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ミリタリークエスト  作者: トマホーク
2/2

彼女との対話

持っていたカッパを着せ、更には簡易テント代わりの灰色のポンチョを被せてサイドカーに座らせた女性型の自動人形と共にカズマは夕日が輝く荒野の中をR75で駆け抜けていた。


ヤバイな……もうすぐ日が暮れる。


間に合うか?


日暮れの時間に追われながら大地に深く刻まれた巨大なクレーターの脇を抜け、家路を急ぐ。


完全に日が落ち夜になれば凶暴な魔物がエサを求めて彷徨くため命の危険が迫っていた。


けどまぁ、危険を犯す価値はあったか。


そんな状況であったが、望外な回収品を手に入れる事が出来たカズマのその表情はとても晴れやかだった。


荒野との境界線であるなだらかな岩の丘を越えると遥か彼方に帰るべき家の姿が見えてくる。


ふぅ……なんとか間に合った。


日が落ちきる前に荒野のど真ん中よりは安全なエリアに入った事にカズマはホッと胸を撫で下ろす。


そして、そのまま何事も無くカズマは大きな岩をくり抜いて作られた居住スペースと、だだっ広いガレージが一体化した隠れ家のような我が家へと辿り着くのだった。


「無事、帰還っと」


家のガレージにR75を止めたカズマはポンチョを被せたまま自動人形をお姫様抱っこで家の中へ運び込む。


薄いトタンのドアを蹴飛ばすようにして開き部屋の中を見渡す。


知ってたけど、どこもかしこも汚いな。


自動人形の彼女を置くための場所が無い事を確認するとゴミやガラクタが散乱するリビングを通り過ぎる。


「とりあえず俺の部屋でいいか」


なんとなく彼女を汚い場所に置くことへの拒否感を抱いたカズマは、まだマシだと考えられる自分の部屋に向かった。


点滅を繰り返す電球の灯りを頼りに長い廊下を進む。


「よいしょっと……」


自分の部屋に辿り着いたカズマは彼女をベッドの上に横たえた。


その際にマットレスの中にあるスプリングがギシギシと音を立てながら揺れる。


「親父は……奥の工房かな?」


彼女の上半身を覆っていたポンチョを剥ぎ取りつつ、時間的に父が居そうな居場所に当たりをつける。


可能であれば回収した彼女を起動してもらおうと、父を呼びに行こうとしたカズマは最後に何気なく彼女へ視線を向ける。


「……」


「……」


驚愕に見開かれたカズマの黒い瞳と眠たげな女の黒い瞳が視線をぶつけ合う。


嘘……だろ?


耳が痛くなるような静寂の中、時間だけがゆっくりと流れていた。


「※%○※%……%○#?」


「喋った……だと!?」


小首を傾げながら、おもむろに口を開き難解な言葉を漏らした彼女。


そんな彼女をカズマはただ呆然と見つめる。


互いに緊張感の欠片も無いこれが2人にとってのファーストコンタクトとなった。


──────


「状況、説明、求める」


「説明って言われてもな……何をどこから説明すればいいやら」


一方的な問い掛けと数度の問答の後、片言ながら理解可能な言語を話し始めた自動人形の彼女と互いの自己紹介等を行いカズマは相互理解を深めようとしていた。


しかしながら、生命体と変わらぬその容姿の精巧さはもちろん。


感情さえも宿した高性能なAIはカズマの知るどんな自動人形よりも高度なモノで、良くも悪くも規格外であった。


「最初、私、何処、居た?」


「洞窟の地下にあった崩壊した建物の中。もっと細かく言えば生体ポッドの中だよ」


彼女が規格外な理由――それは彼女が遥か昔に存在した高度文明の時代を過ごしていた経験がある自動人形だからであった。


そう本人から聞かされたカズマは浦島太郎のような彼女の現状を哀れに思い、少しでも彼女の助けになればと状況説明に追われていた。


うーん。目覚めて起きてみれば数百年後の世界。


それも世界が一度滅びかけて、以前の面影が全く無いと来た。


混乱するのも無理はないな。


だけど……感情があるとはいえ、機械的な思考回路の自動人形だから過剰な反応をしないでくれるのは助かるな。


狼狽してパニックになられても困るし。


「……年号、時代、情勢、説明、求める」


カズマの説明に思う所があったのか、悩む素振りを見せた彼女は核心的な情報を欲する。


不安に揺れるその瞳はカズマの保護欲をかきたてた。


「年号は分からない。時代は『終端の時』から大体100年。情勢は不安定で戦続き」


「『終端の時』?」


「あぁ、『終端の時』。異世界からやって来たとかいう人類の子孫が想像を絶するような恐るべき兵器を使って引き起こした大災禍の事。なんでもあと少しで世界が滅ぶ所だったらしい」


