第4話 こんな始まり方ってありですか?
エルと別れてから視界が暗転し数瞬、俺の全身は何とも言えない圧迫感に包まれる。
「ごびぼこぼばあ? (ここはどこだ?)」
水? 水の中か!?
うまく発声出来ない、口を開けた瞬間から体の中の空気が外へ、外から水が大量に口の中に入って来るのが分かる。
なんでいきなりこんなところに……
気が焦り藁にも縋る思いで辺りに何かないか確認するが、辺りには一切の光源も見当たらず真っ暗な世界しか存在していない。
月の次は水中かよ、しかもご丁寧に呼吸はできないのな。
水中で呼吸出来ないのは当たり前として、こんなところに飛ばすなら少しは心の準備をさせてくれてもばちは当たらないと思いますけどね、うさぎさん。
体感で数秒前に分かれたばかりのうさぎを思い出しつつ、人間の本能からか無意識のうちに左手を口に当て空気が漏れないように蓋をする。
そんな焦る心をよそに俺は視界の左上部に何かが映っている事に気付く。
注視してみるとそれはステータスの様でHP/MP/SPが表示されており、HPが中々の勢いで減少していた。
HPの横には赤枠で水玉のマークのようなものが付いているので恐らくは水の中での地形ダメージ的な扱いだと思われる。
減っていくHPを見て気づけたことが一つ、さっき大量に水を飲みこんだにも関わらず思ったよりも苦しさは無く体にも負担は掛かっていない、恐らくだがHPが減り続ける代わりにある程度の自由が利くようになっているのだろう。
とは言っても、今のペースで減っていけば恐らく二分ももたないだろう。
どうしろってんだよこの状況、チュートリアル後に水中放置で死ぬとかクソゲーにも程があるぞ。
あのうさぎ何か企んでるとは思ってたがまさかこんな嫌がらせをしてくるとは……
次に会ったら髭の一本でもひき抜いてやろう。
この恨み晴らさでおくべきか、と半ば現実逃避とも呼べる思考をしている俺の脳内にアラート音が鳴り響く。
『Emergency Call:強力なモンスターが接近しています、速やかな撤退をお勧めします』
何の感情も感じさせず淡々としたデジタル音声が俺の脳内へ注意を促してくる。
は? 強力なモンスター? 速やかな撤退!? どこにだよ!?
内心で危険を教えてくれたデジタル音声さんにツッコミを入れつつ周りを見渡すと、視界の右上部に微かな明かりを発見した。
あれがモンスターか? 暗闇過ぎて距離感が全く掴めないが少しづつ距離が縮まって来ているのか、明かりは次第に大きくなっているようにも見える。
逃げるしかないよな? でもどこに?
ここであても無く逃げたところで意味がない気がする、強力なモンスターであれば尚更だ。
ひょっとしたらあのモンスターがどこかに運んでくれるかもしれない、どちらかといえば運んでくれないと完全に八方塞がりになってしまうので、恐らくそういうイベントの類だと思いたいぐらいだ。
そう思うと、依然としてHPは減り続けているが手の打ちようが無かったさっきまでと違って心持楽になった気がする。
そんな事を考えながら明かりを見ていると、次第にその形が丸い球体が発光していることが分かるようになるまで近づいてきた。
まだ遠く小さな光だがこの真っ暗闇の中で唯一光を発するその光景は一種の神秘性すら覚えるほどに力強かった。
少しづつ大きさを増していく発光体、そしてその背後に微かではあるが本体らしき部分も見えている。
提灯アンコウみたいなモンスターか?
あれ深海魚だから顔がホラーで苦手なんだよね。
口には出していないのに、悪口を言ったと気づかれたのか、発光体の近づくスピードが一気に上がった気がした。
あー、これエルみたいにしっかり話せるタイプのモンスターかな? 開口一番『僕の悪口言ったでしょ』とか言ってくるパターンのイベント戦闘か?
そんな都合の良い妄想をしている数秒の間にも発光体は迫っており、遠くからでもモンスターの全容がある程度分かるようになる。
鰻? 遠くから見えるそのシルエットは提灯を頭に付けた鰻の様なフォルムに見えた。
ここまでくれば秒を追う毎にその姿も明確になってくる、が、そこである異変……いや違和感に気づく。
メチャクチャ大きくないか?
