第5話 海底神殿
「死ぬかと思ったぁぁぁぁぁ!」
無事ステンドグラスから神殿に入ることができた俺の第一声は、まさに絶叫と呼べる程の勢いで口から放たれる。
「あー! ほんと意味分かんない」
盛大な溜息と共に自然とこぼれる愚痴。
なにあのデカいの、顔面怖いし、デカいし、スタイリッシュだし、デカいし。
二度と会いたくない。
もはやトラウマレベルで深海魚が嫌いになりそうだ。
だいたい初心者をいきなり深海に放り込むなんて正気の沙汰とは思えない。
結局の所、あの提灯の光をステンドグラスに充てるのが正解だっのか?
だとすれば運が良かったとしか言いようがないが腑に落ちない点もある。
答え合わせ出来ないのが悔しい。
あと全身ずぶ濡れで気持ち悪い。
「まぁ、何にしても無事だったし良いか」
一頻り内心で愚痴を言える喜びを噛み締めると、過ぎた事を言っても何も始まらないのですぐに気持ちを切り替える。
「それにしても、空気があって良かったー!」
両手を上げ体を思いっきり伸ばしつつ深呼吸を行う。
空気って素晴らしい。
もしこの神殿内部も水で満たされ水中扱いであれば、俺は一秒もたず死んでしまっていただろう。
ステータスバーが示す俺の現在HPは目視で一ミリも残っていない。
まさに九死に一生と呼べるギリギリでの生存。
早急に回復しなければ石に躓いてこけただけでも危ないんじゃないのか?
「回復アイテムの類って持ってるのかな?」
確認の為メニューウィンドウを開きアイテムストレージを確認する。
おー、良かったよかった、ポーションとその一つ上のランクであろうハイポーションは各十本づつ初期配布品としてされてアイテムストレージに存在していた。
しかもご丁寧に各アイテム名の下に説明までしっかり記載されている。
ストレージにはポーション以外にも色々アイテムを所有しており気になるところではあるが先ずは回復が最優先だ。
ポーションだとHP総量の二割、ハイポーションだと四割の回復量と記載されていたのでハイポーションを選択する。
「なるほど、そういう仕様か」
ハイポーションを選択したところで
・《直接使用》
・《取り出す》
の二択の選択肢が表示される。
俺は直接使用をタップで選択すると、体がライトグリーンのエフェクトに包まれる。
HPバーを見てみるとHPが四割ほど回復していたので予想通りの結果だ。
俺は再度アイテムストレージからハイポーションを選ぶと、今度は取り出すを選択する。
すると胸の前に光の粒子が集まるとハイポーションの形を成す。
こっちも予想通りすぐに使える手荷物用としての機能のようだ。
「化物と戦ってる時にいちいちメニュー開いてアイテム選択なんて余裕は無いもんな」
さっきの深海魚との戦闘とも呼べない戦闘を思い出ししみじみつぶやく。
「折角だし、このハイポーションが飲まないと効力が出ないのか、体にかけるだけでもいいのかの試しておこうかな」
まずは飲んでみますか。
ハイポーションの容器は試験管に似た管で蓋は片手ですぐに取ることができた、ライトグリーンの液体はお世辞にもおいしそうとは言えない見た目だが、だからこそどんな味か知りたい気持ちもあったりする。
期待と不安を持って一息に飲み干す。
あれ? 全然いける。
柑橘系だろうか、爽やかで飲みやすい味だ。
飲んだ瞬間にはアイテムストレージから直接使用したとき同様に体がライトグリーンのエフェクトに包まれHPも回復している。
若干味に拍子抜けしながらも次はポーションを取り出す、ポーションはライトブルーの色をしていた。
どんな味か気になるけど今は無駄に使わない方が良いよな。
泣く泣くポーションの味見を諦め今度はポーションの蓋を開けずに管を手で握り潰してみると思いの外あまり力を入れる事無く砕く事が出来た。
そこからは飲んだ時と全く同じで、エフェクトが発生しHPもしっかり回復している。
「よし、これでとりあえず回復は完了かな」
