表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北条家の四代目  作者: 兜
第一章   幕開
18/32

第十六話  午後三時

北条長順(ほうじょうちょうじゅん)  西堂丸達の学問の師匠 北条長綱の三男

西堂丸(せいどうまる)  北条家嫡男

武千代(たけちよ)  綱成の嫡男 西堂丸の従弟

賢千代(けんちよ)  盛秀の嫡男 西堂丸の従弟

御本城様(ごほんじょうさま)北条氏康(ほうじょううじやす)  北条家当主

河越殿(かわごえどの)北条綱成(ほうじょうつなしげ)

母上=今川雪(いまがわゆき)

(てる)北条光(ほうじょうてる)

(はな)北条華(ほうじょうはな)

北条彦九郎為昌(ほうじょうひこくろうためまさ)  氏康の弟

孫次郎(まごじろう)北条綱房(ほうじょうつなふさ)  綱成の弟

詠存(えいぞん)太田原資清(おおたわらすけきよ)  元那須家臣

大関美作守(おおぜきみさかのかみ)大関宗増(おおぜきむねます)  那須家家臣

直治叔父上(なおはるおじうえ)加瀬直治(かせなおはる)  北条家侍医

山本勘助晴幸(やまもとかんすけはるゆき)  武田家家臣

御屋形様(おやかたさま)武田太郎晴信(たけだたろうはるのぶ)  武田家当主







天文十年(1541年) 九月 相模国足柄下郡小田原城 学ノ間

北条長順(ほうじょうちょうじゅん)




「それでは武千代(たけちよ)、ニの段を言ってみなさい」

「おう!にいちがに、ににがし、にさんがろく………あとは、わからん!」

 三までか。しかし、昨日よりは増えたか。

「…ふぅ、…良しとしましょう」

「武千代!段々と言える様になってきたではないか!」

「おう!」

 全く。西堂丸様はお優し過ぎる。

「西堂丸様、武千代を甘やかさないで下さい。西堂丸様と賢千代(けんちよ)は既に九九を覚えられたのですから、武千代も追いつかねばならぬのです」

 西堂丸様が聡明なのは聞かされていたが…これ程とは。賢千代も西堂丸様には及ばないが、秀才と言っても過言ではない。武千代も武芸では河越殿の様な才能の片鱗を見せている。


「おや、そろそろ八刻(やつどき)ですか」

「よし!」

「うむ。皆、私の部屋へ参ろう」

「今日は何でしょうか?」

 西堂丸様が考案された八刻(やつどき)(ひつじ)(こく)から(さる)(こく)の間に軽食を摂る事。何でも空腹の状態で学んでいても身に付き難いとか。御本城様(ごほんじょうさま)も西堂丸様が言うのであれば間違いないと直ぐに許可を出された。

「お師匠も来られますか?」

「……そうですね。御言葉に甘えさせて頂きます」


「皆、たんとお食べなさい」

「母上、有り難う御座います!」

「おばうえ、ありがとう」

「いただきます!」

 ……来るのではなかった。てっきり女中達が菓子などを持ってくるのかと思ったが、実際は御方様が大量の握飯(にぎりめし)を持って、御子息と御息女も連れて来られた。部屋には拙僧と三人の教え子、御方様(おかたさま)光姫様(てるひめさま)松千代丸様(まつちよまるさま)春姫様(はるひめさま)がおられる。何とも居心地が悪い。

「たけちよさま、こちらのおにぎりをどうぞ」

「おう!ありがとな、てる!」

「何だ光?兄には渡してくれぬのか?」

「あにさまは、ごじぶんでとってください」

「なっ!………」

 何があったのだろうか?少し考え事をしていた間に、西堂丸様が深く落ち込んでおられる。


「長順殿、気になさらないで下さい。いつもの事ですから」

「あぁ、いえ。……御方様、お気遣い有り難う御座います」

 ……初めてお会いしたが、随分と綺麗なお方だ。西堂丸様の端正な顔立ちは御方様に似たのだな。

「ささぁ、長順殿もお疲れに御座いましょう。……この大きいのをどうぞ」

「…忝のう存じます」

 …なんとも大きい握飯じゃ。形は些か悪いが、量は申し分ないな。

「ししょう、それ、たぶんだが、おれのははうえだ」

 武千代の母君と言う事は、………華様か!なんとも、あの方らしい。


「ん?……てことは」

「えぇ。そうですよ、武千代。先程着いたところです」

 廊下から人数分のお茶を持って、もう一人女性が現れた。

「は、ははうえ!」

 学問の時には、答えられなくても一切慌てる事がなかった武千代が、華様を前にしただけで大層慌て始めた。

何故(なにゆえ)、そんなに慌てるのですか?」

「い、いえ!けして、がくもんのしなんに、ついていけてない、とかではなくて」

 ……武千代。それでは、ついていけてないと言ってるも同然だぞ。


 残りの休憩の間、武千代はずっと華様に叱られていた。指南態度も決して良くはなかったので、これを機に改めてくれれば助かるのだが。西堂丸様が元服した後は、あの二人が両腕となるであろう。その三人の学問の指南を任されたのだ、私も気を引き締めねば。




