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第2話 Game Start

「夢か……」


 嫌な目覚め方だ……。

 どんな夢だったかは既に思い出せない、ただ心が締め付けられるような悲しい夢を見ていた事だけは分かる。

 夢ならもっと良い夢見せてくれよ。

 そう思いつつ重い瞼のままに視線を彷徨わせると、カーテンの隙間からこれでもかと言わんばかりの日光が指してる事に気づく。

 あぁ、これはもう昼前だな……。


「あーきくーん」


 どこか遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。


「あーきくーん!」


 次第に強くなる声。


「あき君まだ寝てるのー?」


 うるさいな、寝起きなんだからもう少しゆっくりさせてよ……!


「あーきくーん、荷物届いたよー」


 『荷物』と言う単語に俺は意識は一気に覚醒した。

 寝起きで重たいはずの瞼を擦ることなく一目散で自室を出る。

 自分でも驚くほど軽い足取りで我が家1階への階段を降りると玄関へ。

 そこにはすでに荷物を受け取ってくれていた妹がにこにこ顔で待っていた。


「おはよう、あき君。やっと届いたね」


 そう言いながら『Boundary Shift Online 特典付きログインコード』の文字が印字された郵送物を渡してくる妹に感謝を送る。


「ありがとう! 咲希(さき)


 待ちわび過ぎていた為か、寝起きにも関わらず大声が出てしまう。


「あき君ずっと待ってたもんね」


 若干の呆れの色を含みつつも笑顔なのは俺がこの瞬間をいかに心待ちにしていたか知っているからだろう。


「さて、俺はこれから引きこも「その前に、今日のご飯はあき君の当番だよね?」」


「マジか……」


 高らかに引きこもり宣言をしようとした俺を咲希の正論が襲ってくる。


「一日ぐらい昼食抜いても…」


 無意識のうちに妥協案にすらなっていない提案が口から零れるが、


「あき君さっきまで寝てて朝ごはんも食べてないよね、顔も洗ってないし歯も磨いてない」


 我が妹様から放たれる正論の嵐は止まらなかった。


「……」


 ぐぅの音も出ない正論ありがとうございます!

 だがな俺にも兄としてもプライドってもんがあるし、このまま妹に言い負かされて終わる訳にはいかんのだよ!


