第8話 一緒に頑張ろうね
「――そんな訳で要約すると、月でウサギと会って深海に飛ばされたと思ったらやたらでかい提灯アンコウに食われそうになり大聖堂を彷徨って天使に出会う、って感じかな」
ユーリさんを見てみると、分かるよ、すごい分かる! と言いたげに頷いている。
長くなってしまったが、今はチュートリアルから現在までを含めほぼほぼ言い終えたところだ。
天使って言ってもツッコんでこないのは、きっと彼女も苦労したからなんだろうなぁ……。
「大変だったねぇ」
似た境遇の苦労を味わっている故か、しみじみ言いながら俺の頭を撫でてくる。
ちょっと! 恥ずかしいんですけど! 照れるんですけど!
ただ彼女に他意は無いようで、本心から労ってくれているのだろう、顔を赤くしながらも撫でてくれる。
自分も照れるなら最初からするなよ…… まぁ、からかってないなら全然受け入れますけどね。
「なら私の話しが終わったら、ここを抜け出すための謎解き作戦会議しなきゃだね!」
謎解き系が好きなのかやっとゲームらしく攻略に入るのが嬉しいのかテンション高めである。
一人じゃないって心強い、俺一人だったら絶対こんなに楽しそうには出来ないし、ひたすら黙々と可能性を潰す作業を繰り返してた思う。
ユーリさんのおかげで、ゲームを楽しむ、と言う原点とも呼べる目的を思い出すことが出来た。
せっかくのゲームを楽しまないとか本当に勿体ないとは思うが、これに関しては序盤どころか初ログインから変なところに俺を飛ばしたウサギが悪い。
「ああ、俺は全然分からなかったから期待してるよ」
「うん! まかせといて!」
完全に人任せの発言だが、嬉しそうに頷きを返してくれる、よっぽど謎解きが好きなんだろうなぁ。
「あ、私の方の話も最初から話すと長くなるけどいいのかな?」
「もちろん、ちゃんと知っときたいし」
俺も十分長かったし、了承の意味を込めて首を縦に振ると、それを見たユーリが語りだす。
「まず初めに、私もこのゲームを始めたのは、恐らく一時間ぐらい前の初心者です」
初心者とは思っていたがまさかほぼ俺と同時刻の開始とは。
「チュートリアルでフリスって名前のウサギに色々レクチャーしてもらって、あ、そういえば私もチュートリアルは月だったよ! すごく地球が綺麗だった」
「そうなんだ、俺のところに出てきたウサギはエルっていうよく喋る奴」
確かに月から見る地球には圧倒されたが、あなたの方が綺麗だと思いました、なんて口が裂けても言えない。
「すごいよね、AIって人間以上に流暢に話せるんだって感動したもん、それからチュートリアルが終わって飛ばされた先が空の上で、当然空は飛べないからそのまま落ちて「ちょっと待って!」」
話しを遮っちゃ悪いと思いつつもツッコまずにはいられない。
「上空何千メートルだか何万メートルだか分かんないけど、そんなところに飛ばされて自由落下させられたの?」
「そうだね、でも高いところは好きだから怖くはなかったよ、最初はすごく驚いたけど」
なんならちょっと楽しかったよ、とでも言いたげに笑って話すユーリさん。
肝が据わってるどころじゃないな、きっと普通の女の子なら絶叫して泣きだすんじゃないか?
「いや、いくらゲームでもいきなりノーロープバンジーはやばいだろ、高所恐怖症や心臓弱い人はショックで気絶してもおかしくないと思うし、これだけリアルな世界なら尚更だ」
ユーリさんが危ない目にあったからなのか、自分も被害者意識があったからなのか、つい熱くなってしまう。
「だよね、私は空だから平気だったけど、深海で独りぼっちだったら耐えれる自信ないもん」
あの深海と化物は平気な人はいないと思うよ? リピートは絶対したくない。
「俺はどっちも嫌だな、普通の街がよかった」
唯一このルートで良かった事はユーリと会えたことだけど、そんなこと絶対に口には出せない。
「それだと今こうして二人一緒にいる事は無かったかもだよ? それはちょっと寂しいかな……」
それは奇しくも、既に俺の中で答えが出ている問いかけだった。
儚げに言うその表情からは、俺の反応を楽しんでいるようには思えない。
なにこの子、本当に心が読めるんじゃないの?
