猫+小5=未来の彼女?
恋愛小説を書いたつもりなのですが、恋愛よりも猫の描写の方が多い様な気がしないでもないです。
今年一番の大きさだと天気予報士が言う台風の最中、うちの玄関のドアの前には一匹のキジトラの猫がちょこんと座っていた。
おそらく野良なのだろう、薄汚れた感じの毛並みが痛々しい。我が家には既に先住猫がいるのだが、その諦観に満ちた目がどうにも放っておけない雰囲気を醸し出していた。
「……うちに来るか?」
返事など期待せずに問いかけると、猫はふにゃんと小さく鳴いた。タイミングが合っただけだろうが、俺はそれを同意として受け取り、鍵を開けて猫を部屋へ招き入れた。
かといってノミとかも心配なので、まずはお風呂である。野良だから嫌がるかなとも思ったが、意外な事に暴れる事もなく気持ちよさそうにしていた。念入りにシャンプーで洗いバスタオルで拭き上げ、怖がらせない様に少し広めに距離を取ってドライヤーで乾かす。その間もまったく暴れなかったところを見ると、案外図太い神経を持った猫らしい。
ひとまず明日病院に連れていくまでは、先住猫と一緒にする訳にはいかない。別室に暖かい毛布を敷いてやり載せてやると、野良猫はすぐに丸まって寝始める。見た感じまだ若そうなのに、年寄りみたいな奴だな。そう思いながら部屋を出ると、今度は我が家のお猫様が不満そうな顔でこちらを見ていた。どうやら帰宅したのに自分を構わなかったのにご立腹らしい。
ちなみにこの猫はタマといい、真っ白な毛並みのメスだ。名前の由来はもちろん国民的アニメに出てくる猫の名前で、2年ほど前に我が家の庭に生まれたての状態で放置されていた。見つけたのはうちの母で、周囲に母猫がいなかったので育児放棄で棄てられたのではないかと思い、つい家の中に連れて入ってしまったとの事。
それからはタマは我が家の家族として一緒に暮らす事になったのだが、父が海外に転勤する事になった。縦の物を横にもしない父を一人にする訳にもいかず、俺が高校生になった事もあって母も父について行った。姉は既に大学生で家を出ており、俺はタマと小さなアパートで一緒に暮らす事になったのだ。
タマの体を丁寧に撫でながら、俺はこれまでの半年ぐらいの経緯を思い返していた。まぁ俺が学校に行っている間はタマは一人で留守番していた訳だし、仲間が増えたら嬉しいだろう。
「先住猫として、新入りの面倒を見てやってくれな」
指先でタマの額を掻くように撫でながら言うと、言葉が通じたのかそうではないのか『フンッ』と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。不遜な奴め、でも案外面倒見がいい猫だから多分大丈夫だろう。
そして大きな雨音と風の音に落ち着きのない猫達を見守っていると、いつの間にか夜が明けていた。テレビを見る限りではこの街は被害がなかったようで、朝食を食べた後は予定通り動物病院へ連れていく為の準備を始める。
他の猫のニオイがついたものは嫌がるかもしれないが、キャリーバッグがタマの物しかないので我慢して入ってもらおう。バッグを出したら、自分が病院へ連れて行かれるのかと勘違いしたタマが、トンネルベッドの中に逃げ込んでしまった。俺達が出かけたら出てくるかな? 餌と水は用意してあるので、気が済むまで立てこもってもらおう。
動物病院が開院するまではまだ時間があるので、学校に遅刻する旨を電話で連絡しておいた。うちの担任は俺が一人暮らしをしている事を知っているので『家族を病院に連れていく』と理由を話すと、すぐに家族が猫である事を理解してくれる。優しい先生なので猫をないがしろにしろと言われる事もなく、でもなる早で登校するようにと釘を刺されて許可をもらった。
そんなこんなでタマのかかりつけ医に見てもらうと、猫エイズにも感染してないし小さな擦り傷とかはあるが健康体であるというお墨付きをもらった。一応ワクチン接種とか最低限やっておかないといけない事をお願いしたので、結構なお金が吹っ飛んでいった。まぁまだ仕送りを節約して貯めてるお金とか、単発のバイトでもらった給料とか、子供の頃のお年玉貯金があるので余裕はあるが。