「……認識情報にエラー。当該情報に該当無し。定期更新が失敗した可能性あり。オリジナルとのネットワーク通信不可。オフラインでの行動のみ可能」


徐々にではあるが流暢な言葉を話し出した彼女のその適応能力にカズマは感心していた。


「ん?大丈夫か?なんというか気分が悪そうだが……」


「問題は無い」


不意に彼女がみせた真っ青な顔色に驚いたカズマが念のために問い掛けるが、彼女は首を横に振るだけだった。


「そうか」


って、もうこんな時間か。


親父に紹介するのは明日だな。


チラっと窓の外を見て、月の位置から大体の時間を読み取ったカズマは話を切り上げに掛かる。


「さて、起きたばっかりの頭に色々と詰め込むのも疲れただろうし、今日はこれぐらいにしておこう」


「否定する。支障は無い」


「そうかも知れんが、今は軽い食事をして眠った方がいい。続きはまた明日」


「いや、続きを要求する」


「おいおい、アンタがさっき教えてくれたんだぞ?自動人形とはいえ基本的な肉体の部分や生態は人間と大差ないって」


「そうだ。適度な運動と食事、そして睡眠により私の肉体は維持・運用される」


「だったら、なおのこと俺の言う事を大人しく聞いておいてくれ。今の時代じゃアンタの修理なんてほぼ無理なんだから」


「……承知した」


不満気な表情を浮かべつつも小さく頷く彼女。


そんな彼女の子供っぼい姿にカズマは内心で笑みを溢した。


「それじゃあ、何か食べ物を取ってくるから待っててくれ」


「分かった」


自分の小腹と彼女の栄養補給のためにカズマは自分の部屋を後にし、キッチンへと向かった。


「缶詰めしかないな……ま、しょうがないか」


不満を漏らしながら缶詰めを4つと缶切りを手にし、部屋へ戻るカズマ。


気持ち早足でカズマが部屋へ戻ると、彼女は先程と同じベッドの上に大人しく座っていた。


「待たせた。こんなのしかなくて済まないが……」


「いや、食料が貴重なモノだという事は把握している。感謝する」


彼女は首を横に振ってから感謝の言葉を口にした。


そして、優しげに微笑んだ彼女の慈愛に満ちた視線がカズマを貫く。


……今のは不意討ちにも程があるだろ。


自分の心がズキュンっと射抜かれたのを感じつつ、彼女の笑みに見とれるカズマであった。


「じ、じゃあ、缶を開けるから。――ッツ」


見とれていた事を誤魔化すように慌てて缶を開けようとしたカズマだったが、缶切りが缶詰めの表面を滑った事で誤って自分の人差し指を切ってしまう。


すぐに人差し指の傷からは真っ赤な血が体外へと流れ出す。


「やべっ、結構深く入ったな。拭くもの――」


流血の勢いに慌てるカズマが血を拭こうと、手頃な物がないか辺りを見渡した時だった。


はむっ。そんな音が聞こえた。


次いで、温かでヌメヌメとした感触に包まれる人差し指。


「……何してるんだ?」


「しゅへつです」


自身の人差し指を口に含む彼女にカズマが問い掛けると、止血をしているとの返事が返ってきた。


その返答になんと返せばいいのか判断に窮したカズマは、ただ彼女が自分の人差し指を舐め回す様を呆然と眺めていた。


「……」


「……」


「……」


「これぐらいでいいでしょう」


ちゅぽんっと彼女の口から人差し指が解放されると、血は確かに止まっていた。


しかし、彼女の唾液に濡れた人差し指をどうするべきかカズマは悩むのだった。


──────



「それではお休みなさいませ、カズマ様」


「お休み。千代田さん」


缶詰めを食べ終えたカズマは自室を自動人形の彼女――千代田に譲り、自身は別の部屋で眠ることにした。


自室を譲ると言った際に遠慮する千代田との一悶着があったりするのだが、それは余談である。


「カズマ様、私の事は千代田と呼び捨てに」


「いや、でも……」


「……」


「わ、分かった。お休み、千代田」


「はい。お休みなさいませ」


人差し指を切った一件から態度がやけに変わった千代田の事を訝しみながら、カズマは自室の向かいにある倉庫へと入る。


なんか……違和感があるんだよな。


食事中もずっと見られてたし。


でも、俺を通して誰かを見ている感じだったんだよな。


……ま、何でもいいか。


千代田に自分の部屋を貸したため、自室の向かいにある倉庫で寝ることになったカズマはボロボロのマットレスの上に横になり、千代田の事を考えていた。


明日は親父に千代田の事を上手く説明しないと。


あ、アイツが来る前に起きないと厄介な事になるかも。


明日は早起きしないとな。


翌日の予定を組み立てつつ、カズマは眠りに落ちていった。

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