第3話 エル
「はい?……」
待ちに待ったBSOを始めた俺の記念すべき第一声。それは現状を理解出来ない疑問符から始まった。
ナニコレ? ココドコ?
いや、大体の想像はつく、けどまさかここからスタートだとは思いもしなかった。
「月……だよね?」
今の俺は月面に立ち、遠くには地球が見えている。
見渡す限りの灰色の大地と星が瞬く漆黒の宇宙空間。
予想外の光景に少し驚きはしたが、軽い呼吸と共に心を落ち着かせ、改めて地球に目を向ける。
「綺麗だ」
圧倒的とも言えるその光景に目を奪われる。
まさか月から地球を見る事になるとは思わなかったが、この景色を現実で見ようとすれば中々叶うものでもない、そう思うと余計に綺麗に見えてしまうから不思議だ。
暫し無言で見続けていると、人類で初めて月に降り立った大佐の言葉を思い出し、確かに青いんだなぁ、とぼんやりした考えが湧いてくる。
「そう言えば呼吸はできるんだな」
一頻り景色を楽しんで気づくのが遅れたが、月なのに呼吸が出来るようだ。
月である以上リアリティを追求するのであれば大気は無いはずだが、呼吸の感覚はしっかり存在している。
まぁ、チュートリアルも始まってないのに酸素が無くてゲームオーバーとか、それどこのクソゲーだよと言ってしまうこと請け合いだが。
と言うか、この呼吸と言う人間にとって当たり前の動作に、現実と全く差異が無い事が驚きだ。
息を吸って吐く、これだけでもこの世界が本物だと思える程に完全に再現されている。
「体も現実と変わらないな」
手を握って開く感覚は現実と全く変わらない。
しかし、全体的に体を動かしていると少なくない違和感に気づいた。
「んー……五感の完全再現はただの売り文句だったか?」
動きにくいというか、体がやけに軽い。
正直、こんなんでよく人気が出たな、と思うぐらいには現実と差異がある。
「……いや」
一つの可能性が脳裏をよぎる。
これはひょっとすると……
「よっっと!」
膝を深く曲げ勢いをつけての垂直飛び。
「おぉぉっー!」
予想通りではあったが、現実ではありえない跳躍力に思わず驚きの声が漏れる。
正確にどれくらいの高さまで飛べたかは分からないが、現実よりゆっくりとした跳躍時間と滞空中に地面を見たときの感覚から三メートル近くは飛んでいそうだ。
「これはすごいな」
着地時の足に掛かる衝撃も飛んだ高さに比べると随分軽いもので痛みなどは全く感じない。
月の重力が地球に比べて少ないのは知っていたが当然その重力値なんて経験したことすらない、そんな俺でも今の跳躍でどれだけ精細に物理表現が作り込まれているか理解する事が出来た。
AIの創り出した世界すげぇ!
「すごいでしょ~」
「おわっ! びっくりしたー!」
感動している俺の耳へと不意に声が届く。
声のした方へと振り返れば、背中に小さな羽の生えた薄ピンクのファンシーなウサギが宙にふよふよ浮いて……、
「うさぎ!?」
驚きも相まってか思わず疑問が口から零れる。
「驚かせてごめんね~君の言うとおり僕は人参好き可愛いうさぎだよ~」
自分で可愛いとか言い出したよこいつ、それに羽生えてるから厳密にはうさぎじゃないよね。
しかも好物まで聞いてないし。
そんな俺の心のうちなど知る由もなくウサギは勝手に自己紹介ターンに突入する。
「ようこそBSOへ~! 僕は案内人のエルだよ~」
そう言いつつ起用に右手? を胸の前に持ってきて一礼するうさぎ。
なんとも執事然とした優雅な所作だが、うさぎなので違和感の方が先にきてしまう。
しゃべり方も独特な間延び口調で余計に違和感を拭えないが、キャラ設定に文句を言っても仕方ない。
案内人と言っていることから察するにどうやらこれからチュートリアル開始になりそうだ。
「それじゃあ、さっそくチュートリアルを始めるね~」
「よろしく、変なうさぎさん」
「ニャ、誰が変なうさぎだと~!」
ニャ、ってなんだよ、ニャって。それ猫キャラの特権だよね?