内心を見透かされた気がしたのと、そんな風に言ってもらえたのが嬉しくも恥ずかしくあり、一瞬で体温が急上昇する。
ただなぁ、これどう答えろってんだよ。
ってか素でそんなこと言われると困る、せめてからかって言ってくれるならこっちも冗談で返せるのに。
こんな高度な問いをスマートに返せるほど俺の人生経験豊富じゃないですよ?
うーん、素直に言うのは絶対無理だし、誤魔化すにしても何て言えばいいのか……
割と真剣に悩んでしまっていたところで焦ったようなユーリの声が聞こえてくる。
「ごめん! 今の無しで……」
見ると顔を真っ赤にしているユーリさんがそこに。
だから自分で恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに……
こうなったら逆に思いっきり肯定した方がいいのかしら?
……無理だな、何を言っても恥ずかしい気がする。
ここはさっさと話しを逸らすが吉だ。ノーロープバンジーから先がどうなったかも気になるし。
「きっと会えたよ、根拠は無いけどそんな気がする」
話しを逸らそうとする思考とは裏腹に、口から出た言葉はユーリからの問いへの回答となるものだった。
……何言ってんの俺ぇぇぇ!?
根拠無いなら言うなよぉぉぉぉ!
意味分かんない。チャラ男気取り? 口から先に生まれてきたの?
恥ずかしいと同時に自分に驚きだよ。
しかもどうせ言うならもっと格好良さそうな事言えよ俺。
なんだよ、きっととか根拠無いとか、それただの妄想じゃねーか。
「……うん、私もそんな気がする」
真っ赤な顔を少し俯け、小さくつぶやくように、だがどこか嬉しさを滲ませた声で同意するユーリ。
そんな気するんかーい! そこは笑ってくれていいんですよー!
むしろ笑って流してくれないと恥ずかしゅうてかなわんです。
この子、壺の押し売りとか断れないんだろうなぁ。
あー……、ユーリが話した後に恥ずかしがるのはこれだったのか? 恥ずかしいなら言うなよって思ったけど、無意識に口から出てしまうとどうしようもないな。今後は優しく接しよう。
そんなささやかな反省をしているところでユーリが口を開く。
「アキト、顔真っ赤だよ」
俺に指摘するのがそんなに嬉しいのか、自分も赤い顔をしてるくせに笑みを浮かべて俺をからかって来る。
……良い度胸だ。ちょっと反省して優しくしなきゃと思ったけど前言撤回。からかってくるんなら売られた喧嘩は買いますよ?
そんな余裕があるならちょっとぐらい意地悪してもいいよね?
「そうですね、ユーリさんが寂しいって言ってくれて少し照れてしまいました、ユーリさんは俺が居ないと寂しいようだし、俺も一緒にいたいのでこれからはずっとそばにいますね、もう離しません」
言い終えて自分の中で精一杯の爽やかスマイルを顔に張り付ける。
自分で言ってて鳥肌立ちそうだ、チャラ男って毎日こんなプロポーズみたいな事言って生きてんだな、心臓が幾つあっても足りねぇわ。
一歩間違えれば変態ストーカー粘着通報案件だが、きっと笑って…… 恥ずかしがって許してくれるだろう。
案の定ユーリは顔を両手で抑え、手の先の先まで真っ赤にして俯いていた。
「ユーリどうしたの? 俺の答えじゃダメだった? 一緒にいちゃ駄目かな? それでも俺はユーリと一緒にいたいよ」
こちらを見れないユーリに優しい声で囁くように告げる。
そしてユーリさんは体を小刻みに揺らし声にならない悲鳴を上げだした。
何やってんだろう俺。
羞恥の感情を一周してしまったのか、ふと冷静になってしまう。
恐らく今後の人生で人並みに誰かを好きになって結婚とかになったとしても絶対こんな事言えない。
勢いとは言えこんな事言えるのは一生に一回きりの、こんなよくわからない状況で相手がユーリだからだろう。
ここまでくると黒歴史だとか羞恥の上塗りだとか気にしてもしょうがない。
このまま勢いで言いたい事を言おう。
一種の悟りを開いていたその時、掠れるような声がユーリから漏れる。
「……ごめん、もう……」
ごめんと言われましても何がごめんなのかわかりませんよー。
「謝んないでよ、俺と一緒にはいたくないって事? でも俺はユーリと離れたくない、もう離れないって決めたから」
「……違ぅ……もぅ…………ばか!!!」
やっと顔から手を放したかと思えば、勢いよく罵声が飛んできた、この子さっきから限界に来るとバカしか言ってこないような?