「貴史くん、この子の名前はもう付けたの?」
「うーん、暫定ですけど野良猫ですからノラでお願いします」
受付のお姉さんにジト目で見られたが、なにせ先住猫の名前からしてタマなのだから、俺にネーミングセンスを求められても困る。一応あの人懐っこさから飼い猫である可能性も想定して、病院に写真といつどこで保護したのか、それと連絡先として俺の携帯電話番号を載せてもらって病院内に貼っておいてもらう事にした。
ここの病院はそういう掲示板スペースを作っていて、俺の他にも猫とか犬の里親募集とかのポスターがたくさん貼られているのだ。若干情が移りつつあるが、本当の飼い主がいるのならそちらに戻る方がノラにとっても一番いいだろう。とりあえず連絡を待つ事にして、俺はノラを家に連れて帰った。
さて、タマとノラの初対面だ。潜在的に持っている病気もないという事だったので、安心して二匹を遊ばせてやれる。一応猫同士にも馬が合ったり合わなかったりがあるらしいので、1時間程見守っていたがどうやら問題なさそうだ。最初はお互いのニオイを嗅ぎ合っていたが、10分もしないうちに寄り添ってクッションの上でゴロゴロと寝転び始めた。
先生曰くノラは推定で2、3歳ぐらいらしいので、タマとは年齢的にもウマが合ったんだろう。お互いメスだし急がないけど、ノラは去勢手術が終わってないらしいのでそっちも考えないといけないな。家から出す気はないけど、万が一の事があるから去勢はしておかないといけない。
ひとまず保護という体で、猫達とまったり日々を過ごしながら連絡を待つ日が続いた。そんなある日の放課後、見知らぬ番号から俺のスマホに着信があったのだ。
『あの、のんちゃんがそっちにいるって聞いたんですけど』
舌っ足らずな女の子の声がスピーカーからいきなり聞こえてきて、正直なところ少し面食らってしまった。辛抱強く話を聞くと彼女はリンちゃんと名乗り、年齢は11歳……小学5年生だと言う。公園の隅っこに住んでいたノラに餌を運んだりしていたらしいが、飼い主という訳ではないそうだ。あの台風の後で姿が見えなくなり、彼女なりに一生懸命探していたところ、似た特徴の猫のポスターが動物病院に貼られている事を同級生から聞いて連絡をしてきたのだとか。
家の場所を伝えるとすぐに来るという事なので、アパートの前で待つ。しばらくすると赤いパーカーにスカートを履いた女の子が、トテトテと走ってくるのが見えた。目の前に立つ女の子は、頬を赤くして少し息を切らせていて、彼女なりに急いで来た事がよく伝わってくる。
「あ、あの新田さん? ですか?」
「うん、そういう君はリンちゃんでいい?」
リンちゃんが小さく頷くのを確認して、とりあえず我が家に招く。ただ高校生とは言え、知らない男に誘われてホイホイと家の中に入ってくる無警戒さはどうなのだろうか。最近の小学生は防犯ブザーを装備していて、何もしていないのに冤罪をふっかけてきて脅してくる奴がいると同級生に聞いた事があるのだが、あれは都市伝説か何かだったのだろうか。
物珍しそうにキョロキョロとしながら後ろをついてくるリンちゃんを引き連れて、俺は我が家のドアを開けた。玄関から部屋の中に入ると、どことなく緊張していた様な表情だったリンちゃんの顔に、笑顔が浮かぶ。
「のんちゃん! それに別のネコもいる!!」
その声にびっくりしたのか、タマが小さく飛び上がって素早い動きでいつものトンネルに逃げ込んでしまった。逆にノラは以前に餌をもらっていた事を覚えているのか、少しだけ警戒しつつリンちゃんが伸ばした手の匂いを嗅いでいた。その後どうやら脳内データと称号できたのか、ペロリとリンちゃんの指を舐めた。
「どうやらノラは、リンちゃんの事を覚えていたみたいだね」
「ノラ? この子はのんちゃんだよ?」