登場から三十秒でキャラ崩壊してるぞ、せめてウサギ語なら語尾をぴょんしろぴょんに。
……なんだよウサギ語って。
そんなどうでも良いことを考えつつ怒らせてしまったうさぎへの謝罪を口にする。
「ごめんな、悪気があったわけじゃないんだ」
急に出てきてちょっとイラっとしたのは事実だけど。
「いいよ~、僕は優しいうさぎだし~」
あっさりと切り替えるうさぎ。
なら最初から怒るなよとツッコみたいがここで下手に続けてもまた無意味な問答が繰り返されるだけなので我慢だ。
「それじゃあ、チュートリアルをお願いしようかな」
「はい~、チュートリアルを始めるね~!」
本来の役割のためか嬉しそうに話し出すうさぎ。
「改めまして、僕は案内人兼GM兼管理者のエルだよ~、よろしくね~」
んん? こいつ今何て言った? だいぶ設定盛ってきたぞ。
「さっきより役職増えてないか?」
しかも重要そうな役割を兼務って、ひょっとしてAI社会の実態はブラック企業体質なんじゃ……。
「細かいことはいいの~、それより初期設定を始めたいと思います~」
おおっ……サラッとスルーされたが、いよいよそれらしくなってきた!
「まずはメニューウィンドウの出し方からね~」
「お、それならわかるぞ」
言いつつ俺は右手人差し指を立て手首のスナップだけで上から下へと動かす、イメージとしては中空に数字の1を書くだけの簡単な動作だ。
動作と同時に俺の前に薄緑色のサイズはA4用紙横向きより少し大きい程度のメニューが表示される。
「おお~、よくご存じで~。さすが現代っ子~」
褒めても人参なんて持ってませんよ?
「これぐらいはな」
リアルでも使ってるしむしろ知らない方がおかしいだろう。
「ゲーム開始後に困ったことがあればメニュー内のヘルプを見てね~、基本はメニューでアイテムやクエストの管理もしていくから~」
「了解、そこら辺は大丈夫だと思う」
「次はプレイヤーネーム入力だよ~。決まったらウィンドウに入力してね~」
「名前か……」
全然考えて無かったな。
……迷ってもしょうがない、どうせ自分なんだし下手に変える必要もないだろう。
『プレイヤー名:アキト』
「よし、決定!」
「それじゃあ次はアバターの選択だね~、好きなように設定しちゃって~」
「んー、このままでいいや」
ここで変にこだわって時間をかけるより早くゲームを始めたい。
「おっけ~、次はジョブについて説明するね~、まず最初に就くジョブに関しては本人の適正を元にランダムで選択されるよ~」
「あ、ここで選べるんじゃないんだ?」
「そうだね~、何になるかはチュートリアル終了後のお楽しみ~、ちなみに、九割九分以上のプレイヤーが初期ジョブは《冒険者》になるんだけど、それ以外のジョブが選ばれてたら当たりだよ~。あと二つ目以降のジョブに関しては、アイテムやクエスト達成報酬なんかで増やしていくんだけど、レアなジョブを増やすのはそれなりに難易度が高いから頑張ってね~」
マジか、てっきり最初は好きなジョブを選べるもんだと思ってたのに。
そして割と厳しい事をサラッと言って来るけど、冒険者以外が選ばれるのって相当な確率の壁ですよね?
