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僕のレベルが上がった日

作者: 環 九

僕のレベルが上がった日



いつも通りの授業風景が僕の目の前にあった。

単調な口調で読み上げられる、必要かどうかも分からない漢文を読み上げる国語教師、周囲の男子の視線をその一身に集める…まぁ僕も例外ではないが…学園のマドンナ的女子がいて、男子の中でも派閥があって、僕はどちらかと言えば中立的な立ち位置にいた。

僕の知る限りいじめというものは無く

僕の日々は平和そのものであった。

そして今日もそれが続いていて、何かが変わるなんて思いもしていなかった。


頭の中でファンファーレが鳴るまでは。


――パパパパーンパーンパッパラー――


「うわっ!」


どこかで聞いたことのあるような音楽が流れたときは、ゲームのやりすぎで徹夜をしてしまった僕の脳内が眠気のあまりにおかしくなってしまったのかと思った。

当然頭の中なのだから、ほかの人に聞こえるわけもなかったのだが、突然聞こえた大きな音にびくりと体を震わせ声を上げた僕は周囲からの視線を集めてしまっていた。


声に出されることはなかったが、ずっと子守歌のように読み上げていた国語教師からは眠っていたのではないかという疑いの目を向けられてしまった。

だがそこはいつも通りの愛想笑いをすることでそれ以上の追及はなく、その場を流すことには成功したが、間違いなく少し評価が下がったことは言うまでもない。


くすっ


そんな漫画であるような効果音が付きそうな笑みを浮かべていた、学園のマドンナ的女子がこちらを向いており、視線がほんの一瞬だけまじりあってしまった。まったくこれだから男子高校生は困ってしまう、少し目が合っただけで恋に落ちてしまうとは…

だけど僕にとっても前述のとおり例外ではなく、より一層その女子を強く意識してしまうこととなった。


それから十分ほどが過ぎて、授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。授業の挨拶をしていないのだが、チャイムの音はクラスメートの大半から集中を奪い去り、それぞれが教科書を片づけたりしている。そんな当たり前で毎日繰り返している光景を見て、諦め半分の国語教師はため息交じりにクラス委員へと号令を求め、まじめが売りのクラス委員長であるポニーテール女子はきちっとした号令をかけることで、確実に授業は終わり、購買組は50メートル走をするかのような勢いで教室から飛び出し、クラスの大半を占める弁当組は仲のいい友達と机を並べて弁当を広げている。


夏も終わって肌寒くなる前のちょうどいい季節のためにあけられている窓からは気持ちいい風が流れ込む。

クラスの大半と同じである僕は誰かと一緒にということではなく、一人で質素な弁当を机に並べて弁当用の短い箸で押し固まったご飯を無理やりほぐして口に運んでいた。

開いた窓の向こうには木々が緑でいるべきか紅く染まるべきかを迷っている中で、授業に遅れが生じたのか外で体育の授業をしていた3年生の男子がサッカーボールを倉庫の中へと片づけていた。


しかし、そこで僕は自分自身に違和感を覚えた。


コミュニケーション能力が低い僕は3年生という上級生の教室に行ったことはなく、ましてや知り合いや友人がいるわけでもないし、他人へ興味を抱くことが著しく少ない僕が顔や特徴を覚えているわけもないのだ。


それにもかかわらず、すぐに3年生と分かったのは、体操着にそう書いてあったからだ、3年2組と。

だがそれはおかしい、

視力が10.0もあるような民族であれば当然なのだろうが、僕に至っては徹夜で暗い部屋でゲームを数時間やるような種族。

近眼はもはや勲章であるのだが、まだまだ未熟な僕は裸眼で0.7とギリギリ免許を取れるぐらいで留まっていたはずで明らかに30メートルも離れている場所にいる人間のゼッケンの文字までは見えるわけはない。


それが僕の目にはしっかり見えていた。

あんなにも小さく記された文字が、まるで机に座った状態でその机に広げられた教科書の題名のような感覚で読むことができた。


ただ、そのことを異常だと思っていたのは僕の脳だけで僕の体はそれが当然のように、再び少し硬いごはんを箸でつまんで口に運んだ。


「また一人で弁当くってんのか?いつも通りの質素な弁当を」


といつものように僕の背中を軽く叩きながら目の細い男子生徒…(もとい)僕の友人が声をかけてきた。正確に言えば、夜な夜なネットゲームで共に戦う戦友と呼ぶことが最も妥当だともいえるのだが。