HPも全回復して一安心、と行きたいところだが、
「どうしたもんかね……」
そう、化物深海魚から逃げ出せたまでは良かったが、ここがどこなのか全く分かっていない。
少なくともあのスタイリッシュ提灯アンコウがここに入る為のトリガーであれば、ここにいるであろうモンスターは俺が一矢報いる事すら出来ないレベル帯だと思う。
とにかく出口と言うか、地上の安全な街に移動出来ればいいんだけど、その為にはここのボスなりを倒す必要もでてくるかもしれない、そうなれば今度こそ詰みだ。
今の俺に高レベルの敵と戦う術は無い。
もしボスが居ないとして、何かしらのアイテムが眠っているだけの場所だとしても、その場合は恐らく帰りはセルフだろう。
「あれ、完全に詰んでない?」
軽く絶望的な状況だが何か手がないか考える、軽くで済んだのは深海魚に食われるよりはマシだろうと心のどこかで思っていたからだ。
「そーいえばこのゲームのデスペナってどうなってるんだろ?」
結局攻略の糸口など簡単に思い付く分けも無く、出てきたのはゲームシステムに対する疑問。
例えゲームであっても意地でも死にたいとは思わないが、ゲームである以上HP全損による罰、所謂デスペナルティと呼ばれるルールは組み込まれているだろう。
困ったらヘルプで、とどこかのうさぎが言っていたのを思い出しメニューウィンドウのヘルプ画面よりデスペナについて確認する。
「なるほど、思ったほど重くは無いな…… でもこれだと今の俺だったらどうなるんだ?」
デスペナについて要約すると『直近で立ち寄った街への強制転移と内部時間で72時間のステータス減少。及び経験値のロスト』と記載されていた。
経験値はそもそも現状ゼロなので何の関係もない、ステータス減少に関しても一旦置いといて問題無いだろう、しかし『直近で立ち寄った街』が無い場合はどうなるのか。
流石に同じ場所から変わらない、って事は無いと信じたい。
エル曰く、開始地点はランダムで飛ばすって言ってたし、俺と似たような人も少なからずいるはずだ。
その為の救済措置として、主だった街に飛ばされる仕様であると推測してもあながち間違ってないと思う。
「けどなぁ……」
仮にデスペナでどこか深海魚の居ない平和な拠点に行けるとしても、それはそれでさっきの戦闘は何だったのかと、俺の苦労は、トラウマはどうしてくれるんだと、声高に言いたい。
ここまで来て何の成果も無しで引き下がるなんて悔しいじゃないですか。
「死なば諸共、玉砕覚悟ってやつかな」
自分を鼓舞するように声に出す。
元々あまり深く考えない性格が幸いしたのか、声に出すことでどうにかなる気になってきた。
こーゆーとき便利だよなぁ、俺の性格。
内心で自我自賛しながら現状把握の為に辺りを見渡す。
深海に沈んでいる割に中はそこまで劣化しておらず、壁には等間隔で燭台が設置されており蝋燭が灯っている。
誰が蝋燭つけたんだよと突っ込みたいところだが、火が消えてしまえば俺が困るだけなのでファンタジーのご都合主義に甘えることにしよう。
ここは玄関ホールと言ったところか、背後には素直に開いてくれなかった扉と優しく迎え入れてくれたステンドグラス様が存在し、正面には二階への大階段、左右には奥へと繋がっているであろう通路となっている。
「取り敢えず一階の探索からかな」
二階にしない理由は簡単で、大階段を上った先に大き目の立派な扉があるからだ。
もしボスなりイベントなり発生するのであれば、あの大部屋だろう。
「よし!行こうか」
気合を入れて一歩踏みだす。
しかし、踏み出したところで重要なことに気づく。
「装備の確認してなかった」
いくら初期配布品だとしても、ここで確認しないのは死活問題になりかねない。
踏み出した一歩を戻し、俺は目線を下げ自分自身を様相を確認する。
見た目だけで言えば、黒のロングパーカー、Tシャツ、六分丈のパンツ、サンダル、腰に短剣。
ファンタジー要素は!?