「明日の朝にまとめてするよ!」


 正論には暴論。解決どころか答えにすらなってない答えで相手を誤魔化す、これで大体どうにかなるはずだ。


「はぁ……」


 流石の咲希も呆れてため息しか出ないようだし、これで安心して引きこもれるかな。


「じゃ、俺はこの辺で」


 妹の意識が正常に戻る前に戦略的撤退としましょうかね。

 そう思い背を向けたところで、


「ちょっと待ちなさい」


 あら、これは命令形ですね、つまり長年の経験則から判断すると怒っていらっしゃる……。

 恐るおそる振り返ると、怒ったとも呆れたともとれる表情で二度目のため息を吐く妹。

 そして諦めたような口調で、俺にとっては最高の妥協点を提示してくれた。


「まぁ、今日は絶対にそうなると思ってお昼はわたしが作ってるから、顔だけ先に洗っておいで? その間に準備しておくから」


 そう言ってラフにまとめたポニーテールを揺らしながら俺の返事も待たずキッチンへと向かう。

 あれ? あの子は来月から中学三年生、俺は来月から高校生……。兄より優れた妹がここにいた。


 結局妹の厚意に甘えることにした俺は顔を洗い着替えを済ませリビングへと向かうと、有言実行とばかりに昼食の準備をしてくれている咲希と目が合う。


「どっち?」


 主語の無い問いかけが飛んでくる。


「コーヒー」


 主語の無い問いかけへ主語だけで返す。

 俺は寝起きだと水かコーヒーしか飲まないのを分かったうえでの問いかけ。

 長いこと兄妹をやってると何となくでも相手の考えが分かるようになってくるが、無駄なやり取りが発生しないのは非常にありがたい。

 それからしばらくしてダイニングテーブルにはホットサンド、サラダ、スープが二人分並べられる。

 サクッとここまで出来る咲希さん嫁力パないっす。


「「いただきます」」


 自然と声を合わせて昼食を始める。


「あき君、今日はもう出かけないよね?」


「明日も出かけない、春休みの残りはBSOに全振りする所存です」


 サラダをつつきながら、聞かれてもいない明日の予定まで伝えておく。言外にゲームで忙しいから邪魔しないでね、と言いたかったのだがきっと上手く汲み取ってくれるだろう。


「楽しみにしてたのは知ってるけど、適度に休まなきゃダメだよ?」


 当分は引きこもるのだろう、と察した咲希が母親の如く注意してきた。


「分かってるって。咲希は? 出かけるのか?」


「うん、午後からは部活のみんなで送別会」


「そっか、帰りはあんまり遅くなるなよ?」


 こちらも一応兄らしく小言をこぼす。


「りょーかいです」


 俺の小言が以外だっとのか一瞬驚いた顔をした後に笑顔でうなずく咲希。

 まぁ俺と違ってしっかりした子だし、そんなに心配はしてないんだけどね。


「そう言えば、BSO? だっけ? 今朝ニュースで全世界アクティブユーザー十億人突破だって言ってたよ」


 思い出したかのように咲希が朝のニュースを告げてくる。


「おぉ! ついに十億いったのか」


 数日前からカウントダウンが始まっていたのは知っていたが思ったより早かったな。

 今から始めれば十億人達成イベントには参加できるだろうし、今日届いてくれてほんとに良かった。


「十億人ってすごいよね、ちょっと想像出来ないくらい、そんなに面白いゲームなの?」


「正式名称は《Boundary Shift Online》通称はBSOって呼ばれてて、新世代フルダイブ型VRMMOって触れ込みだけど、実際の世間的な評価はゲームの枠を超えた『もう一つの世界』らしい」


「もう一つの世界?」


 首を傾げながらオウム返しに聞いてくる咲希。


「ゲームの世界設定としては《現行世界×ファンタジー》なんだけど、舞台になってるフィールドそのものが今の地球と全く同じなんだって」


「全く同じ?」


 またまた首を傾げてオウムになる。


「厳密に言えばファンタジー設定が入ってて違うところもあるみたいなんだけど、咲希に分かりやすく言うと家にいながら世界中どこにでも旅行ができる、って事かな」


「世界中どこでも!? あ、でもゲームの中でだよね?」


 世界中どこでも、と聞いて興奮した咲希だったがゲームであることを思い出し分かりやすく落胆していく。


「そう、ゲームの中で、だな。 ただそのVR技術が現実の五感と全く一緒だとしたらどうなると思う?」


「完全再現された世界で自分の感覚のまま行動できるって事?」


「そういう事、既存の違和感だらけのVRMMOと違って不快感も無いし、食事も現地と全く同じ味を楽しめるらしい、当然観光名所なんかも完全再現されてるみたい」


「それはすごいね! ちょっとしてみたいかも」


「だろ? 実際ゲームとしてのアクティブユーザーは全体の二割くらいで、八割は旅行とかが目当てのユーザーみたいだし、咲希みたいな考えの人の方が多いんだよ」


「それだけの人が集まるって事はやっぱりその世界は本物なんだよね? それにゲームなのに二割の人しか真面目にやってないんだ」


「二割でも二億人近くはいるけどな、十億の人が集まるって事はそれだけ本物なんだと思うよ?」


 二割でも二億人と言う数字に自分で言いながらも驚きつつ、改めてこのゲームの規格外さを思い知る。

 そして同時に、何か他にBSOでの語るべき特質点がないか考えを巡らせる。


「あとはゲーム自体の製作、運営、保守点検まで全てをAIのみで行っている事、内部時間が十倍まで引き延ばされてる事、かな」


「え? AIってそこまで進化してるの?」


 やっぱり驚くよね、全部AI作業だなんて俺も最初は信じれなかった。

 と言うか未だに半信半疑ですらあるもん。


「らしいよ? 俺もどこまで本当かは知らないけど公式発表ではそう言ってるし。何年か前に技術的特異点(シンギュラリティ)と同時にAIは完全に人間を超えたってニュース覚えてるか? そのAIが作り出したのがBSOってゲームであり《もう一つの世界》なんだと」


 とは言え本当にAIが運営までしているのであれば、その公式発表すらもAIが行ったものになるのだが、はたしてどうなんだろう?

 内心でそんな事を考えていると、咲希から案の定な質問が上がってきた。


「内部時間十倍はどういう意味?」


 ですよね、それも気になりますよね。

 俺は最初そっちの方が気になったもん。


「言葉の通り、ゲーム内では現実の一分が十分になって一時間が十時間になるんだってさ」


「すごい!タイムマシーンみたい!」


 思わず前のめりになる咲希さん、この有用性に気づいたのか大分興奮気味である。


「タイムマシーンとはちょっと違うけどご想像通り、単純に十倍の時間楽しめるようになるってのが利点かな」


「いいね! 五時間勉強して五時間遊んでも、現実では一時間しかたってないんだ」


 まず五時間勉強するとはさてはこいつ勤勉だな……

 俺は遊ぶ以外の選択肢は皆無だったのに。


 そんな会話をしつつ昼食を済ませたところで、咲希から新たな指令が追加された。


「夕飯は七時頃に呼ぶからちゃんと来てよね」


 なぜ食べた直後に次の食事の話しができるのだろう?