ユーリはその大きな瞳に涙を湛え荒く息をついている。
また怒らせてしまったと思いつつも、こんな姿も可愛いんだなぁ、とどこか他人事のように俯瞰してしまう自分がいる。
落ち着くまでしばらく見ていよう。
天使のこんな姿って結構レアじゃないですか?
それから数分後、幾らか落ち着いてきた様子のユーリへ声をかける。
「落ち着いた?」
「落ち着いた」
「大丈夫?」
「大丈夫」
オウムを召喚した覚えは無いのだが?
単語ではあるが口調は割とハッキリしている、しかしその声には何の感情も感じられない。
「話せそう?」
「話せそう」
聞いた言葉を繰り返すだけのオウムになってしまったようだ。
どうしよ、ダメ元で先に進めてみるか。
「話が途中だったけど、空から落下してどうなったんだっけ?」
「あ、うん…… 落下の途中ですごく大きな……黒いドラゴン? たしか《天空の守護者ルティーヤ》ってモンスターが飛んで来たんだけど、口から火の玉だして攻撃してきたのね」
「なにそのクソゲー」
またもやツッコんでしまう。これもう俺のせいじゃないよね? 全て運営が悪い。
それにしてもダメ元で話を進めてみたが意外な程喋ってくれるな。話し始めてからは少しずつ感情も戻ってきたようにも感じる。
「私もすごく焦ったよ、だけど空中だと身動き取りようがなくて落下してたらそのまま火の玉は反れていって当りはしなかったんだけど」
「完全に運ゲーですね、分かります」
いよいよこのゲーム駄目かもしれん。
なんでこんな理不尽仕様なのに世界中で人気があるんだろう?
「それから何度か火の玉が当たりそうになりながら落ちてたら、足下に雲の上に立つお城が見えてきて、そのままそのお城の中庭にある噴水に落ちたんだよね」
「よく生きてたね……」
「うん、流石にやばいかもって思ったけど、どうにかなったみたい」
あっからかんと言ってのけるユーリさん。この子騙されそうな危うい部分と反して胆の据わってるところもあるよね。
「それからお城の中を探索してたら、お姫様の部屋みたいなところで宝箱見つけて開けたらこれがあったから貰ってきちゃった、ちょうど噴水に落ちて濡れちゃってたし」
そう言って、着ている白いワンピースの肩口を軽く摘まむ。
「おぉ、なんか天使っぽい服だとは思ってたけどそう言う事か」
改めて見ると、白を基調としたワンピースはそこまで凝った技巧が施されているわけでは無いがなんだかすごく上品に見え……
あ、違う、これはあれだ、着てる人が良いんだ。きっとユーリが着ればどんな服でも綺麗に着こなしてしまうのだろう。
「ちょっと…… そんなにジロジロ見られると恥ずかしよ」
そう言って自分の体を抱くように胸元で手を交差させる。
「え? あ、ごめん、そんなつもりじゃなくて……」
真面目に服を見ていただけだが申し訳ない事をしてしまった。
そんなにジロジロ見てたかな? 流石に気をつけなきゃないけない……
ばつが悪くなってしまったが、他意は無いのでここは話を進めさせてもらおう。
「性能的にはどうなの?」
「恐らく良いんだと思う? 私じゃあんまり分かんなくてあとでメニューの詳細見て欲しいかなって、あと他にもこの杖と指輪も一緒にあったから持ってきた」
言うが早いかユーリの手の周りに光の粒子が発生し杖の形に変わっていく、一瞬でその手には杖が握られている状態となった。
「え!? なに? 武器召喚?」
この子実はすごい上級者なんじゃ…… いや、始めたのは俺と同時期って言ってたしそれは無いか、ならこの杖がすごいとかか?
