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母と恵方巻

作者: タクミ

 この時期になると思い出す

 私が幼少の頃、母は決まって2月3日になるとスーパーで買ってきたであろうカンピョウ、きゅうり、カニカマなどをお気に入りのトートバックから取り出し、酢飯の鼻につく匂いを漂わせ、普段着ない割烹着を用意する。


「ちょっとスズちゃん!今から恵方巻を作るからあなたも手伝いなさい!」


 母は私を自分の元へ来るよう手招きをした。


「えー、今年は私じゃなくてユウに手伝わせたらいいじゃん」


「いやよ、あの子の不器用さったら見てられないわよ。去年あの子の作った恵方巻見たでしょ?」


 ユウは私の弟で去年はユウが恵方巻を母と使っていたのだが、味は悪くないものの、見た目が恵方巻というよりかはおにぎりのようなごてごてに仕上がった非常に不格好な様子の見た目であった。


「もう!ぶつくさ言ってないでさっさと手伝うの」


 母は食材を作りながら私に呼びかけた。

 手伝うといっても母が用意した食材を酢飯とともにノリに巻き込むだけのものであった。

 しかしこれが意外と難しい。中の具材が飛び出ないよう具材の位置を考え、ノリを巻くための力加減を調整しなければならない。

 酢飯を作り終え、巻くための食材を作り終えた母は私に言った。


「あとはこれをノリで巻くだけよ、頼んだわよ」


 へーい、と私は軽口を叩きながらノリを巻く作業に入る。初めてこの作業をした時は慣れなかったものの、今となっては苦とは思わない。むしろ私は他の人に比べてかなり綺麗に仕立て上げられると思っている。だけど母の願いを素直に聞くのがなんだか照れ臭かったのだ。


「お母さん、巻き終わったよ」


「ふーん、まあまあね」


 仕上がった恵方巻はお店で売られているものと遜色ない出来だ。しかし母は私のことを素直に褒めてくれない。分かっている、母も人に素直になるのが照れ臭いのだ。

 仕上がった3つの恵方巻を用意し、別室にいるユウを呼び、食卓を囲う。


「姉ちゃん、今年はどの方角だっけ」


「たしか今年は…南南西だったはずよ」


 了解、と笑い言われたままに南南西にユウは向いた。恵方巻を食べるためのしきたりをしっかり守りユウは黙々とかぶり付き食べ始めた。

 それにならい私もユウとともに恵方巻にかぶり付き、食べる。

 母はそんな2人を見て少し、母もまた私たちのようにかぶり付き、しばらくの間沈黙が続いた。

 しばらくして、食べ終わったユウは私の方を見た。


「姉ちゃんはどんなお願いしたの?」


「わたしはねー、今年こそ彼氏ができますよーにってお願いした」


「えぇー、もう諦めたのかと思ってたよー」


 そう言われた私は弟の頬をつねり、弟は私に笑いながら謝った。


「お母さんはなにをお願いしたの?」


 わたしがそう聞くと母は


「特にないわよ。別に今と変わらなくていいわよ」


「ちぇー、夢がないなー」


 弟は母にそう言うと母は少し笑いながら言った。


「そうねぇ、やっぱりユウのテストの点数が高くなりますよーに、って願えばよかったわね」


「えぇ!?それは…ちょっと厳しいかなー」


 ユウは勘弁してとばかりに母にそう言った。

 そんな何気ない2人のやりとりをみて私もつられて笑った。

 しかし、その半年後転機が起きた。

 母は突然職場で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

 病院からの話を聞くと、母はもとより体が弱く、おそらく倒れる何ヶ月前から病に侵されていたのだと。

 私はそれを聞いて自失した。弟は病室で死んだ母に抱きつき泣きじゃくった。私もその日家に帰ると涙が滝のように流れ、決壊したダムのように留めることができなかった。

 それから数十年、私は大人になり一つの家庭を持つことになった。

 私は母が生前していたように、2人の娘に恵方巻を手伝わせ、3人で食卓に囲んだ。

 恵方巻を食べ終わった長女は私に尋ねた。


「お母さんはどんなお願いをしたの?」


「私はね、今となにも変わらなくてもいいのよ」


 そう言うと次女は


「毎年そればっかりー、他にないのー?」


「そうねぇ、じゃあ今度のテストで100点が見たいわ」


 次女は私の弟のように、勘弁してーと私に泣きついた。

 だけど今ならお母さんの願い事の意味が分かるかもしれない。

 この子たちを見てるとこの光景を変えたくないと思ってしまう。

 今を変えないというのは案外難しいことだ。夫の稼ぎだけでは生活を営むには少し難しく共働きをしている。仕事は決して楽なものではない、しかしこの子たちが笑ってくれるなら少しの無理でもしようと思ってしまう。母は素直じゃなかった。けれど、私たち兄弟には弱音を吐いたり、辛そうな顔を見せたりすることは一度もなかった。強い人だった。

 母に孫を見せることは出来なかった。しかし母の声が聞こえる時がある。その時は決まって母は私にありがとう、と照れ臭く言っているそんな気がした。

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