これ短剣以外は現代仕様だよね? ちょっと近くのコンビニ行く訳じゃないんですけど?
もっとこう、見た目しょぼくてもいいから駆け出し冒険者的な装備にしてくれよ!
アニメとかでモブが着けてる安っぽそうな皮の胸当てとかで良かったのに。
まさかここまで現代チックだとは思ってなかった。
と言うか、始まりがあんな化物とのご対面で忘れていたが、俺はまだどのジョブになったのか確認すらしていない事に気づく……
「メニューで確認できるはずだよな?」
言いながらメニューウィンドウを表示させる、ステータス項目があったのでタップする。
そこには俺の名前、ジョブや各ステータス、取得スキル、装備品までが記されていた。
「マジかよ……」
表示されているジョブを見て思わずつぶやく。
予想外を通り超して、全く思慮の外にあったジョブに就いてしまったようだ。
まぁしょうがないか……
考えても変更できないんだし。
差し当たってここを出る為には戦力は高い方が良かったのは事実だが、結局どのジョブであってもレベル1ならどれでも大差ないだろう、という結論にたどり着く。
「取得スキルも無し、これはまぁ仕方ないか」
スキルが表示されるべき枠には何も表示されていない、初心者なので当たり前の事だが、化物深海魚と戦って生き残れたご褒美で何かしら有ってもよかったのに、と淡い期待をしていたがそこまで甘くはないようだ。
「装備に関しても見た目以外の物は無し、か」
今身にまとっている以外のアクセサリーなどの装備は一切無かった。
せめて一つぐらいファンタジー的なアクセサリー持っててもいいんじゃないですかね、運営さん。
愚痴ってはみたものの、無い物はないと切り替えて、短剣をベルトに吊り下げられた皮製の鞘から抜いてみる。
「……」
これサバイバルナイフだよね……
鞘から抜かれた刀身を見ると中世的な短剣では無く、現代的な、拘りのあるベテランキャンパーが使いそうな、これ一本で何でもできる! が売りのちょっとゴツ目な形状をしていた。
「もー! ファンタジーさせてよー」
流石にここまで現代仕様だとは思わなかった。
コンビニ行くのにサバイバルナイフは要りませんよー。リアルだったら即逮捕ですね分かります。
初期装備もランダムって言ってたしたまたま現代装備テーブルに当たったのか?
そうとしか考えられないので、外れガチャだと思って諦めるしかないか……
「一応ステータスと所持アイテムも見とくかな」
アイテムはさっきポーションを出したときにチラッとは見ていたのでステータスを先に見よう。
「ここも既存のゲームとあんまり変わらないな」
ゲームではよく見る項目が表示されているだけなので俺の解釈で間違って無いはずだ。
HP(Hit Point) 生命力。無くなると死ぬ。
MP(Magic Point) スキル使用時に消費。無くなると役立たずになる。
SP(Soul Point) 活動維持、特殊スキル使用時に消費。無くなると仲間が焦る。
STR(Strength) 力強さ。物理攻撃。力こそパワー。
VIT(Vitality) 体力。防御力。俺に任せて先に行け。
DEX(Dexterity) 器用さ。技巧やクリティカル。針の穴に糸を通すのが得意。
AGI(Agility) 敏捷さ。回避率や命中率。当たらなければどうということはない。
INT(Intelligence)知力。魔法威力や思考加速。メガネが似合う。
LUK(Lucky) 各種上昇補正。ドロップ率、テイム率上昇。運勝ちマン。
恐らく大体は合っているだろう、細かい仕様に関しては今必要な状況でもないし。
