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北条家の四代目  作者: 兜
第一章   幕開
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第十五話  葬式

難波田弾正憲重(なにわだだんじょうのりしげ)

御屋形様(おやかたさま)上杉朝定(うえすぎともさだ)な  扇ヶ谷上杉家当主

北条左京大夫氏綱(ほうじょうさきょうだいふうじつな)  北条家前当主

山内の馬鹿=上杉憲政(うえすぎのりまさ)  山内上杉家当主

古河公方様(こがくぼうさま)足利晴氏(あしかがはるうじ)  古河公方

新九郎(しんくろう)北条氏康(ほうじょううじやす)  北条家当主

藤氏(ふじうじ)足利藤氏(あしかがふじうじ)  古河公方嫡男

綱成(つなしげ)北条綱成(ほうじょうつなしげ)

伊都曽御祖母様(いとひいおばあさま)伊勢伊都(いせいと) 

武田陸奥守信虎(たけだむつのかみのぶとら)  武田家前当主

武田太郎晴信(たけだたろうはるのぶ)  武田家当主

武田次郎信繁(たけだじろうのぶしげ)







天文十年(1541年) 七月 武蔵国武蔵国比企郡松山城 当ノ間

難波田弾正憲重




「御屋形様!御屋形様!」

「声が大きいわ、憲重!! 朝から騒々しい!」

 一刻でも早く伝えねばと廊下を駆けてきた。息が切れる中、御屋形様へ何度も呼び掛けていた。部屋から機嫌の悪い御屋形様が出てこられた。何時もならば大声を出した事を謝罪しなければならないが、今はそれどころではない。

「御屋形様!……落ち着いて聞いて下され」

「まずは、お前が落ち着け。それで、何だと言うのだ?」

 御屋形様はご存知ない様子。此度は太田殿からの報せがまだの様だ。

「………北条左京大夫氏綱、死にましてに御座います!」

「そ、それは真実(まこと)か!?」

「はっ!……密偵からも知らせがありましたが、何より、北条家では既に葬儀が始まっているとの事。……その規模を見るに、まず間違いないかと」


 密偵の情報によれば、相模と伊豆の国衆が殆ど参加しているらしい。いやはや、病とも湯治をしているとも聞いていたが、よもや真に死ぬとは。

「……山内の馬鹿からは、何かあったか?」

「はっ。先程、使者が参られました。二日後に軍勢一万五千を河越に差し向けるとの事。我らもそれに合流する様にと!」

 関東管領様の動きは明らかに早かった。多分だが、北条家内部に協力者がいるのだろう。でなければ、これ程に手際良く一万の軍勢など用意出来まい。

「面白くないな。………私に指図してくるとは、あの馬鹿は佐久郡を手に入れてから調子に乗っておるのだ!」

「御屋形様、此処は我慢するしかありません。北条家が混乱しているとは言え、その国力も兵力も我らだけでは太刀打ち出来ません!……河越を、河越を奪い返すまでの辛抱です!」


「……あぁ。分かっておる」

 なんとか納得して頂けたか。管領様が気に食わないのは分かるが、此処は堪えて頂くしかあるまい。

「……そうであった。…古河公方様は?古河公方様は何か言われて来なかったか?」

「はっ。……北条家との戦には、古河公方様は関与されないとの事です」

「ふっ、……北条も憐れようのう。……氏綱が死んだだけでなく、古河公方様にも見捨てられるとは」

 古河公方様も恐ろしい方だ。あれ程までに、左京大夫を厚遇していたというのに、いざ本人が死ねば掌を返されよった。北条から嫁いだという奥方も憐れだな。


「では、後顧(こうこ)(うれ)いはないな。……憲重、戦の支度をせよ!」

「はっ!」

 御屋形様も張り切っていらっしゃる。此度で河越城を奪えれば風向きも変えられるだろう………と、考え込んでいると御屋形様も急に黙ってしまわれた。……どうされたのだろうか?

「それで、憲重。如何程集められそうだ?」

「はっ。……二千程かと」

「………そうか」

 ……成程。兵の数を気にされていたのか。兵が少ないのは致し方ない。……しかし、この戦で勝てば………。


「……そうで御座いました!……左京大夫は死ぬ直前に当代の新九郎に十七ヶ条に及ぶ訓戒状(くんかいじょう)を残したとか!」

「十七ヶ条とは随分と多いな……それ程までに北条新九郎氏康という男は、頼りないのか?」

「そういう事かと」

 今にして思えば、左京大夫は自身が健康な内に家督を譲り、新九郎に当主の務めを慣れさせる考えではなかったのだろうか。しかし、隠居して一年も経たずに体調を崩した。その為に、訓戒状(くんかいじょう)などというものを残さねばならなくなった。

