれば、二つの城に絞れるな。まず、距離から見て一番近いのは武蔵国の南部にある志村城であろう。この城を奪う事が出来れば武蔵国南部の国衆も幾らか上杉に帰参するであろう。次に、戦略的に見て最も価値があるのは江戸城である。この地を取り返す事が出来れば、北条家を分断する事が出来る。相模国から上総国や下総国へ行くにはこの地を通るか海を渡るしかない。海路は我ら里見水軍が塞ぐ為、北条は陸路しか道はない。
「うむ。上杉の大軍であればそれも難しくはないだろう。……しかし、北条も徒では呉れてやるまい。上杉も少なからずの犠牲を出さねばならなくなる。さすれば、上杉の狙いは北条の降伏よ。……少なくとも武蔵国の南部は要求するであろうな」
「…な、成程。……上杉の狙いは分かりました。しかし、古河公方様の狙いは何で御座いましょうか?あまり古河公方様に利は無い様に思うのですが」
この挟撃を古河公方様から提案された時から疑問に思っていた。この戦で古河公方様が得るものは何なのか。何が目的なのかを。氏綱が健康である内は娘婿にまでなり親交を交わし、同盟も結んでいた。しかし、氏綱が死ぬと義兄である氏康が気に食わぬとこれ程までに大掛かりな戦を起こして見せた。……全く読めん。
「…うむ。……儂もそれだけがどうも分からん。古河公方様は気性の激しい方でも、気の短い方でもない筈。これ程までに北条を責める理由があるとは思えん。…余程、氏康が無礼を働いたのか。………いや、もしや……。流石に考え過ぎかのう」
ん?如何されたのだろうか。何か一瞬ではあるが思い詰めた顔をされていたが。
「父上?如何なさいましたか?」
「いや、何でもない。…そんな事よりも太郎。昨日、山内から文が届いてな。真里谷を奪う事が出来れば、褒美に相模国に居られる青子様をここまで送って下さるそうだ。良かったな」
「なっ!」
…父上。私の為にその様な交渉をして下さっていたとは。
「父上!上杉と交渉して下さった事、深く感謝致します!」
「ふっ、感謝するのは早いぞ。まずは真里谷を攻めねばならんからな。…抜かるでないぞ」
「はっ!」
天文十二年(1543年) 四月 山城国紀伊郡二条城 東ノ間
菊幢丸
「松永、何か面白き事はないか?」
「……面白き事に御座いますか?」
ふっ、困っておるわ。此奴を困らせて楽しむのが癖になりつつあるな。
「そういえば、関東で大きな戦があったのはご存じですか?」
「ん?関東でか?」
「はい。何でも相模国の北条家が四方八方から攻め込まれているらしく。その総兵数は十万にもなるとか」
…あぁ、河越の夜戦か。確か三大奇襲戦の一つだったか。
「……松永、今年は天文何年だ?」
「…十二年に御座います」
…天文十二年。確か、西暦であれば1543年であったな。……おかしいぞ。記憶と合わぬ。河越の夜戦は天文十五年、つまり1546年に起こった筈だ。些か早すぎるではないか!
「……まさか、私以外にも」
「菊幢丸様、如何なさいました?」
「いや、何でもない」
…考え過ぎであろうか?しかし、誰がそうであるかも分からぬ。北条が勝つのかも、上杉が勝つのか、はたまたその他の勢力が動いているのか。……まだ分からぬな。