 もうお腹いっぱいで夕食の事は考えたくないでござる。


「昼食直後に夕食の話ですか……」


「だって言っとかないと絶対部屋から出てこないでしょ?」


「おっしゃる通りで」


 どうも俺は小さい時から何かに集中すると、寝食を忘れて没頭してしまう癖があるようでよく妹や母親から注意されている。

 五歳頃に田舎の祖母の家に遊びに行ったときは、早朝から山へと虫取りに行くも夢中になりすぎ日が暮れて真っ暗な中でも月明りのみで虫を探し続けていたらしい。

 日が暮れても中々帰ってこない俺を心配した母親が探すも見つからず、結局は一家総出でご近所さんも巻き込んでの捜索になり、もう少し発見が遅ければ警察に届ける寸前だったそうな。

 いまだに祖母の家に行くと親戚や近所のおばちゃんに当時どれだけ大変だったかを永遠と語られるのが辛いとこではあるのだが、自業自得なので我慢して同じ話を何度も聞いている。


 そんな昔話を思い出しながら昼食の後片付けを咲希と一緒に手早く済ませる。


「よし、完了ー!!」


 無事に後片付けを終え、自由時間を掴み取る。

 やっとここまでこれた。受験中は流石に、と我慢し受験が終わっていざプレイ! と思いきや、ここで思わぬ罠が仕掛けられたいたのだ。

 BSOではゲーム開始前に初回ログインパスコードを事前に取得しなければならないのだが、これ自体はネットで一分もあれば簡単に発行する事が出来る。しかしもう一つの方法として特典付きパスコードの申請も行えるのだがこれが罠だった。

 特典は手のひらサイズのキーホルダー。特典があるなら欲しい、と物欲丸出しで深く考えずに申請した俺は特典と共に送られてくるパスコードを今か今かと待ち続ける日々を過ごすはめになったのだ。

 しかし……!

 そんな辛い日々とは今日でさよなら!


「もうすぐ高校生なんだからそんなにはしゃがないの」


 窘める様に妹が言っているがもう俺は止まれない。


「俺がこの瞬間をどれだけっkごrkごぱ」


「嬉しいのは分かるけど、せめて日本語で話して」


 つい感情が昂り噛んじまったが仕方ない、このままだと格好つかないので兄として受験生の妹にアドバイスを送っておこう。


「まだ先は長いんだしあんまり根詰めるなよ、咲希」


 アドバイスらしいアドバイスではないが、その一言で受験勉強を察した妹は嬉しそうに頷く。

 今日でこそ出かけるようだが、咲希は常日頃から受験生だった俺と比較しても遜色ないくらいには勉強している、部活もしつつの勉強量に以前なんでそこまで勉強するのかを聞いたら「行きたい学校がある」とのことで、詳しくは聞いてないが何かしらの目標があるらしい。

 人生の目標があるって素晴らしいよね。

 俺には全然無いもん……


「うん、あき君もあんまりゲームに夢中になり過ぎちゃ駄目だよ? あ、でも感想は聞かせてね!」


 いい感じにBSOに興味を持ち始めているな。

 どうせなら咲希の分も初回ログインパス発行しとけば良かったか? いや、受験を考えるとやはりしないで正解だったか。

 受験が終わっても興味を持ってたらプレゼントしよう、そう決めつつ曖昧な返事を返す。


「善処はします、感想は任せとけ!」


 そう言って俺はリビングを後にする。




 ◇◇◇




「さてと、さっそく始めますか」


 昼食を終え自室へと戻った俺は早速とばかりに先ほど届いた箱を開ける。

 一昔前は開封の儀と言ってこれ自体を大層なイベント化していたらしいが俺は中身が気になる派なのであまり儀式に興味はない。

 興味はないが、求めていたものが手に入るこのワクワク感は何物にも代え難い瞬間だとは思う。


「おぉ……」


 中に入っていたのは特典のキーホルダーと小さな紙一枚。

 そこには初回ログイン用の十三桁のパスワードが記載されていた。

 本当に何でわざわざパスコードと一緒に郵送なんだろう? パスだけネットで発行して特典だけ別口で送ってくれれば待つ事も無かったのに……これだけが解せない。

 ゲームデータ自体は既に(ブレイン)(インプラント)(チップ)にインストール済である。

 俺はARウィンドウを表示させるとBSOアイコンをタップする。


「9Yy5L……」


 初回ログインパスワード入力画面が表示されたので、13桁のパスを入力していく。


「……f7、良し!」


 入力を終えると、正しく承認されたようで、《Start》の文字へと表示が切り替わった。

 逸る気持ちを抑えてベッドに仰向けで寝転ぶ。


「準備完了っと」


 準備らしい準備は特にしてないが気分は大事だ。

 ここまでくればあとは一言、音声起動を行うのみ。


「コネクト、BSO、スタート!」


 音声入力がトリガーとなり、微かな浮遊感と共に俺の意識は暗闇へと落ちていった。




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[良い点] はじめまして。最近見つけて読み始めました。ゲームが届くまでの待ち通しい気持ちすごくわかります(^^) [一言] 題名がすごくオシャレですね〜
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