宴
宴に相応しく、二人はワルツを踊るように軽快に歩を進めた。 王城の端、礼拝堂裏手にある地下牢の入口から城壁に沿って。途中、立ちはだかる兵士達を容赦なく焼き殺しながら。
炬の炎が大きな青へと変わる。一人たりとも逃がす気はない。堀の水はラースの力で油になり、跳ね橋を勢いよく燃やした。
よもやそんなことになっていようとは、露程も思わないのであろう。賑やかな音楽が二人の耳に届く。
「折角の美しい星だ……趣向を凝らそう」
そう言ってラースはシャーロットを横抱きにし、舞い上がるように空を駆ける。
大きく広がる、髪と揃いの艶やかな漆黒の翼。
「綺麗ね」
感嘆の息と共に漏らすシャーロットの言葉に、擽ったそうに彼ははにかんだ。少しだけ哀しげに。
花の咲き乱れる庭園を越え、中央ホールの上へ。
そこで一旦停止すると、ラースは片手でシャーロットの腰を強く引き寄せて己に添わせ、もう一方の手で、切り裂くように空を薙ぎ払った。
ガラガラとドーム型の天井が崩れ落ちる。
貴族どもが滑稽に逃げ惑う上から、ふわり、と優雅に舞い降りるふたり。
そこへ、恐慌に押された甲冑の兵士が次々に襲いかかるも、シャーロットの炎の餌食となるばかりで……ホールは、あっという間に燃え盛る青い炎に包まれていた。
混沌の中、玉座の王子・アルヴェロは冷たい瞳でただそれを眺めている。それは酷く無機質で、美しい人形のよう。
動く気配のないアルヴェロの隣で、彼にしなだれかかっていたカミラは笑顔を浮かべていた。彼女はとても上品な所作でゆっくりと立ちあがると、前へと歩み出る。
その様を見た、シャーロットの背中に走る冷たいもの。一方で込み上げる、腹の熱いもの……怒りと憎しみ。
カミラは優美な所作のまま淑女の礼をとる。口許に、アルカイックな笑みを湛えて。
「御無沙汰しております。 ラーシフェル様……生きてらしたのですね」
「?!」
「ミカエラ……まさか貴様とは……」
困惑するシャーロットの肩を掴み、彼女を背中に隠す様にラースも一歩斜め前へと足を踏み出した。
「……分が悪い。 隙を見て逃げろ」
肩を掴んだ際に密やかにそう告げるも、カミラ……いや、ミカエラは気付いていたらしい。碧く美しい両の眼に侮蔑と嫌悪が滲む。淑女然とした優美な空気と口調が俄に変化を遂げた。
「──くだらぬ。 貴方はヒト風情に何を求めていると言うのか。 見よ、これが全て。 ……これが全てだ」
血と炎にまみれたホール。
我先に逃げようとする華やかな衣装を纏った人々の醜い姿。
人の血と焼け焦げる匂い。
美しく装飾された壁や柱は瓦礫と化していて、見る影もない。
美しいものなど何一つとして、ない。
あるとするなら、ゆらゆらと揺蕩う青い炎だけ。
ミカエラの言葉にラースは周囲を一瞥し、シャーロットの視線に気付く。
自分と同じその深紅の瞳は、不安気に彼の身を案じていた。──鳶色の、あの頃と同じ様に。
愛しく微笑むと、再びミカエラの方に向かい、ラースは静かに言った。
「貴様等にはわからんだろうな」
「──わかりたくもない!」
激昂したミカエラの全身から放たれる、白く荘厳な光──
頭上には、瞬く星の如く光が溢れ出る大きな輪。
背中から生えた三対の、白く煌めく羽根。
双碧の瞳には、静かな湖面に映し出された月の様に輝く金色。
「逃げろ! シャーロット!」
いつまでも消えない背の温もりに、ラースは叫んだ。
「逃がさぬ」
ミカエラがそう言うと、聖剣を抜いたアルヴェロが玉座から立ち上がり、跳んだ。
美しい瞳に輝く金色……どうやらラースがシャーロットに力を与えたのと同様に、ミカエラも王子に力を与えていたらしい。
その表情は相変わらず無機質な人形の様であり、一言も発することはない。
「──誰が逃げるものですか!」
ラースの背中から離れたシャーロットは漆黒のドレスを翻しながら、炎の剣を手にアルヴェロへと飛び掛かった。
ゼカリヤの一閃を防ぐも、その重みに耐えきれず弾かれる彼女の細い肢体。
「シャーロット!」
「ラーシフェル! ……私の望みは何?!」
「!」
叱咤するようにそう叫ぶと、立ち上がるシャーロットは笑っていた。
深紅に宿る、強い光。アルヴェロを捉えるそれを、ラースの方に向けた一瞬だけ……柔らかいものに変えて。
「……戯れ言を!」
不愉快そうに眉根を寄せるミカエラの、放とうとする光を防いでラースは攻撃を仕掛ける。
「貴様の相手は私だ」
「貴方には失望した……10年前の慈悲を無駄にしたことを、後悔するがいい」
「慈悲……」
ミカエラのその言葉に、ラースはフッと笑った。
「感謝しているさ、ミカエラ……とどめを刺されなかった事を」
そして10年前、シャーロットに出逢えた奇跡を。
──10年前。
ラースがシャーロットに出逢ったのは、公爵領の森の中だった。