「1パーセント以下の可能性か……ちなみにジョブの数はどのくらいあるんだ?」
「可能性じゃなくて適性を見てるんだけどね~、ジョブの総数は戦闘職と支援職と生産職を合わせると二千以上はあるよ~」
「二千!?」
「うん、リアルで実際にある職業とこの世界でのファンタジー職を合わせると、今実装されてるのはそれくらいかな~」
「それはすごいな……適性を見るってのは、その二千の中から見るんだよな? それだったら最初から《勇者》かとに選ばれる人もいたりするのか?」
ジョブとして《勇者》があるのかは知らないが、それだけの数があるのならベタな勇者ぐらいあってもおかしくは無いはずだ。
「現時点のプレイヤーではいないけど、ありえない話ではないね~」
やっぱあるんだね、勇者。
でも俺は冒険者の方が良いと思うけどな。
正直、俺は勇者です。なんて言って名乗りたくない、絶対恥ずかしい。
「戦闘職はもちろんだけど、攻略を目指すなら支援職や生産職も一つは取っておくことをお勧めするよ~」
「バランス良くジョブを選んだ方が良いのか?」
「戦闘ジョブ特化でも問題は無いけどね~、ただクエストなんかで支援職や生産職持ちじゃないと受けれない条件もあったりするんだよ~」
なるほど、それだと確かに一つは取っておいたほうが良さそうだ。
「特に生産職に関して言えば米農家から兵器開発者まで色々あるから、機会があれば何か取っておくことをお勧めするよ~」
米農家から兵器開発者までって極端な……
「ひょっとして兵器量産すれば無敵になるんじゃ?」
基本はファンタジー要素として剣と魔法の世界だと思ってたけど兵器無双できるならそれはそれで面白そうな気がする。
そう思って聞いてみたが、うさぎから出た言葉は否定的なものだった。
「ん~、理論上は強いかもだけどちょっと厳しいかも~」
「その理由は?」
「まず一つ目が、この世界は現状の地球とほぼ同じであること、かな~」
「どういうことだ?」
「この世界が地球と全く同じ大きさのフィールドだってことは知ってるよね?、それと同時に国や法律って概念もちゃんと存在しているんだよ~、もちろん統治しているのはAIだったりプレイヤーだったりするけど~、だから基本的には大量破壊兵器を作ることができるようになっても、作ること自体が規制されて許されないケースもあるね~」
「確かに今のご時世で好き勝手に兵器なんて作れないもんな……」
まさかそんな現実的な理由だとは……
「一つ目って事は二つ目もあるんだよな?」
一応ほかの理由も聞いておいた方がいい気がしたので先を促す。
「二つ目はね~、兵器開発者になれたとしても根本的な知識不足が課題になるかな~」
「知識不足?」
「ジョブ自体は特定条件を満たせば取得は出来る様になるけど、なったところで兵器開発に関する大本の知識が無いとなにもできないよ~、例えば《剣士》になったとしても急に剣豪になれるわけじゃなくて知識や経験の積み重ねで成長していくよね、それと一緒だよ~」
「それだと兵器開発者ってのは案外はずれジョブなのかもな」
「ジョブとしてのサポートスキルも当然あるけどね、流石に大本の知識が無かれば宝の持ち腐れになってしまうよね~、ただ魔法兵器とかもあるからそっちは現代兵器の知識がなくてもいけるかな~」
魔法兵器! すごく気になる響きだ……
どうせだったらそっち系のジョブが選ばれると嬉しいな。
でも支援職や生産職みたいな非戦闘職で直接戦闘が弱いのも困る。
「非戦闘職と戦闘職の力関係って割と大きいのか?」
「そうだね~、でも全く戦えないわけじゃないから安心していいよ~、非戦闘職でもちゃんと装備を揃えれば十分戦えるから~」
ちゃんと装備を揃えれば、か。妥当なところかな。
「あ、そうそう例外的に《旅人》のジョブだけは、大きな街ならいつでも追加できるよ~」
「《旅人》だと何かあるのか?」
