第7話 はじめの一歩
「よし! なら最初は自己紹介から始めよう」
つい佐倉さんに見とれてしまいそうになるのを我慢しつつ俺は話しを進める。
ここでまた沈黙になってしまうと、彼女の気分も下がってしまうかもしれない。
俺にできるのは間が空かないように喋り続け、彼女に落ち込む隙を与えないようにする事しか出来ないのだから。
「また自己紹介ですか?」
さっきもしませんでしたか? と言いたげに聞いてくる佐倉さん。
「うん、さっきはちゃんと挨拶もできなかったし、それにゲームでフルネームってちょっと違和感があるんだよね」
「私、フルネームで名乗っちゃいましたけど、何かまずかったですか?」
「ううん、まずいって言うか、これは自己判断になるんだけどリアルの情報を簡単に他人教えるのは防犯上あまり良くないというか、リアル詮索に繋がるというか」
「リアルの詮索?」
「そう、フルネームを言っちゃうと、あの手この手で住んでる場所とか学校とか特定して、良からぬことを考える人もいない訳じゃ無いから注意してねって話かな」
若干説教臭いが大事な事なので伝えなければならない。
本当にそこまでするのは極一部だろうが、最初から防犯意識を持っとくに越したことはないし。
あまり彼女はそこら辺の知識は無いようなので、これから色々教えなきゃいけない気がする。
「なるほど、確かに迂闊でした……、これからは注意します」
小動物の様にしゅんと体を縮こませる、しっかり反省できる辺りやっぱ良い子なんだろう。
「でも、遠藤さんはそんな事しない人ですよね?」
疑うというより分かっている答えを確認してます、と言いたげに真っすぐな瞳を向けて問いてくる。
「もちろん、絶対にそんな事はしません」
ここを茶化す訳にはいかない、人間って信頼関係が一番だし。
「なら安心ですね、あ、でも遠藤さんもフルネームで名乗ってくれましたよね?」
期待していた答えであった為か、安心してくれているようだ。
これに関しては信じてもらうしかないが、簡単に信用し過ぎな気もする。
やっぱりいつか悪い大人に騙されそうで心配だ。
「あはは……そうだよね、何か勢いで……」
ほんと勢いって怖い。
誤魔化す様に乾いた笑いが自然と出て来る。
「リアルには怖い人もいるんだから、簡単に個人情報明かしちゃ駄目ですよ?」
茶目っ気たっぷりの笑顔で注意してくる、それは小さな子に言い聞かすよう優しく諭すように。
冗談で返せるって事は少しは気分が晴れたのだろうか、いい兆しだ。
「以後きょうつけます…… あ、佐倉さんって名前から色々特定しちゃう人ですか?」
この人怖い、と示すように体の重心を後ろへ、数センチの距離を空ける。
絶対に無いだろうから言える冗談。
あれ、俺もこの人の事信用し過ぎてない? 悪い人に騙されないか自分が心配だ。
「ひどーい! そんな風に見えますか?」
怒ったように言っているがその表情は全く怖くない、俺が冗談で言っているのが分かってくれているからだろう。
「冗談ですって、まったく無害な可愛い天使にしか見えないです」
なんだかチャラ男設定が板についてきた気がする。
これ、後で思い出すと死ぬほど恥ずかしいんだろうなぁ……
「だから…… そう言う事言われても、なんて返せばいいのか分かんないんですよ」
頬を朱に染めての発言は弱々しく尻すぼみになっていく。
この顔を見たいがためにチャラ男になりきるのも悪くないのかもしれない。
思わぬタイミングで俺の中のSっ気が目を覚まし始めるが、チャラ男属性とか俺には似合わないし今回だけかなぁ……。
「ごめん、可愛かったからつい」
「もう、そんな事ばっかり言ってると絶対勘違いしちゃう女の子もいますからきょうつけてくださいね」
赤い頬を誤魔化すようにお叱りを受けたがそれもまた可愛い。
「勘違いって、そんな子いるかな?」
天使って言うと自分の事天使だと思っちゃう系女子がいるのん?