天文十年(1541年) 十月 相模国足柄下郡小田原城 執ノ間

北条彦九郎為昌




「領内の収穫量は如何(いかが)であった?」

「……良くはありません。しかし、なんとか冬は越せるかと」

「そうか。……間に合って良かった」

 ここ数年は凶作が続いている。それでも、領内で餓死する者が少ないのは、事前に干物の大量生産や米の買占め、狩猟の獲物を干し肉にするなど、出来る限りの対策を行った。また、凶作に備えて税制も変えた。凶作具合で税の重さが変わる様にと、西堂丸様が御提案された。今のところは上手く機能している。


「伊豆国の一部では免税三の適用も致し方ないかと」

「そこまで深刻か!」

 免税三は納める年貢が全て免除される。年貢を納めれば民の命に関わる程の凶作と言う事だ。他国ではまず有り得ないだろう。

「はっ。海の方へ出ていた者達も多く例年の半分もないとか」

「うむ。……それでは仕方あるまい」

 畿内の方では戦火が広がっていると聞く。三好が再び挙兵した。此度は岳父となった丹波国守護・波多野備前守秀忠を伴っての挙兵と聞いた。畿内六カ国を巻き込んでの戦となったらしい。上方での飢饉はまだまだ続きそうだな。


「兄上、どうやら里見が動き始めたように御座います」

「……やはりか」

 宗徳から知らせがあった。落慶式(らっけいしき)の翌日に講和交渉を行い合意した筈の里見家が、北条家に従属している真里谷家(まりやつけ)で内紛を起こさせようと暗躍していると。

如何(いかが)致しますか?」

「……何もするな」

「…宜しいのですか?」

 里見家の企みが成せば上総に出兵せねばならない。真里谷の領地を取られれば、些か面倒な事になる。

「真里谷の土地は直轄地としたい。……上総の国衆は大方が北条に与しておるからな。真里谷が里見に寝返り次第、兵を向けよ」

「成程。左様に考えておられましたか」


 流石は兄上だ。私も常々、里見の制圧には真里谷の土地が必須だと思っていた。そこに旗色が鮮明でない家臣など。……一番厄介なのは、信ずるに値しない味方だからな。敵に回ってくれた方が何倍も助かるというものよ。

「そう言えば、兄上」

「如何した?」

 先程、小姓から報告があった事を思い出した。

「河越の孫次郎(まごじろう)から文が届きました。……なんでも、詠存(えいぞん)と名乗る男が兄上に目通りたいと」

「何処かで聞いた事があるな。………下野国(しもつけこく)の那須家の家臣にその様な男がいなかったか?」

 まさか、ご存じだったとは。

「はい。那須七騎(なすしちき)が一つ、大田原氏の当主であった男です。同じ那須家臣であった大関美作守(おおぜきみまさかのかみ)讒言(ざんげん)を受けて失脚したとか」

「あぁ、知っている。……父上が智勇に優れる男だと仰っていた」

 …なんと!父上がそこまで評価されていた方とは。


「その様な男が私に用とは。……面白いな。その詠存は今は何処だ?」

「小田原の城下まで来ております」

 ……たしか、直治叔父上(なおはるおじうえ)のところに泊まらせていたな。

「よし、会ってみるか。…そうだな……西堂丸も同席する様に伝えてくれ」

「西堂丸様ですか?」

 此度は一門でもなければ味方でもないが。合わせるのは危険ではないだろうか?

「案ずるでない。詠存の目的も大凡(おおよそ)は検討がつく。北条に害は与えぬであろう」

 いかんな、兄上に気を使わせてしまった。兄上も考えての事だ、私が心配する事ではない。

「いや、其方は其方で詠存の目的を探って欲しい。なんせ、父上が褒められていた程の男だ。腹の中で何を考えているかは分からんからな」

 全く、兄上にはいつも見透かされてしまうな。

「承知しました」




天文十年(1541年) 十一月 甲斐国山梨郡躑躅ヶ崎館 当ノ間

山本勘助晴幸(やまもとかんすけはるゆき)




「お呼びでしょうか、御屋形様」

「うむ。お主に調べて欲しい事がある」

 部屋に入ると御屋形様が寝転んでおられた。先代様を駿河へと追い、家督を継がれたは良いが、小山田や穴山などの国衆が指示に従わない。それに我慢のならない御屋形様が政を放棄しておられる。……今は調べるよりもそちらの方を優先して頂きたいが。

「案ずるでない。お主が心配しておる事は数日後には解決しておる」

「………」


「板垣が奔走してくれてな。小山田以外は儂の下知に従うと起請文(きしょうもん)を寄越してきた。……それに気付かぬ小山田ではあるまい。明日か明後日には、この館に来るだろう」

 なんと、既に解決しているではないか。私が知らぬ間に御屋形様は動いておられたとは。

「左様で御座いましたか」

「うむ。……して、お主に調べて欲しい事は今川と北条の戦の事だ」

 今川と北条の戦と言うと、……河東(かとう)の戦か。

「はっ。……して、戦の何を?」

「今も戦は続いているのかを調べて欲しい」

「………」

 どういう事だろうか?今川と北条は花倉以降であるから、五年もの間争っている筈だが。


「気づかぬか?……ここ二年の間に今川と北条の間で戦が起きておらん。儂は既に両家の間では、和睦が成ったのではないかと思っておる」

 ……まさか。さすれば、今川は同盟相手である武田にも知らせると思うが。

「両家の間で何か条件があったやもしれぬ。……出来る限りで良い、調べてくれ」

「はっ。畏まりました」

 そうと決まれば直ぐにでも出なければ。今川と北条で和睦が成ったとすれば、武田も早めに手を打たねばなるまい。両家の真意、探らせてもらうぞ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