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この波の辿り着く果てには  作者: @豆狸
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 ──嫌な夢をふたつ見て目を覚ましました。


 最初に見たのは、学園の卒業パーティで私の婚約者サロモン殿下に婚約を破棄される夢です。婚約破棄を告げる殿下の傍らには、アンビサオン伯爵令嬢のヴィシア様の姿がありました。

 この国オリベイラ王国の王太子であるサロモン殿下は、貴族の子女が通う学園へ入学してからずっと彼女にお熱なのです。

 ……いいえ、ずっとといってもまだ一ヶ月ほどでしたね。夢の中で長い時間を過ごしたので、現実でも同じ時間が流れたかのように勘違いしていました。


 私はフレイレ公爵家の娘アマリアです。

 フレイレ家はモレーノ公爵家と並んで、オリベイラ王国を支える二頭の竜と言われています。

 私がサロモン殿下の婚約者に選ばれたのはモレーノ公爵家に娘がいなかったからに過ぎません。そんな政治的な婚約なのですから、華やかで社交的なサロモン殿下が同じように華やかで社交的なヴィシア様に惹かれたのは仕方がないことでしょう。ですが、だからといって婚約破棄までなさるとは思いませんでした。


 いいえ、いいえ、あれは夢の中の話でした。

 夢の中で私との婚約を破棄なさったサロモン殿下は、ヴィシア様を王妃に迎えて真実の愛を実らせました。

 私? 私は……だれかと結婚したような気がします。フレイレ公爵家を継いだ弟が行かず後家の姉の面倒を見るのを嫌がったのでしょうね。今は仲の良い姉弟のつもりなのですが、弟の奥様や子ども達のこともありますし、国王となったサロモン陛下に捨てられたような女の面倒を見続けていたら叛意を疑われる危険までありますもの。


 結婚生活は幸せ……だったような気がします。

 ふふふ、なにを真面目に考えているのでしょう。ただの夢に過ぎないのに。

 思い出せないだれかと結ばれて幸せに暮らしていた私は、とある園遊会でヴィシア様と鉢合わせし、彼女に刺されて亡くなりました。ああ、本当にただの夢ですね。私が彼女を刺すのならともかく、彼女が私を刺し殺すだなんて。


 薄れていく意識の中、私はこれが夢だと悟りました。

 だって顔も名前も思い出せない愛しい夫を押し退けて、サロモン陛下が私を抱き上げて泣き叫んでいたのですから。なんて都合の良い夢でしょう。

 そういえば夢の中、私は結婚して貴族家の夫人になっていたにもかかわらず、王家の主催する園遊会や夜会には欠席していました。あのときは私的な、お友達だけの会で……どうしてサロモン陛下とヴィシア様がいらっしゃったのでしょう。まったく、夢とは都合の良いものですね。


 私は王家の主催する会に招かれないくらい身分の低い家に嫁いでいたのでしょうか。

 それとも逆に、そういった行事を欠席しても王家に文句を言わせないくらい強い権力の……いいえ、そんな家はありません。

 ふたつの公爵家が力を合わせれば可能かもしれませんが、私のためにモレーノ公爵家が動くとは思えません。


 むしろ、ヴィシア様がサロモン殿下に近づいたのもあちらの姦計ではないでしょうか。モレーノ公爵家は十数年前までアンビサオン伯爵家の寄り親でした。寄り親をやめて疎遠になったのはこの計画のため……などというのは考え過ぎでしょうか。

 ふたつの公爵家が力を合わせるのは、王家を支えオリベイラ王国を守るときだけ、それ以外のときは敵同士です。

 それくらいでなければ地位と権力を守ることはできません。まあ、私とサロモン殿下とモレーノ公爵家の令息は同い年で、幼いころから仲の良い幼なじみでもあるのですが。


 ヴィシア様に刺されサロモン陛下に抱かれて意識が消えていき、夢だと思って安堵したのもつかの間、また新しい夢が始まりました。

 いいえ、最初は夢だと思っていませんでした。

 今と同じように学園へ入学して一ヶ月ほど経った夜に、ベッドの上で目覚めたのですから。……今回も夢なのでしょうか?


 二度目の夢では婚約破棄はなされませんでした。

 それどころか、学園の二学年に進級するころにはヴィシア様がいなくなっていたのです。不思議なことにアンビサオン伯爵家の名前も聞かなくなっていました。疲労を回復する薬湯の原料になる薬草を生産していることで有名でしたのに。

 だれかにどうなったのか聞きたいと願いながらも、私は口を噤んでいました。彼女の名前を口に出した途端に、どこからか現れそうで怖かったのです。


 婚約破棄がなされなかったので、私はサロモン殿下と結婚しました。

 ただの夢に過ぎないのに、婚姻の日の喜びが今も鮮やかに思い出されます。

 ですが……喜んでいられたのはそこまででした。いいえ、本当は最初からわかっていました。ヴィシア様がいなくなったから仕方なく結婚しただけで、サロモン殿下は私のことなど愛していらっしゃらなかったのです。


「……」


 嗚咽を飲み込んで、こぼれた涙をそっと拭います。

 控えの間にいる侍女を起こしてはいけません。

 ああ、二度目の夢の始まりでもこうして涙していた気がします。


 その後即位したサロモン陛下との結婚生活は形だけのものでした。

 結ばれたのは初夜の一回だけ、それ以降は男性機能が反応しなくなったと言われました。

 私がそんな嘘に騙されるとでもお思いだったのでしょうか。跡取りを作るため、愛人達とはお盛んだったくせに。私と結婚したのはフレイレ公爵家の後ろ盾が欲しかったから、王妃として公務に当たる人間が欲しかったから、体と心を重ねて愛し愛される相手はほかの人間にしようと最初から決めていたからではないのですか?


 ……二度目の夢は、私が流行り病に罹ることで終わりました。

 アンビサオン伯爵家の薬草園が残っていれば、だれかがそんなことをおっしゃっていた気がしますが、熱に浮かされていたので定かではありません。低くて、どこか懐かしい声だったような気がします。

 二度目の夢の終わりにも私の側にはサロモン陛下がいらっしゃいました。最初の夢よりは自然な展開ですね。夫だったのですから。私はもう、流れ落ちる彼の涙を嬉しいとも思えませんでしたが、


「……っ」


 どうして涙が止まらないのでしょう。

 どうして私は望んでいるのでしょうか。

 夢の中で見た彼の涙が真実だったらいいのに、などと。サロモン陛下が本当は私を愛していて私の死を心から悲しんでいたのなら良かったのに、などと。


「……お嬢様、どうかなさいましたか?」


 控えの間から心配そうな声で呼びかけられて、私は慌てて言葉を返しました。


「こ、怖い夢を見ただけなの。十六歳にもなって泣き顔を見られるのは恥ずかしいから、こちらには来ないで」

「……はい、かしこまりました」


 私は、涙を拭って頭から掛け布をかぶりました。

 オリベイラ王国は海から遠い内陸の土地にあるのに、波の音が聞こえてきます。この音は体を流れる血の音だと教えてくださったのはどなただったでしょうか。

 波に流されて行きそうで怖いと子どものようなことを言った私を抱き締めて、ご自分の心臓の鼓動で落ち着かせてくれたあの方は──

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