今までは暗闇の中で距離感が掴めなかったがここまで来ると話が違う、どんどん近づいてくるとは言えまだまだ距離としては遠いはずだ、だが遠いはずの距離なのにその形を目視できる程、異常な大きさをしている。
こりゃ万一戦闘にでもなったら絶対勝てないな。
まぁ、戦闘以前に俺に残されたHPも残り僅かなんですけどね。
一種の諦めとも言える悟りを開き待ち構える俺の脳内に再びアラート音が鳴り響く。
『Emergency Call:強力なモンスターが接近しています、速やかな撤退をお勧めします』
……イベントじゃないの?
さっきの悟りはどこえやら、水中にも関わらず背筋が寒くなる。
悪寒が全身を包み込むが、何とか誤魔化そうと戦わなくてすむ方法を全力で模索する。
そう思う間にもモンスターはその姿を明確に目視できる大きさまで迫っており全容を表す。
『深海ノ守護者:レガレクス』
一定距離に近づいたからだろうか、モンスター名が視界に表示される。
なんだよ深海の守護者って、二つ名までついてるヤバイやつってことですかね?
ログイン直後の初心者が相手にするモンスターじゃないと思いますけど!
運営さん、今なら見なかったことにしてやり直してもいいですよ!
直視出来ない現実から逃れるために内心で運営に助けを求めるも叶うはずもなく、着実にモンスターとの距離は縮まっていた。
その体は鰻では無く白銀の巨体をしなやかに揺らしながらこちらへと向かってくるリュウグウノツカイの様なモンスターだった。
数秒、暗闇を切り裂く銀線の様な優雅な姿に目を奪われる。
だがその感動もいよいよ近づいてきたその巨体さによって振り払われた。
「べぎゃ!! (でか!!)」
怖っ! でか過ぎだって!!
そのあまりの大きさに水中である事を忘れ思わず声を出してしまうも、言葉の形を成さず体から空気が抜けていくだけ。
それほどまでに巨体を誇るモンスターだった。
ちょっといきなりファンタジーし過ぎじゃないですかね?
一般的な一軒家であれば一口で食べれます。
そう言われてもおかしくない程の巨体が悠然とこちらへ向かって来ている。
あ、これ駄目だわ……
発光球は舞台に立つ主役の如く俺をロックオンし照らしている、それだけならまだ良かったのだが暗闇の中微かに照らされている提灯アンコウの如くホラーな顔面がお口を開けて俺一直線に迫っていた。
やばいやばいやばい!
このままだと確実に食われてHP全損になってしまう、流石にこんなところで餌としておいしくいただかれるのは悲しすぎる。
逃げるしか選択肢はないが、いったいどこに逃げればいいのか。
俺は今更と思いつつも迫ってくるモンスターに背を向けあても無く泳ぎ……
あれはなんだ?
発光球が俺を照らすことで自然と足元より下にも光が届いており、数十メートル下には神殿の様な朽ち掛けた遺跡がその姿を現わしていた。
ここだ!!
半ば直感的にここしかないと判断し全速力で泳ぎだす。
一瞬振り返るともうあと十数秒と掛からない内にここにたどり着くであろう距離まで巨大な顔面が迫って来ている。
そこで初めてモンスターの全容を視認出来たが、顔は提灯アンコウで体はリュウグウノツカイといった具合の、やたらスタイリッシュな提灯アンコウであることが分かった。
なんだよスタイリッシュ提灯アンコウって、そんな需要誰も求めてないですから!
恐怖を紛らわすために全力で泳ぎつつもモンスターデザインの需要と供給について考えてみるがやはり恐怖心は拭えない。
くそ…… 逃げ切れるか?
いや、絶対に逃げ切ってみせる。こんな理不尽に大人しく負けてやる理由はない。
化け物じみた巨体相手に震える心を誤魔化すように自分を奮い立たせながら必死に泳ぐ。
確実に神殿へは近づいている。
だが神殿を照らす光もまた確実に強くなっている、これは間違いなく照らす光が近づいているからに他ならない。
もう少し、もう少しで神殿に……!