「武器召喚?」
なにそれ、とばかりに小首を傾げてオウム返ししてくる。
「今どうやって武器出したのかなって」
武器召喚では通じなかったので少しかみ砕いて聞いてみた。
なんか格好良かったし俺もやりたい。
「あ、メニューから装備のクイックチェンジ設定が出来るからそこで設定すれば出来る様になるよ」
俺の意図が伝わったのか納得顔で教えてくれる。
へー、メニューからそんなことも出来たのか、一人の時は最低限しか見なかったし落ち着いたらじっくり見てみよう。
「なるほど、そんな設定もあるんだね。勉強になったよ、ありがとう」
全然俺の方が基本情報知らなかったみたい、どの面下げて教えてあげなきゃとか思ってたんだ俺。
「ううん、チュートリアルでフリスが教えてくれたから知ってただけで全然大したことないよ、アキトは教えてもらってなかったの?」
「全然聞いてない」
あのうさぎめ、職務放棄しやがったな。
でもまぁ、システム全部説明してたらいくら時間があっても足りないし仕方ないか。
「そっか、私もゲームシステム周りは最後にまとめて教えてもらっただけでチュートリアルのほとんどは雑談だったんだけど、アキトも同じ感じだったのかな?」
「そうかも、何話したっけ? ってくらい記憶にないかも。あ、でもジョブの事とかAIの目的がどうのこうのって話はしたかな」
「AIの目的?」
「うん、って言っても途中で話すの辞めたから意味は全く分かんなかったけど」
結局あれは何が言いたかったんだろう? 次に会う機会があれば聞いてみよう。
「そうなんだ? そこだけ聞くとすごく気になるけど…… そういえばアキトのジョブは何だった?」
煮え切らない表情をしつつも今考えても仕方ないと判断したのだろう、話をジョブへと切り替える。
ここら辺の無駄話をしないキリの良さってほんと話しててテンポ合うなぁ。
「俺は《商人》だったよ、ユーリは?」
そう、俺のジョブはまさかの商人だった。
どんな基準で選ばれたのか小一時間程うさぎを問い詰めたい。
「《商人》って確か珍しいんだよね? すごいじゃん! 私は《トレジャーハンター》だったよ」
純粋な称賛の視線が痛い、しかし当たり前だが俺に商売の経験なんてないし、何なら絶対向かないと思いますよ?
基本リアルじゃどんぶり勘定タイプだし、ほんとなんで商人なんだろう。
「トレジャーハンターか、いいなー! 俺もそっちが良かった。珍しさで言えばどっちも選ばれにくい部類のジョブのはずだよ」
確か九割九分は冒険者ってウサギが言ってたし。
「ならきっと、私たちの組み合わせって結構珍しいよね!」
なんでそんな嬉しそうに言うの?
そりゃ、珍しいだろうけどもさ、無性に照れるんですけど!