自分から天使って言っちゃう子はやだなぁ。
「女の子はストレートに言われるのに弱いんです」
なるほどそっちか、流石に自分の事を天使だと思っちゃう系女子はいないよね。
あと確かにチャラ男って思ったことをそのまま口に出来るストレートさってのが一つの特性だろうけど、日頃の俺は絶対無理。恥ずかしくて無理。でも今だけは頑張る。
「佐倉さんも弱いんですか?」
既に答えは分かっているが照れてる顔を見たくてつい聞いてしまう。
頑張る方向間違って無いか俺?
「こんなにストレートに言われたのは初めてだし、褒められるのは嬉しいけど…… 恥ずかしいというか…… もう! この話は無しにしましょう! 自己紹介が進まないじゃないですか!」
言葉に詰まりながら、結局は強引に話を終了させる佐倉さん。
確かに調子に乗りすぎたかもしれない、話も脱線しまくりだし。
「そうですね、いつになったら自己紹介が出来るようになるのか、ずっと待ってました」
自分が脱線させたにも関わらずいけしゃあしゃあと言ってみる。
「遠藤さんが私をからかったのが事の始まりですよね!?」
なんで私のせい? と言わんばかりにツッコミをいれてくれる。
最初のイメージが天使だったから大人しいかと思ったけどちゃんとノリ良く返してくれる人でよかった。
「その件に関しては一旦置いときましょう」
せっかくのツッコミも取り合うことなく棚上げする。
もうそろそろ話を戻さないと、いつまでも無駄話をしていたい気になってくる。
「なら早く自己紹介して下さい」
呆れつつもしっかり先を促してくれる佐倉さんに内心感謝しながら、改めて自己紹介を始める。
「改まって言うのも恥ずかしいけど、アキトと言います、これからよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
やっと言えた。
なんで自己紹介するだけでこんな時間かけてんだろう?
俺のせいか。
頭を上げると、若干きょとん顔の佐倉さんと目が合う。
「あ、こちらこそよろしくお願いします…… えーと、自己紹介は……それで終わり、ですか?」
よろしくと丁寧にお辞儀してくれる佐倉さんの口から出たのは自己紹介終了確認だった。
「え? 特には無いけど足りなかった?」
まさか自己紹介のおかわりが来るとは思ってなかった、どうしよう。
「あ、ううん、終わりならそれで全然良いんだけど、ただ自己紹介するって張り切ってたから色々話すのかなって思ってて、そうだったら私も話さなきゃだし何話そうかなってこっそり考えてたりしてたから……」
なんと…… そこまでしっかり考えててくれたのか……
「なんか…… ごめんね……」
せっかくだから色々話したいが全く自己紹介ネタが思いつかない、クラスでする時も皆だいたい一言で終わるし。
「あっ……いえ、私の方こそ勝手に早とちりしてごめんなさい…… 今あれこれ言わなくても、これから一緒に冒険して行くんだし、ゆっくりお互いの事知っていければいいよね」
そう言って小さく両手でガッツポーズをとる。
なにそれ可愛い。そして発言が男前すぎる。
チャラ男の存在価値暴落ですやん。
そんな俺の内心など知る由も無く佐倉さんは自己紹介を始める。
「では私も改めて、ユーリと言います、今後ともよろしくお願いしますね、アキト君」
そう言って微笑みながら名前を呼んでくれる、同年代の女の子に名前で呼ばれることのない人生を送ってきた俺には少し刺激が強すぎだ。なんだかすごく気恥かしい。
咲希は別枠よ? 家族だし。
そして同時に一つの問題が発生する。
これは俺も名前で呼ばなきゃいけないよね?
