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美しく星の瞬く夜に  作者: まさたま


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5/8

 宴に相応しく、二人はワルツを踊るように軽快に歩を進めた。 王城の端、礼拝堂裏手にある地下牢の入口から城壁に沿って。途中、立ちはだかる兵士達を容赦なく焼き殺しながら。

 (たいまつ)の炎が大きな青へと変わる。一人たりとも逃がす気はない。堀の水はラースの力で油になり、跳ね橋を勢いよく燃やした。


 よもやそんなことになっていようとは、露程も思わないのであろう。賑やかな音楽が二人の耳に届く。


  「折角の美しい星だ……趣向を凝らそう」


 そう言ってラースはシャーロットを横抱きにし、舞い上がるように空を駆ける。

 大きく広がる、髪と揃いの艶やかな漆黒の翼。


  「綺麗ね」


 感嘆の息と共に漏らすシャーロットの言葉に、擽ったそうに彼ははにかんだ。少しだけ哀しげに。




 花の咲き乱れる庭園を越え、中央ホールの上へ。

 そこで一旦停止すると、ラースは片手でシャーロットの腰を強く引き寄せて己に添わせ、もう一方の手で、切り裂くように空を薙ぎ払った。


 ガラガラとドーム型の天井が崩れ落ちる。


 貴族どもが滑稽に逃げ惑う上から、ふわり、と優雅に舞い降りるふたり。

 そこへ、恐慌に押された甲冑の兵士が次々に襲いかかるも、シャーロットの炎の餌食となるばかりで……ホールは、あっという間に燃え盛る青い炎に包まれていた。



 混沌の中、玉座の王子・アルヴェロは冷たい瞳でただそれを眺めている。それは酷く無機質で、美しい人形のよう。

 動く気配のないアルヴェロの隣で、彼にしなだれかかっていたカミラは笑顔を浮かべていた。彼女はとても上品な所作でゆっくりと立ちあがると、前へと歩み出る。


 その様を見た、シャーロットの背中に走る冷たいもの。一方で込み上げる、腹の熱いもの……怒りと憎しみ。




 カミラは優美な所作のまま淑女の礼をとる。口許に、アルカイックな笑みを湛えて。


  「御無沙汰しております。 ラーシフェル様……生きてらしたのですね」

  「?!」

  「ミカエラ……まさか貴様とは……」


 困惑するシャーロットの肩を掴み、彼女を背中に隠す様にラースも一歩斜め前へと足を踏み出した。


  「……分が悪い。 隙を見て逃げろ」


 肩を掴んだ際に密やかにそう告げるも、カミラ……いや、ミカエラは気付いていたらしい。碧く美しい両の(まなこ)に侮蔑と嫌悪が滲む。淑女然とした優美な空気と口調が俄に変化を遂げた。


  「──くだらぬ。 貴方はヒト風情に何を求めていると言うのか。 見よ、これが全て。 ……これが全てだ」



 血と炎にまみれたホール。

 我先に逃げようとする華やかな衣装を纏った人々の醜い姿。

 人の血と焼け焦げる匂い。

 美しく装飾された壁や柱は瓦礫と化していて、見る影もない。


 美しいものなど何一つとして、ない。

 あるとするなら、ゆらゆらと揺蕩う青い炎だけ。



 ミカエラの言葉にラースは周囲を一瞥し、シャーロットの視線に気付く。

 自分と同じその深紅の瞳は、不安気に彼の身を案じていた。──鳶色の、あの頃と同じ様に。

 愛しく微笑むと、再びミカエラの方に向かい、ラースは静かに言った。


  「貴様等にはわからんだろうな」




  「──わかりたくもない!」


 激昂したミカエラの全身から放たれる、白く荘厳な光──


 頭上には、瞬く星の如く光が溢れ出る大きな輪。

 背中から生えた三対の、白く煌めく羽根。

 双碧の瞳には、静かな湖面に映し出された月の様に輝く金色(こんじき)


  「逃げろ! シャーロット!」


 いつまでも消えない背の温もりに、ラースは叫んだ。


  「逃がさぬ」


 ミカエラがそう言うと、聖剣(ゼカリヤ)を抜いたアルヴェロが玉座から立ち上がり、跳んだ。

 美しい瞳に輝く金色……どうやらラースがシャーロットに力を与えたのと同様に、ミカエラも王子に力を与えていたらしい。

 その表情は相変わらず無機質な人形の様であり、一言も発することはない。


  「──誰が逃げるものですか!」


 ラースの背中から離れたシャーロットは漆黒のドレスを翻しながら、炎の剣を手にアルヴェロへと飛び掛かった。

 ゼカリヤの一閃を防ぐも、その重みに耐えきれず弾かれる彼女の細い肢体。


  「シャーロット!」

  「ラーシフェル! ……私の望みは何?!」

  「!」


 叱咤するようにそう叫ぶと、立ち上がるシャーロットは笑っていた。

 深紅に宿る、強い光。アルヴェロを捉えるそれを、ラースの方に向けた一瞬だけ……柔らかいものに変えて。


  「……戯れ言を!」


 不愉快そうに眉根を寄せるミカエラの、放とうとする光を防いでラースは攻撃を仕掛ける。


  「貴様の相手は私だ」

  「貴方には失望した……10年前の慈悲を無駄にしたことを、後悔するがいい」

  「慈悲……」


 ミカエラのその言葉に、ラースはフッと笑った。


  「感謝しているさ、ミカエラ……とどめを刺されなかった事を」


 そして10年前、シャーロットに出逢えた奇跡を。





 ──10年前。

 ラースがシャーロットに出逢ったのは、公爵領の森の中だった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 異能バトル! 各位の中に宿るのはそれぞれ異なる思いですが、その中で唯一傀儡と化しているアルヴェロが既に哀れですね。 なんとなく想像は出来ますが、ラースとカミラの関係についても気になります!…
[良い点] おおー、ただの悪役令嬢、婚約破棄ではないと思ってましたが、一気に世界観がふくらみましたね。 盛り上がってまいりました!(ノリが違う?)
[良い点] お、おおぉぉ…… いいですねぇ。 こういうダークなの、好きです。 文章がしつこくないので、胃にもたれない感じです。 心の負担が適度で良い!! ドロッドロ路線が続くのかな? 楽しみです。…
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