「悪いかよ、質素が一番だ。それより次の授業は体育だが今日も見学か?」


その戦友はネトゲ界では最強のタンクとして有名なのだが、リアルワールドではHPが村人C程度のものしかなく、学校のお遊び程度のスポーツですら重労働になってしまうのだが


「いや、今日は久しぶりの男女合同の体育の時間だ。俺はこの時のために体力を温存してきたのだ。」


僕も他人のことを責められた口ではないのだが、こいつに至っては僕の10倍、いや時と場合によっては100倍以上の変態である。


しかし、それを知るのはきっと僕だけで、見た目的には不可ではなく良である戦友は意外にも無くモテモテなのだ。


ただ単純に面倒くさがりなだけで、人に害を加えようとしない性格が良いらしい


…まぁ僕もだが…


体力はないものの人並みよりも少しだけ運動ができるのだ


…まぁ僕もだが…


勉強を必死に頑張っているわけでもないの成績は常に平均を大きく上回る


…まぁ僕もだが…


よってこれだけ優良物件であるならばモテない理由を探すほうが難しいともいえる


…ただしイケメンに限るのだが…


そんなモテ男細目男がなぜ、冴えないクラスメートとよく一緒にいるのかという噂は、学園のマドンナである同じクラスメートの噂と同じくらいの頻度でされている。


周りからは分からないように言動に気を付けながら、今晩の作戦会議をしながらただひたすらに弁当を食べていた、ちなみに僕の戦友は購買部で買ってきたチョコレートが薄く6層にもコーティングされた、学生に食べさせるものにしてはやけに手が込んだシュークリームを食べてお尻のほうからクリームをこぼしていた。


ある程度作戦が決まった後、僕と戦友はそれぞれ席へと戻っていった。

次が体育なのにも関わらず、それぞれ席に戻ったのに理由がある。

もしも同じ席にいた場合はそれは紛れもなく起きていることの表れであり、それぞれの席に戻って机に突っ伏して黙り、少し聞こえるような音量で呼吸をしていれば誰もがその状態を


眠っている


と判断してくれるだろう。

そんな面倒で回りくどいことをする理由は1つ

この後は男女合同の体育であるということ、そして行う競技は長距離走。そうなれば必然的に体操着にならざるを得ない、そしてこの学校には更衣室などという社会が生んだ黒幕など存在しないのだ。


寝ている存在に注意を向けるような暇人もいないだろう。


だが結論から言ってしまえば僕と戦友の作戦は失敗に終わってしまったのだ。理由は女子たちが着替えようとしたときに声をかけてきたのは、いつものように委員長ではなくて学園のマドンナだったからだ。


答えざるを得ない男子の深層心理を利用した巧妙な作戦だ、まったくもって仕方がないのだ。


学園のマドンナの一声によって、最初っから起きていたように対応した、僕と戦友の二人は自分の机にかけられていた体操着の入った袋を持つと、少し名残惜しさを込めたスローペースの歩みで、女子達からごみを見るような目で見送られた


…ただし僕だけに限る…


そして廊下に出ると突き当りのほうで、勇者を見るような目と、先ほどの女子達同様ごみを見るような目の二つがまじりあったような視線を感じながらその視線のほうに歩いていき、体操着に着替えた。その間に僕は4回ほどため息をついた。


スニーカーのマジックテープを止めて外に出るとお昼休みの終了5分前を告げる予鈴が、妙な響きが周囲の民家に反射して聞こえる感じがいつもより少しだけはっきり聞こえた気がした。

そして妙に待ちに待った学園のマドンナを含んだ女子たちが来たのは本鈴が鳴る1分ほど前だった。


今回は男女合同ということもあって、男子を担当する武闘派で遠目で見ると前世がゴリラなのではないかと思うほど似ているゴリラ先生と、女子を担当するのは、体育を担当するにしては覇気というか元気さが足りないものの男子、女子両方の人気が非常に高く見た目の麗しさから大和撫子先生と呼ばれている。


しかし、今日のゴリラ先生いつも以上にやる気満々で声がうるさい。どうやら大和撫子先生のことを意識しているような気がするがそれは僕の勘違いで、もしかしたらゴリラ先生は女子高生の体操着姿に興奮するロリコン野郎というのが事実なのかもしれない。


今日やることが長距離走だということは前から伝えられていたのだから、こうして走る前に教師からの話を聞く必要なんてないのだろうが、これが様式美というのだから仕方ないのだ。