当然呼ばれることも無ければ呼ぶこともない人生だ。
呼ばれる以上に恥ずかしいが、ここで呼ばずにスルーすると今後ずっと言えなくなりそうだし、覚悟を決めよう。
「こ、こちらこそよろしくお願いします…… ユ、ユーリさん」
人生で初めて女の子を名前で呼んでみる。
絶対今顔真っ赤だよ。
顔が熱いよ、心拍数も絶賛上昇中。
しかも噛んだし、もうやだかっこ悪い。
自己嫌悪にへこみつつ佐倉さ……ユーリさんを見ると、なぜか少し不服そうな顔でこちらを見ている。
「……どうかしましたか?」
噛んだのがいけなかったのか? 確かにかっこ悪いもんね、でも俺なりに精一杯だったんですよ!
「なんで『さん』なのかなーって」
え? そこ? 普通に考えてそれ以外の選択肢無くない?
何? 何て呼べばいいの? そんな高等対人スキルなんて持ってないよ?
『さん』が駄目なら『ちゃん』しか思いつかないが馴れ馴れしくないか?
とは言え考えてても話は進まないし、言ってみるしかないか……
緊張するなぁ、名前で呼ぶのってこんな緊張するんだ。
平気で名前を呼び捨てに出来る人たちは偉大だよ。
「ユーリ……ちゃん?」
緊張と躊躇いに苛まれながらも呼んでみると、一瞬嬉しそうな表情を覗かせた直後、再び不服そうな顔へと戻る。
どゆこと? こっちはなけなしの勇気を振り絞ってるのにぃ!
『ちゃん』ではないのか? 確かになんだか小さい子に話しかけてるみたいで違和感はあったが。
「……」
ユーリさんは無言で首を左右に振っている。
言葉にしなくても伝わってくる、これは失格ですね分かります。
となると最後の可能性はさっき見せた一瞬の笑顔だ。
『ちゃん』を言う前に見せたのが笑顔で言った後に見せたのが不満顔だ。
こうなると答えは一つ。
一つなんだけど……
無理だから! いきなり呼び捨てとかほんと無理!
呼ぶ想像するだけで、顔真っ赤になってますから!
俺の葛藤をよそにユーリさんはにこにこ顔で待っている。
これは言わないといけないやつですか?
落ち着け、冷静に考えろ、ここで一番まずいのは呼び捨てにする事じゃない、呼び捨てにしてそれが間違っていたときだ。
だからここで呼び捨てにするのは時期尚早! 逃げの一手、もう本人に聞くしかない。
……ヘタレですみません。
「あの…… 何て呼べばいいですかね?」
これで呼び捨てでいいよーって軽く言ってくれたら楽なんだけどなぁ。
それはそれでハードル高いけど。
「…… アキト君の好きに呼んでくれていいですよ?」
一瞬の不満顔。だがすぐその表情はにこにこ顔戻り、選択肢の無い選択を突き付けて来る。
あなたさっき『さん』も『ちゃん』も拒否したよね!?
好きに、の使い方間違ってるよ!
ここで『様』や『姫』なんかでボケても無駄なんだろうな。
もう覚悟を決めてサラッと言って終わらせよう。
俺は大きく深呼吸をする。
よく考えたら名前呼ぶだけだし、軽く妹を呼ぶ感覚で大丈夫。
「これからよろしくね、ユーリ」
言い終えた瞬間マッハで顔を逸らす。
恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃ。
無理無理無理、恥ずかしくて顔見れないし、見せられない、耳の先どころか髪の先まで真っ赤になってそうなぐらい熱い。
心音も半端じゃなく響いてる、そろそろ口から心臓出るかもしれん。
もうこっちから顔見れないんでなんか違う話振ってください!
ってかなんか言ってよ! 沈黙はひどいよ!
そこで俺はようやく気付く、ユーリさんがいつまでたっても何の返事も返さないことに。
これでもし首を横に振ってたら即ログアウトします。心が耐えられません。
逸らした顔を少し戻し様子を伺うと、そこには顔を真っ赤にしたユーリさんが固まっていた。
「なんでそっちの方が照れてんだよぉぉぉ!」
あんたが言わせたんだろ!