「俺に商人が出来るとは思えないんだけどね……」
どう答えれば良いのか分からず、やや決まりが悪くなった俺は、遠くを見ながらつぶやく。
「きっと大丈夫だよ! 私だってトレジャーハンターって何をすればいいのか全然分からないもん。冒険は始まったばかりなんだし一緒に慣れていこう」
元気づける様にそう言ってくれるユーリさん。なんでいちいちこんなに可愛いんだろう。
こんな健気に前向き発言されてしまうとやっぱ無性に照れ臭く感じてしまう。
斜に構えるのが格好良いとか反抗期の尖った感性は無いつもりだが、素直過ぎるのは俺には眩しすぎるよ。
初対面から少しの間話しただけなのに、これ以上一緒に居ると色々勘違いしそうでやばいな。
適度に距離置いて自制心を保たなければ。
「細かいの苦手なんで、助けてくれるとありがたいです」
恥ずかしくて素直に、一緒に頑張ろう、が言えない俺は、照れを誤魔化すかのように若干ズレたところで回答をにごす。
「一緒に頑張ろうね」
しかし返って来たのはまたしても眩しすぎる一言。
ほんとシンプルにサラッとそう言える素直さが羨ましい。
彼女は無垢な笑顔で俺を見ている、ちょっとだけ一緒にいるのが居た堪れなくなってしまう。
「ああ、頑張ろう」
照れつつも精一杯の返事を返す。
からかっても無いのに照れさせてくるとかほんと怖い。
恥ずかしいので話を戻そう。
「えーと、話逸れたけど、杖と指輪も後で性能確認って感じで良いんだよね?」
「うん、お願いするね。話を戻すと、装備を見つけてからも少しの間お城を探索してたんだけど、そこでお城の兵士みたいな全身鎧のモンスターに見つかって追いかけられたんだよね、最初は二人組だったんだけど途中からどんどん増えてきて最終的には五十人以上はいたと思う……」
「そんな人数いたらちょっと引くよね……」
「うん、ちょっと泣きそうになりながら一生懸命逃げたもん。そこからは逃げてただけで記憶が曖昧なんだけど、地下の小さな教会に隠れてたら、ステンドグラスが光りだして思い切って飛び込んだらここにこれたって感じかな」
語り終えたユーリは感慨深そうに一息つく。
彼女も彼女で色々と大変だったようだ。
「大変だったねぇ」
話を聞き終えた俺はしみじみとつぶやきながらユーリさんの頭を軽く撫でる。
あれ、勢いで撫でちゃったけどこれってセクハラ?
俺もさっき撫でられたしセーフだよね?
ただ、つい撫でたくなるほど彼女の状況もまた特殊なものだった。
いや、ひょっとしたら俺の常識の方がおかしくて、このゲームではそれが普通なのか?
そんな事を考えていると、ユーリにしては珍しくほんの少しだけ冷たい声が漏れてくる。
「ねぇアキト、撫でるの慣れてない?」
やばい、やっぱ調子に乗り…… 慣れてない?
「ん? 慣れては無いけど妹の面倒みてるからかな?」
小さい頃はよくやってったなぁ、今は全然だけど。
「あ、妹さんいるんだ?」
さっきの冷たさは消え、興味ありげに聞いてくる。
「うん、今年中三の妹、ただ今絶賛受験勉強中」
今日は出かけるって言ってたかな? お兄ちゃんは深海の荒波に揉まれて天使と出会ったよー。
「……中三で頭撫でるの?」
なに少し引いてんだよ。
「いやいやいや、昔ね昔、小さい頃の話だから」
ひょっとしたら中高生になっても小さい頃と変わらず仲の良い兄妹はいるかもしれないが、うちはそこまで仲良くは無い。
「私は弟がいるけど…… 頭撫でたりはしなかったかな」
少々の間があったのは昔の記憶を引っ張り出しているのだろう。
「んー、親の影響かな? 小さい頃親父に良く頭撫でられてたから、俺も妹にしてあげてたんだと思う。それよりもユーリってお姉ちゃんなんだね?」
後半は少しだけ笑いそうになるのを堪える、ユーリって見た目は綺麗でしっかりしてそうだけど意外とポンコツ属性寄りだしあんまり姉という感じはしない。
「今絶対笑ったでしょ! これでもしっかり者の姉で通ってるんですからね!」
機敏に察知しなさりますな、顔には出してなかったつもりなんだけど。
「笑ってないよ? 意外だとは思ったけど」
何かをしないように意識すると、逆に意識し過ぎてしてしまう事、あると思います。
「笑ってないよ、って言いながら思いっきり笑ってるじゃん!」
予想外に勢いのあるツッコミが飛んできた。この子ツッコミの才能あるんじゃないかしら?