ただ、ヘルプにはSPが切れると身動きが取れなくなるので注意、とデカデカ書いてあるので、ここは気をつけておいた方が良さそうだ。
初期ステータスに関してはレベル1らしく、語る程の事は無い一桁台の数字が並んでいるだけだった。
「最後はアイテムだな」
アイテムストレージを再度表示させ一通り確認していく。
パッと見では回復系のアイテムが多かったが、それ以外では《HPの種》や《STRの種》の様な基礎ステータス底上げの為の種系のアイテムもステータス毎に各五個づつ配布されているようだ。
種でのステータスアップか、ここら辺はガチ勢向けのコンテンツなんだろうな。
凡そのゲームにおいて、このアイテムの位置付けはエンドコンテンツに近く攻略の為というより自己満足の為にひたすらドロップする敵を倒し続ける苦行だと相場は決まっている。
俺にはまだ早いな……
少なくともログイン初日に考える事では無いため棚上げしておく。
「戦闘補助系のアイテムもあるのか」
回復薬、種、の次は補助系統の様だ。
《命の雫》や《パワードリンク》、前者はHPを五十パーセント回復させ三分間の間十秒毎に追加でHPの十パーセントを回復、後者は一時的にSTRとVITを上昇させる、と言った各種補助アイテムも所持していた。
「ここら辺はいざという時役に立ちそうかも」
目についたのは三つのアイテム。
一つ目は《根性ドリンク》なるアイテム。
使用後二十四時間以内に一度だけHPが0になるダメージを受けても1残る。
1残ったところで次の瞬間には…… って可能性もあるけど一矢報いるにしても逃げるにしても選択できる余地が生まれるのはありがたい。
ただネーミングセンスがなぁ……
もうちょっとマシな案無かったんですかね? 誰が考えたんだろう? AIが作ったゲームなんだからやっぱAIなのか?
人間を超えたAIとは言えネーミングセンスはまだ人間の方が高いのではなかろうか。
そんな益体もない事を考えつつ次のアイテムを確認する。
二つ目は《一寸先はDeath》。
だからネーミングセンスよぉ……
効果としては攻撃成功時に極低確率でHPを0にする、とあるので賭けの要素は強いが本当の意味で万が一の時は役に立つ日が来るかもしれないし来ないかもしれない。
一応現物を確認してみる。
「やっぱ針か」
俺の手には長さ五センチ程の針が握られている。
これで攻撃って完全に近接戦闘だよな、予想通りとは言え短剣よりもリーチが短いのが辛いところだ。
ストレージへと《一寸先はDeath》を戻し三つ目のアイテムを確認する。
「また変な名前だなぁ……」
《情熱的Passion》と名打たれたそのアイテムの説明は、情熱的なPassionが生まれるとき人は生まれ変われる、と記載されており、もはや売れない三流作詞家でも言わないようなよく分からない説明となっていた。
ネーミングセンスも変わらずだが、いよいよこれは頭痛が痛いレベルにまで下がってしまっている。
色々とおかしなアイテムだが良い意味で解釈すると、一生懸命頑張ったらスキルの一つも覚えられるよ、と解釈出来なくもない気がしないでもない。
ただ説明自体が曖昧な為、今はお蔵入りにするしかないのだが。
「ここからは十億人達成イベントのアイテムかな」
アイテムストレージには、『十億ユーザー達成記念:経験値十倍チケット』や『十億ユーザー達成記念:カーラ十倍チケット』、『十億ユーザー達成記念:ドロップ率十倍チケット』、『十億ユーザー達成記念:レアドロップ確定チケット』等が配布されている。
これ以前のイベントではどんなアイテムを配布していたか知らないが、中々良いラインナップではなかろうか?
どれも十分に実用的だと思われる。
唯一気になったのは、カーラとはなんぞや?