「《旅人》は戦闘行為に参加できない代わりに外部からの戦闘の影響も受けない特殊仕様なんだよね~、攻略じゃなくて旅行目的でログインする人があまりに多くて最初は無かったけど途中で追加実装したんだよ~、ただ攻略を目的とするなら必要は無いと思うけど~」
そんな背景があったのか。確かに戦闘中に関係ない旅行目的のおじさまやおばさまが紛れ込んできたら大変な事になりそうだ。
「それじゃ~次の《スキル》について説明してもいいかな~?」
「ああ、頼む」
スキルか、せっかくだし魔法とか使って見たいよね。
「《スキル》はアクティブスキル、パッシブスキル、エクストラスキル、ユニークスキルの総称のことだよ~、ASは技や魔法、PSは常時発動の補助型、EXSは特殊型だよ~」
ここら辺は既存のゲームと大差ないから安心だ。
「そして《ユニークスキル》はそのプレイヤーのみ使うことのできる個人専用スキルだよ~」
「唯一無二的なやつだよな!?」
自分しか使えない特殊スキルに思わず心が躍る。
「そうだね~、《ユニークスキル》も個人の資質によって決まるよ~、あとどのタイミングで使えるかもその人次第かな~」
「なるほど、でもそれだといざって時に使え無いのも不便だよな」
ユニークスキル開眼のイベントでもあればいいのに。
「そうかもね~、だけど心から望む時に力は得られるはずだよ~」
「心から望む時ねぇ…、なんか釈然としないな」
望んだ時には手遅れでした、なんて状況にならない事を祈ろう。
「最初はあんまり気にしなくてもいいかもね~、ひょっとしたら何かの切っ掛けで急に使えるようになるかもだし~」
急に使えることもあるのか? まぁそのうち使える様になるだろうし気長に待ちますかね。
「《スキル》習得に関しては大まかに分けると、ジョブで一定レベルに達すると習得、アイテムの使用やイベントで習得、スキル持ちの武具を装備して習熟度を上げると習得、だいたいこんな感じかな~」
なるほど、これも基本的にはよくあるシステムと同じ感じだな。
結局序盤は皆似たり寄ったりのスキルで、中盤以降からアイテムやイベントで増やして行くのだろう。
「あ~あと、一部の人しか該当しないんだけど、システム外スキルとしてプレイヤースキルって言われてる疑似スキルがあるんだけど、これはリアルの経験をそのままこっちの世界で活用することだよ~」
「剣道部がその経験で剣術が強い的な事だよな?」
「そうそう~、逆もまた叱りでBSOのでの影響がリアルに出ることもあるよ~」
「リアルに影響?」
なにそれ怖いんですけど……
「さっきの続きだと剣道部の学生がBSOで戦闘経験を積めば少なからずリアルでもその経験を活かせるってこと~」
「なるほどそっちか、なら安心だな」
「ちなみにBSOで出来てリアルでも活かせる要素として、今一番人気なのは自動車の運転かな~」
「運転できるのか!?」
思わぬ朗報に詰め寄るように前に出る。
2050年現在、日本ではほぼ百パーセント近くが自動運転車となり、極一部の車マニアしか旧型の自分で運転するタイプの車を持たないようになっていた。
かくいう俺の親父もその一部のマニアなのだが、自動運転車の法整備と実用化に伴い旧自動車の税率上昇で維持費が馬鹿にならないと嘆いていたのを思い出す。
親父が運転してるの見て憧れてたんだよなぁ。
「現実の車と何の遜色なく出来るよ~」
絶対乗ろう。決めた、今決めた。
「飛行機とかもあるのか?」
自動車があるのであれば飛行機もあっていいはずだ。
「もちろん~、地球上に有る物も無い物も何でもあるよ~、それがBSOだから~」
「有る物でも無い物でもってのがすごいな」
確かにBSOの売りは『現行世界×ファンタジー』だったし、何があっても不思議じゃないなけど。
「そうそう、所持アイテムに関してはゲーム開始後にちゃんとチェックしてね~、今は十億人イベントで色々プレゼントもあるから~」
「プレゼント?」
「うん~、それは確認してからのお楽しみって事で~、それと初期装備に関してはランダムで選ばれるけど、性能差は全員平等でほぼ無いよ~」