「気のせいだって、それよりも装備が気になるからメニュー見せてもらって良い?」
絶対に気のせいではないがサラッとあしらいつつ、気になっていた装備の話に進める。
「むぅ…… ちょっと待ってね」
不承不承としながらもメニューウィンドウを他者に見える様に設定を変更してくれたのだろうか、ユーリのメニューが俺にも見える様になる。メニューってそんな切り替えも出来るんだ、あとでやり方教わろう。
「よし、これで見れるよね」
言いつつ俺の横に移動してくる。対面だったのが横並びになった形だ。
ちょっと近くないですか? そんな近づくと勘違いしますよ?
隣に来たことで微かにユーリの匂いが伝わってくる、やばいめっちゃ緊張する。
「あ、ありがと」
絶対に匂いを嗅いでいたなんて素振りは見せてはいけない。
これは反射的な不可抗力とは言えただの変態行為でしかないのだから。
「えーと、天使の聖杖に天使の衣と天使の指輪か、まさに天使装備って感じのセットだね。名前からしてどれも絶対序盤で手に入るような装備じゃなさそうだけど……最初は杖から見ていこうかな」
距離や匂いを極力意識しないように装備に集中する。
見た目としては白銀の持ち手、先端には銀の輪が交差し、その中央にはねじれ双角錐型の透明なクリスタルとなっている、シンプルな見た目だがつい神聖視してしまうようなオーラが出ている気さえしてくる。
「さてさて、どんな性能をしているのやら――」
――それからものの数分で各装備詳細の確認が完了する。
「ふーっ」
一通り見終わったと同時に漏れるため息。
これはなんとも羨ましいと言うか頑張ったご褒美と言うか……
「アキトから見てどんな感じだった?」
自分の装備なので気になるのだろう、ワクワクした表情でユーリが結果を求めてきた。
「恐らくだけど、かなり強い部類に入ると思う、ただ俺も今ヘルプ見て知ったんだけど、このゲームの武器はレベルがあって、そのレベルは装備者のレベルとイコールの仕様なんだよね、だからこの武器がいくら強くてもレベルはユーリと同じ1だから装備しただけでいきなり無双出来る程都合よくはないみたい。けどレベル1としては使えるスキルもステータス補正もすごく高いと思うから十分強いと思う」
最初に恐らくと付けたのは、俺の装備している初心者装備と比較した結果でしか語れないからだ。
でもまぁ、ほぼ推測は当たっているとは思う、このレベルの装備が標準化されてたらこの世界のゲームバランスがおかしな事になる気がする。
そう思う程にはぶっ飛んだ性能をしていた。
「そうなんだ、良かったー! 少しは苦労した甲斐があったかな」
「そうだね、色々頑張ったご褒美としてありがたく貰っときな」
宝箱から持って来たんだし、貰っときなも何もあったもんじゃないけど。
「うん、ありがとう」
そう言って嬉しそうに杖を抱きしめる。
それからスキルについての説明をする事更に数分、天使装備には攻撃や回復スキルが使える事もあり、後で試し打ちをするところまでを決めて次の段階へ話を進める。
「さて、お互いの現状把握はこれくらいかな? 今のところまでで何か質問のある人?」
何故か教師風になってしまったが、ここで勢いよく手が伸びて来る。
「はい! 先生」
「はい、ユーリ君」
「あの……」
ノリ良く手を上げてくれた割には指名すると途端に勢いを無くすユーリ。
何か言い辛い事でもあるんだろうか?
「……先生は普段妹さんとどんな話をしてるんですか?」
恥ずかしそうにぽしょぽしょとつぶやいている。
そこ? 今のゲーム的な現状確認とは関係ない気がしますけど?
