序
数多の星が煌めく中……下界の王城でもまた、きらびやかに着飾った人々が星が瞬くように踊っていた。
『星のくに』──国と言うには小さなその王国は、そう呼ばれている。澄んだ空と地形から、何処よりも美しく星が見える……と。
王城の華やかさとはうって変わって、町には殆ど灯が点ることはない。若い娘や子供は夕刻になると急ぎ、身を隠すように家に籠る。
野盗や無法者も恐ろしいが、それ以上に正義を笠に着た王国の警備兵も恐ろしい。民はなるべく集団を作り、それらから自衛した。頭の切れるもの、力の強いもの、正義感の強いものを中心に。
それでも夜になれば、息を殺しながら『無事に朝を迎えられるように』と、ただ祈るように眠りにつくよりないのである。
「……馬鹿! 何してるの?!」
カーテンの隙間から窓の外を覗いた幼い少年は、姉が叱るのを耳にしながらも窓から離れようとはしない。好奇心旺盛な年頃とはいえ賢い筈の弟は、ゆっくりと振り返ると……大きな瞳を更に大きくし姉の方へ向ける。
姉の背にゾクリ、となにかが走った。
「お姉ちゃん……」
カーテンをひく、小さな手。
本来してはいけないとされている行為を躊躇うよりも、なにかよくわからないものが入った箱の蓋を開けて、中味を見せるような……慎重でありながら、急いた気持ち。
動揺、そして高揚。
「……!」
弟を押し退けるようにして乱暴に窓を開ける。
それに気付いた人々は、既に彼女と似たような行動に出ていた。
普段なら人気のない夜の町……
無防備な格好で家から出ていることなど省みることなくただ茫然と立ち尽くし、それを眺める。
老若男女問わず、皆、一様に。
王城は炎に包まれていた。
★★★★★
王城での舞踏会は美しくも狂気に満ちている。
──この国は狂ってしまった。
現王アゥグストゥスは5年ほど前から病に臥せっており、堅実で聡明であると名高い王子が補佐を務めていた。
名をアルヴェロという。
16の『成人の義』を機に実質的に王としての役目を任うようになってからも、甘言に惑わされることなく、苦言を呈する者を重用した。華やかな見た目とは違い、真面目で実直な王子。彼は浮つくことも、またその優秀さに傲ることもなかった。
アルヴェロには美しく、賢しい婚約者がおり、その仲は睦まじくも初々しいもの。二つ年下の婚約者、シャーロットが『成人の義』を迎えた半年程後を見て二人は成婚し、同時にアルヴェロは新王となる予定であった。
誰もが新しい賢王の誕生を心待ちにしていた。
一年程前、あの女が現れるまでは。
この国の舞踏会では特権階級や豪商などがまず集い、暫くして場が温まってからようやく王が登場する。王は主催者でありながら、主賓でもあるのだ。
壊れたオルゴールのように人々は入れ替わりに踊り続ける。
ホールの中央に位置する階段の上には玉座の間が設けられており、そこには側近近衛すら足を踏み入れることはできない。
やがて曲が止まると皆がそこに注目をする。
ラッパの高らかな音……
玉座の間の扉が開き、悠然と席に着く麗しき青年──王子・アルヴェロ。
彼の母である王妃は若くして亡くなった。
故に本来隣には誰も居るべきではないが、居るとするならば婚約者であるシャーロットが一番適任な筈だ。
しかし、その役割を担っているのはシャーロットではなかった。
寄り添うようにアルヴェロの傍らに佇む美しい女──
まとめることなく流した美しい金髪に、この国のスタイルとは違うシンプルなドレス。光沢のある布地は纏うように肌の殆どを隠しているが、均整のとれた身体のラインが匂い立つように色香と神秘さを醸している。
男も女も、その美しさには感嘆の息を吐く。
カミラ……そうとだけ名乗って女がこの国に現れたのは、およそ一年前。出自もなにもかも、不明なまま。
突如現れた彼女だが、美しいだけではない。数々の予言を的中させたのだ。
この国の中枢……そして王子に取り入り、女が実権を握るのに然して時間は要らなかった。