炎
「──くっ……!!」
シャーロットは押されていた。
男のアルヴェロと、女のシャーロットでは体躯に差がありすぎるのだ。またアルヴェロはミカエラと出会う以前から、剣技にも秀でていた。
ただ力を貰っただけの、元公爵家令嬢シャーロットではそもそもの役者が違う。
──でも、引かない……!
いつからかはわからない……おそらく早い段階で、アルヴェロは自我を失っている。彼はあくまでもミカエラの美しい傀儡。
アルヴェロになくシャーロットにあるのは、強い憤怒と自分の意識だけ。
もっとも、それが勝機に繋がるかは別の問題だが。
幾度となく倒れては立ち上がる、シャーロットの脳裏に過るのは自身の記憶──
父はシャーロットへ大変に期待を掛けていた。娘の重責を知りつつも、時に厳しくあたった。全てはシャーロットの未来の為。
国や民への大義すら捨て、財を投じて彼女をここから逃がそうとした彼は……それが失敗すると、娘の為に容易く首を差し出した。
寡黙で不器用な父の代わりに、優しく甘やかすのが母の役目。
シャーロットが辛いとき、苦しいときは必ず側に居て、話を聞いてあげては優しく諭した。
そんな彼女もやはり、夫と同じ様な選択をした。
二歳年上の麗しく優秀な王子・アルヴェロは、シャーロットにとても優しかった。それはあまりに初々しく、男女としては至らぬ点もあったかもしれない。だが重責しかない政略結婚でも、シャーロットはアルヴェロとなら……穏やかで、優しい日々が送れるような気がしていた。
「ああぁぁぁあぁぁぁッ!!」
身体が傷付いても、シャーロットの気持ちが折れることはない。何度だって、立ち上がれる。
もう逢うことのできない彼等を。
培ってきたその日々を。
シャーロットは覚えているから。
気が付けばラースも押されていた。
シャーロットの幸福を祈り、密かに見守っていたラースではあったが……地に堕ちた事により天上人の力の大半を失っていた。
天上人と於き人物が現れた事で、危機感を覚えたラースが今になって現れたのも……全ては力を取り戻すのに時間を要したからである。
天上人であることを捨てた彼は、その力を不必要に欲することはなかったが……間に合わずにシャーロットが傷付けられてしまったことで、初めてそれを悔やんだ。
そして今、この時も。
──相手がミカエラでは、分が悪過ぎる……!
背中合わせになったシャーロットをチラリと見ると、深紅の瞳も、青い炎の剣も、激しく燃えている。
むしろ、その炎は激しさを増していた。
──だが、このままでは……二人とも、死ぬ。
ラースは懇願した。
「頼む……逃げてくれ」
(……死ぬのね)
敵わない──
もとより既に死んだような身だ。死は恐ろしくなかったが、一矢報いることなく死ぬことには抵抗が無いでもない。
逃げれば……或いは報復の機会が、訪れるかもしれなかった。
だが、そんな選択をする気など、シャーロットには無い。
──君を失いたくない。
彼の目が、そう告げている。
そして、それを受けて溢れる温かなモノ。
それをなんと言うのか、シャーロットは知っていた。
「ラーシフェル──どこまでも、貴方と共に」
──どこまでも……死すらも二人を別つことなどできない。
貴方がくれた身体の代わりに、捧げるのは──心。
「私の貴方」
──そして、貴方の私。
シャーロットはラースの首に腕を回し、強引に唇を奪った。
「…………!!」
その刹那、ラースの身体に溢れ出る力。
天上人が人間を厭わしく思うのには理由がある。
ヒトは愚かで醜く、自分達より遥かに劣った『天上人のなり損ね』──だが自分達を模した様な、その姿が疎ましいだけではない。
天上人は天上人で在るが故に、手に入れることのできない強い力があった。
それは欲望と……ただひとりへの、愛。
強い感情と、絆。
青い怒りの炎は絶えずその色を変化させる。青から紫、紫から赤へ。やがてそれは全ての感情の入り交じった……だが純粋な、光る黒色へ。
澄みきった夜空よりも美しい黒色の炎は、流星のように光を放ちながら、大きく燃え盛る。
「馬鹿な……」
それは一気に全てを呑み込んだ。
ミカエラも、アルヴェロも……王城にある全てを。
※イラストは汐の音様より頂きました!
素敵なイラストありがとうございます!!(p*'v`*q)
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