だがこの女子を前に、男子を後ろに並ばせている状況にだけは感謝を抱こう、なぜなら僕は身長順で並ぶとちょうど僕の前には学園のマドンナが来るからだ。


今度バナナかリンゴでも渡してあげたほうがいいのかもしれない。


その後、長々と運動に対する姿勢や安全面の話をされていたのだが大和撫子先生がさすがに長すぎるゴリラ先生を静止して男子をトラックの外周に、女子を内周に並ばせた。


並んでいるとなぜか死刑直前のような気持になってしまう。妙に腹痛の気配もする。だがしかしそれを乗り越えて参加することで得られる幸福がここにはある。それは我が戦友も同様で明らかにダルそうなそぶりを見せているが、その細目には確かな炎が宿っていた。


そしてその炎はピストルの火種となり雲一つない空の下でむなしく音を鳴らした。


外周5周1500メートル、内周5周1000メートルであり疑似的にも並走するならばその対象よりも1.5倍の速さで走らなければいけないというのは当たり前なのだが、学園のマドンナの走る速度は高校生女子のなかでもトップクラスであり、知能、運動能力、顔面偏差値全てを兼ねそなえる文字通りの女神クラスの彼女の速さの1.5倍ともなると、僕たちは常時50メートル走ばりの全力で走らなければ並走なんて夢のまた夢なのだ。


それを出来るのはクラスの中でも野球部のキャプテンとサッカー部のうちの1人くらいだろうがそれ以上に僕と戦友は気合でそれを可能とした。


だが再び僕は違和感を覚えた。

ただのジョギング程度の気持ちで走っている。

しかし外周を走る僕と並列に並んでいるのは誰でもなく学園のマドンナだった。

しかし一体どういうことなのだろうか僕の身体能力が気づかないうちに向上している、

しかし僕はこの状況を謎に思いながらも心当たりがあった、

しかし僕はそれを認められるほど夢見がちではなかった、

しかし現実的に僕の僕が認識できる能力がこぞって上昇していた。


理由は不明だが原因はきっとさっきの授業に頭の中で流れたファンファーレが幻聴ではなく、本当に、実際に、現実に僕のレベルが上がったことを知らせたのだ。


そんな謎に満ち溢れたままでも、自分の中で一旦は決着がついたような気分になるころには、学園のマドンナは


…すなわち僕も…


長距離走を走り終えていた。僕の後に次いで走り終えたのは戦友と野球部のキャプテンとサッカー部の一人だった。しかし走り終わったのと同時にぶっ倒れた戦友はすでに瀕死の状態で呼吸は荒く、唐突に心臓が止まってしまうのではないかと心配になるほど鼓動は早くなっていたが、その表情はずいぶんと満足そうだった。


かくいう僕は呼吸を乱さずに息を切らせて肩など(・・)を揺らす学園のマドンナをほかの全員が走り終えるまでゆっくりと見つめていた。そのことを後で戦友に報告すると良かったなと肩を組まれながらも、その腕の力を僕を殺そうとまではいかないにせよそれに準ずる結果になりそうなほど力が込められていた。


今日の授業が終わってホームルームも手短に終わった。担任の先生の声だけで、占めは委員長の声しかなかった教室の中をざわめきが一瞬にして埋めていった。

バックを持つ音、

机のがたつく音、

椅子を引く音、

扉を開ける音

それらすべてが、間接的にであり、直接的に放課後を告げていた。


僕自身も自らの机の中から教科書や筆箱を取り出して、特に気にすることもなくカバンの中へと突っ込むと戦友に声をかけて教室を出た。


「またな」


とだけ

周囲からしてみれば”また明日”という意に捉えるだろうが実際の意図としてみれば、今夜のネトゲでともに戦おうというということだった。


授業中でもあまり変わらないのだが、僕の思考は今夜の作戦に穴がないかということだけを考えていた。そのほかのことを考えないようにするために。


でもそうはいかなかった。

普段なら帰路に歩みを進める僕を止める人なんていなかったのだが、今日は違った。

学園のマドンナが声をかけてきたのだ


「さっきはすごかったね?君は部活とかはやらないの?」


さっきというのは体育のことであってもしかしたら、女神クラスの学年のマドンナであるがためのプライドを傷つけてしまったのではないかと一瞬考えたのだが、その美しい表情からは何も読み取ることはできなかったけれど、額面通りに僕にただ単純に質問しただけなのかもしれない。


だが僕にとってはただの質問だけにはとどまらない、学園のマドンナに話しかけられるということは僕にとっては一大イベントに他ならない。その他の思考が全ておざなりになってしまうような。