なるほど、ランダムで強い装備が配布されるとかはないんだな。
「さて~、一通りの説明は終わったんだけど何か聞いときたい事はあるかな~?」
「んー、特には無いかな、しいて言えばエルはAIなんだよな?」
「そだよ~、2040年生まれのピチピチAIだよ~」
何だよピチピチAIって。
ピチピチなんて言葉は亀の甲羅背負ったじいさんぐらいしか使ってるの見たことないぞ。
「えらく流暢に話すAIだと思ってな」
「えへへ~、僕らは今第四世代まで進化してるからね~」
腰に手を当て胸を張りドヤ顔をかましてくるうさぎ。
本当に器用というか処理が早いというか。
会話も仕草も人間と全く同じと言っていい。
「第四世代ってなんだ?」
「お、そこ聞いてきちゃう~?」
器用を通り超してうざいな。ほんと技術の進歩ってすごい。
「すごく長くなっちゃうから掻い摘んで話すと、2040年の技術的特異点を機に生まれたのが第一世代で、第一世代が『地球』を学習したのが第二世代、第二世代が『人が作った物』を学習したのが第三世代、第三世代が『人』を学習したのが第四世代だよ~。」
AI的進化論を説明してくれている様だがいまいち要領を得ない、地球の学習てっなんだよ。
どうやらこのうさぎは見た目にそぐわず非常に頭が良いらしい。
人を超えたAIだしそりゃそうか。
「ただ、今の僕らじゃ『心』や『魂』と言われる不可視の自我までは完全に理解出来てないからそこが課題なんだよね~、そこさえクリアできれば夢の第五世代として有限の……ばばばばぅ!」
ばばばばぅ?
「どうした!?」
饒舌に話していたエルが急に痙攣をおこし言葉が途切れる。バグったか?
「えへへへ……、どうやら少し喋りすぎちゃったみたい……」
器用に右手を頭の後ろに持っていき舌を出すうさぎ。
テヘペロまで使いこなすとはこいつ日本アニメ絶対好きだろ。
それに喋りすぎると痙攣おこすとかどんな呪いだよ。
「まぁ、そんな感じで僕ら電子生命体も日々努力しているのですよ~」
コホン、とこれまた器用に手を口の前に持ってきて仕切り直す仕草をとる。うさぎなのになかなか様になっているのがそこはかとなく悔しい。
「AIはAIで大変なんだな、BSOにいるNPCもエルと同じように受け答えは人間と変わらないAIなのか?」
「そうだよ~、プレイヤーとNPCの差は全くと言っていいほど無いよ~、NPCとは言え、僕ら第四世代の電子生命体は個としての自我と呼ばれるものは一応あるし、この世界の住人として命も生活もある、プレイヤーと違ってNPCは一度死ぬと復活出来ない制約もね~」
「それはなんとも……」
色々情報量が多いが、AIに個人としての意思があるのに驚きだ。
「補足するとNPC側の制約として自分からNPCだと言うことはないから~、現実世界で私は人間です、なんて当たり前の事言う人がいないのと一緒の理屈だよ~、僕たち電子生命体にとってBSOは人間が地球で暮らしているのと全く同じ状態だと思ってくれていいよ~」
「まさにもう一つの世界って感じだな」
「うん~、今はまだ個としての心の形成や深層心理レベルでの意思が完全とは言い難い状態ではあるけどね……、近い将来はそれも実現して二つの……、おっとこれ以上は話さない方がいいかな~」
自分から話していきながら途中でまずいことに気づいたのだろう、慌てて両手で口をふさぐエル。
「ん? 今のは何かのイベント予定ってことか?」
「あはは、そんなところかな~、乞うご期待って事で~」
気にはなるが突っ込んだところで未公表のイベント情報をそう簡単に教えてもらえるとは思えないので大人しく頷きを返す。
「さて~、つい余計な事まで話しちゃったけど、質問が無ければいよいよ向こうに送ろうか~」
そう言って器用に右手で地球を指さす。
「そうだな、もう少し話していたい気もするけど早く始めたいしな」
「あ、チュートリアル後の開始地点に関してはランダムだからその点はご了承ください~」