おっと、なかなか我が強い子みたいだ。由来を聞くとのんびりしているからのんちゃんらしい。俺としてはどちらでもいいので、ノラ本人に選ばせる事にした。飄々としているが、ノラは案外義理堅い性格をしている。俺が呼ぶとノラだろうがのんだろうが、呼ばれたと思って近づいてくるだろう。公平を期すために、リンちゃんに呼んでもらった。
結果としてはノラ以外では反応しなかった為、正式にノラと名付けられる事になった。リンちゃんはちょっと不満そうな顔をしていたけど、ノラやタマと遊んでいたらあっという間に笑顔になっていたので気にする必要はないだろう。
また遊びに来たいとお願いされたので、二つ返事でOKを出した。ただ俺も高校生なので、放課後に用事が入ったりする事もある。なのでメッセージアプリの『NYAIN』のフレンドになって、来る前には事前連絡する事を条件とした。できれば当日ではなく前日に、と念押しする様に言うときょとんとした表情のままリンちゃんは頷いた。
そんな感じで始まったリンちゃんとの交流、俺としては猫が一緒とは言え一人暮らしで、ちょっと人肌恋しかった事もあって楽しかった。高田鈴ちゃんは猫が好きな子で、それ以外にも学校で流行ってる事とか新しい遊びとか色々話してくれた。なんだか妹が出来たみたいで、リンちゃんとの触れ合いを楽しんでいたんだけど、2ヵ月ぐらい経ったある日から少しリンちゃんの様子がおかしい。
部屋で一緒に過ごしていてもチラチラと俺の方を見ているのを感じて、俺がリンちゃんの方を見るとパッと目を逸らす。あとタマやノラと遊んでいて、俺が近づいて覗き込むと『ぴゃう!?』とか変な声を上げてズザザと距離をとるのだ。もしかして俺って臭いのかなと思って、自分の腕をスンスンと嗅いでみる。特に臭いはしないなと思っていると、リンちゃんが顔を赤くしながらこちらに近づいてきた。
「違うの、タカくんは別に臭くないの。ただちょっと……び、びっくりしただけなの!」
「……そうなの? 俺、本当に臭くない?」
心配になって念押しして聞くと、リンちゃんはコクコクと勢いよく頷いた。そんな不思議な行動を取るくせに、たまに甘える様にもたれかかってきたりするんだよね。ここ最近のリンちゃんは本当に挙動不審だ。
もしかしたらご両親が共働きで遅くまで帰ってこないという家庭環境らしいし、寂しいのかもしれないな。俺と猫達が一緒にいる事で、少しでもその寂しさが紛れればいいのだけど。
そんなある日、二人でテレビを見ていたら面白そうな映画が明日から始まるというCMがやっていて、一緒に見に行く事になった。映画館が入っている駅前のショッピングモールで待ち合わせする事になり、手持ちの中でできるだけ清潔感のあるシャツとスラックスを身に着けてその上からコートを着て出かける。部屋着のパーカーとジーンズ、ダウンジャケットでもいいんだけどね。ちょっと見栄をはりたいお年頃なのだ。
待ち合わせ場所に現れたリンちゃんはいつもよりちょっとオシャレしたのか、黒白のボーダーワンピースを中心にちょっと大人っぽい感じの服装だった。それでも身長差があるから、周りからみたら兄妹にしか見えないだろうけどね。
まだ少し時間はあるけど早めに映画館に入ろうという話になり、足を踏み出そうとするとくいっと軽い力でコートを引っ張られた。なんだろうと視線を向けると、そこにはちょっとだけ頬を膨らませてこちらを上目遣いで見るリンちゃん。
「手、つなぎたい……」
甘える様に言われて、ちょっとだけドキッとした。いやいや、いくつ離れてると思ってるんだよ。それにリンちゃんは知り合いのお兄ちゃんとして俺を慕ってくれてるんだから、ちょっとだけだとしても変な邪念を持つのは失礼だ。
できるだけ表情を変えずに手を差し出すと、リンちゃんは嬉しそうに俺の手に飛びついて自分の手を重ねて、さらに体を寄せてきた。ふわりと甘い匂いが漂ってきて、それがまた少しだけ俺にリンちゃんが女の子である事を意識させる。