困ったときのヘルプ先生で調べてみると、どうやらこの世界の通貨名称のようだ。
「よし、これで一通り見終わったかな」
探索への一歩を踏み出すも、そこからの確認が長引いてしまったがようやく先へ進める。
もう少し今の状態を脱する為のアイテムがあっても良かったのに、と思ってしまうがスキル同様そんなに都合良くはいかないようだ。
「地道に進みますか」
改めて気合を入れなおす。
現在地の玄関ホールからは二階への大階段と階段を挟むように左右の廊下となっているので、左廊下から探索を進めようと思う。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
言いつつ今度こそ探索の一歩を踏み出す。
右手にはしっかり短剣を握り、いつ敵が出てきても対処できるよう慎重に進んでいく。
今のところ玄関ホールでそこそこの時間アイテムやステータスの確認をしていたが、敵の気配は全くなかったのでいきなり出て来る事は無いと思いたい。
万一のエンカウントに備えて息を殺し慎重に進む。
索敵やマッピングのスキルが欲しい……。
「思ったより狭いな…」
玄関ホールから左廊下正面までの数メートルを移動し廊下奥まで見渡せる位置に着く。
たった数メートルでもいつ襲われるかもしれない緊張感が体力を削っている気がする。
ここから見える範囲では左右の壁に二つづつ扉が付いており、こちらの廊下側には四部屋あることが分かったが、予想に反してあまり奥行きは広くないようだ。
「虱潰しに当たるしかないか」
蝋燭だけしか頼れる光源のない薄暗く静かな廊下を進んで行く。
ここで下手にどこの部屋から入るか迷っても体力を消費するだけなので左奥から入ろう。
どうせ最終的には全部の部屋に入る予定だし。
扉の前まで来ると息を潜ませ扉に耳を当てる、もし部屋の中に動いている何かがいるのであれば少しは音がするだろうと思ったのだが……
「何にも聞こえないな」
こうなれば仕方ない。
躊躇っていてもしょうがないので敵はいないと信じて扉を開ける。
「誰もいないか」
第一関門の敵対生物がいない事を確認し一息つく。
自分で思っているよりも緊張しているようだ。
「何もなし……」
廊下と同様に燭台に立った蝋燭で光源は確保されているが、部屋の中は全くと言っていいほど何もない空間だった。
ここまで何もないと逆に何かあるんじゃないか、と疑ってしまう程に。
それから暫く壁や床を叩いたりしてみたが、秘密の入り口が姿を現わすことは無かった。
「マジで何も無いのかよ」
如何にも何かありそうな雰囲気を出しつつ、何も無いとかがっかりなんですけど。
最強武器の一つでも置いとけよ。
今の世の中、ユーザーがあっと驚き喜ぶ体験をさせないとどんどん離れていくよ?
謎の上から目線で最強武器をねだるクレーマーと化すがこの気持ちは察して欲しい。本気で言っている訳では無いがそれぐらい強気な気持ちでいないと深海の薄暗い神殿に一人閉じ込められた状況に泣けてきそうだった。
まぁ、泣きませんけどね。
ここでサクッと最強武器取ってサクッと化物深海魚倒すまでが俺のプロローグだ。
色々と妄想を拗らせつつ次の部屋の扉の前に立つ。
「こっちも音は無しか」
二番目の扉にも耳を当て中の音を聞いてみるが何も聞こえない。
さっきと同じだろうと高を括り扉を開く。
「……またかよ」
二番目の部屋も綺麗さっぱりもぬけの殻だった。
念の為、こちらの部屋も床や壁を確認するが特に仕掛けの類も無い。
ここで一々落胆しても意味が無いので次の部屋へと向かう。
「何もないんだろうなぁ」
ぼやきつつ三番目の部屋の前に着く。
変わらず聞き耳を立てても音は聞こえないので扉を開き中を覗き込む。
「お、ここは……」
一番目と二番目の部屋と明らかに違う状態に思わず声が出る。
三番目の部屋には簡素ながら丸テーブルと椅子が設置してあり、テーブルの上には手のひらサイズのメモ用紙の様なものが置かれていた。
他に気になる物もなかったのでメモを確認する。
『常識にとらわれる事なかれ』
メモには意味深にそれだけが書かれていた。
おお、ちょっと古き良きRPG感が出てきましたよ!