その時だった、俺を照らしていた光がふいに無くなる。
光自体は今だ神殿を照らしているので、光が消えたわけではない。
そうなるとこの状況で考えられる可能性は一つ。
角度的に光の届かない場所、今の状況で考えられるのはレガレクスの大きな口の中に入ってしまった、だ。
止まって状況確認なんてしてる余裕なんて無い。
あと一歩、まだ神殿は見えてるって事は完全に口が閉じて飲み込まれた分けじゃなはずだ。
俺は気力を振り絞り全速力で泳ぐ。
頼む! 間に合ってくれ!
しかし、そんな俺の気合など、何の意味も持たないと言わんばかりに、視界の上と下から歪な形をした壁が迫り来る。
歯!? 歯なの!? その壁みたいなやつ。
あとちょっと、ちょっとでいいから待ってくれよ!
クソ! ……このままだと丁度良く噛み砕かれて終わりだ。
かと言ってここで速度を緩めても飲み込まれて終わり。
俺は我武者羅に泳ぎ続けた。
噛み砕かれるとしても諦めて待つより、ささやかでも抵抗して逃げ切れることに賭けたかった。
だが、無情にも壁とも呼べる大きさの歯が俺を噛み砕こうと間近に迫り来る。
間に合わない、諦めが脳裏を過ぎったその瞬間――
レガレクスの動きが止まった。
どんな理由かは知らないが、考えてる暇はない。
俺は死ぬ気で泳ぎ、なんとか口の外へと出る事に成功する。
息つく暇も無く、それから真下に見える神殿へと全力で向かう。
止まれば食われる、そんな笑えない状況で無我夢中に泳いだ俺はどうにか神殿へとたどり着く。
決死の思いで正面入り口までたどり着いた俺はその扉を開こうとするが……
「ば!? (な!?)」
口から空気が漏れ出す。
ははっ……こんな状況でどうにか生き残るために全力で泳いできたのにこの仕打ちかよ……
俺はどうにか神殿の正面入り口まで辿り着くことができたのだが、そんな俺の希望を打ち砕くかのように扉は固く閉ざされて開かない。
「ぶばべんばよ! (ふざけんなよ!)」
なんだよ、ここまできて開かないとか!
体から空気が抜けていくがもう気にならない。
あー、もう駄目、もう無理。
自暴自棄になりつつ、背後にいるであろうスタイリッシュ提灯アンコウさんの方を振り返ると、俺が止まったからだろうか、ピンポイントで俺を照らしつつ様子を伺っているようだ。
早く食べないとあと十数秒もしないうちにHPが尽きて消えちゃいますよー?
食べられるぐらいなら最後の悪あがきで逃げますけどねー。
はぁ……ひょっとしたら腹の中に入ったら何かしらのイベントがあったのかな?
もしくは一撃でも良いから攻撃を当てればイベント発生したとか?
でも一切まともに戦う選択肢が入ってないのは仕方ない事だろう、ゲーム開始直後の初心者がどうこうできる環境でも相手でもない。
もう時間も無いのでこの考察に意味は無いがどの行動が正解だったのか、それだけが気がかりだった。
もしまたここに来る機会があればあの化物スタイリッシュ提灯アンコウにリベンジしたいが地球と同じ広さのフィールドで深海とくれば探し当てるのには相当に骨が折れるだろう。
見つけたところでこんな化物と戦う為の戦力がどのくらい必要なのか想像もつかないけど。
もはや現状をどうこう出来るわけもなく、心ここに在らずの俺。
しかしそこで、ふと小さな違和感に気づく。
あの化物がいつまでも襲ってこない事。
俺を照らしていると思っていた光は、神殿の扉と屋根の中間の壁に施されたステンドグラスに向けられている事。
光を受けたステンドグラスが反射ではなくステンドグラスそれ自体が淡く発光している事。
「…………」
諦めるにはまだ早いって事かな?
残り数秒の命だし、最後に賭けてみますか。
ステンドグラスの前へ向かうとより一層淡い光が強くなる。
試しに右手でステンドグラスに触れようとするも、まるでそこには何も存在しないかのように右手はステンドグラスを通過する。
なるほど、こりゃ確かにファンタジーだ。
俺はステンドグラスを通り抜け、神殿内部に到達した。
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