ツッコまずにはいられない。半ば衝動的に突っ込んでしまったのは仕方のない事だろう。
逆に落ち着けたよ。
俺のツッコミで我に返ったのかユーリさんは両手で顔を隠す。
「ちょっとこっち見ないでください!」
その小さな顔は手で覆われて見えはしないが、髪の隙間からのぞく耳が真っ赤になっているのが分かる。
俺の方が隠れたいはずなんだけどなー、どうしたらいいんだこの状況。
呼び捨てが正解なのか確認したい気持ちもあるが今の状態だとできそうにも無い。
そんなに照れるなら言わせなきゃ良かったのに。
そんなこんなで数分間、ユーリさんが落ち着くまでしばしの待機となった。
「……すみません、取り乱しました」
大きく深呼吸をしてもう大丈夫と告げて来る。
その顔はまだほんのり赤いものの先ほどよりは幾分マシになっていた。
いや、乱れては無いよ? むしろ固まってたし。
俺の精神はこの数分でほぼ回復できたし、ここからはお互い冷静に話を進めたい。
が、その前に一つ確認しておきたいことがあるので、いつの間にか切れていたチャラ男スイッチを入れる。
「ユーリ大丈夫? もし無理してるんだったらちゃんと言ってね? ユーリに無理されても嬉しくないし、普段通りのユーリでいて欲しいんだ、だからユーリこれからは「ごめんなさいっ!」」
再び顔を真っ赤にして俺の発言を遮りまたもや両手で顔を隠すユーリさん。
どうやらまた閉じこもるようだ。
そんな閉じこもってたら人生楽しくないですよ?
俺は顔を隠したままのユーリさんに向かって再度話しかける。
「ユーリどうしたの? やっぱりまだ落ち着かない? ユーリが落ち着くまでずっと待ってるから焦らな「やめてぇ!」」
またもや人の言葉を遮るユーリさん。今度は顔を隠しながら声にならない声を上げてジタバタ体を揺らしている。
やはり彼女は呼び捨てにされると非常に照れる性質を持っている様だ。
それにしてもこの子、人の話は最後まで聞けと教わらなかったのかしら。
まぁ、これはあれだな、ユーリさんは可愛い見た目とは裏腹に、俺と同じぐらい異性に対する免疫が無かったんだろう。
ならなんで呼び捨てに誘導させたかが気になるところだが、もしこれで呼び捨て希望じゃなかったらその時は恥ずかし過ぎて俺が死ねる。
確認の為とは言え、勢いで名前を連呼しつつ色々とテキトーに口走ったが、これじゃあチャラ男と言うよりキザで女癖の悪そうな良く分からないキャラになってしまった。今後はブレないキャラ設定を心掛けよう。
意外とチャラ男も奥が深いよなー、と自己完結型反省会をしていたところで、ユーリさんが顔を上げる。
「えぇ……なんで?」
凄く睨んでらっしゃる……
まさに黙して語らず、その大きな瞳に涙を湛えて睨んでくる。
ただ顔は真っ赤なままなので正直あんまり怖くない。
ちょっとからかい過ぎたかしらん?
