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霧の魔王、そして


 ディアエレナの疑問に答えるように、綿毛の中で黒い影がうごめいた。


 アルムか、ミリアマリンかーーーー身構えたディアエレナの目の前に現れたのは、隻腕の男の姿だった。


「ふぅん。貴様がこれの原因か?」


「そうだ。この俺こそ【滅びの魔王】だからな」


「ほう。私は皇女だが、魔王を見るのは初めてだ。……本物か?」


「ああ、そうだ。この俺がそうだ。魔を生む王。それが俺だ。此度の魔とはこの魔央樹海。かび臭いが、リクエストに応えるにはよい趣向だろう?」


「は? ………………ああ、そう。眠り姫、ということ。私のミリアマリンが好きそうなことだ。あの子は本当に、夢見がちだもの。……あなたは、私の妹の願いをかなえた、ということか?」


「ああ、そうだ。この俺がかどわかし、幼い妹姫はどの毒牙にかかったというだけのこと。……そう言ったら、信じてくれるのか?」


「この私が、まさか帝国を滅ぼす魔王を一片でも信じると?」


「…………………………ふっ」


「ふん」


 隻腕の男は柔和に笑う。そしてディアエレナは意地悪く笑った。


「とはいえ、私が見たところ、貴様はただの【悪い魔法使い】だよ。貴様が真に魔王なら、私の妹は救われない。それが絶対無二ともいえる真実だ。


 貴様は魔王たり得ぬ半端者。故に罪有り。貴様にも私の妹にも。その罪に相応の罰と償いの機会を。そして許しを。それらを与えてやることこそが、ヒトならぬ皇帝になるこの私の使命である」


「魔王ではない? この俺が? バカな」


「ああそうだ。貴様が王などと。よくもまぁ言えたものだよ。面の皮の厚さでステーキが出来るぞ。貴様が思うほど、王の名は安っぽくない。貴様が僭称に敵うほどの魔王などいはしない。貴様は上に立つ器ではない。


 計画はずさん、私の妹は生きていて、仕掛けの中心のこの魔法樹はこの通りのあり様。とどめはその魔法樹を自分で消しだすほど。正直に本音を言わせてもらえばな。これはそう、本当に、ひどすぎる。


 ヒトならぬ私が保証しよう。貴様の力は、所詮ヒトの領域のもの。少しばかり邪念を食っていたからと言って悪鬼羅刹か仙人気取りか? 本物の化生や悪魔を知らぬうぶな悪童にすぎぬ。何年ぶらついたらなど知ったことではないが、無知すぎる。愚かすぎる。現実を知れ」


「………………そう、だったのか? 俺は……その程度の……?」


「貴様らはうぬぼれすぎたのさ、我が帝国を創り上げたはじまりの5人。貴様たちも私の領域にまで踏み込んでいれば、少しは私の苦労も減っただろうに」


 ディアエレナの言葉に、ついに自称「魔王」は沈黙した。


 この程度の弁舌に左右されるようではいよいよ悪ガキの器か。あきれ果てたディアエレナの前で、ふいに黒い影が膨れ上がった。


 それは自称「魔王」の姿見ーーーーではなく。


 ひとつの足場が広がっていた。


 そこはやせ細り、腐り落ち、そして魔力素レベルに分解されつつある魔法樹の頂点だった部分であろう。


 そこには人影が二つ。中央付近でうずくまる二人。金色の剣を突き刺してその場にへたり込んだアルム。そのアルムに縋り付く、ひどくやつれた、ミリアマリンだったもの。


「私をわざわざここに呼んだということは、この二人をどうにかしろと? 私に? 次期皇帝だぞ?」


「仮にも魔王を名乗った男が殊勝な態度で目の前に出てきたあたりで察してほしいものだが……いい加減、この俺も限界でね。この魔喰いのミストを取るか、この二人を取るか、という状況まで切羽詰まっているんだ。おまえにこの二人を取り除いてもらえれば、安心して俺はこの魔央樹海を消してみせよう」


「……つまらんな。貴様」


「なに?」


「これ以上しゃべらんほうがいい。どんどん株を落としているぞ。――――なぁ?」


[いいや、オレにはまったく。ぶっちゃけ初登場からそこのヤニカスは最底辺だ]




 * * * * *




「だそうだ?」


 ニヤニヤとディアエレナが黒いシルエットを見る。シルエットはゆらりゆらりとゆれるだけ。特に答えを言う様子はない。


 ーーーーその態度。オレはまことに気にくわない。


 世の中を斜めに見て悦に入っているような感じ。常にまともな回答を避けていたあのいい加減な流浪の男とよく似ていた。


 姿はまるでハッキリしないシルエットだから同じヤツとはわからないが。しかしハッキリ理解できることもある。


 オレはコイツが気に入らねぇ。


[そいつ、オレの言葉が聞こえないんじゃねーの? 今まで聞こえた様子、全くなかったぜ]


「それはないさ。貴様のその剣は神代のもの。そしてアレはこの帝国を創生したはじまりの5人のひとり。この地を真竜から解き放ち、神の楔を引き抜いた原罪の5人。現存したなら、間違いなく神の時代に最も近い世界を生きたモノだ。それが聞けないはずがない」


[まじかよ。今までずっとシカト決め込んでたっての!?]


「神の領域と繋がる第六魔法の適性がある者以外、貴様の声は聞こえんだろうな。精霊域の第五程度がせいぜいのミリアマリンは聞き取れなかっただろう。あの影、どうやら我慢は得意らしいな。


 この私をかいくぐって息をひそめ、ミリアマリンに『何か』……貴様と同じ、神代のモノを憑依させたのだ。綿密に、時間をかけてなじませねばならぬ。計画性は絶無といってよいが、慎重で臆病で、それでいて柔軟だ。今回なぞ、適当に見繕った田舎娘をカウンターにスカウトした」


[なめやがって……オレも、アルムも、おもちゃみたいに勝手に振り回しといて! オレはなぁ、お前みたいな自分勝手にヒトをからかって、突き落として、取り返しのつかないような傷を負わせて、夢をぶっ壊すような奴が、一番嫌いなんだよ!]


「いやに具体的よな。さては貴様……ああ、まぁよい。えぐるのは無粋よな。なによりタイミングではない。今は貴様だ、自称魔王よ。私は貴様の要求を呑む気はない。


 そも、この魔法樹は貴様ごときがいなくなっても、私の帝国を守る【盾】が木片残らず破壊してみせよう。貴様の案には魅力がない。それでは交渉の意味がない。貴様に残された道は一つーーーー意味なく、このまま霧と一緒に掻き消えるだけだ」


 意味なく消える。その言葉にシルエットが揺らめいた。動揺。しているように、オレには思えた。


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