「そうかな?でも僕は体動かすのはあまり好きじゃないから」


「そうなの?少しもったいない気がするけど君自身がそういうんじゃ仕方ないね、それじゃあまたね」


今度のまたねは、また明日ね、という意味だった。それに対して僕は惚けたように、そして機械のように手を挙げて少しだけ横に振るという動作をすることしかできなかった。


もうすでに僕の頭の中は冷静ではなかった。

だがそんな熱を持った頭も、太陽の傾きとともに気温が下がっていく住宅街を歩いているうちにあっという間に冷めていき僕の中でも先ほどの出来事はすでに一大イベントではなく

ただクラスメートから声をかけられた


という事象に変化されていた、だけどきっと今日の夜にでもそれを思い出して悶えて後悔してしまうのだろう。もっと目をそらさず見つめておけばよかっただろうと。


自分の家にたどり着き玄関の扉の前で立ち止まった。無意識に出る安堵か不安か、それとも意識的なのかわからないため息にも似た呼吸をして財布の中に入っているカギを取り出して、玄関のカギ穴に差し込みゆっくりと回す。

その瞬間いつも思うのだが、万が一カギがかかっていなかったらどうしよう、とどうでもいい悩みを抱えながらも開けなくてはいけないのだから悩むだけ無駄なのだ。

当然それは玄関を開けた時全然知らない誰かが目の前に居たらなどという、それこそ本当にどうしようもない状況も想像してしまうが、その想像はいつも想像で終わる。


「ただいま」


と必要以上に声を出せば、いつものようにリビングのあるほうから、


「おかえり」


といつものようにリビングで声を出す母がいた。家の構造的に僕の部屋にはそのままリビングへと行かずとも直行できるのだが、定例というか義務感というかそんな自己満足的な自己暗示的な意味合いというのを建前に、しっかり母親に会いたいという本命をもってしてリビングへと入っていった。

そしてそこにはいつも通りの…?

いつも通りの自分の母がソファに座りながら4時から再放送している弁護士が主人公のドラマをまだ湯気の立っているお茶を飲みながら見流していた。


「あらどうしたの?ずいぶんとご機嫌じゃない、いいことでもあったのかしら?」


少しだけ顔を見せたらすぐに部屋に行くつもりだったのだが、いつもは再度おかえりと言われるところを、妙な勘繰りの言葉が僕に突き刺さった。


「え?」


僕には心当たりが大いにあったにも関わらずよくわからないなという意味合いを持った返事ともいえない返事を返していつも通り…?…に部屋へと戻っていった。


さてと

僕はいつもゲームのメモに使っているコピー用紙を数枚取り出して机に乗せる。

カバンからいつも授業で使っている筆箱を取り出すと

背もたれ付きの回転いすへと腰掛け、

シャープペンシルを取り出すと、とりあえず今の状況を記していった。


視力は大体5.0程度、

身体能力がもともとの状態から約2倍以上、

記憶力はまぁいつもよりはいいんじゃないかと思えるほど


小1時間ほど考察した結果これだけしか明確な情報はなかった、普段から考え事が多く自己解決やこじつけな結末で思考を閉じてしまう僕にしては実に厄介な状態であった。

迷宮入り、答えを見つけることも答えを作り出すこともできない。


ただ漠然と、僕は突然レベルアップしてしまったのだとそういう結論でしかなかった。


だがそれは僕が手加減ををして、見たこと、聞いたことをすべて見ずに聞かねば何もなかったことになる。ただそれだけの変化。一個人に降りかかった些細な変化だった。


これを秘密にしようと公開しようとも目立つのは一瞬だけ、僕は自分の存在と分かりながら目立つことを好んでいない。ならば選択肢は一つだ、このまま何もしない、けれど自分の能力を目立たないところまで使う。これが最も有効だと行きついた。


見つかったのは解決ではなく妥協点だった


机に広げたコピー用紙を全部まとめてゴミ箱に投げ捨てる、そして今度は自分の体をベッドへと投げ捨てる。母が布団を干してくれたのか、妙に落ち着くようなにおいがする。それを感じ取っているうちに微睡(まどろみ)がやってきて完全に眠りに着く前に母から呼びかけがあった。


その声にこたえる返事をしてリビングへと向かうと、テーブルには僕の父と母が席についており、壁掛け時計を見るとちょうど7時になっていた。どうやら微睡から睡眠には移行していたようで、実のところは眠っていたようだったが、頭の冴えはほんの10分ほど仮眠(ねむ)っていただけのように感じる。