まぁ、聞かれた以上は答えますけど。
「んー、特にこれと言った共通の話題とかも無いし、当り障りない世間話をするかしないかくらい?」
恐らく世間一般の兄妹の平均値ぐらいの無難な回答になってしまっているが仕方ない、これが現実だし。
「どっちから話しかける? ご飯は一緒に食べる?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくるが、どっちから話しかけるとか考えたこともないな。
「うーん、どっちから話しかけるかは状況によるとしか言いようがないけど、基本的には要件がある時しかお互い話さないよ? ご飯は大体一緒に食べるかな、うちの両親共働きで居ないことも多いから妹一人だと寂しいだろうし」
「一緒にご飯食べてくれるんだ!?」
驚きと羨望が混じったような、器用な表情のユーリさん。
「そこそんなに驚く?」
「私の弟は一緒に食べてくれないから……」
一転、切なそうな顔へと変わる。
「弟さんが何歳か分かんないけど、反抗期とかではなくて?」
「うちの弟も今年中三だよ、たぶん反抗期なんだと思う、すっごい無視されるし」
へー、弟妹の年齢一緒なんだ、となるとユーリは俺と同じ年かそれ以上になるって事か。
……だめだめ、気にはなるけどリアルの詮索はご法度だぞっと。
それにしても反抗期か、もうほっとけよとしか思わないな。
「年頃の男なんて放置で良いと思うよ、構い過ぎてもウザがられるだけだし、ただいつか何食わぬ顔で話しかけてきたら何も無かった様に話してあげればいいと思うよ? あくまで俺の自論だけど」
「そっか、やっぱりウザがられてたのかな……」
何を思い出しているのか、ため息の様に吐き出された息には反省の色が含まれていそうだ。
「心当たりありそうだね、反抗期は何しても反抗するから反抗期なんだし周りが気使い過ぎると余計イライラする事もあるから、ある程度の距離感って大事だと思う」
反抗期は放っとく、これに限ると思います。
「アキトは反抗期無かったの?」
「一応あったよ、ただ一日しか続かなかったけどね、ユーリはなかったの?」
「反抗期って一日で終わるんだっけ? 私は今のところなくて弟が反抗期になっちゃったからそれどころじゃないかなって」
弟優先で自分の反抗期が後回しとか器用な人だな。家族思いなのかブラコンなのかどっちだろう。
「確かに俺の場合は反抗期って呼べないかもだけど、それ以外には反抗した記憶も無いし、たった一日だけの反抗期だったね」
「すごく気になります」
興味津々と言った感じで希望されてしまった。
うーん、過去の事だし話すこと自体は全然良いんだけど、特に面白い話でもないしユーリに話すのは恥ずかしいな……
そんな自分の中の葛藤と戦っているとユーリの慌てた声が届いてきた。
「あっ、リアルの話しってしちゃいけないんだよね? つい色々聞いちゃってごめんなさい……」
どうやら俺の葛藤をリアルの事を話したくないと勘違いしてる様子だ。
ほんとすぐに自分の非を認めて謝れる良く出来た子だ。
まぁ、今回のは俺が思わせ振りな態度を取って、勘違いさせちゃっただけなんですけど。
「ううん、ユーリとなら全然リアルの話しもしたいんだけど、今のはちょっと個人的に恥ずかしいなって思っちゃって言葉に詰まった感じ、だからこれからも気になった事は何でも聞いてくれていいし、俺も気になる事は聞くから言える範囲で答えてくれると嬉しいかな」
「ありがとう、ならアキトの反抗期エピソードはいつか気が向いたときに聞かせて欲しいな」
「おう、あんまり面白くないしありきたりな話だから、そんなに引っ張っても意味無いし、後で謎解き中の話しのネタにするよ」
「わっ、予想外に早く聞けそうだ」
あえてこの後話すよと、自分に言い聞かせるためにユーリに伝えておく。
この手の話しは一回機会が無くなると改まるのも恥ずかしいし自分から語りだすのもなんか痛いし、さっさと終わらせるに限る。
ユーリも予想外の早さに喜んでるみたいだし丁度いいだろう。
「それじゃあ、他に質問が無ければ作戦会議に入りたいと思いますがよろしいですか?」
「はーい!」
俺の問いかけに間を置くことなく、薄暗い大聖堂にユーリの楽しそうな声が響くのであった。
【お願い】
もし少しでも面白い、続きが気になる! と思って頂けましたらブックマークと↓の評価より☆をつけてもらえると嬉しいです!
応援よろしくお願いします!