これがきっとここでの攻略ヒントになるのだろう。
ただこれだけだと意味が分かんないな、恐らく他の部屋にも何かしらのメモがあるんだろう。
俄然やる気の湧いた俺は四番目の部屋へと向かう。
「ここで油断すると急に来るパターンですね」
自分に言い聞かすようにつぶやく。
メモ探しに気を取られてばったりモンスターにエンカウントしてしまえば元も子もない。
そう思い気を引き締めながら、左側廊下最後の部屋の中の音を確認するもやはり中から音はしない。
「お邪魔しまーす」
少しの高揚からか扉を開きながら挨拶してみる。
中を覗くとこちらも丸テーブルと椅子が設置されている、さっきの部屋と違うのはこちらの部屋にはベッドが追加で設置してあった。
「メモは無しか……」
残念ながらテーブルの上にメモは無く何も置かれていない。
一応ベッドも見ておくか。
「……あった」
薄暗い部屋の為分かり辛かったが枕の上にメモが置かれている。
『その音色が道を示すだろう』
いいね! 意味は分からないけど何かしらの音で先に進めるって事だよね?
って事は楽器か? 楽器を探そう!
目標があるって素晴らしい。
この調子で右側の廊下も攻めますかっ!――
「――どうして何も無い!」
期待を裏切られ続けた愚痴がこぼれる。
意気揚々と慎重に右廊下側へと向かうと、左側と全く同じ造りをしていた。
……なんだよ意気揚々と慎重にって、いつの間にそんな冷静と情熱の間みたいな器用な事出来る様になったんだ俺は。
右廊下側、四部屋あるうちの既に三部屋を見終えたが何も無い部屋が続くばかりで一切進展していない。
一部屋目と二部屋目はしょうがないと思ったがまさか三部屋目まで何も無いとは思いもしなかった。
「残るはここだけか」
右廊下四部屋目の扉の前に立つ。
既に中から音がしないことは確認済だ。
ここに何も無ければ残りは二階に絞られる、一階でもう少しヒントがあると踏んでいたが読み間違えなのかもしれない。
それでも一縷の望みを託し何かしらあればいいなぁ、と若干の期待を込めて扉を開く。
「こんにちはー」
しっかりと挨拶をして中を覗き込む。
「お、これは期待できそうかも」
部屋の中を見回すと、机と椅子、ベッドと本棚等の生活感のある家具が見てとれた。
中に入り机とベッドを確認するもメモらしきものは見当たらない。
「やっぱここが一番怪しいよな」
初登場の本棚さん。
二メートル近くの高さがあり最上段へは手を伸ばさなければ届かない大きさだ。
もしここで本が大量に並べられていれば、本を奥に押し込んで隠し通路が現れるギミックを期待したりもしたのだが、残念の事に本は数冊しかなく、所在なさげに横倒れになっている。
とりあえず手近な本から取ろうとするも、本ではない何かが置かれている事に気づく。
「ここかよ……」
メモ用紙があった。
本に挟まれてるわけでも無く、ただただ本棚にメモが置かれている。
もうちょっと趣向を凝らしてもいいのよ?
まぁ、数冊とは言え本を全部読んで謎解きする展開よりはマシか。
若干拍子抜けしつつメモを確認する。
『暗き箱に火を灯せば現れる』
暗き箱ってのが抽象的と言うか厨二的と言うか、とにかく燃やせそうな箱を探してみるか。
これで一階の探索は終わったが、三つのヒントだけではあまり要領を得ない。
恐らく二階にもメモや暗い箱なり楽器なりがあるのだろうが、この感じだと謎解き中心でモンスターがいない可能性も出てきたのが救いだ。
「それじゃ、二階に行きますか」
俺は一人つぶやくと、大階段へと歩みを進める。
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