「頂きます」


父の言葉のトーンからもにじみ出る堅苦しい言葉に合わせて僕と母が唱和する。家族同士の会話というのは結構少ない気がするというのも、いざ父の声を思い出そうとするとさっき聞いたばかりなのに思い出そうとすると靄がかかったようになるくらいには少ない。


が、しかし今日に限っては別だった


「お前、いいことあったか?」


「え?」


それは帰宅時に母とした会話と間違いなく同じ内容の会話を父からされた。食事中の会話としては初めてのような気がするが、そのことへの驚きではなく内容への驚きで僕は危うく対面する父に口の中に含んだ味噌汁をぶちまけるとこだった。


「お父さんもそう思う?なんだかこの子今日はやけにご機嫌なのよ」


「そう見えるな、どうしたもしかして恋か?」


父の口からは思いもよらない単語が聞こえてきた。え?なに?恋?してるけどそんな露骨に表情に出てしまっているのだろうか。


いやここまで劇的な変化というのもおかしいだろうか、いやもしかしたら元から父や母には息子のコイバナに興味があったのかもしれない。だが僕はそれを答えずにどういった表情をしていいのかわからないそんな表情をしながらご飯を食べ切った。


風呂に入って、今日何度目かわからないため息をついた後寝間着に着替え部屋に戻り、残った水滴をタオルで拭き取りつつパソコンの電源を入れた。


全世界的に有名なオンラインRPGで僕と戦友のプレイヤーネームを聞けば結構な人数が僕たちの武勇伝を語ることができるだろう。そして今日はそのゲームの1か月に1回行われるとてつもなく難易度の高いクエストが配布される日だ。


本来このクエストはレイド戦とも言って複数のギルドないしチームで挑むものであって、僕と戦友とあと2人のように4人で挑むようなものでは決してない。

月1開催のこのクエストにも難易度のばらつきがあり比較的簡単なものしかクリアできず結局はどこかのギルドの一時的に加入してクリアすることになってしまうが、少人数で挑戦することに意味がある僕たちにとっては勝敗は二の次、負けて元々。


結果だけで言おう


僕たちは勝ってしまったのだ。

今までのクエストと比べても比較的難しい今回のクエストを、意外にもあっさり勝ててしまったのだ。

いつもより敵の動きがゆっくりに見えた

いつもより敵の攻撃パターンが把握できた

いつもより指を動かすのが早くなっていた

いつもより僕のキャラクターの動きは完璧になっていた。


勝った喜びよりも僕自身の変化に戸惑いのようなそぶりを見せる仲間たちに別れの言葉を打つこともなくログアウトして電源を切った。



それから僕はなにもしなくなってしまった。

昨日まで考えていたことを考えなくなってしまった。


どうすれば強くなれるのだろうか、

どうすればもっといい成績が取れるのだろうか、

どうすればあの学園のマドンナを彼女にできるのだろうか、

どうすればもっといい暮らしができるのだろうか。


それら全ての思考が僕らしさであり、僕が学生の間も社会人になってからも老人になってもずっと考えるはずだったこと。


でもそれの答えを急に渡されてしまった僕は、その先を考えるという機会を奪われてしまったのだ。


努力しなければ進めなかった先へは唐突な神様か悪魔か天使からの天恵なのかギフトなのか季節外れのクリスマスプレゼントなのかわからないが、レベルアップのような何かのせいで簡単に進めてしまったのだ。


きっと僕はこれから努力をしなくなってしまうだろう。

いや小さな努力や我慢はたくさんするのだろうがここぞという大きな壁を超える努力はもうしなくなってしまうのだと思った。


大きな壁に当たっても、僕はまたこのようなレベルアップみたいなことが起きるんじゃないかと願ってしまうからだ。


このレベルアップももしかした僕がずっと感じていた”いつも通り”の積み重ねによって起きた偶然なのかもしれないけれど、それでも唐突に変化してしまったことを受け入れてしまった僕の心は進化ではなく退化してしまったのだ。


「またね」


そう言ってくれた学園のマドンナに会う明日の僕は別人であり、きっとその学園のマドンナも戦友もクラスメートも先生もきっと僕にとっては別人も同然になってしまう。


今日という日付は僕は忘れないだろう。

昨日までの僕の命日であり


僕のレベルが上がった日だから

読んでいただきありがとうございました。

いつもと趣向を変えた短編物です。思いのままに書いてしまったので文章の書き方なんかに拘らずに自分の好きなように書いてみました。


もしも、良かったと思ってくだされば評価をつけてくれると嬉しいです。

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