「……ひどいよ」
ポツリ、と振り絞るように微かな声が聞こえた。
さっきの睨みはどこえやら、今にも泣きそうな顔をしている。
少し悪ふざけが過ぎたみたいだ……
「調子に乗ってすみませんでした!」
勢いよく頭を下げる。
なんかここにきて謝ってばっかだな……
数秒待ってみるが返事が返ってこない。
頭を上げてユーリさんを見ると、何か考え込むような顔をしていた。
ころころ表情が変わる人だな、女心ってわかんない。
「ユーリさん?……」
俺はこれでも学習する男だ、ここで不用意に呼び捨てにしたりはしない。
「……ばか、……でも許す」
小さな溜息と共に、何故か罵られたが許してはくれたみたいだ。
さっきのまでの振り絞るような声ではなく、小さくともハッキリとした声だったので少しは落ち着いたのだろう。
「あの、もうふざないで聞きますけど、呼び方の正解って呼び捨てで良かったんですか?」
これは確認しておきたい、そもそも今の流れはここから来ている、これが違った場合俺は非常に恥ずかしい事になる。
「……はい」
良かったー! これで俺は勘違い野郎じゃないって事だ。
ユーリさんはと言うと、流石にまだ本調子ではないのか少ない単語で返してくる。
それでもちゃんと返事をするあたり良い子だよね。
「ならなんで急に照れたりしたんですか?」
これも気になるので聞いてみる。
「……最初は、ちょっと、からかうだけの、つもりだったんです、『ユーリさん』って、呼んでくれる前に、すごく緊張してたのが、可愛くて、つい……」
ぽつりぽつりと独白のように呟く。
可愛いって、俺男だからね? それにこの子も密かにSに目覚めてた系?
「だから、ほんとは、名前で呼んでくれれば、呼び方は何でも良かったんだけど、ちょっと、欲が出ちゃって……リアルだと呼び捨てにされたことがなくて、少し憧れてたりもして……」
なるほど、確かに呼び捨てで呼び合える関係性って憧れる。
これが付き合ったりしてるカップルだったら普通なんだろうけど、異性の友達と名前で呼び合うってのはすごく仲が良くないと成立しないだろうし。
「ただ、アキト君がすごく優しい言葉で色々言ってくれて、名前を呼んでくれたのが嬉しいんだけどすごく恥ずかしくて。私、男の子に名前で呼ばれたことも無くて…… 恥ずかしくて……」
そう言って更に顔を赤くするユーリさん。
二回言うって事はよっぽど恥ずかしかったんですね。
しかしあのキザで女癖の悪そうなキャラ設定が優しいとはこれ如何に。
この子、絶対いつか悪い大人に騙される。
「俺も女の子の名前を呼び捨てにしたのは初めてですよ、女の子から名前で呼ばれたことも。だから俺もすごく恥ずかしかったんですよ? 何の慰めにもならない気はするけど、俺も同じ境遇だし一人でそんなに恥ずかしがらなくても良いんじゃないですか?」
「……それはアキト君が意地悪言うから」
確かに……おっしゃる通りで。
ジト目で不貞腐れたように言ってはいるが、少し余裕が戻ってきたようにみえる。
「それについてはほんとすいません、まさかあんなに反応してくれるとは思って無くて」
「いきなりあんなこと言われるなんて、思ってなかったもん」
ジト目は変わらないが、気持ちは立て直したようでしっかりした声が返ってくる。
「でもどうします? 俺はユーリ『さん』の方が良い気がしますけど」
今回は逃げの一手ではなく、本当にどちらが良いのかを委ねる為の問い、流石に好きにして、とは返ってこないだろう。
「……ううん、もう慣れたから大丈夫だよ、アキト」
「っ!?」
これはなかなか……急に呼び捨てなんて、そんな不意打ちズルいですよ?
呼ばれただけなのにすごく恥ずかしいと言うか、くすぐったいと言うか照れくさい。
恐らく多少なりとも俺の顔は赤くなっているだろう。
確かに慣れない内は連呼されると身が捩れそうだ。
ユーリさんを見るといつのまに完全復活したのか、イタズラが成功した子供のような笑顔をしている。
何か無性に悔しいけどここは我慢だ。
「ユーリ、一つ提案があります」
恥ずかしさを誤魔化すように平然を装いつつ話を切り替える。
今のままじゃすごく違和感を感じている事がある。きっと了承はしてくれるであろう提案。
「なんですか? アキト」
もっと恥ずかしがって欲しかったのか、俺の切り替えに少し不満気な顔をするも返事はしっかり返してくれる。
それにしてもお互い呼び方がぎこちない事この上ないな。
これから同じ時間を過ごせば変わるのだろうか?