「……御屋形様!やはり勝てます!」

「あぁ!私もそう思えてきたぞ!」




天文十年(1541年)  八月 下総国葛飾郡古河城 

当ノ間

足利左兵衛督晴氏




「父上!……何故(なにゆえ)に上杉に味方しなかったのですか!?」

 またか。これで何度目であろうか? 先月の事だ、氏綱が死んだ事を知った両上杉家が総勢一万七千の軍勢で河越に迫った。北条も当主である氏康を大将とした一万五千の軍勢で向かい撃った。結果は北条の勝ちであった。初戦で両上杉家の前軍を撃ち破ったのが大きかった。その中でも、綱成の武功は凄まじかったと聞い及んでいる。藤氏が怒っているのは、この戦で上杉に味方しなかった事だ。

「……藤氏、何故そこまで北条を憎むのだ?」


「あの様な、…何処(どこ)の馬の骨かも分からぬ者を頼るなど、古河公方の名折れに御座います!」

 ……浅はかな。

「今は戦国の世ぞ。……家名だけでは、生きてはいけぬ」

「…………」

 山内上杉家はまだ健在ではあるが、扇ヶ谷上杉家を見てみよ。……風前の灯ではないか。

「それとも、何処の馬の骨かも分からぬ者を頼った余を、古河公方の座から引き()り降ろす心積もりなのか?」

「そ、それは……言葉の綾に御座います」


 ……いや、これは冗談では済まないな。二月(ふたつき)前に甲斐国で起こったばかりであったな。

「……梅千代の事を気にしておるのか?」

「…………」

 ……どうやら、図星の様だな。梅千代王丸が生まれてから、態度がおかしいとは思っていたが。

「梅千代には、別家を立たせる事になっておる。これは、氏綱と氏康も同意しておる事じゃ」

「口では何とでも言えましょう!……我らには、兵が、武力がありませぬ!……北条と戦とならば、私は廃嫡され、あの者が古河公方を継ぐ事になりましょう!」

 ……危ういな。この誤解を早く解かねば、取り返しのつかない事になってしまうな。


「案ずるでない。北条は民を第一に大切にするが、格式も大事にしておる。古河へ兵を向ける事はない」

「それでは、上杉は如何なのですか?……上杉とて、関東管領に御座いまするぞ! 格式を重んじる北条が何故に上杉と戦うので御座いましょうか!?」

 ……何も見えておらぬな。今の関東管領なぞ、名ばかりよ。古河公方を補佐する筈の関東管領が古河公方と敵対しておるのだ。格式も敬意もあるまい。

「敵対するからじゃ」

「そうであれば、古河公方とて例外ではありません。……邪魔になれば敵対しましょう!」

 ……これは、……手遅れかもしれんな。

 



天文十年(1541年) 八月 相模国足柄下郡小田原城 西ノ間

西堂丸




 先月は大変であった。御曽祖父様である早雲公の姉にして、今川家の三代前の当主・今川治部大夫義忠様の御正室だった、伊都曽御祖母様(いとひいおばあさま)十三回忌(じゅうさんかいき)であった。密かにではあるが、北条家と今川家の共同で執り行われた。表向きは戦争中である為に、曽御祖母様(ひいおばあさま)の名前は出せなかったが古くからの家臣達が大勢参加した。そんな時に、両上杉家が攻めてくるものだから大慌てであったが、孫九郎叔父上(まごくろうおじうえ)の活躍もあって戦に勝つ事が出来た。食糧もそれ程多く持って行かなかったので、早々に引き上げざるを得なかったが。


 武田家でも動きがあった。六月の終わり頃の事、当主・武田陸奥守信虎(たけだむつのかみのぶとら)が駿河に嫁いだ娘を見舞いに来訪したらしい。数日過ごして甲斐へと帰国の途に付くと、武装した家臣達に国境を塞がれていたとか。……嫡男の武田太郎晴信(たけだたろうはるのぶ)が謀反を起こしたのだ。謀反を起こした者の中には、信虎が大層可愛がっていた次男の武田次郎信繁(たけだじろうのぶしげ)もいたとか。それを見て信虎も諦めたのだろう。何も言わずに駿河へ帰って行ったとか。義元叔父上も勿論知っていた。知っていて、信虎を歓待したのだ。叔父上も中々に肝が据わっておられる。


 と、此処二月は大忙しではあったが大きな問題も起こらなかった。強いて言うならば、両上杉家との戦線が活発になった事ぐらいだな。里見は相変わらず静かにしている。まぁ、裏で色々と動いているのは知っているが。ちなみに、どの情報も私付きの忍びから聞かされた事だ。父上に忍びを付けて欲しいと言ったところ、直ぐに三人程がお付きの忍びとして付けられた。年長順に、雅鉄(がてつ)天貎(てんげい)空虚(くうこく)だ。皆、元服したばかりだ。

 

 これから、収穫の時期になる。今年は凶作になるだろうと糧食方が言っていた。昨年から出来る限りの方策はとってきたが、……なんとか乗り越えられれば良いが。






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