平静を装いながら映画館に行って、目当ての映画の鑑賞券を買う。リンちゃんは自分で払うと言ったのだけど、こういう時は年上の俺が払うべきだと見栄を張って支払わせてもらった。ドリンクはそれぞれ1つずつ買ったのだが、リンちゃんが丸々ひとつは食べ切れないと言うのでポップコーンは半分ずつ分け合う事になった。
席まではトレイを持っていたので繋いでいた手は離れていたのだが、席に座ってドリンクホルダーに紙コップやポップコーンを入れると、すぐに再度リンちゃんの指が俺の指に絡まってくる。手のひらもぷにぷにしてて柔らかいし、すべすべしてて気持ちいいから別にいいんだけどね。
ただポップコーンをお互いの間にあるホルダーに入れていたので、俺もリンちゃんもお互いポップコーンから遠い方の手で摘んで口に運んでいたのが面白かった。手を離せばよかったんだけどね、なんというか離し難かったというかこのままでいたかったというか。
映画を見た後も食事をしたり、二人で店を冷やかしたりショッピングモールを見て回った。途中ペットショップもあったので、タマとノラ用のおもちゃをいくつか購入した。きっとあいつらも喜んでくれる事だろう、でも大抵の場合は無視されたり放置されたりするんだけどね。飼い主が買ってきたおもちゃを愛猫が喜ばない問題、あると思います。
そろそろ夕方だし小学生のリンちゃんを遅くまで引っ張り回す訳にもいかないので、そろそろ帰ろうかと切り出した。するとリンちゃんはまだ帰りたくないと少し拗ねたが、また遊びに来る約束をすると渋々ながら頷いてくれた。
家まで送って行く途中少し広めの公園に差し掛かると、リンちゃんからのお願いで少し寄っていくことになった。誰もいない公園の中を手をつなぎながら歩いていると、意を決した様にリンちゃんが口を開いた。
「タカくん、好きです! 私と、付き合ってください」
最初は大きな声だったのに、段々と尻すぼみになっていく。リンちゃんは真っ赤な顔でこちらを見ていたけど、こちらも想定外の展開で間抜け面をしていた事だろう。
ワタワタと慌てながらも、とりあえず近くにあったベンチにリンちゃんを誘って一緒に座る。そこで改めて落ち着いて話を聞いてみると、リンちゃんの主張はこうだった。
最初は大事なネコを保護してくれたお兄さんなだけだったけれど、遊びに行っても邪魔にせず色々気を遣ってくれたり、優しかったりで段々と好きになっていた。友達に感じる好きじゃなくて、ドキドキする好きなのだと言う。これからもずっと一緒にいたいし、これから体験する色々な初めてを全部俺と一緒にしたいと真っ赤な顔で彼女は言った。
ここまでリンちゃんが赤裸々に自分の気持ちを言ってくれたのだ、俺もちゃんと真剣に返事をするべきだろう。自分の気持ちを整理しながら、ひとつひとつそれを口に出していった。
俺もリンちゃんの事が嫌いじゃない、むしろ猫が好きという共通点があるし、リンちゃんと一緒にいると話も合って楽しいと思う。でも、それが恋愛的な好きなのかどうかはまったくもって自信がない。
「だから、交際を前提にしてお友達から始めるのはどうでしょうか?」
俺だけじゃなくて、リンちゃんにも再度自分の気持ちを確認してもらう為の期間を設ける事を提案した。もちろんリンちゃんは不満タラタラだったけれど、最終的にはそれを受け入れてくれた。
ただ不意をつかれて頬にキスされたところから考えるに、これからグイグイ押されてあっという間にお試し期間なんか終了になってしまいそうな、そんな未来が頭をよぎる。
でもそれも悪くないかな、逆に俺なんて何の取り柄もない男だから。リンちゃんに愛想を尽かされない様に頑張らないと。
こうして俺とリンちゃんの彼氏・彼女にカッコカリが付いた関係が始まったが、ケンカしたり浮気疑惑を吹っかけられたり。なんとリンちゃんのお母さんに家に殴り込まれたりと色々な事がこれからの俺達に待ち受けているのだけれど、それはまた別の話で語りたいと思う。