そんな事を考えつつ一つの提案を口にする。
「お互い敬語やめない?」
これがすごく気になっていた、お互い敬語だったりタメ口だったり話のテンポで変わってしまう。ならもう最初から敬語なんて使わない方が気楽に話せる気がする。
敬語ってちょっと距離感でちゃうもんね。
「そう…… だね」
戻りかけていた赤身の引いた顔を再度赤くしながらも、しっかりと頷いてくれる。
え? タメ口も恥ずかしいの?
これはいよいよ箱入りのお嬢様説が出てきてしまう。いや、お嬢様はゲームなんてしないか?
まぁ、リアルの詮索はマナー違反なんでしないんですけど。
「よし! そうと決まれば現状把握と作戦会議に移ろうか」
長かった自己紹介に終止符を打ち、話を次の段階に進める。
プレイヤーネームしか名乗っていない中身の無い自己紹介にすごく時間を使ったような…… けど少しはユーリの人となりも分かったし有意義な時間だったと思う。
「現状把握と作戦会議?」
急な話の展開過ぎたか疑問符を浮かべて復唱してくるユーリさん。
いつのまにか内心ではユーリさんの方の呼び方に慣れてしまった気がする。
呼び捨ての文化が無かった俺には仕方ないよね。
「うん、ユーリがここに来る前のドラゴンとかお城とかの話も聞きたいし、俺がここで何してたのかの話もしておきたい、それが終わったらここをどうやって攻略するかも考えなきゃだし、話したい事はいっぱいあるよ」
「そうだね、色々と話した気もするけど、結局呼び方と敬語を使わない、って事しか決まってないんだよね」
微笑みながらそう言ってくれるユーリさん、きっと俺と同じように中身は無くとも無駄な時間ではなかったと思ってくれているのだろう。
「じゃあ、まずは俺からユーリに会うまでの間の事を話してもいい? って言ってもチュートリアルからそんなに立ってないから割と短いんだけどね」
ユーリさんはコクリと小さく頷き了承を示してくれる。
さて、どこから話したものか。
短い割には濃い時間だったなと内心で振り返る、月から始まり、深海に投げ出され、化物に食われそうになり、聖堂を彷徨って、天使に会う。
開始から恐らく一時間ぐらいしか立ってないはずだが、十分にイベント過多な気がする。
深海魚なんか理不尽過ぎてクソゲーだと思ってたけど、結果として今こうしてユーリに出会えたんだからこれで良かったんだと余裕で掌を返せてしまう。
折角だし最初から話そう、そう思い口を開きかけた時、ユーリさんが先に口を開いた。
「アキト」
唐突に呼び捨てにされると照れるんですけど!
ただその表情は決してからかい半分で呼んでいるわけではないようだ。
「どうした?」
また顔が赤くなるのを感じつつも返事を返す。
「ありがとう」
返って来たのはお礼の一言。
「え? なにが?」
マジで分からん、急に何を言い出すのこの子は。
「無理して会話が途切れないよう頑張ってくれてるのすごく伝わったよ、だから私もへこんでちゃいけないなって思えたし、このまま気を使わせてばっかりだと申し訳ないから、もう大丈夫…… だから、ありがとう」
そう言って優しく微笑むユーリ。
もう何度目か分からないが、何度見てもこの笑顔には目を奪われてる気がする。
ってかバレてたのね、なんだよ格好悪いな…… そして恥ずかしい。
きっと一段落ついてログアウトしたら、俺は羞恥で悶え苦しむのだろう。
だとしても今だけは、この笑顔の為に頑張ったんなら後悔は無いと心から思えた。
【お願い】
もし少しでも面白い、続きが気になる! と思って頂けましたらブックマークと↓の評価より☆をつけてもらえると嬉しいです!
応援よろしくお願いします!