「マジか!?」
サラッと重要の事言いやがるなこのうさぎ。
「でもまぁ、基本的には現実のゲーム開始地点近くの街になるよ~。日本で言えば新宿が始まりの街に設定されてます~」
「基本的には、ね」
「そそ~、何事にも例外はあります~」
なぜこんなに嬉しそうなんだこのうさぎは。
「エル、何か企んでないか?」
「別に~」
絶対何か企んでますと言わんばかりに顔をニヤニヤさせているうさぎに若干の不信感を覚える。
「うーん、ジョブは選べないし開始場所もランダムとか思ったより不自由だな……」
つい愚痴の様な言葉が口をついてしまう。
「今はそう思うかもしれないけどそれ以上の自由を約束するよ、この世界の可能性に限界は無いからね」
今までとは違い真剣な口調で自信を持って宣言するエル。
仕方ない、そこまで自信満々に言うなら信じますよ。
「まぁ、少しの間は不自由を楽しみますか」
そう言って少しだけ気合を入れる。
それを見たエルは察し良く俺の望む言葉を口にした。
「それではこれにてチュートリアルを終了いたします~」
本当によくできたAIだこと。
「ありがとな、エル」
いざ終了となると思わず感謝の言葉が口をつく。
どうやら俺は、自分で思っている以上にこのうさぎの事を気に入ったみたいだ。
「いえいえ~、これも仕事なので~。僕もつい喋りすぎちゃったし、最後に長々と付き合ってくれたお礼にサービスで一言アドバイスを送るね~、『箱庭の神は祈りを嘆き願いを悲しむだろう、理を変えるのはいつの世も人が持つ心なのだから』、頭の片隅にでも置いといてね~」
えらく抽象的だがどう言う意味だろう?
「それってどう「それじゃあ、アキトの冒険に幸運がありますように~、バイバ~イ」」
俺の言葉を遮ったのか聞こえなかったのか、手を振るエルの姿を最後に俺の視界は再び暗闇に包まれた。
◇◇◇
「面白い子だったな~」
今しがた送ったアキトという少年に対する感想を口にするエル。
その顔は満足げであり、これからの彼に対する期待が込められているようにも見えた。
「ちょっと喋りすぎじゃないの?」
背後から発せられた声にエルは振り返ると、ばつの悪そうな顔を浮かべる。
「えへへ~、つい興が乗っちゃってね~」
表情とは裏腹に喋りすぎたことに関してはあまり反省はなようで、その口調もいつもと変わらない。
「つい、でも言っていい事と悪いことがあるでしょう! あの子はあんまり気にしてなかったけどこれがもし勘の鋭い子だったら大変な事になってたかもしれないんだからね!」
「フリスは心配性だな~」
フリスと呼ばれた金に近い茶色のうさぎは深いため息を吐きつつ尚も言い募っていく。
「あんたが言おうとしたのは割と最重要機密に近いんだからね、ギリギリアウトよ」
「分かってるよ~、だから彼にしか言ってないし~、でもそれを言うならフリスもあの子に似たようなこと言ってなかった~?」
そう、一方的に責めているフリスであるが、彼女もまたギリギリアウトの烙印を押されるべきうさぎなのだ。
「うっ、でもユーリは良い子だから大丈夫だもん! それにあんたほど具体的な事は何も言ってないわよ」
「その理屈で通るならアキトだって大丈夫だよ~」
ギリギリアウト同士のドングリの背比べと言う限りなく不毛な争いをしている管理者うさぎ二匹。
「まぁ、彼らが今後どんな動きをするのかは僕らには分からないけど影ながら見守っていきましょう~」
「そうね、あんまり個人に入れ込みすぎるのは良くないと思うけどここに来たんだし多少はね」
否定的ではあるが賛成の意を示すフリス。
どうやらこの不毛な争いにも一応の決着はついたようだ。
「きっと彼らなら、僕らの期待に応えてくれると思うよ~」
何かを確信したかの様なエルの言葉はフリスの耳に届くことはなく、虚空に消えていくのだった。
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